心無い少女
よろしくお願いします。
私が一日一回は思っている事。
それは「こいつら消えて無くならないかな」である。
例えば今のこの状況、複数人の女子に囲まれて訳の分からない事を言われているこの時に思う。
「何よ、その態度!文句あんの!?」
「あんたがあの方たちに近付くからでしょ!?」
「あの方たちも迷惑してるのよ!身の程をわきまえなさいよ!何よその前髪。鬱陶しいのよ、気持ち悪い」
そんな事を言われても、と思う。
鬱陶しいと言うのならばわざわざこんな風に関わって来ないでほしい。だいたい、前髪が長いと言っても目が隠れる程度じゃないか。私にはこの女子の方が長いように見えるのだが。
というか、ぎゃあぎゃあうるさいな。五月の蝿なのかお前らは。
ああしかし、何故こんな事になっているのか。
私は未だにわめいている女子達を視界に入れないように俯きながら、これまでの事を思い出し始めた。
私は中学を卒業した後、ここ、聖央学園に進学した。
聖央学園は小・中・高・大学とあり、良家の子息子女が多数通う名門である。学力的にもレベルが高いため、外部から進学してくる人間は限られる。
そして私はその少ない外部進学組の一人で、一年の時クラスに私しか外進組がいなかった。
その時にクラスメイトに物を隠されたり、こそこそ悪口を言われたり、机とか教科書に落書きされたり切り刻まれたり、トイレに入っている時に上から水をかけられたりした。
つまり、いじめられた。たぶん暇だったんだろうな。何年も同じ人と一緒にいたらそりゃ嫌気が差す。
その気持ちはよく分かる。何せ、私もそれに嫌気が差してここに来たんだから。
その後二年生になった。ここではクラス替えが無いため、また同じクラス。私はこの時、またいじめられるんだろうと予想していた。
……いや、確かに一月現在もいじめられてるが。予想は当たったが。
まさか学園中にいじめが広まるとは予想外だよ。
おかしいな……こんな予定ではなかったのに。予想ではせいぜい学年に広まる程度だったのだが。どういう事だ。
……といっても原因は分かっている。去年の春に来た転校生のせいだ。
二年生になった時、転校生がやって来た。春咲美桜。
艶やかな長い髪、スタイルの良い体、大きな目に桜色の唇。つまりは美少女である。さらに勉強も運動も出来て性格も優しいというハイスペック。
当然のように皆から好かれた。
そんな彼女が何故原因かといえば、それは私の友達(自称)だからである。
ちなみに自称しているのは春咲美桜の方だ。私はそんな事1ミリたりとも思っていないし一言も言ったことはない。
聖央学園は寮がある。一年の時は人数の関係で一人部屋だったのだが、今年は彼女がやって来たため同室になってしまったのだ。だからなのか、彼女は私の友達(自称)になった。
それのせいで、正直に言うと少し、いや大分、いや物凄く、迷惑である。
彼女のせいで何があったかをまとめると、主に二つ。
まず一つ目。非常に目立つ。
私はあまり目立つのが得意ではない。前髪を伸ばしているのはそれが理由だ。それだって長すぎて逆に目立たないように調節している。地味な黒いゴムで二つ結びにしたり、私は目立たないように努力しているのだ。その努力を彼女は無駄にしやがった。
そして二つ目。これが大分迷惑してる。
さっきも言った通り、彼女は皆から好かれている。彼女に恋愛的な意味の好意を持つ者も多い。
そしてその中には学園で有名なイケメン達もいる。そいつらは彼女と一緒にいることが多い。そして私は彼女の友達(自称)。だから彼女は私の傍にいることが多い。
つまり私とイケメン達の接点も多い。
そしてあいつらは自意識過剰にも「こいつは自分達のことが好きで春咲美桜を利用して近づこうとしている」と思い込みやがった。
……ざっけんなクソ野郎共!自意識過剰過ぎなんだよ!女全員が自分を好きになるとでも思ってんのか!気持ち悪いんだよ!この私が、てめえら如きを好きになるわけ無いだろうが!!この蛆虫共め!!
……ついつい怒りのあまり本音が出てしまった。はしたない。反省、反省。
話を戻そう。その蛆虫共、じゃなくてイケメン(笑)共がそう思い込んだため、私は嫌われるようになった。
イケメン共が「春咲美桜を利用している」私を嫌う。
↓
そいつらのファンクラブの女子も私を嫌う。
↓
それに便乗して他の奴らも私をいじめてくる。
という、なんとも馬鹿な流れである。本当に馬鹿すぎる。ここは進学校のはずなのに全員馬鹿すぎ。お勉強だけ出来る馬鹿ってやつか。
……さっきから馬鹿って言い過ぎだな。こっちまで馬鹿だと思われてしまう。気を付けないと。
それで私のいじめは学園中に広まって、囲まれて訳の分からない事を言われたり叩かれたりする事が増えてとても迷惑している。
はい、冒頭に戻る。
「ちょっと、黙ってないでなんとか言いなさいよ!そうやってたらなんとかなるとでもおもってんの!?」
思っているが?今までもこんな風に囲まれて訳の分からない事を言われる事はあった。その時もなんとかなったしな。
いや、その時だけじゃない。私がこういう状況になった時、殆どの場合に彼女がやって来た。
「そこで何をしてるの?……っ秋川さん」
そう、彼女が。
こんな風に彼女は、狙ってんのかと言いたくなるくらいにこういう場面にやって来る。
「あなた達、秋川さんと何をしてるの?」
彼女はさりげなく、私を守ろうとでもするかのように女子達と向かい立つ。ちなみに秋川とは私の事だ。
「べ、別に何もしてないわ!ちょっと話してただけよ!」
「そ、そうよ!春咲さん、何よいきなり。どうかしたの?」
彼女は何をしてるのかと聞いただけなのに、あからさまに狼狽える女子達。もっと上手くやれよ。すぐにばれるぞ?
