09
【Side:マリアリージュ=イヴ=クレスタ】
テラスから城内に戻ってからの間、アルに手を引っ張られるまま歩いていた。
あたしが話題を振らないからなのか、それともあたしが考え込んでいるのを知っているからなのかは分からないけど特に会話は無かった。
アルに手を引っ張られて歩くのはずっと昔から変わらない光景だったりする。
前に目を向けてみると変わらない背中がそこにはあって、年を重ねるごとに遠かった背中はどんどんと近付いて行ったけれど。それでも大きな背中だなぁって今でも思う。
……それはきっと、アルが多くのことを経験してからなんだろうなって今なら分かる。
あたしには想像も出来ないような出来事を経験してきて。とても悲しくて、苦しい出来事だったりあったりしたんだと思う。
多くの友人の死を間近で見て、愛する人が命を落とすその瞬間を見せられ、忘れることも許されずに気の遠くなるほど長い時を重ねてきてる。
(……。だから、アルが言うこともきっと正しいってことなんだと思う)
誰かを傷付けてでも貫きたい気持ち。
それが「好き」って言う気持ちを指し示すってこと。
他にも色々聞いた。ずっと傍に居たい気持ち、傷付けたくないって気持ち、誰よりも大切にしたい気持ち、優しくしたい気持ち、幸せを願う気持ち、力になりたいって気持ち。
改めて思い返してみればバラバラのように見えるけど、実はそんなんでもないのかも知れない。
つまりは恋愛の好きの形は人によって様々で、どれもが正解で、どれが一番良いのかなんて分からない。
でも、全てに当てはまるのは他の誰よりもそう強く願うってこと。たった一人にだけ強く想うってこと。
そして、アルが言うようにあたしが誰かたった一人を選ぶことによって、あたしをそう想ってくれる誰かを傷付けることに繋がる。
(誰かを傷つけてまで……恋をしたいなんて思わないのに、なぁ……)
どうして傷付けなくちゃいけないんだろう? どうして「たった一人」じゃなければいけないんだろう?
皆が大切って気持ちは「恋」にはならないのかな。
……ならないから、「恋」って難しいのかも知れない。
あたしは探さなくちゃいけない、『運命の人』を。あたしにとって、ただ一人の人を。
誰かを傷付けてでも、あたしは見つけなくちゃいけない。そうしなきゃ、全てを終わらせることが出来ないから。
「……ねぇ、アル?」
「ん?」
「アルは……その、誰かを好きになりたいって思う?」
「……どうして?」
「だって、すごく辛い想いをしたと思うから……。だから、また好きになりたいって思うのかなぁって思って」
「そうだなぁ……。誰かを好きになる気持ちってさ、自分の意思じゃ、多分どうにもならないモノだと思うよ? 自然と、当たり前のように好きになるだろうから」
「そう、なの?」
アルに思わず問い掛けてしまった疑問は、本当なら聞いちゃいけないことだったのかも知れない。
だから問い掛けた後に少しだけ後悔したけど、アルは嫌な顔一つ見せずに少しだけ悩んだ様子を見せながら苦笑交じりに答えてくれた。
でも、その答えはまだ誰も好きになったことのないあたしには分からなくて。
「好きになっちゃいけないって思ってもなっちゃうモノだよ、きっとね。……それが自分にとって、かけがえのない存在なら尚更に、ね」
「……ふーん……?」
あたしには分からないけど、アリアなら多分分かるんだろうなぁってちょっとだけ思った。
だってアリアは泣きそうな顔で謝ってたから。「好きになってごめんなさい」って、何度も何度も。
でも、惹かれちゃったから仕方ない。好きになっちゃったから仕方ない。……それが恋って気持ちなんだなって少しだけ分かったような気がした。
そんな気持ちもあたしの中にあるのかな? もうあるのに、気付いてないだけなのかな?
