考えることをやめたヒーローの話
私は正義の味方。
正義の名の下に悪を裁く。
一体、何度言っただろう。
一体、何度考えただろう。
希望託されし勇者であるのを良いことに、一体幾らの魔族を屠ってきただろう。
切り伏せるその度に、倒れた躯はバラバラと肉を落とし、血を際限なく垂れ流しながら、紅蓮に染まった眸で私を睥睨する。
血涙を吸い込んだ大地は鉛のように重く湿って、悲鳴は在りもせぬ神の御許を求めて路程に迷う。
泣いてすがる子供は「やかましい」と首を刎ねられた。
必死に子を庇う女は「上玉だ」と四肢を削がれて慰みものに。
これも正義だ。良いのだこれで。
誰も悪くない。勿論私だって。
「なぜ、このような真似をする」
「おまえが魔族だからだ」
「魔族が人間になにをした」
「わたしは正義にのっとり動くだけだ」
「ならば正義とはなんだ」
答えられなかった。
何も言えなかった。
知っていたはずだ。
全ては玉虫色だったと。
すぐに答えられるなら、先人がとっくに説き明かしているのだ。
こんな深淵に、誰がしっかりと理由付けなどできるのだろうか。
はじめから、何も要らなかった。
全ては殺戮を美化するための言。
取って付けた、おざなりだけ。
形骸化した理論が生き延びられるはずなんてないのに。
いつから錯覚していた。
己が「英雄だ」と。
いつから夢を見ていた。
己が「希望だ」と。
皆が数多持つ虚栄心を、絆して、甘やかして。
その代償を誰かの血で贖って。
刃の毀れた剣は、叫ぶ。何が勇者だ。
錆び付いた盾は、否む。何が正義だ。
「お前はただの殺戮者だ」
眼前の肉塊を穿つと、この言葉は遺言となった。
前には、魔王の軍勢。
後には、国王の軍勢。
炎上。城下町には焔が踊り狂う。
停止。私は考えるのをやめた。
進めや、進め。そうして魔族を根絶やせ。
そうすれば、誰も何も言わない。
正義を守るな。
不義を壊せ。
私は不義の敵。
気に食わぬ不義を駆逐する。
なんだ。
こっちの方が、簡単だ。