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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第六章 「好き」の気持ちと、花祭り
96/103

06

 




【Side:サーシャ=ノイシュ】



 まず最初に思い浮かんだことが、随分自分には似合わない場所だなぁ、ってことだった。

 祭りと言えばどんなことを思い浮かべるんだろうか。

 特有の楽しみや、特別な料理、後はその祭りの趣旨。今の祭りで例えるのなら、今自分の手元にある一輪の赤い花だ。


 ――ああ、やっぱり似合わないなぁ。


 もう物心つく頃には俺は既にアサシンとしての訓練に励んでいたし、任されれば暗殺も普通に行っていた。そんな俺が普通の人が楽しむような祭りに参加することは、許されることがなかった。

 だから分からないというべきか、知らないというべきか。

 どちらにしろ、居づらさを感じて逃げるように屋根の上に来た。もちろん、この家の人達には一言断りを入れている。

 やっぱり、気分が高揚しているおかげなのかあっさりと許可を得ることが出来るのは助かったとも言える。


(……やっぱり、俺は……君の傍に居るべきではないんじゃないだろうか)


 不意に思い浮かんだ少女――マリアリージュを思い出すと表情が自然と緩むのを感じながらも溜息も同時に零れてしまった。

 それは分かり切ってたことだった。

 初めて出逢ったその時から、分かってたことだけど自分の中に確かな興味があることに気付いて。

 断れるのを覚悟で同行を申し出たら、あっさりと承諾を得られた時にはさすがに毒気が抜かれた。

 すぐにお人好しなんだな、と思いながらも嬉しさが湧きあがってきたことにも嫌でも気付かされて。

 尚更……最近は特に思う。

 俺はマリアリージュに近付くべきではなかったんだって、本当に。


(だって……俺の中に、恐怖がある)


 ――彼女を傷付けてしまうのではないかという恐怖が。


 今はまだ良い。″本気″になるような事態に陥ることはないし、幸いにも仲間達は実力者揃いだ。滅多な事では訪れない。

 でも、今後は分からない。

 何せ最大の敵は『闇の支配者』と呼ばれる、自分では手も足も出ない相手。

 そんな相手に″本気″を出さずに彼女を守れるか? 守れるはずがない。

 それでも″本気″は出来る限り出したくない。それは彼女を傷付けることに繋がってしまうから。


(……ああ……君だけが、俺の心を掻き乱し続ける。アサシンの俺にとっては、天敵とも言える相手)