どうやったら気付けるのかな……。どうやって皆は気付くのかなぁ……。
「……ほら、マリア。そろそろ、外に出るよ? 考え込むのもいいけど、あまり沈んだ顔は見せないようにね」
「あ、う、うんっ! って、そんなに沈んでる顔だった……?」
「いつものマリアに比べれば、ね。俺には誤魔化しは効かないよ、ずっと一緒に居たんだから」
城門が徐々に近づいて来るとアルは顔だけ振り返って微笑みながら一つ注意するように言うと、あたしは慌てて頷くがそんなに自覚がある訳じゃなかったから思わず顔に触れる。
そんなあたしの仕草が面白かったのかくすくすと笑みを零すアルを見ると妙に照れてしまう。
あまり感じたことのない気持ちに戸惑いを隠せなかったあたしは繋いだままの手を離すと、一歩前に出る。
「よしっ! お祭り、楽しもー!」
「……はいはい。目一杯楽しんで、沢山、報告出来ればいいね」
「……うん!」
全てお見通しと言わんばかりの口調で言われれば、少し悔しさもあって、でもやっぱり嬉しくて。
だから、あたしは持て余してしまった想いを振り払うように一気に走ることにした。
城門から外に出ればきっとライアンが皆を集めて、待っていてくれるって思ってるから。
【Side out:マリアリージュ=イヴ=クレスタ】
「……あ、来た」
最初にマリアリージュに気付いたのはライアンだった。皆と軽く雑談を交わしていたが、足音が聞こえると不意に視線を城の方へと向ける。
それに釣られるように仲間達もそちらに目を向ければ確かに走っているマリアリージュと、その後ろを苦笑を浮かべながら着いて来ているアルの姿があった。
「ライアンっ! 本当に皆、集めてくれたんだね」
「ああ……と言っても、ほとんどサーシャのお陰だが……」
「いえ、俺は特には何も……。高い位置から探すぐらいなら容易いですし」
「……言うほど簡単なことじゃないだろ、それ」
「そうですかねぇ」
皆の姿があることを確認すると嬉しそうに笑いながら、お礼を述べながら少し驚いたように目を瞬かせている。
喜んでくれたことが嬉しいのかライアンも表情を緩めながらも頷きはするが、サーシャの方を見ながら本当のことを話せば自分に話が回って来るとは思っていなかったのか軽く微笑みながら緩く首を横に振った。
当たり前のように言い切った姿を見て少し呆れ気味にヒナタがぽつりと零せば、楽しげに笑みを零す。
「皆で祭りを見て回るのはいいが……、そろそろ時間も時間だから早めに休んだ方が良いような気もするが」
「まぁまぁ、こう言う日ぐらいは、ね? お祭り自体はもうすぐ終わるみたいだし……後はただ、騒ぐ感じの宴になるらしいから」
「へぇ……。花祭りの最後って何かやるの?」
「さぁ……俺に聞かれても……。ランドルフなら知ってるだろうけど、聞いて来るの忘れたね」
そろそろ夜更けの時間帯だ。明日は早くに出発する予定を立てているのかエメリヤが僅かに顔を顰めるのを見ると、レイクは宥めながらも聞いた話を口にする。
一般的な祭りのように何か最後に特別なことをやるのだろうか。
クロードは首を傾げながらも何故かアルへと視線を向けて問い掛ければ、分からない、と苦笑を浮かべながらうーん、と首を傾げる。
マリアリージュはと言えば適当に歩き出しながらも、そう言えばクリストファーから聞いたことがあった気がする。だがそれが何なのか思い出せずにむぅ、と頬を膨らませた時。「そこのお嬢さん」と声が掛かったために足を止めて声が聞こえた方に視線を向ける。
「……あたし?」
「そう。その花はどうするつもりだい?」
「え? あ……そうだ、どうしよう……。普通ならどうするの?」
「この国の人なら飾るのが普通さ。でも、見た所旅人だろう?」
「う、うん」
声を掛けてきたのは丁度店じまいをし終わった辺りの屋台の少し年取ったお婆さんだった。
きょろきょろと辺りを見回してからマリアリージュが自分を指差すと、優しい微笑みを浮かべながら籠に目を向けながら問い掛けるとはっと今更ながらのことに気付くと悩みだしながらも聞く。
お婆さんは簡単に答えながらも確認を取れば、果たして旅人と名乗るべきかどうかは分からなかったが頷くことにした。
それを聞くとがさごそと近くに置いてあった箱の中を漁る姿を不思議そうに見ると目的のモノを見付けたお婆さんは一つのペンダントを取り出す。
「一枚ずつ、花びらを取って貰えるかい?」
「あ、は、はいっ」
取り出されたペンダントをじーっと見つめているマリアリージュを優しい眼差しで見つめながらもお願いするように言うと、慌てたように一枚ずつ丁寧に数本の花から取ると、はい、と手渡す。
