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可愛げのない女(前編)

悪いことがおきた日には、悪いことが重なるものだ。

その日は朝から悪いことばっかりだった。


ストッキングをはこうとして、2回も破いてしまうし。

定期を忘れたことに駅で気が付き、朝からパソコンがフリーズした。


私のイライラは最高潮に達していた。

このまま仕事をしても失敗するのは目に見えている。


私は目に付いた、感じのいい店でランチを取ることにした。


「いらっしゃいませ」


中に入ると、外装以上にセンスのいい店だと気がつく。


ブティックとカフェが併設されているようで、

店内は程よく混雑しているが、観葉植物がさりげなく視界をさえぎってくれる。


席もゆったり目に取られていて、私は壁際の2人席に通された。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください。」

茶色いさらさらヘアの感じのよい青年がメニューを開きながら差し出し、

レモンの香りのするお冷をコースターの上に置いてくれる。


その爽やかな香りが、緊張の連続で疲れた体をほぐしてくれるようだった。

学生のような、かわいらしい女の子がテーブルの片づけを終えて通り過ぎようとした。

私は彼女を呼び止めると、「Bランチを一つお願いします。飲み物はアイスコーヒーで」と注文する。

彼女は元気よく、畏まりました。と言い残してバックヤードに戻っていった。


私は久々に気分よく、読みかけの資料を読もうとバックの中に手を入れる。

そこにはメールの着信を知らせるため、うるさく光る携帯電話があった。


着信:崇


そう書かれた文字をみて上がりかけた気分が急降下するのを感じる。

私はそのメールを開かずに捨てた。


-

婚約者だった崇から別れを切り出されたのは2日前だった。


どうしても話したいことがあると、池袋に呼び出された。

私はてっきり、ちっとも進まない結婚の話をされるのかと思い、

憂鬱な気分で、指定されたカフェでコーヒーを飲んでいた。


デパートではすでにサマーセールのディスプレーに切り替わっていて、

上着を着ている人が多い、うすら寒いなか、水着のマネキンがポーズを決めている。


美味しくないのに、値段ばかり高いコーヒーに飽きあきしながら、私は腕時計を眺める。

指定された時間より3分も過ぎていた。


私はため息をつく。

時間にきっちりしていないことが嫌いなのだ。


崇がどこにいるのか確認しようと携帯電話を開いた瞬間、崇はあらわれた。


久々にあう恋人にやっぱり頬は緩む。

普段会社で戦っている私を癒してくれるのは崇の温かい笑顔なのだ。

しかし、崇にいつもの笑顔はなかった。

そして、崇の後ろからついてきたゆかりの姿を見た瞬間、私の笑顔も固まった。


-

「お待たせしました。Aランチとアイスコーヒーでございます。」

カフェの店員のなかでは、かなり年配そうな上品な女性が、

美しく盛り付けられたプレートを差し出す。


悪い日には、悪いことが重なるものだ。

私のイライラはその日最高潮に達した。


「私はBランチだって言ったじゃない!」


口に出た言葉が思った以上に大きかったことに私自身が驚いた。

上品な女性は、一瞬ひるんだ後、すぐに申し訳なさそうな表情になる。


「申し訳ございません。すぐにお取り換えいたします。」


女性は美しく盛られたプレートを再度手の中にもどす。

他のテーブルからの視線にもいらつく。


私は大きな声を出してしまったことにバツの悪い思いをしながら、

「早くもってきて」とそっけない言葉を口に出してしまう。


女性は、再度頭を深々と下げて、バックヤードに戻っていった。


-

こういう、かわいくない、私の性格に崇は辟易したのだという。


「勝手だってわかってる。でも、婚約者ったって、

のらりくらりとお前が結婚の話を避けるからちっとも進んでいなかった。

俺はお前に何度も、早く結婚の話を進めたいって言ったのに。」


私は崇の理由ともいえない理由を聞いてカッと頭に血が上る。


「そんな、うちの両親になんていうのよ!」


婚約を放棄されそうになっているのに、

そんなセリフしか思い浮かばない自分が情けなくなる。


「お前の両親にも、お詫びしてある。

逆に娘のわがままに付き合ってもらって悪かったと言われたよ。」


そこまで用意周到に周りを固めていた崇に私は何も言えなくなる。

両親からも散々言われていたのだ。


いつ結婚するのか。

いつ田舎に戻ってくるのかと。


私はそんな閉鎖的な田舎が大嫌いだった。


都心から急行で僅か2時間半の場所にあるそこは、

信じられないほど閉鎖的な空間だった。


町に学校が一つしかないため、

小学校から高校まで全自動で進学をしていく。


そんな中で、私と崇が付き合い始めたのはごく自然な流れだった。


中学三年生の時から付き合い始め、

大学を卒業するころにはごく自然に結婚のふた文字が出ていた。


そんな閉鎖的な町に突如転校をしてきたのがゆかりだった。

高校二年生の、ちょうど今頃の時期だった。


東京からの転校生は、瞬く間に話題になった。


私は、ゆかりの都会的な垢ぬけた容姿と、明るい性格に瞬く間に憧れを抱いた。

そして、閉鎖的なクラスで、親友になるのに時間はかからなかった。


「早く卒業して東京に出たいなぁ。」

高校生の時の、私の口癖だった。

「この町だっていいじゃない。私は好きよ?智子は自分がどんなに恵まれてるかわかって無いんだよ」

ゆかりはそう言って何時も私をなだめてくれたのだ。

それでも、私はこの閉鎖的な町がどうしても好きになれなかったのだ。

_

「お待たせして大変申し訳ございません。」

見るともなしに、ぼおっと手帳を広げていた私の目の前にプリンが置かれる。

「当店自慢のプリンです。お待たせしてしまっているお詫びなので、是非お召し上がりください。」

それは、白い陶磁器の器に入った美味しそうなプリンだった。


プリンなんて甘いものを食べたるのはいつぶりだろうか。


「お気づかいありがとう。とにかく、次の予定があるから早く持ってきてね。」


どうしても崇とゆかりの思い出に引き込まれて苛立ってしまう。

これ以上店員さんに当たるのは間違っている。

理性ではそう理解しているのに、感情のコントロールが出来ない。


実際、時間もそろそろ厳しくなってきている。

私は時間に余裕を持って着いていなくては嫌なのだ。


そんな私に追い打ちをかけるように店員さんは言葉をつなぐ。


「お客様、実はBランチのドリアに入れるターメリックライスが切れてしまいまして、

バターライスにしたものならすぐにお出しすることができます。

もしくは他のお品でしたら大至急おつくりできるのですが。」


悪い日には悪いことが重なるものなのだ。

店員さんが申し訳なさそうに差し出したメニューを見てため息が漏れる。


「責任者を呼んできて。」


責任者を呼んでもらってどうするのかも決めていなかった。

でも、思いのほかきつい言葉が自分の口から出てくる。


「私が、こちらの責任者をしております。」


私は上品な年配の店員を見つめる。

薬指に光る指輪を見つけて、いらだちが増してくる。

この女性は責任のある仕事と、幸せを手に入れているのだ。


「こんな人が責任者じゃ全然駄目ね。仕事してないもの。」

私の中のドロドロとしたものが、口からあふれだす。

完全にやつあたりだと理解しているのに、止められない。


これ以上嫌な奴になりたくなく、私は鞄を持って、店の外に出た。



のんびりペースで更新して行きます。

お返事できていないのですが、コメントありがたく読ませていただいています。

いつもありがとうございます!

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