 こんな感情知りたくなかった。知りたくなかったのに、逆に心の奥底では喜んでいる自分が居るのも確かで。

 傷付けたくないのなら傍に居ない方がいい。傍に居ない方がいいのに、傍に居たい。

 だって彼女なら、俺を受け入れてくれるってどこかで思ってる。その可能性を捨てられない限り、俺は離れることが出来ない。

 ……なんて情けない。こんな俺は知らないままで居たかった。


「マリア、リージュ……」

「……はいっ!」

「!?」

「あ、居た居た。やっぱり、気付かれてたんだー」


 思わず口から零れたしまった名前。そして突然聞こえた返事。

 びくりと身体を震わせてしまいながらゆっくりと振り返ると、梯子を登って顔を覗かせているマリアリージュがそこには居た。

 さすがだねー、なんて言っているが注意散漫だった俺は全く気付いていなかった。


 ――失態だった。アサシンとしてはあるまじき事。


「よいしょっと……サーシャはお祭り、参加しないのー?」

「……人が多いところは苦手なんですよ。……それにしても、良く俺がここに居ると分かりましたね?」

「あ、レイクがね、教えてくれたんだよ。偶然見掛けたんだって」

「ああ、レイクが……そう言えば姿を見かけましたねぇ」


 彼女は梯子を登り切ると自然と自分の隣に腰を下ろす。

 視線を向けることが躊躇われた俺は空を見上げたまま、出来る限り平静を保ちながら会話を続けると出てきた名前に納得する。

 声を掛けようかと思ったが何か考え込んでいる様子だったので、声を掛けるのは躊躇われた。


「あ、でね! レイクにも聞いたことなんだけど、サーシャに聞きたいことがあるの」

「はぁ……何です?」


 レイクに答えを得られなかったから俺に問い掛けるということならば、答えられない可能性の方が高い。

 まぁ、聞くだけ聞いてみようと思って視線を向けてみると視線が交わり合う。


「『好き』ってどんな気持ち?」

「……は、い?」

「だから、『好き』の気持ち! 皆に聞いて回ろうと思ってるの。だから、サーシャにも聞かないと」

「は、ぁ……好き、ですか……」


 彼女の口から紡がれた疑問は、俺にとっては遠いところの問い掛けのようにさえ聞こえた。

 一つ言えるのならアサシンにそれを問い掛けるのは愚問だ。

 大抵なら「知る価値もない」などと言われて一刀両断されるに決まってる。もちろん、俺にとってもそうであったに違いない疑問。

 でも、じーっと見続けて来ているマリアリージュは当たり前のように俺をアサシンとしては扱わずに一人の人間として扱っている。祭りを楽しんでもいい、一人の人間として。


 ――『好き』の気持ち。


 それは俺にとっては未知だった。……未知だけど、一つだけ分かったことがある。


「俺に限って言えば……傷付けたくないって気持ちでしょうかね」

「……え?」

「出来る限り、身体的にも精神的にも傷付けたくない。……傷付いて欲しくないと思う相手に対して抱くのかも知れません」

「うーん、友達とか、そういう人にもそう思わない?」

「思うかも知れませんね」


 マリアリージュの言う通りに、俺の言う『好き』の基準ならば家族でも友達でも仲間でも当てはまるんだろう。

 それでも、俺に限って言えばそれは何よりもすごいことだと思えた。

 傷付けても何も思わないアサシンの俺が、傷付けたくない、傷付いて欲しくないと思えたのならそれは確かにその人を『好き』だと思ったことだと思うから。

 だからこそ、俺の答えはこうなった。

 答えを貰ったマリアリージュは、うーん、と悩んでいる。傷付けることのない彼女にとってすれば俺の答えはもしかしたら理解出来ないことなのかも知れない。


「……俺に限って言えば、ですから君がそこまで考える必要はありませんよ」

「えー……でも、サーシャにとってはそうなんでしょう? だからそれもきっと一つの『好き』って気持ちの形なんだろうね」

「そうだといいとは思ってますよ」

「そうだよ! というかそうに決まってる!」


 笑顔で言い切るマリアリージュを見ると、思わず笑みが零れる。

 誰に理解されるよりもきっと、マリアリージュに理解されることが一番嬉しい。

 そう思う俺の心はもしかしたらもう定まっているのかも知れない。でも、あえて考えることはせずに不意に傍らに置いておいた花の存在を思い出して一瞬迷う。

 渡すべきか、渡さないべきか。

 でも、渡せばきっとマリアリージュは笑ってくれると思うから。そう思うと自然と花を手に取ってマリアリージュに差し出す。


「どうぞ」

「え? あたしに?」

「ええ、日頃の感謝と……後は様々な想いを込めて」

「……ありがとう!」


 突然のことに驚いた表情だった彼女の表情はすぐに嬉しそうな笑顔に変わる。

 多分、彼女が選ぶ相手は俺ではない。『聖なる乙女』の『運命の人』が俺のような人間であってはいけないと思っているから。

 だからこそ、こうして笑顔の彼女を見られる日を大切にしよう。

 ――そう思える自分はほんの僅かだけ、好きだと思えるから。


「マリアリージュ。他の皆を探していると言っていましたね? レイクには逢ったんですよね」

「あ、うん!」

「他には誰か逢いましたか?」

「ううん、まだ」

「じゃあ、少し人混みから外れた場所でエメリヤと逢いましたよ。今も居るかも知れませんから行ってみたらどうですか?」

「ホント? 行ってみる! えへへー、教えてくれてありがとね、サーシャ!」

「いえ、気を付けて」


 このまま一緒に居てはいつまでもマリアリージュを独占してしまいそうな気がして、俺は不意に思い出したことを告げるとマリアリージュは顔を明るくさせながら梯子に向かっていく。

