2――部活は嫌だ
目を覚すと目の前は真っ白な天井だった。
――――ここは保健室か?
「――――んっ」
重たい体を起こし、隣の台に乗っていた黒縁メガネに手をかける。
クリアになった視界で周りを見渡すと、こんな状況を作った彼女がヘラヘラと笑って僕の方に近づいていることが分かった。
「あ、おはようっ! もー、フリスビーを顔面に食らったぐらいで倒れるなんて情けないなー」
「…………」
黙ろう。
ここでひと悶着付けたところでいい事は無い。
黙った後、何もなかったかのように退散するのが吉だ。
「男の子なんだから平然としなきゃ! そんなんじゃモテないぞ?」
「…………」
「まあ体が貧弱そうだもんね。しょうがないかー」
「…………」
「まあこれから私と一緒に――――」
「お前のせいだろっ!!!」
口を大きく開いてそう言った。
目を丸くし驚く彼女。
それを確認すると、僕は慌てるようにして口を抑えた。
「…………っぷ! あはは、君意外と言うね!」
彼女は愉快そうに僕の背中を叩く。
その際微かに香るラベンダーの香りが僕の脳内を紅色に染めた。
「だ、大体何なんですかあなたは」
「私? 私は南円。たぶん君と一緒の高校1年生かな」
「1年生? 確かに僕も1年生ですけど」
続けて言おうと思った「野蛮なあなたとは一緒だと思いたくない」という言葉は唾と一緒に飲み込んだ。
「でね、でね、ちょっと話聞いて!」
子供が強請るように彼女は両手を布団に叩きつけていた。
それを静止させ、いったん落ち着かせる。
「私ね、『アルティメット』ってのがやりたいの」
「はい?」
「だからアルティメったいの!」
アルティメったいって……動詞化してるぞ。
唐突の発言に困惑の表情を浮かべるが、それを無視して自分の話を続ける南。
「私昔からスポーツが好きでね、色々と手を出してきたの。陸上、水泳、サッカー、野球。あとは柔道剣道とかもかな」
「は、はあ」
ため息混じりに呆れ声を出してみるが無意味。
「でもね、どれも私には合ってないの。ある程度頑張れば結構できたけど、すぐに壁にぶち当たるし、面白くないんだもん」
それは一生懸命スポーツやってる人に失礼だ。
「でね、ある日一つ隣にあるグラウンドでやってた『アルティメット』っていう競技を見たときね、感動しちゃったの。男女が混ざっても遜色なく出来て、しかも審判が選手同士! これは人間性も試される立派な――――」
「ちょっと待ってください」
気持ちよく熱弁する南を止めるように一石投じる。
「何?」
「何って、それを僕に話してどうなるんですか?」
「どうなるって、君は私と一緒にアルティメるんでしょ?」
無邪気な表情でそう言われては否定しにくくなる。
だけど僕は心を鬼にして口を開いた。
「やりませんよっ! 大体聞いたこともないスポーツをやるわけないでしょ!」
「ううん、絶対やるよ。君は私と一緒に円盤を投げたいと思うはず。だって君はそういう目をしてるもん」
「そういう目って…………もういいです。あなたとは話にならない」
布団を無造作にどけ、椅子に置かれた黒色の学生鞄を手に取る。
南の表情を一切見ず保健室を後にしようとしたところだった。
「――――君はどうして人を嫌っているの?」
心に弓矢を刺されたような思いをした。
ギュッと苦しくなり、何を返していいか分からない。
だから僕は振り返らずに扉に手をかける。
――――人は総じて悪だ。それを好きになるなんてありえない。
そう彼女に言うのが忍びなかったから僕は黙って出たのだろう。
こじつけるようにして心を閉ざした。