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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第六章 「好き」の気持ちと、花祭り
97/103

07

 




【Side:ヒナタ】



「……ん、美味い」


 多くの屋台が並んでいる中で、適当に目に入った棒についている飴を買って舐めてみると意外と美味かった。

 村の中にはこういうお菓子はなかったし、新鮮な感じがする。

 他にも目が惹かれるのはあるけど、少し食べて見た感じではレイクが作る料理の方がオレ的には好きだった。……今度、頼んでみるのもいいか。

 飴を舐めながらまだ続く屋台に目を向けながら、小さく溜息が出てくる。

 一人で回るのもいいけど、こういう経験のないっていうライアンとでも見て回ろうかと考えてたオレにとってみればすぐに見失ったのは少し盲点だった。


(あっちには、アイツが居たけどさすがに一緒に見て回る気分にはなれねぇし……)


 多分、あっちも同じような考えをしてるのか違うのか、声を掛けることはしなかった。

 別に声を掛けたって良かったけど、躊躇われたっていうのが正解かも知れない。何かを考えてるみたいにも見えたから。


 ――考え事、か。


 一体、何考えてんのかは分かんないし、興味もないけど。他の人達も同じようなことを考えてんだろうな、とは思う。

 マリアリージュへの気持ち。『聖なる乙女』に必要なのは『運命の人』で、アイツは近い内に誰かを選ぶことになる。


(……誰か、か……。……何で、嫌な気持ちになるんだろうな?)


 想像して見た。アイツの隣に、誰かが立っている姿を。

 幸せそうな笑顔を独占できる、一人の男がそこに居る姿を。

 心の奥底がもやもやとして、何て言えばいいか分からない嫌な気持ちが湧きあがって来る。

 胸の奥が苦しいような気すらして、意味が分からない。こんなの初めてで、分からない。


(マリアリージュは、オレに″初めて″のことばっかり感じさせる。……この苦しい気持ちも、嫌な気持ちも……優しくて、暖かな気持ちさえも)


 初めてだった、誰かに対してこんな気持ちを抱くのが。

 初めてだった、無条件で誰かが手を差し伸べてくれて優しくしてくれたのが。

 初めてなのが嬉しいような、苦しいような。でもマリアリージュであることが幸せであるような気さえしてくる。

 他の誰でも無いマリアリージュだからこそ、幸せだと思える。初めて抱く気持ちを教えてくれたのが、アイツで良かったと、思える。


「……わっ!」

「……!? ……」

「わー、ごめん、ごめんって! ヒナタ! そこまで驚くなんて思わなかったんだもん」


 いつの間にか足を止めて考え込んでいたオレだったからか、後ろからそろりと近寄ってきている存在に気付くことは出来なかった。

 だからか、いきなり背中を押され、大きな声を出されれば誰だって驚く。

 振り返った先に居たのが今の今まで考えていた相手だから尚更だ。目を見開いて何も言わないオレが怒っていると思ったのか、マリアリージュは慌てて謝っている。


「何、してんだ? こんなところで」

「え? 屋台だよ、屋台! ヒナタも美味しそうなモノ食べてるし……あ、ちょーだい?」

「……はっ? ばっ……オレの食べかけだ、これは!」

「知ってるよー。……む、美味しいモノだと見た。いただきまーす!」

「あ……」


 マリアリージュはじーっとオレの食べかけの飴を見つめながら満面の笑みで爆弾発言をした。

 渡せるはずもなく、当然断りを入れるのだが何を勘違いしたのか、一瞬の隙を見てぱくりと飴にかぶりついた。

 甘くて美味しかったのか、マリアリージュは幸せそうに表情を緩めているがオレはそれ所じゃない。さすがにそこまで子供じゃない。

 間接き……違う! 目の前で飴から必死で意識を逸らす。


「……そ、そうだよ。わざわざ、オレに声掛けるぐらいなんだから何かあるんだろ? 何だよ」

「あっ、そうそう! 皆に聞いて回ってる事があるんだー。それで、ヒナタを探してたの」

「ふ、ふーん? で、聞きたいことって?」

「『好き』って気持ちはどんな気持ち? ってこと」

「はぁ?」


 何とか話題を逸らすことには成功したが、マリアリージュから質問されたことは予想外過ぎた。


「分からない」

「えー! 何となくでいいから!」

「何となくって言われても……」


 予想外過ぎたから、当たり前のようにオレからは当然の言葉が返された。

 それでも諦めずに必死に縋りついてくるマリアリージュを見れば、少しだけ考える。

 ――分からないが正解だ。考えたことも無い初めて・・・の気持ちだ。

 そこで何かに気付く。……初めて? オレはさっきから考えてたのは、全部″初めて″の気持ちだ。

 目の前にいる一人の女の子に抱いた、初めての気持ち。それがもしも、『好き』という気持ちなら?