 気にしなくていいとばかりに声を掛けつつも、俺は少しだけ振り返った。

 丁度、梯子から下りている姿が見えたのだが顔が見えなくなる辺りで俺が振り返ったことに気付いたマリアリージュは微笑んでくれた。

 それだけで十分だと自分に言い聞かせながら、一人でいた時よりは少し楽しげに聞こえてくる人の声に耳を傾けることにしたのだった。



【Side out:サーシャ=ノイシュ】






【Side:エメリヤ=ヴェルディ】



 祭りの喧騒から少し外れた、人の姿がほとんど見えない静かな場所に移動して来ていた。

 特に騒がしいのが嫌いという訳でもなく、祭りという行事が苦手という訳でもない。ただ、考え事をするには少々不向きだと思った。

 今日ばかりは全てを忘れ楽しむのも一興かも知れないが、どうにも私には不向きらしい。

 楽しむ事に集中しようとすればするほど、他の事を考えてしまう。自分でも呆れるぐらいに不器用だと思い知らされる。


(……あの子に対する気持ち、か)


 『聖地』を離れて以来、私が常に考えるようになった未だに答えが出ない疑問。

 サーシャが言うように考えなければいけない。定めなければいけない、その時が訪れるまでには。

 騎士時代。まだあの子の近衛騎士であり、教育係であった頃の私にとってのマリアリージュという存在は守るべき大切な存在で、兄のように慕ってくれた、まるで妹のように思える女の子。

 あの子にとってすれば兄のように思っていた頃など本当に幼い頃のことで、年を重ねるにつれて口煩い教育係でしかなかったのだろうが。

 多くのことを教え、本当ならば学ばなくても良い剣の扱いも教えた。

 『聖なる乙女』という一つの名は、あの子にとってはどんな風に聞こえていたのだろうか。

 幼き頃から見て来てもそれだけは分からない。分からなくても、あの子はその名にふさわしい人であろうと頑張っていたのだろう。


(私は……マリアリージュを一体、どう思っている……?)


 何度も何度も問い掛けて出てくる答えは、『大切な存在』だという答えだけ。

 ならば、その″大切″の意味は?

 妹として? 一国の姫として? 『聖なる乙女』として? 一人の、女の子として?

