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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第六章 「好き」の気持ちと、花祭り
95/103

05

 




 翌日。『花祭り』当日となったこの日、軽く食事を済ませた一行は城下に行く為に城門に向かいながら、その間に『花祭り』のことを聞くことにした。


「んー……知ってるとは思うけど、今日はクリスの生誕日でね。クリスの母君は大層花好きで、父上が良く花を贈ってたことがきっかけでクリスの生誕日には愛する人や感謝を伝えたい人に花を贈るお祭りになったって訳。あ、ちなみに花を贈れるのは男性側で、受け取るのは女性側、だけどね?」


 ランドルフは聞かれると、どう説明したものかと頭を悩ませながらも出来るだけ簡潔に説明をする。

 付け加えて言うのであれば花の種類に関しては、クリストファーの母が好きだった花に限られているようで。色の種類は豊富らしい。

 一種の告白の行事化しているのは否めないが、たまにはそういうお祭りがあったって良い、というのが国の考え方に収まった感じだ。とは言ってもこの祭りの主役であるクリストファーは呆れ顔だったらしいが。

 ちなみに彼がもしも、今日この国に居たのであれば部屋を花で埋め尽くされるという。

 ――そんな話を聞いたことがあったなぁ、と思い出しながらマリアリージュはくすくすと笑みを零すと仲間達に視線を向ける。


「じゃあ、折角のお祭りだし……各々で楽しむ感じでいい?」

「あー……いいんじゃねぇの? オレは色々見て回りたいし」

「そうだね、自由に楽しむのも良いと思うよ」


 マリアリージュが今日のことを提案するように言うと、まず最初に賛同してくれたのはヒナタだった。

 純粋にこういう大きな祭りが楽しみであるのだろう、僅かながらに表情が楽しそうになっているのを見ればくすり、と小さく笑みを零しつつも続いてレイクも同意する。


「私も異論はない」

「俺も構いませんよ、賑やかなのが好きな人もいれば苦手な人もいるでしょうしね。純粋に楽しめる方法を取るのが一番かと」

「……遠まわしに苦手って言ってるように聞こえるのは気の所為? サーシャ」

「ええ、気のせいですよ」


 こだわりはないのだろう、エメリヤもこくりと頷いて賛同し、サーシャも微笑みながらも自分の考えを告げる。

 その言葉に引っ掛かりを覚えたアルは苦笑を浮かべつつ、ちらっと視線を向けて確認するように聞くと、彼は微笑みを浮かべて頷いた。

 嘘かどうかは分からなかったためにそれ以上はアルも何も言わずに苦笑を浮かべた。


「それじゃ、解散ってことでいいのかな?」

「らしい。俺は先に行く」

「あ、ちょっと待てよ! ライアン!」

「……全く。我々も行くことにするか」

「そうだね……、また後でね。マリア」

「……元気だなぁ。あ、マリア。何も起こらないとは思うけど、剣だけは持ち歩いてね」


 クロードの言葉がきっかけにそれぞれが行動を開始する。まず最初に歩き出したのはライアンで、その後を慌ててヒナタが追う。

 そんな二人の姿を呆れたように見たエメリヤははぁ、と一つ溜息を吐くとゆっくりと歩き出したのを見て、レイクも頷き、マリアリージュに一言声を掛けてからエメリヤと並んで歩き出した。

 ぽつりと思わず言葉を漏らしたアルはと言えば苦笑を浮かべたまま、一応は、とばかりに言うとクロードと共に行ってしまう。

 残されたのはマリアリージュとランドルフで、まるで昨日と同じようだ、と気付いたマリアリージュは小さく笑みを零すと、ふと目の前に花びらが幾重にも重なった白い花が差し出される。


「え?」

「これは俺から、マリアへ。受け取ってくれる?」

「あ、ありがとう! お兄様!」


 突然のことに目を瞬かせるマリアリージュを見て優しく微笑みながらも、はい、と手渡すように聞くと慌てて受け取りつつも嬉しそうに笑って礼を述べる。


 ――可愛いなぁ、と素直に思う。


 元々、マリアリージュに渡すつもりではいたがこの花に込められている意味は愛情なのか感謝なのかは自分でも分からない。

 でも、分からないままでいいのかも知れないとランドルフは思った。多分、どれだけ頑張ったとしても彼女の心が自分に向くことはない。

 それならば、幼い頃からずっと続くこんな兄と妹のような関係を続けていく方が幸せだと思えるから。だからこそ、彼女に抱く想いは兄が妹に対して抱く「家族愛」なのだと納得させることにした。