 一気に身体全体が熱くなってきたような気がして焦って顔を逸らしてから、もしも、そうなら。


「……優しくしたいって気持ち、かな」

「え?」

「意識して優しくて、守りたいって思うんじゃないかと思ったんだよ! これで十分か」

「あ、う、うん! 相手の事を考えて行動するってことだもんね、素敵だなぁ……」

「……っ、恥ずかしいから何度も言うな」


 顔に熱が集まって来るのを感じる。助かったことにこの祭りなら、顔を赤くしてても不思議に思われることはない。

 でも、これ以上マリアリージュといると変なことを言ってしまいそうな気がする。

 意識を逸らそうとしてもさっき気付いたことを早々に消せるはずもなく、視線をあちこちに向けるとふとマリアリージュが持っている籠に目が行く。

 色とりどりの花が四本入っていることに気付き、思い出した。

 そして自然とオレは持っていた一本の藍色の花をマリアリージュの籠へと投げ入れた。


「……え? え? ヒナタ?」

「オレからだよ、他に渡す相手もいないし、やる」

「あ、ありがとう」


 素直に言えない自分が少し嫌になるが、籠へと目を向けたマリアリージュが嬉しそうに笑ったのを見て、まぁいいか、と言う気分になる。

 ……単純だな、ホントに。

 こんなものなのかも知れない、オレが初めて抱いた気持ちが行きつく先なんて。


「あ、そうだ。あたしも屋台、見て回ろうかな。ヒナタ、いい?」

「……別にオレはいいけど。他の奴ら、探してんじゃねぇの?」

「……あ!」

「あっち。城近くの川辺にクロードが居たから、行ってみれば? ついでに屋台も見れるだろうし」

「えへへー、色々とありがとね! また後でね、ヒナタ!」


 ひらひらと手を振ってから走り出したマリアリージュを見て少し呆れて、少しだけ寂しい気持ちが生まれた。

 単純だけど、やっぱり複雑な気がしてきた。

 はぁ、と溜息一つ零してまだ残っている飴を食べようとして思い出す。……そうだ、アイツが食べたんだった……

 食べるか食べないか迷いながらも意を決して食べることにした。多分、さっきよりも甘いのは気の所為に決まっている、と言い聞かせながら。



【Side out:ヒナタ】







【Side:クロード=リュアラブル】



 さすがに城近くともなれば多少なりとも騒ぎは収まるようで、それでも人々が盛大にお祭りを祝う声は聞こえて来る。

 第二王子の生誕日を祝って作られた祭りなのだから当然なのかも知れないが、当人が居ない今の状態では少し物足りない気がしているのかも知れない。

 それを紛らわせるためにいつも以上に騒いでる、とも言える。

 正確に考えるのを止めてしまった僕は多くの時を重ねているために、多くの祭りを知っていると思われがちだけど。

 実際はさほど興味も無く、一人で楽しむような性格でもなかったためにいつも遠目で見るばかり。だから、あの中に混じって楽しみのは少々気が引けるっていうのが本音だったりする。

 だから、こんな場所で一人佇んでいるんだけれど。

 ……祭りが嫌いって訳じゃない。だって、彼女が楽しいと思えることだから。

 それ以上もそれ以下も僕の中にはない。彼女が楽しめるのなら、マリアリージュがいつも以上に笑顔を浮かべてくれるのならそれでいい。


(それにしても……彼女は誰を選ぶんだろう? ……ただ一人、『運命の人』は一体誰なんだろう)


 僕であれば良いと思う。

 でも、そこまで自惚れるほど彼女が僕を知ってくれている訳でもないし、こんな短期間じゃ、僕が一番最初に弾かれる男に決まってる。

 別にそれで良いとさえ思ってる。

 マリアリージュの幸せに繋がるのであれば。僕はどれだけ傷付いたって構わない。望むのなら、この身をいくらでも罪に染めてもいい。

 そしてただ一つ願うのならば、今も変わらない姿でいるたった一人の親友を解放してあげて欲しい。


 闇の呪縛から、リリーと共に。


 そうしてくれるのなら、僕を選んでくれなくたって構わないって言い切れる。


(……こんな事を考えてばっかりいると誤解されるかも知れないけど。僕の気持ちは何も変わっていない)


 ずっと見てきた。アルとは違う方法で、ずっと『聖なる乙女』を見続けてきた。

 そんな中で見付けた眩しい程の一つの光。惹かれるのは当然だった。

 当たり前のように僕の心はマリアリージュに囚われていた。……あの頃、僕がリリーに対して抱いていた想いと同じぐらいに。

 好きだよと伝えて許されるのならば今すぐにだって伝えたい。愛してもいいと言うのであれば、僕の全てで愛したい。

 でも、何よりも優先すべきなのは僕の気持ちなんかじゃない。マリアリージュの気持ちだ。僕の気持ちなんか二の次でいい。


(だから、キミはキミの思うままに……キミの心が示すままに、一人の人を選べばいいよ)