花びらを受け取ると開けられるようになっていたらしく、ペンダントの上の部分を開けて花びらを入れて蓋を閉める。
何がしたいのかが分からなかったマリアリージュはきょとんと首を傾げるも、その数枚の花びらが入ったペンダントをマリアリージュへと差し出した。
「持っておゆき。良い思い出になる」
「え、で、でもっ!」
「大丈夫だよ、特殊な加工がされているから枯れることはない。……持っていきなさい」
「……ありがとう」
当然のように差し出されてそう言われると、受け取るのは躊躇われたのかふるふると首を横に振る。
その拒否を別の意味で受け取ったのか安心させるように言葉を紡ぎながら、そっとペンダントをマリアリージュの手に握らせる。
本当に貰っていいのかどうか分からなかったマリアリージュは困ったようにペンダントとお婆さんを交互に見てから、素直に好意に甘えることにしたのかふわり、と嬉しそうに微笑んだ。
――これで皆の気持ちを大事に持っていられる。
少し心を弾ませながらもペンダントを付けてから、改めてお礼を言おうとした時に後ろから声が掛かる。
「マリア! ……良かった、そんなに離れてなくて……」
「……あれ? マリアリージュ。そのペンダントはどうしたの? キミに良く似合ってはいるけど……」
「アル、クロードさん……それに皆も。……あっ!」
心配そうに駆け寄って来てからほっと安堵の表情を浮かべるアルのすぐ横にいたクロードは、先程まではなかったペンダントを見て不思議そうに首を傾げた。
そう言えば何も言わなかった、と少し後悔しながらもクロードの言葉を聞くと慌てて振り返るも既にそこにはお婆さんの姿はなかった。
驚いて辺りを見回すも目的の姿を見つけることが出来ずに、あれ、と首を傾げる。
そんなマリアリージュの姿を疑問に思って声を掛けようとするも、その前に不意に大きな音が辺りに鳴り響いて全員驚いた表情を浮かべる。思わず、辺りを見回してみると偶然にも見付けた人が空へと視線を向けていることに気付いた一行は釣られるように空へと目を向けてみると、そこには色鮮やかな花が、空に咲き誇っていた。
見た事のないモノに目を瞬かせることしか出来なかったが唯一、見覚えがあったレイクは、ああ、と頷く。
「花火か……実物は初めて見たよ」
「……? 知ってるのか、レイク」
「え? ああ……そうだよね、魔導にそんなに関わって来なかったなら分からないかもね。花火って言う一つの芸術かな? 魔導で作られた」
「花火……へぇ……」
「綺麗だな」
「ですね。……魔導ということは、魔導が扱える三人は使えるんですか?」
大きな音を響かせ、その度に夜空に色鮮やかな、形も様々な花が咲き誇る。
見たことのない綺麗な光景に目を奪われながらもレイクがぽつりと零せば、それを聞き取ったライアンはきょとんと首を傾げた。
聞き返されるとは思っていなかったレイクも思わずきょとんとしてしまうものの、すぐに納得したように頷きながらも簡単にだけ説明した。
詳しく説明されても分からないのだから簡易の方が助かると思いながらも、ヒナタが感心したように呟き、エメリヤも感嘆の意を込めて一言そう言った。
それに賛同するようにサーシャは頷きながら、ふと気になったように魔導が扱える三人――つまりはアル、レイク、クロードを順々に見て問い掛けた。問われた三人は互いに顔を見合わせてから、最初に答えたのはクロードだった。
「残念ながら僕は氷系しか使えないから。……氷で良いならもしかしたら出来るかもね」
「俺は……どうだろ? 聖剣に戻ったら或いは可能かもね。今じゃ、ちょっと自信ないかな」
「……細かい作業が得意じゃないと簡単には出来ないと思うよ。僕の実力じゃ、まだ無理だね」
「ということは、それほど凄腕の魔導師の方がいるということですか。……まぁ、どんな魔導師であろうともこんな光景を見せてくれたことには素直に感謝するべきなんでしょうね」
三人三様の答えが返って来ればサーシャは納得したように頷きつつ、もう一度空へと視線を戻した。
これが祭りの最後を飾る花なのだろう。
いつしか誰もが口を閉じて静かに見つめ続ける中、マリアリージュは気付かれないように夜空を見上げている仲間達の顔を順々に見ていった。
――心の中にあるのかも知れない、密かな「恋心」。
それは一体誰に向かっているのかが分からない。でも、それでもこうして皆で過ごせる時間はとても大切だと思える。
(……。きっと大丈夫、だよね。……あたしは、見付けられる)
自分に言い聞かせるように、そっと心の中で呟く。
自然とぎゅっとペンダントを握り締めながら、マリアリージュもまた夜空に咲き誇る花を記憶に刻むように見るのだった。