 多くの可能性が浮かんでは消え、残るのはいつも変わらなくて決まらない。

 情けない、本当に。


 ……ただ、逃げているだけだ。自分の気持ちから、向き合うことを。


 どうしてか、その答えは知っている。――マリアリージュが私を選ぶという可能性が低いからだ。

 向き合った後に現実を思い知らされるぐらいならば、向き合わないまま、幸せを祝える存在のままで居たい。純粋に、心から。


「父上や母上は、こういう時にどうしたのだろうか」


 不意に思い浮かんだ父と母の姿。

 いつも仲が良く、幸せな二人。あの方々も思い悩んだ時はあったのだろうか。

 あったのだとしたら、一体どうやって乗り越えたのだろう? 聞きたいと思っても、今は聞くことすら出来ず。

 自分自身でどうにかしなければいけないことを改めて突き付けられた現実に溜息が零れる。一度、気分を入れ替えた方がいいかも知れない。

 踵を返して祭りに戻ろうとした時にふと声が聞こえた気がして私の足は自然と止まる。


「あ、居たー! エメリヤー!」

「……マリアリージュ? 何故、ここに……」

「サーシャが教えてくれたの! この辺りで会ったんでしょ?」

「ああ……会ったには会ったが……。わざわざ、私を探していたのか?」

「うんっ! あ、皆も探してるんだけどね。聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」


 叫びながら駆け寄ってきたのは、今の今まで考えていたマリアリージュの姿だ。

 まさか、こんな人気のないところまで来るとは思っていなかった分、驚きで言葉を紡ぐのも大変だったが表情が緩むのを感じた。

 僅かに乱れた息を整えながらも笑いながら見上げたマリアリージュから紡がれた言葉にその″聞きたいこと″が思い当たらずに思わず、首を傾げてしまう。

 答えられる事ならばいいが……、そんな風に思っていた私の耳に届いたのは思いもよらない問い掛け。


「『好き』の気持ちについて! 『好き』ってどんな気持ちなのかなーって。あたし、見つけなきゃいけないのに全然分からないから」

「……」

「でね、お兄様が皆に聞いてみればいいんじゃないかーって言ってくれて。聞いて回ってる所なの!」

「あ、ああ……なるほど。それで……今まで誰に聞いて回ったんだ?」

「今のところはねー、レイクとサーシャの二人だけ! エメリヤで三人目だよ」


 ランドルフ殿下の入れ知恵か……。いや、聞いて回ること自体は悪いことではないんだが、内容が内容だけに答えにくい。

 さぞかし、レイクとサーシャも困った事だろう。

 私も困ってはいる。だが期待に満ちた目で見られれば、答えられない、で済ませられるような状態でも無い。


「エメリヤにとっての『好き』はどんな形?」

「……私にとっての、『好き』……」


 改めて問われると、思わず繰り返すように呟く。

 ――『好き』の気持ちをどう表現するかは人それぞれなんだろう。

 もしかしたら言葉にするのも難しい気持ちなのかも知れない。だからこそ、人は『好き』という言葉を使う。多くの意味を込めて。

 ならば、私にとってはどういう相手に使うのだろうか。

 ……難しいことはないように思えた。そう、難しくは無い。


「自分にとって誰よりも大切にしたいと思う気持ち、だと私は思う」

「大切にしたいと思う、気持ち? 誰よりも、優先してってこと?」

「ああ」

「……大切にしたい、かぁ……。一番強くそう思った人ってことだよね」

「そうだな……いや、そうであって欲しいと私が思っているだけだ」


 『好き』だから大切にしたい。

 ……それはずっと私が抱いてきている、変わらない想い。

 それが正しいかどうかは私には分からない。でも、間違っていても私にとってはそうなのだと素直に思える。

 思えるからこそ、自然とずっと持っていた一本の紫色の花をマリアリージュに対して差し出す。この花を渡す相手は、目の前にいる女の子以外にはあり得ないと思えるから。


「エメリヤ?」

「私からだ、良ければ受け取ってくれ」

「え? あ、も、もちろん! ありがとう、エメリヤ。……えへへ、とっても幸せなお祭りだね」

「……ああ、本当に」


 こんな私でも、目の前の女の子を幸せな笑顔に出来る、良い祭りだ。

 このまま、マリアリージュと共に語らうのも悪くはないと思うが、まだ私で三人目だと言うなら他の皆の元にも行かせるべきだろう。


「ああ……そうだ。マリアリージュ、ヒナタを見掛けたぞ」

「ヒナタ? え、どこどこ?」

「ここに来るまでに屋台が並んでいる通りがあっただろう。あそこで屋台を興味深そうに見ていた、行ってみたらどうだ?」

「行くっ! あ、エメリヤも一緒に行く?」

「……いや、私はもうしばらくここにいる。遠慮せずに楽しんで来い」

「はーい! じゃあ、また後でね!」


 屋台を聞いて目を輝かせる姿は、まだまだ幼い頃と変わらないな。

 でも、変わらないままなのが嬉しいと思えるから。これ以上一緒に居たら本当に一緒について行きそうな気さえもするから。

 笑顔でまた駆け出したマリアリージュの後ろ姿を笑って見送ることにしたのだった。



【Side out:エメリヤ=ヴェルディ】



 


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