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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第六章 「好き」の気持ちと、花祭り
94/103

04

 




 王との謁見を終えた一行はランドルフの案内で各自使わせて貰える部屋へと案内してもらった。

 慣れない場所ということもあったのだろう、ほとんどの人達が疲れたと言って与えられた部屋の中に入っていく中、残ったのはマリアリージュ、アル、クロードと部屋に入っていくエメリヤとレイクの二人と何か話していたライアンだけだ。

 彼も同じように休むのだろうと思っていたために不思議そうな視線を向けられると、僅かに首を傾げた。


「……何だ?」

「え? う、ううん。ライアンは休まないの? 疲れてるよね?」

「ああ……用がある。……その、えっと、ランドルフ、様?」

「うん? どうかしたの? というかもっと砕けた感じでも全然気にしないんだけど」


 視線を向けられたライアンがもっともな疑問をぶつければはっとしたように慌てて首を横に振りながら、やはり気になるのか問い掛ける。

 話すべきかどうか迷った様子を見せたが簡単にだけ答えを返すと、やり取りを見守っていたランドルフに少々対応に困りながらも名前を呼ぶ。

 まさか自分に声が掛かると思わなかったために、きょとん、と首を傾げながらも微笑みながら若干不可能なことを口にすると、どうするべきかと視線を彷徨わせる。

 困らせているのが分かったためにそれ以上は何も言わず、どうぞ、と話を促すと小さく頷く。


「その……街に出ても大丈夫でしょうか?」

「全然大丈夫だよ、俺からも言っておくから……あ、でも出来れば暗くなる前に帰って来てくれると助かるかな」

「分かりました。……じゃあ、ちょっと出てくるから」

「あ、うん! 行ってらっしゃい! 迷わないようにねー!」

「気を付ける」


 言い辛そうにしながらも聞きたかったことを問えば、ランドルフは、ああ、と頷いてから微笑みつつ肯定するも最後に付け加える。

 そこまで遅くなる予定ではなかったのだろう、了承するように言うと不思議そうな視線を向け続けているマリアリージュ達に対してそう声を掛けるとゆっくりと歩き出した。

 何の用で街に行くのか聞きたい気もするが既に歩き出してしまったライアンを止めるのも忍びなかったために、ひらひらと手を振りながら言えば振り返らずにひらりと手を振ると、そのまますぐに姿が見えなくなってしまった。

 こういう行動をあまり取った事のないライアンのことが気にならない訳ではないが、追い掛ける訳にもいかずに一旦頭の片隅に置いておくことにする。


「僕らはどうしようか? 明日までする事ないし」

「そうだね……ああ、マリアはランドルフと久しぶりに話したいよね。俺らは邪魔になるかな」

「え? じゃ、邪魔になんてならないよ? 一緒にお話ししても……」

「んー……いや、遠慮しとこうかな? ランドルフ、城の中を見て回っても構わない?」

「いいよ、入っちゃ駄目な部屋とかがある訳でもないし……書庫とかもあるから、好きに使って」

「それはありがたいね。じゃあ、行こうか? クロード」

「はいはい。マリアリージュ、また明日ね」


 部屋に戻って休む気にもなれないし、街に繰り出す気分もないのだろう。クロードは途方に暮れたように溜息交じりにアルに視線を向けつつ聞けば、うーん、と首を傾げながらも不意に気付いたようにマリアリージュへと視線を向ける。

 もちろん、そのつもりであったマリアリージュであったが焦ったように否定しつつも誘うように言葉を紡ぐ。

 別にそれでも構わないとは思うのだが、久しぶりの再会の邪魔をする気にも到底なれなかったために苦笑を浮かべて緩く首を横に振る。

 その後に思い付いたようにランドルフに許可を得るために聞けば、あっさりと承諾の意を得られたためにアルは嬉しそうに微笑みながらもクロードへと声を掛けると、仕方ないな、とばかりに返事しながらマリアリージュに対してひらひらと手を振りつつ、彼ら二人も歩き出した。

 結局残ったのはマリアリージュとランドルフの二人だけで、互いに顔を見合わせた。

 気まずさがない訳でもなく、逆に申し訳なさもあるぐらいなマリアリージュは二人きりになった途端にどうすればいいか分からなくなったようにぐるぐると考え出す。そんな彼女の姿を見てくすくすと小さく笑みを零せば、ランドルフは手を伸ばしてぽんぽんと頭を撫でる。


「俺の部屋にでも来る? ……ん? あ、駄目だ。今は書類があるし……ああ、そうだ。クリスの部屋、行こうか」

「クリスの部屋? 入っても大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。荒らす訳でもないし……別に怒りはしないよ」


 まず最初に口を開いたランドルフはここでこのまま話すよりは、と言う感じであったがすぐに思い出したように少々顔を顰める。

 良い場所があっただろうかと考え始めようとしたその時に思い浮かんだ一つの場所を言えば、大人しく撫でられていたマリアリージュは思わず聞き返す。

 弟の部屋で雑談というのもどうかとは思うが、ランドルフは特に深く考える様子も見せずに楽観的に告げれば、おいで、と言ってから歩き出す。マリアリージュは一瞬躊躇いはするも、やはり気になるのか慌てて後を追うのだった。

 程なくして着いたクリストファーの部屋には鍵は掛けられておらず、ランドルフは扉を開けるとどうぞ、と招きいれる。

 彼の部屋ではないのだが、という言葉は飲み込んでマリアリージュは招かれるままに部屋の中に踏み入れて最初に目に入ったのは大きな本棚だった。

 惹かれるように近付いて行って並べられている本を見るとほとんどが政治関係、時折歴史関係が入っていたりしていて真面目な本ばかりだ。

 彼らしい、という感想を抱きながらもきょろきょろと部屋の中を見回すものの、やはりどこか生活感はない。当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが。


