出会い
雨が降っていた。
11月も半ばの冷たい雨だった。
その日の夜、僕こと、鈴星創星は学校の屋上で何も見えない真っ暗な空を、その冷たい雨に打たれ震えながら眺めていた。
半年ほど前、僕はクラスで虐められていた女子を庇おうとした。
それが原因で、僕が虐めの対象となってしまったようだ。
僕は、どちらかと言うと勉強は中の上で運動は中の下くらい、(この学校以外に)友達は普通にいる。
外見は、自分で言うのもなんだがクールでキュートなナイスガイ、とは言えない。
まぁ、どこにでもいる飾りっ気の無い平々凡々な普通の高校生だ。
特別才能があり学校の人気者だったらこんな事にはならなかったのかも知れないが……こんな普通の僕が一時的な正義感を出して女子を庇った結果がこれである。
時期も悪かっただろう、彼女を庇って僕が虐められ始めたのは、この学校に入って友達が出来るか出来ないかくらいの時期だった。
この約半年間、誰も僕を助けてはくれず、一緒に虐めをするか無視をするか見て見ぬふりをしていた。
彼女が虐められていることに僕が気が付いたのは彼女を庇う一週間程前だった。
彼女は何が原因で虐められていたのか分からないが、虐められる前はそれなりに皆に好かれていた人物だった。
虐められていた期間も短かったようだ。
その為もあるのか、虐めの対象が僕に移って暫くすると虐められなくなったようだ。
というか、何時の間にか彼女は僕に嵌められ皆に虐められるようになった可哀想な被害者という立場になっていた。
・・・・・・。
まあ、彼女が虐められなくなったのはよしとしよう。
当の彼女はというと僕の事を気にしながらも関わらないようにしているのが、僕にはありありと見えた。
まあ、当然と言えば当然か……。
最初はネット上での誹謗中傷から始まった。
曰く、影で彼女を虐めの対象に貶めたのは鈴星だ。
曰く、鈴星は虐められている彼女を救い彼女の気を引こうとしている。
曰く、鈴星は彼女のストーカだ。
etc.etc.
日に日に僕の知らないところで僕の知らない鬼畜っぷりが背鰭尾鰭だけでなく手足まで生やして学校中に広まっていく。
それを基にした学校での悪口や嫌がらせ、物を隠されたり捨てられたり、ゴミを靴箱や机に入れられたり、クラス全体で無視をされたり等々、虐めと言っても直接的なものではなく表面的にはハッキリと分からない陰湿的なものばかりだった。
先生には言ったが、ホームルームで注意をしたりアンケートを取ったりと、一応の対応をしただけで、「また、何かあったら言いに来い」とは言っていたが、後は自分で何とかしろという雰囲気があった。
まぁ、先生も四六時中監視している訳にもいかないというのは分かる。が、僕にもどうすれば良いのか分からないから相談したということを少しは理解してケアして貰いたい。
虐められる原因がハッキリしているなら、それを直せばいいだろう。
だが、僕は虐められていたクラスの女子を庇っただけで、虐められる原因が分からない。
いや、僕のその行為が奴らには気に食わなかったのかもしれないが……。
・・・くっそう・・・さみぃな・・・携帯はこの屋上の水溜まりに捨てられていて故障中・・・屋上の扉は内から鍵が掛けられていて開かない・・・
僕は目を瞑り体から熱が逃げないように壁に身を預け丸まっていた。と、その時、瞑った瞼を通して強い光を感じ・・・何だ?・・・と思って薄目を開ける。と、目の前には彫りの深い顔立ちで銀髪碧眼の小学校低学年位の美少女が佇んでいた。
・・・あれ?この子ここにどうやって来たんだ?・・・
僕がその子に声を掛けようと口を開きかけたとき、『助けて……』と言いながら、その少女は手を差し出し僕の胸に触れた。かと思った瞬間、その手は指の先から僕の胸に刺さり体の中に入っていく。
・・・!?・・・
僕は驚き動揺したが痛みは感じなかった。
逆にそこから体の内に優しい温もりが広がっていくのを感じつつ意識が遠退いていく。
「ん、んんむう・・・ここは?」
次に気が付いたとき、僕は白い天井の白い仕切りカーテンに囲まれたベッドの上に居た。
シャッ、
「お、気が付いたか少年」
