仮面の女(前編)
「離婚しましょう」
驚いた顔の崇に、私はいつもどうり笑えていた。
まるで仮面を貼り付けたように。
両親はいつもいがみ合っていた。
子供がいるから離婚ができない。
それが2人の口癖だった。
そんな両親に反発し、母方の祖母の家に引っ越したのは高校2年生の時だった。
関東の中には含まれているが、田んぼと畑に囲まれたのどかな場所だった。
私はこの長閑な田舎が好きだった。
冷え切った家庭で育った頑なな私の心を癒してくれる、
暖かな祖母の家が好きだった。
最初は学校になじめなかった。
長閑な田舎では子供の数が少なく、学校はほとんど同じ学校から集まってきた幼馴染ばかり。
そんな中で学年途中から転校してきた私は異質な人間だった。
そんな私に積極的に話しかけてくれたのが智子だった。
都会に憧れる智子はいつも私の容姿や持ち物を褒めてくれた。
智子は田舎のプライバシーのなさや、退屈さをいつも面白おかしく、
退屈しない話術で話してくれた。
「親友」そんな風な関係になるのに時間はかからなかった。
そして、自然と智子の彼氏である、崇といる時間も増えた。
両親のいがみ合った関係にずっと心をを引っ掻かれていた私は、
お互いを心から信頼していて、好き合っている2人がとても眩しかった。
そして、崇から心から愛されている智子が羨ましかった。
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ーゆかりちゃんは東京の学校に行きたくないのかい?
古びた台所で祖母は手際よくジャガイモの皮をむきながら聞いてくる。
私は少し考えて、うんんと答えた。
ーこっちの大学に進学したいんだけど、おばあちゃんちから通っていい?
祖母はホッとしたような顔でもちろんだよと答えてくれた。
母は田舎を嫌い、東京に出てから滅多にこの大きな家に帰ってこなかった。
私がここの家に来たのも、祖父の葬儀が初めてだった。
その日ばかりは父も母の夫として振舞っていた。
お互いに別の恋人がいるのにも関わらず、、、だ。
ほとんど話したことのない祖母の家に住みたいと話したのは、
葬儀がすんで東京の家に帰るときだった。
祖母が1人になるのはかわいそうだと。
親らしいことをほとんどしてくれなかった両親は、そんなときだけ親らしいことを言う。
心配だから絶対駄目だと。
東京に無理やり連れ帰られた私は、初めて親に刃向かった。
食事を食べず、家に引きこもったのだ。
親は高校に行くことを条件にようやく祖母の家への引越しに同意してくれた。
私は祖母と料理を作るのが大好きだ。
さやえんどうの筋を取りながら、肉じゃがの完成を心待ちにした。
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智子は高校を卒業するとすぐに、東京に飛び出した。
私は二駅先の地元の国立大学の日本文学科に進学をした。
二駅先と言っても、駅まで車で10分はかかるのだが。
同じ大学に通う、崇がそのうち車で送り迎えをしてくれるようになった。
崇は経済学部だったから、授業は全く別だったが。
崇はバスケサークルに入って程々に遊んでいたようだ。
ただ、恋人は智子だけだった。
友達はたくさんいたようだが、告白をされても、どの女性とも付き合わなかった。
崇は時々東京に行き、智子とのデートを楽しんでいた。
私は車で2人のデートの様子を微笑ましく思いながら聞いていた。
ズキズキする胸の痛みは仮面で隠して。
私はサークルなどには入らず、帰りは電車に乗ってスーパーに寄って歩いて家に帰った。
家で祖母と料理をしたり、畑仕事をしたりするのが何よりも楽しかったから。
肉親の愛情に飢えていた私は祖母と過ごす日常が何よりの幸せに感じていた。
時々、サークルのない日は崇が買い物を手伝ってくれた。
普段買えないお米やトイレットペーパーなどを車で運んでくれる。
お礼に祖母と作った料理をご馳走したりした。
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智子が戻ってくる。
その日は一日中崇がニコニコしていた。
大学を卒業したら、結婚するの?
との問いかけに、就職が決まってからかなーとはにかんだ笑顔を見せる。
崇が嬉しそうだったから、私も笑った。
良かったねと。
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翌日の崇は機嫌が悪かった。
私は崇のやけ酒に付き合った。
智子は東京で就職を決めたという。
ー俺もさっさと大学卒業して、就職決めてやる!!
結婚して、あったかい家庭を築くんだ!
俺が早く経済的に独立して、智子は好きなデザインの仕事を、
経済的に不安を感じないでできるようになればいい。
子供は2人欲しい。
料理は2人でやって、たまには子供たちとも一緒にやって、、、
崇が酔っ払いながら話す家庭は私の理想の家庭だった。
智子が羨ましかった。
私はそんな醜い気持ちを仮面の下にそっと隠した。
智子の自由さが羨ましい。
崇に愛されるのが羨ましい。
両親に愛される智子が羨ましい。
私は酔いつぶれた崇のそばで、智子と崇の将来を想像して自然に出てくる涙をお酒のせいにした。