 かつてリリーがそうしたように。

 どんな結果になろうが僕は受け入れられる覚悟をもう持ってる。

 ……そうとっくに。持っていなければ、マリアリージュに対して姿を明かすこともしないし、方法も教えなかった。

 全てを受け入れた覚悟をした上にしたこと。後悔はしていない。

 マリアリージュが幸せに生き続けてくれる未来を選べるのならそれ以上の幸せなどあるはずがないのだから。


「あ……クロードさんっ!」

「……ん? あれ……マリアリージュ?」

「はい! クロードさんは参加しないの? お祭りに」

「うん? いや、僕は参加してる方だと思うよ?」

「……?」


 改めて自分の気持ちを再確認してる時に聞こえた声に、僕は自然と表情が緩むのが分かった。

 ゆっくりと振り返りながら視界に入った姿に微笑みかけながらも不思議そうな視線が向けられると、僅かな苦笑だけを返した。

 そう、外に居る僕なんて中にいる彼らを見れば参加している方だ。

 だけど僕の言葉の意味が分からないマリアリージュはしきりに首を傾げていて。それが妙におかしくてくすくすと笑みが零れる。


「どうしたの? 僕に用だったんでしょう? わざわざ、ここまで来るくらいだから」

「あ、そうなの! ちょっと聞きたいことがあって、クロードさんならきっと良い答えくれるって思ってる!」

「そこまで期待されると意地でも答えたくなるけど……一体、どんなことを聞きたいの?」

「『好き』って気持ちはどんな気持ちなのかなーって」

「ああ……、なるほど」


 マリアリージュがゆったりと流れる川の流れに視線を向けながらも質問を口にすれば、僕はすんなりと納得する。

 彼女の様子を察するに多分、他の人にも聞いてきているんだろう。持っている籠に入っている色とりどりの花達がそれを示している。

 とは言っても『好き』の気持ち。

 答えは様々だって僕は思う。色々な気持ちが混ざり合って、誰かを特別に想うたった一つの「好き」になると思うから。

 だからたった一言で説明するのは難しい。でも、あえて一言で言うのなら僕はこう答える。


「幸せを願う気持ち、かな」

「……幸せ?」

「そう。人によっては幸せにしたい、一緒に幸せになりたいって思えた人かもね。僕は心から幸せを願える人をたった一人の特別な人だって思ってる」

「特別な、人……」


 出来るのならば幸せにしてあげたい、僕の手で。

 一緒に居て互いに幸せにし合える関係だって素敵だと思う。でも、僕は幸せを願える人でいたい。

 ……いいや、きっと僕にはそれしか出来ない。幸せを願うことしか。

 選ばれることがないから、そうすることしか出来ない。リリーの時も、きっとマリアリージュの時にも。

 でも、それでいい。それが目の前にいるたった一人の特別な女の子の幸せに繋がるのなら、それがいい。


「「好き」の気持ちは言葉で説明するのはきっととても難しいと思うよ」

「うん……そんな感じなのかも」

「だから、キミはキミの「心」に向き合ってみればいいよ。そうすれば自ずとキミの答えが出る」


 僕の言葉を聞いてマリアリージュはこくりと素直に頷く。

 ――自分の心と向き合った結果、ルナンの心は闇に染まってしまったけれど。

 それでも僕はどこかで信じているのかも知れない。まだ、彼に人の心が残っていることを。闇に囚われてしまっているだけなのだと。

 甘いだけかもしれない。そう思ったとき、ふと僕は思い出したように一本の薄いピンク色の花を取り出すとそっとマリアリージュの髪に添える。


「……うん。似合ってる」

「え? あ、わっ……あ、ありがとう、クロードさん」

「どういたしまして。……さぁ、このまま僕と一緒にいたらキミを独り占めしてしまいそうになるから、他の場所に行った方がいい」

「え? あ、は、はい? あ、でも、あたし、居場所分からない……」

「……後は誰と会ってないんだい?」

「アルとライアンの二人なんだけど……見掛けなかったかも」


 抱きしめたい衝動に駆られると必死にそれを抑えながら、マリアリージュに促すとはっと戸惑いながらも困った表情になる。

 大抵の場所は見て回ったんだろう、困り果てた表情を浮かべているのを見て少し考える。

 ちなみに僕はどっちの居場所も知っていたりする。でも、どちらを先に教えるかと考えた結果、うん、と頷く。


「ライアンなら城内にいるよ」

「……城内? 折角のお祭りなのに?」

「うん、アルや僕も言ったんだけど急いで仕上げたいものがあるとかで……。城内の鍛冶場にいると思うよ、場所が分からないなら城の人に聞いてみるといい」

「お城の中かぁ……予想外! でも、行ってみます! 教えてくれてありがとう、クロードさん!」


 髪に添えた花を大事そうに籠に移してから、ぺこりと頭を下げてそのまま、城内へと入っているマリアリージュの後ろ姿を視線で追う。

 自制出来る自分を褒めてやりたい気分になりながら、何気なく視線を上に上げた。

 ……闇の復活はもうすぐそこだ。

 それがどうか、最後の戦いになるようにと僕は願う。


 ――どうか、見守っていてね、リリー。


 彼女が微笑んでくれた表情を思い出しながらも、心の中で小さく呟いたのだった。



【Side out:クロード=リュアラブル】



 


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