僕が気が付くと、仕切りカーテンが開かれ白衣の女性が顔を覗かせて僕に声を掛けてきた。
「ここが何処だか分かるか?」
「はい……保健室? ですよね」
「ああ、その通りだ。何処か体に異常は感じないかい?」
「はい……大丈夫、のようです。僕はいったい……」
「ああ、君は今朝、雨でびしょ濡れになった状態で寝ているのを、当直の先生が屋上で偶然見つけてね。直ぐに保健室に運び込まれたんだ。当直の先生には後でお礼を言っておくように」
「はあ……」
・・・・。
「大丈夫なようだが、一応検温させてくれ。十一月の冷たい雨に一晩中打たれて眠っていたんだ普通なら風邪を引くだけでは済まないのだが………随分と丈夫な体をしているようだな」
僕はまだハッキリとしない頭で、ボーっとしながら体温計を保険医の先生から受け取り脇に挟む。
「そうそう、その体操着、私が着替えさせてやったから。因みにパンツの替えは無かったから、今、君はノーパンだ」
保険医の先生、鷲見薫シンシアが、からかう様な目を僕に向け楽しそうに言った。
その言葉を僕のボーッとした頭が徐々に理解し始めると、その脳細胞が加速度的に活性化を始め、あっという間に平常運転を飛び越えて暴走状態となる。
「んなななあぁあああぁぁああぁ!!!???」
僕は奇声を上げると同時に顔を、いや恐らく体全体を真っ赤して胸と股間を押さえるように縮こまる。だって、しょうがないじゃないか。生まれてこの方、僕のピーを見られたのは母親以外、女性では生まれてくる時に立ち会っていた看護師以外いなかったのだから。多分……。恥ずかしがってもいいじゃないか!
「う~ん、いい反応だ。そんな可愛らしい反応を見せられると、先生、食べたくなっちゃうじゃないか」
僕は涙目でキッと先生を睨み付ける。
ハハハ、「冗談だ、そう睨み付けてくれるな。(本当に襲っちゃうぞ)」
・・・今、少し小声で本音が出たよね、先生。その獲物を前にした女ヒョウのような目で僕を見るの止めて下さい。ほんと怖いから・・・
「と、そうだ、君のご両親に連絡を取ろうとしたんだが。今、お二方とも海外赴任中なのだそうだな」
「はい」
ピピ、ピピ
僕が返事をすると同時に体温計が計測終了の電子音を発した。
「ふむ、やはり熱は無いようだな。今日は授業を受けなくていいそうだから、もう少し休んでから家に帰りなさい。屋上で寝ていた件については、明日詳しく聞くそうだからそのつもりで」
「はい、分かりました」
「それと、体に異常を感じたら何時でも来なさい。隅から隅まで優しく診てあげるから」
・・・先生、そんな涎が出そうな表情で言わないで下さい。ほんと怖いから・・・
この先生、ハーフで美人なのに何故だか直ぐに振られるらしい。
・・・う~ん、何となく理由は分かるような気もするが・・・
ハハハ、「考えておきます」
先生は僕の返事を聞くと、プラプラと楽しげに手を振って保健室を出て行った。
それを見届けると、僕は再び体をベッドに預け目を瞑った。
んん、あれ?僕、何時の間に保健室を出た?僕に夢遊病の毛は無かった筈だけど。
僕は何時の間にか保健室を出て廊下を歩いていた。
みんな、廊下や教室で思い思いの事をしているな。という事は、今は休み時間か……。
ていうか、何か感覚的に違和感があるのだが……。
「なあ、昨日のあれは、やりすぎだったんじゃないのか? 下手したらアイツ死んでたかもしれないぞ」
「はあ? なに言ってんだよお前。あの程度で、そうそう人間が死ぬかよ」
「そりゃあ、そうかもしれないが……」
「何ビビッてやがんだよ。あの野郎、俺のブログで俺の大好きな愛理ちゃんをボロクソに貶しやがったんだぞ。あれでも生ぬるいくらいだ」
「でも、その愛理ちゃんを貶したのが鈴星と決まった訳じゃないんだろ」
「いや、あのハンドルネームは鈴星のだと何人もの奴が言っていた」
「だが、なりすましっていう可能性もあるんじゃないのか?」
・・・・。
僕のクラスの前の廊下で話している奴らに近づくと、感覚的な違和感の理由が分かった。
僕の目線が、何時もより遥か下にあるせいだ……。
いったい、どうなっている!これじゃあ、まるで小学生じゃないか!って、おい!