「……どう? クリスの部屋は」

「んー……クリスらしいって言うのが最初の感想かなぁ。お兄様の役に立ちたかったんだね」

「はは、俺としては嬉しい限りだけどね。まぁ、その意思に反して嫁いだ訳だけど」


 大体見終わったマリアリージュは近くのソファーに座ったのを見てから、ランドルフも向かい合うように座りつつも問い掛ける。

 問われたことに対しては素直に思ったことを告げると、くすくすと笑みを零す。

 釣られるように笑みを浮かべながらも、今はもうこの国にはいない弟を思い出しながらぽつりと零す。

 ――良く話を聞いていた。幼い頃から良く逢っていた彼は、微笑みながら語ってくれた。

 いずれは兄の役に立ちたいと。兄を支えるにふさわしい存在になりたいと。二人で大事な国を守っていきたいと。

 結局はその望みが叶うことはなく、クリストファーはクレスタ王国に婿養子に入ることが既に決まっていた。それを聞かされた時のクリストファーの表情は、もう既に諦めたものであったが。


「あ、そうだ。多分、俺から言わなくてもすぐに伝わって来る話だとは思うんだけど」

「え?」

「……アリアとクリスの結婚式が、少し前に行われたよ」

「……! ……やっぱり? うん、何となくそんな雰囲気があった。あーあ……見たかったなぁ、祝福の中にいる二人の姿」


 落ち着いた所でさて、何を話そうかと考え始めようとしたランドルフであったがこれだけは言っておくべきだろうと口を開くと不思議そうな視線を向けてくるマリアリージュに対して教える。

 教えられたことに対して軽く目を見開かせたマリアリージュであったものの、すぐに苦笑を浮かべながらもこくりと頷いた。

 その後に残念そうに深く腰掛けながら上を見上げながらそっと目を閉じて想像だけしてみる。

 純白のドレスを身に纏った大切な妹と、その隣に立つ大事な親友。多くの人に祝福される二人の姿。

 想像だけでも泣きそうになるぐらい嬉しいことだった。目に焼き付けたかった光景ではあるが、その姿を見れないだろうことを覚悟して旅に出たのだから仕方ない。


「……お兄様は聞かないの? あたしの家出の理由」

「うん、君が話そうとする時までは、ね。……それに俺は感謝してるんだよ」

「感謝?」

「君がどういう想いで家出という選択をしたのかは俺は分からないけど……俺は君が選んでくれた選択に感謝してるよ。……ありがとう、マリア。おかげでクリスが幸せになれる」

「お兄様はクリスのことが大好きだもんね」

「ああ、もちろん。……マリアのことも大切に思ってるよ?」


 想像を膨らませることはせずに一旦そこで途切れさせたマリアリージュは、気になったことを聞くとランドルフはあっさりとした返答をくれた。

 でも、その言葉の意味が掴めなかったために聞き返すとランドルフは微笑みを浮かべながらも、心からの感謝を述べながらもゆっくりと言葉を紡ぐと少し驚いたように目を瞬かせる。

 だがすぐに笑みを零したマリアリージュは納得したように言うと、即答しながらもふと気付いたように付け加えると照れ臭そうな笑みを浮かべた。

 ――自分が選んだ選択に対して後悔したことはなかった。でも、悪意のない人の言葉に傷付くことはあった。

 それでもこの道は何一つとして間違っていなかったのだと思える。幸せでいられる二人がいて、その二人の幸せを心から喜んでくれている人がいる。

 それだけで十分だ。だからこそ、マリアリージュが嬉しそうに表情を緩ませたのを見ながらランドルフは何気なく問い掛けた。


「俺はてっきり、マリアはクリスのことが好きなんだろうな、とは思ってたんだけど」

「うん、好きだよ。クリスのことは好き。かけがえのない親友として、だけどね」

「……そっか。……君が自分の想いを押し殺して、その選択を選んだんじゃないならいいんだ」


 ただの勘でしか過ぎなかったことをランドルフが問い掛ければ、マリアリージュは至極あっさりとした返答を返した。

 好きだと思う。実際にクリストファーと結婚すると決まった時も別に嫌だった訳ではなかったのが事実だ。

 多分、上手くやれたとは思うし、一緒に居ればもしかしたら恋愛感情に変わった可能性も捨てられない。でも、それはあくまで可能性に過ぎなくて、自分が彼に対して抱いているのは深い「友愛」だ。

 嘘はついていないのだろうということが分かるとランドルフはどこか安堵したように微笑みながら、安心したように言葉を紡ぐ。

 彼女であればそれさえもやってのけてしまいそうな気がしたから一つの懸念であったのだが、気にし過ぎだったようで安心した。心の中で引っ掛かっていた部分がなくなると、ふと何か思い浮かんだようにランドルフは立ち上がるとクリストファーの机から紙とペンを持ってくる。


「……お兄様?」

「二人に手紙、書かない? 帰るんだったら、一報はいれておいた方がいいよ。早馬で届けるから」

「あ……うん! そうする! えへへ、ありがとー、お兄様!」

「どういたしまして」


 はい、と手渡されたモノを受け取りながらもそれを見比べながらきょとんと首を傾げるとランドルフが一つの提案をした。

 予想外のことに目を瞬かせたマリアリージュであったがすぐに何度も頷いてすぐにテーブルに向かい始めたのを見れば、それをランドルフは柔らかな眼差しで見守るのだった。



 


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