「……ねぇ? お兄様」

「ん?」

「『恋』ってどんな気持ち? ……あたしにも分かる? ううん、分からなきゃいけないんだけど」

「……。そうだなぁ、俺もいまいち分かってない部分があるけど、恋……恋愛の『好き』って人それぞれじゃないかな? 聞いてみればいいんじゃない?」

「聞く?」

「そう、彼らに」


 花をじっと見つめながら、マリアリージュは一つの疑問を口にした。

 考えても考えても答えが出ない疑問。これだけ答えが出ないと自分の中にそういう気持ちはないんじゃないかとさえ思えてくる。

 それではいけないというのに。どこか切羽詰まった感じで聞いてくるランドルフは僅かに苦笑を浮かべた。

 つい今さっき自分の気持ちに決着を着けた所だったから聞かれても困るというのが本音ではあるが、考える仕草を見せればふと思い浮かんだことを口にする。

 思わずきょとんと首を傾げて聞き返せば、既に姿は見えなくなってしまった仲間達の後を追うように視線を向けるとマリアリージュも釣られるように向けながら、少しだけ迷う仕草を見せる。

 聞いてもいいことなのか分からない。でも、聞かなければ分からない。

 矛盾する気持ちがあるのは事実であるが、自分は知らなければいけないことだとマリアリージュは自分を納得させれば、ランドルフに振り返った。


「そうしてみる! じゃあ、行ってくるね、お兄様!」

「……うん、行ってらっしゃい。外に行けば小さな籠を貰えると思うから、それに花を入れるといいよ」

「はーい!」


 明るい笑顔を浮かべながらもひらひらと手を振って走り出したマリアリージュを見ながら、少し寂しげな笑みを浮かべつつもランドルフは聞こえるように少し大きな声で言う。

 ランドルフの声がかろうじて聞こえたマリアリージュは元気よく返事をすると、その後ろ姿はたちまち見えなくなってしまう。


(……好きの気持ちはそれぞれ、か)


 ならば彼女を諦めて彼女を見守る選択肢を選んだ自分の『好き』も正解なのだろう。

 でも、それを口にすることはない。これから先、どういう結果が待っていようとも。彼女の幸せが「自分」の元にないと分かっているからだ。

 ランドルフは、思わず笑みを零しながらくるりと踵を返して歩き出した。――折角の弟の生誕日だ、辛さや苦しさを感じて良い日ではない。そんなのは全て終わってから感じればいい。

 自分にそう言い聞かせれば、自然と自分の足が両親の元に向かっていることに気付いたのだった。






【Side:レイク=ケプラー】



 城から城下に出ると、すぐにバラバラに行動してから数十分。

 僕の手には一本の黄色い花があって、それを見ながら中央広場らしい場所まで来ていた。

 多くの出店が並ぶ中、多くの人達が幸せに溢れた微笑みを浮かべているのがどこを見ても目に入ってくる。

 マリアに逢うまでずっとあの街で暮らしてきた僕にとってすれば、こういう光景も珍しいというか、見慣れないものではあるけれど。


(……マリア、か……)


 心の中で呟かれた一人の、名前。

 本来ならその名前を呼ぶことさえも許されないだろう、一人の女の子の名前。

 初めて出逢った時は、今まで周りに居ないタイプの女の子だな、って思った。次に思ったのは、嘘をつかない子なんだな、って思った。

 僕は僕の目的のためにマリアの旅に同行してる。

 確信はないけれど、多分、兄さんや義姉さんは関わってる。だからこそ、マリアに着いていけば、いずれは見付けることが出来る。

 こんな打算的な考えしか出来ない僕に対してでもマリアはいつも変わらない笑顔を向けてくれるから、最近は自分が戸惑っているような気がした。


(マリアに抱いている想い、か……)


 サーシャが言っていたこと。

 『聖なる乙女』に必要なのは『運命の人』。それはすなわち、彼女は見付けるということだ、自分にとってただ一人の人を。

 ――分からない。

 僕にとっての全ては兄さんと義姉さんだった。僕に付き纏う『力』がそれ以外を許さなかったから。

 だから、分からない。マリアに対してどういう想いを抱いているのかは。

 ただ、戸惑う。ただ、胸の奥が少し痛む。ただ、時々苦しくなる。

 初めてだった。誰かに対してこういう想いを抱くのが。『恋愛』は間近で見てきたつもりで、自慢じゃないけど多くの女性に好かれていたという自覚もある。


「……分からないままじゃ、駄目だってことも分かるんだけど」


 思わず口から言葉が漏れる。

 例えば、今抱いているこの想いが『恋』だったとして。マリアが僕を選ぶなんて保証はない。

 それならば、いっそのこと、分からないまま、気付かないままで居た方がいいんじゃないか?