きゃはははは・・・
僕の意思に関係なく、行き成り笑い出して走り出すってどういう事だ! 僕! おい! 止まれ! 止まれと言っとろうが! 僕の体! 何処まで行く気だ! お、おい、まて、階段から飛び降りる気か、よせ、やめろ! どおぅあああああ! ・・・タン!
ふうううう、よかった無事に着地成功か。……勘弁してくれ寿命が縮むわ! って、あれ? ………どういうことだ?
階段の踊り場の壁に取り付けられた鏡を見ている僕を見て、僕は絶句した。
そこに映っている筈の僕の姿は見当たらず、代わりに昨日の夜、屋上で見た透け通るような少女が映っていた。っていうか、本当に透け通っているし! って、僕、死んだのか!? ていうか、何で死んで、僕、少女の幽霊になってるんだ?
僕が混乱していると、その鏡に映っている少女はニッコリと笑いまた駆け出した。
それに連れて僕の視界も変化していく。
そして、きゃはははは・・・という少女の笑い声を聞きながら僕の意識は遠のいていった。
「はぁ、変な夢を見たなぁ・・・随分とハッキリとした夢だったが」
僕は家に帰り着くと、自分のベッドに倒れこむようにして横になった。
僕が再び保健室のベッドの上で目を覚ました時、日は頂点に達し学校は昼食の時間となっていた。
僕は職員室に行って、帰宅の旨を担任に伝え学校を後にしたのだ。
「しかし、寒空の下、雨に打たれて眠ったせいか今日はやたらと疲れたな。ただ寝てただけなのに」
僕はベッドで横になると、直ぐに目蓋が重くなり意識はズルズルと安らかな眠りの闇へと落ち込んでゆく。
カタタタタタ……、というキーボードを叩くような音が聞こえ、僕は意識を覚ました。
目の前にはパソコンの画面と、猛スピードでキーボードを叩く透ける様な小柄な僕の手が目に入ってきた。ん? 小柄な手? 目を覚ましたかと思ったが……また夢か。今度は何をしてるんだ?
僕がパソコンの画面に目を向けると、そこには幾つものウィンドウが開いていた。
僕の小柄な指の動きに合わせて猛スピードで打ち込まれていくプログラムを表示しているもの、別の何かのプログラムを走らせているもの、どこぞのサイトの会話ログをこれまた猛スピードで表示していくもの等々、僕の理解を超えているものが多数表示されていた。
それから少しすると、タン! と、僕の小柄な指はエンターキーを打ち動きを止める。
そして、パソコンの電源を切ると、黒くなった画面に矢張りと言うか何と言うか昼間の透ける様な少女の顔が反射して写っていた。ん? あれ? この子、少し成長した?
すると、その少女は自分の姿が写っている画面に向かってニッと笑ってVサインをを送る。ん? 目には目を、歯に歯を? 悪は滅ぶべし? ……あれ? 僕、子のこの言いたい事が分かる?