「あたし達、話してただけよ。ねえ?秋川さん?」
そう言った女子に、「頷け」と言わんばかりに笑いかけられる。私はそれに素直に従って「そうです」と言って頷いた。
嘘ではないしな。話していたのはこの女子達だけだが。今回はまだ訳の分からない文句を言われただけだ。
しかし彼女は納得しないようで私の方を向いて問いかけて来る。
「秋川さん、そうなの?」
「……はい。話してただけです」
私はそう言うが、彼女はまだ納得していない様子で見てくる。まったく、私が本当だと言っているんだから納得しろよ。
……え、何故そんな事言うのかって? いじめられているって言えば良いって?
そりゃあ、いつかは言うさ。でもまだだ。ここで言ったって私の望む結末にはならない。私が満足しない。
三月に彼女の逆ハーメンバーの中にいるイケメンの一部(三年生)が卒業する、その時。その時にやる。
制裁というか、ネタばらしを。
つまり、私はてめえら如き好きでもなんでもなく、てめえらのせいでいじめられているという事を学園の生徒全員のトラウマになる形で発表し、尚且つ残り一年ある学園生活が楽になるような立ち位置を作るのだ。
ははっ。楽しそうっ!
そんな事を考えていると知らない彼女は、私の事を心配そうに見ている。……いやあ、まったく。良い子だなあ。
さっきまでの私の話だと、どこかの小説に出てくる天然逆ハー娘で、私のいじめが広まったのは自分のせいだとは気付かない、同性に嫌われるタイプではないかと思っただろう。
しかし、彼女はそんなタイプではない。
彼女は性格が良い。気遣いの出来る子で、私のいじめの事を知ってからは人前ではあまり関わらなくなった。馬鹿だと逆にもっと一緒にいるようになって、もっと反感を持たれるようになる事をやるからな。
それにこういう場面を見たらすぐに来るようになった。それだって、相手に対して詰め寄るとか短絡的な事はしないで、さりげなく私を守ろうとする。さっきみたいにな。
……それなのに騙すような事をやっているのか、とか言いたいのか?ああ、やっているよ。だからどうした?彼女が良い子であることは分かる。けど、だから騙さないという理由にはならない。
勘違いしないでほしいのは、良い子だからこそ騙す、というわけではないという事。私はそんな風に性格がひん曲がっているわけじゃない。
ただ、生物が嫌いなだけなんだ。
人間嫌いなんじゃなくて、生物が嫌いなんだ。そこを注意するように。
彼女は何も言わない私をしばらく見ていたが、諦めたのか溜め息をひとつ吐いた。
私を取り囲んでいた女子達はその間にいなくなっている。彼女はその事に何か言おうと口を開いたが、結局何も言わなかった。
すると、今度は私に向かって口を開く。
「秋川さん。辛いなら、ちゃんと言って?そしたら私が何とかするから。言わないと、どうしてほしいのか分からないよ?」
いや、別に貴女にしてほしいことなんてないが。強いて言うなら余計な事はしないでほしい。私の計画が崩れる。
そう思うが、そんな事はおくびにも出さない。ただ俯いて、気弱ないじめられっ子を演じるだけ。
「……秋川さん。俯いたら駄目だよ。秋川さんは何も悪いことなんてしてないんだから、もっと堂々としてて良いんだよ?だから、前を向こうよ」
私は十分前向きですよ?だからネタばらしのために今から準備してるんだよ。分かってないな。
私が生物嫌いになったのには、特に理由は無い。
トラウマなんてものはない。どこにでもある、普通の人生を送ってきた。
私は、目立ちたくないから今は地味な格好をしているが、本来は整った容姿をしている。それこそ、春咲美桜に負けないくらいに。
そんな私は親にこれでもかと言うくらい甘く育てられた。愛情たっぷりにな。
小・中学では男女問わず人気者で、私を嫌う奴なんて学校のどこにもいなかった。
それでも物心ついたときには、生物が気持ち悪くて仕方がなかった。人間をはじめ、犬や猫、鳥さえも気持ち悪かった。
何であんな気持ち悪いものが生きているのか、訳が分からなかった。自分の親も気持ち悪かった。周りにいる奴ら全員、嫌いだった。
私は自分で言うのもなんだが、聡い子供だった。自分が変だと分かっていた。だから精一杯の演技でどうにかやってきた。
そのお陰で私の演技力は凄まじい事になった。女優になれるレベルだと思う。私の演技に気付いたのは今まで殆ど、というか一人しかいない。それだって演技をし始めた最初の頃だけだ。
私は生物が嫌いだ。というか自分以外の生物が嫌いだ。自分以外の生物が全部、不恰好で不自然に見える。どんなに容姿が整っていて、イケメンだとか美少女だとか呼ばれていても、それすら不自然に見える。どんなに性格が良くても、そんな事は関係無く、嫌いだ。
私は自分以外の生物が、全部嫌いだ。
自分の事は大好きだ。自分が一番大切だ。
私が幸せになるためなら他の全ての生物が死んでも、全く心が痛まない。
寧ろ私のために死んで当然だと思う。
私のために死ねるんだから光栄に思えとも思う。
心が無い?失礼な。ちゃんとあるさ。
自分至上主義っていう心が。
私は未だに心配そうに見てくる春咲美桜を尻目に、これからの事を考える。
これから行う予定のネタばらしの時の事を思うと楽しみで、私の顔に自然と笑顔が溢れてきた。私はその笑顔が彼女に見えないようにと、更に顔を俯かせた。
あーあ、楽しみだなぁっ。早く三月にならないかなぁ。
読んでくださりありがとうございました。
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