 逃げでしかないことは僕が一番良く分かっているけれど。

 はぁ……、と大きく溜息を零れてしまった時、ひょこっといきなり顔を覗きこまれて思わず後ずさってしまう。


「……!」

「あ、ごめん。驚かせちゃった?」

「マ、マリア……? 僕の方こそ、ごめん。全然気付かなくて……」

「ううん、それはいいんだけど。考え事?」


 目の前に立っていたのは、今の今まで考えていた張本人のマリアだった。

 考え事に没頭し過ぎてたからか、全く気付かなかった。驚かせてしまったことに申し訳なさそうな表情をしているマリアはすぐに心配げな表情で聞いて来る。

 もしかして、そんなに表情に出てただろうか。

 思わず自分の顔を触ってしまった僕に対して、マリアはきょとんと目を瞬かせてからくすくすとおかしそうに笑い出すから、僕も釣られるように笑ってしまう。

 ――ああ、そうだ。

 たった一つだけ、マリアに対して絶対的に言い切れることがある。

 『力』の所為で、純粋に人を信じることが出来なくなってしまった僕だけど、マリアは信じられる。信じられる人だと、確信を持てる。

 だから、傍に居て心地良い。彼女の言葉には安心して耳を傾けていられる。傍に居たいって、素直に思う。


「……レイク?」

「え? あ、何でもないよ。それで、どうかしたの? お祭り、楽しみに来たんでしょう?」

「うん、そうなんだけど……皆を探してたの。聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「そう。……『好き』って気持ちはどういう気持ちなのかなぁ、って聞きたくて。あ、もちろん言いたくなければ言わなくていいんだけど!」


 マリアから聞かれた一つの疑問は、さっきまで僕が考えていたこと。

 答えは出ていない。だから、答えられないっていうのが答えになってしまうけど、じっと見て来ているマリアを見るとそう返すのは少々忍びない。

 なら、仮定として。

 僕がマリアに対して抱いている想いが『好き』ならば。導き出される答えは、一つ。


「……その人の傍にずっと居たいって気持ちかな? ずっと一緒に過ごしていきたいって思える相手」

「傍に?」

「うん。……隣に居て欲しいって思う人」


 自分と相手の時が刻む限り、共に同じ時を歩んでいきたいと思える人。

 だから、僕はそういう相手と「結婚」するんじゃないのかな、って今気付けた気がする。

 もしかしたら、『好き』の気持ちはこんなに単純じゃないのかも知れないし、複雑なのかも知れないけど。

 それでも、今の僕に言えるのはこれぐらいだった。こんな答えだとさすがに困るかな、とマリアの様子を窺うとどこか納得している表情だ。


「ちょっと分かるかも。……えへへ、ありがとー、レイク! 答えてくれて」

「ううん、力になれたのなら嬉しいけど……。あ、マリア」

「ん?」

「はい、これ。……もう貰ってるみたいだけど、僕からも」


 嬉しそうな笑顔でお礼を言われると、それだけで嬉しい。

 暖かな気持ちになる自分を不思議に思いながらも、不意に思い出したように僕は持っていた花をマリアに対して差し出す。

 彼女の持っている籠には一輪の花が入っている。

 それで思い出したとも言えるけれど。マリアは僕と花を見比べてから、少しだけ照れくさそうに笑いながら受け取ってくれる。


「……ちょっと照れる。……あ、ねぇねぇ、レイク」

「どうしたの?」

「他の皆、知らない? 皆にも聞きたいなぁって思ってるんだけど」

「え? …………ああ、そうだ。サーシャなら見掛けたよ、屋根の上に登って行くのを見た」

「えっ!?」


 ほんのりと頬を赤らめた姿は、可愛らしい。

 それを口に出す前に名前を呼ばれた良かったのかも知れない。そう思いながら、聞かれたことには少々残念に思ったのを振り払いつつ、思い出すことにする。

 そこまで辺りに注意をしていた訳ではないから、ほとんど見掛けていないけどたった一人、祭りの間にしてはおかしな行動をしていたので覚えている。

 僕はある一軒家の屋根を指しながら教えると、案の定、マリアは驚いたような声を上げつつ、指差した方向を見ている。

 そんなマリアの横顔を見ながら、ふと自然と微笑みが浮かぶのが分かった。


 ――『好き』だよ。


 意識せずに思い浮かんだ一つの想いがどんな意味の『好き』なのかは、今は考えないことにしながらサーシャを探しに行くマリアを見送った。



【Side out:レイク=ケプラー】



 


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