その時、ごきゅるるるるるる……、と凄まじい音がして少女はビクリと体を振るわせ驚き、音のした方へ目を向ける。
すると、ベッドで横になった僕の姿が目に飛び込んできた。
ぷっ、きゃははははは……、少女は何がそれ程面白かったのか、未だ鳴り止まない僕の豪快な腹の虫の音を聞きながら、本当に可笑しそうに腹の底から笑っていた。
僕は、その楽しそうな笑い声を聞きながら、また意識を失った。と同時に、今度は本当に目を覚ました。ごるるるぎゅるるるるる……、と僕の腹の虫の催促を聞きながら。
・・・・。
「しかし、また、リアリティーのある夢だったな……にしても、腹減ったな~。そういやぁ昨日の夜から何にも食ってなかったな」
僕が時間を確認すると、時計は午後5時30分過ぎを指していた。
・・・家に着いたのが、1時過ぎだったから・・・4時間半くらいは寝ていたのか・・・飯は、もう作るのは面倒だな。外に食いに行こ・・・
僕はベッドから起き上がるとお風呂へと向かう、雨で濡れた制服を洗濯機に放り込み、シャワーを浴びる為に服を脱ぐ。
そして、脱衣場の鏡を見た瞬間、「わきゃ!」と、変な声をだし顔を手で覆った。って、僕、何やってるんだ? ……あれ? 顔から手が離れない? 何か顔も熱いし……いったい何なんだ? これじゃあ風呂にも入れないじゃないか!
少しすると、そろそろと手が顔から離れ始め、じきに体の制御が僕に戻った。いったい何だったんだ?
その後は何の問題もなくシャワーを浴び終えた。本当に何だったんだろう。まるで夢の中のように体の自由がきかなかったが……。
服を着終えたとき、ぐぎゅるるるる……と、再び腹の虫が催促を始める。取り敢えず、今は飯だ!
僕は家を出ると一目散に近くのファミリーレストランへと向かった。
「………以上で宜しいですか?」
ファミレスのウェイトレスは、必死に笑いを噛み殺しながら注文の確認をした。
きゅるる………「はい」
僕の腹の虫は家から今まで、ずっと鳴りっぱなしだった。
しかも、僕の注文が気に入らないと、まるで文句を言うように大きくなるのだ。
お陰で僕の席の周りは含み笑いやらひそひそ話で賑わっていた。
しかも、動画で撮ろうとする者まで出る始末。
勿論、そいつには僕の刺すようなキツい視線を浴びせご辞退していただいた。いや、そんなに顔を青くして、ガタガタ震えんでも。そんな、恐れられるほど怖い顔した覚えは無いんだが……。周りの人達は普通にしてるんだけど……。
僕は取り敢えず周りの賑わいを意識から外し、食事に集中することにした。
僕は来た料理を片っ端から一心不乱に片付けていく。
僕の胃袋のサイズは普通サイズだと思っていた。ついさっきまでは………。
けっして大食い王選手権に出れるほどのビッグサイズではないと思っていた。ついさっきまでは………。
だが、しかし、目の前に堆く積み上げられた皿の山は紛れも無く現実だった。僕、何時の間にこんなに食った? って言うか、何時の間にこんなに注文した? 何故食い終わるまで気付かなかった? 僕! まさか、若年性痴呆症にでもなったか!?
・・・いやいや、まてまて、昨日の夜から何にも食ってないんだ。これくらいは食えるだろう・・・
僕は自分を落ち着けようと考えながら、再度テーブルの上の皿の山を見た。これ、軽く30人前はいってそうなんだが……。その割には満腹感が普通なのは何故だ?
この食欲自体も問題だったが、それよりも、この食欲により齎される事象の方が遥かに切実な問題として浮上してきた。
・・・父さん達、この巨額の食費を認めてくれるだろうか・・・
僕は父さん達が海外赴任に行くとき生活費として緊急時の費用も込みで100万円を受け取っていた。
そして、毎月、消費した金額を領収書を添付してパソコンのメールで父さん達に送っていた。
消費した金額を全額認められれば消費した分の金額全額が補填され、その100万は維持される。が、一部でも認められなければ、その100万はそれだけ分ずつ目減りしていく事になる。
必要以上の金額は補填されないため、目減りして生活に支障をきたし始めれば、バイトして生活を維持していかなければならなくなる。
それでも生活に窮する事になれば僕は強制的に海外の親元に連行される事になっている。
僕はそういう約束で一人日本に残ったのだ。
「こんな食生活が続いたら、一月もたんぞ……」