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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第六章 「好き」の気持ちと、花祭り
93/103

03

 




 『聖地』を出発してから数日掛けてようやく、今日の昼頃にリーディシア王国に辿り着くことが出来た。

 頑張った感がない訳ではないが祭りに間に合いたいという気持ちだけはあったのか、それほど苦にはならなかったのが事実だが。

 これまで多くの街を見てきたが、やはり一つの国ともなればその規模は違って来るためにさすがにその大きさには慣れていない者達は驚くのも無理はない、と言ったところだ。

 一歩、リーディシア王国に足を踏み入れてみると既に祭りの賑わいを見せており、前夜祭なるものが始まっているようにさえ見えた。多くの花が飾られ、出店はもちろんのこと、テーブルには多くの料理が並べられている。


「……ちょっと予想以上だな、これ」

「確かにね。……お祭りってこういう雰囲気ではあるけど、何かそれ以上な感じもしない?」

「そうですねぇ。おめでたい事があった名残が感じられる気はしますよ」

「おめでたい事、ね? 国を挙げてのおめでたい事なんて早々にないような気がするけど」


 人々が騒いでいる様子を見てこれ以上進むのが躊躇われたのかヒナタがただ、ただ感心するようにぽつりと言葉を零すとレイクが同意するように頷いた。

 ざっと街の様子を見渡しながらも、少しだけ違和感があるのか考えるように首を傾げながらも一つの疑問を口にすれば、腕を組みながらサーシャは自分に意見を告げる。

 確信ではないが、そういう感じが伝わって来るような気がしたのだ。

 ただの第二王子の出生を祝うために作られたお祭りがめでたい事は分かるが、それに重ねるような事が何かあった、そんな感じだ。

 クロードはサーシャの言葉を聞いて繰り返すように呟きつつも、全く想像がつかないのか僅かに首を傾げると自分の思うことを言う。

 ――そうだ、その通りだ。しかも『タナトス』がだんだんと増え、徐々に『闇の支配者』の完全復活が近い中で国を挙げて祝いたいことなど早々に起こるはずもない。そこまで考えてから不意にマリアリージュは一つだけ思い浮かんだ。


「……マリア?」

「ん? ……どうしたの、マリア。何か複雑そうな表情になってるけど?」

「え? あ、そ、そう? ちょっと悔しいような、嬉しいような感情が湧きあがって来て……」

「何でそんな感情が湧き上がるんだ? ……祭りに参加出来るからか?」

「……あはは、もうちょっとしたら話すよ。あたしも確信持ててる訳じゃないから」


 最初にマリアリージュの顔色が変わったことに気付いたのは街の様子を興味深そうに見ていたライアンだった。

 自分と同じような気持ちになっているのだろうと思いきや、その表情は好奇心に満ち溢れている、というよりは何とも言い難い複雑な表情だったからだ。だからこそ、ライアンが訝しげに名前を呼ぶと近くを歩いていたアルも反応するとマリアリージュへと視線を向ければ、不思議そうに問い掛ける。

 問われるとはっとしたように慌てたように反応するものの、自分でもどう言えばいいのか分からないのか困ったように笑う。

 彼女の言っている意味が掴めなかったためにエメリヤが僅かに顔を顰めながらも一つ思い浮かんだことを口にするが、緩く首を横に振って否定しつつも軽く笑い声を上げれば、ね?と首を傾げた。

 そう言われればそれ以上、追求できるはずもなく、分かった、というように頷くしかなかった。


「で、マリアリージュ。これからどうすんだよ? 宿でも取るのか?」

「……空いてるか?」

「難しいな、祭りの観光客は多いだろうし……まぁ、探せばあるかも知れないが」


 一通り観察し終わったのかヒナタはこれからの事をマリアリージュに対して問い掛けつつも必要なことを挙げれば、ライアンが周りを見ながら思わず首を傾げてしまう。

 エメリヤも難しそうに顔を顰めながらも困ったように唸り声を上げる。

 意外と祭りの観光客に対しての処置ぐらいは取っているかも知れないし、話を聞いて回れば意外と簡単に見付かるかも知れない。

 それならば早めに行動に移った方がいいな、と考え始めている仲間達を尻目にマリアリージュはきょとん、と首を傾げる。


「宿って……どうして?」

「……え? いや、どうしてって……すぐに出発するの?」

「ううん、違うけど。皆は宿に泊まるの?」

「話が絡み合ってない気が……マリアリージュ。君はどうするつもりだったんですか?」

「お城、行くの。どっちにしろ、挨拶には行かないといけないし」


 マリアリージュから出てきた疑問に逆に驚かされたのは仲間達だ。その仲間たちの心情を代表するように言ったのがレイクだ。

 レイクの問い掛けに関してはふるふると首を横に振って答えを返しながらも、やはり不思議な質問をされればサーシャが話をどうにかして絡ませようとして一旦名前を呼ぶと、最初に聞くべきだったことを聞く。

 聞かれたことにはマリアリージュは極々当然のように道の先にある城を指差しながら、言い切った。


「あー……そうか、そうしないと駄目か。どうせ、クレスタ王国まで戻るなら馬車なり借りた方が早いし」

「……皆、忘れがちだと思うけど、マリアリージュは一応、一国の王女様、だからね?」

「クロードさん! 一応は余計だよ、一応は!」

「ああ、ごめんね。そうだね、失言だったよ」


 言い切られたことに対して予想すらしないことだったために仲間達が目を瞬かせる中で、アルは確かに、と納得したように頷く。

 もう彼女が「マリアリージュ=イヴ=クレスタ」であることを隠す必要はない。ならば挨拶をしに行くのは礼儀というものだろう。

 クロードは全員の様子を見て苦笑を浮かべながらも忘れがちの事実を告げると、聞こえていたマリアリージュはむぅ、と頬を膨らませながら訂正を求めるように言う。

 そんな姿を見てクロードはふと柔らかな眼差しで見つめつつ、微笑みを浮かべながら謝罪すれば特に怒ってはいなかったのかすぐにニッコリと笑うと早速と言わんばかりに歩き出す。歩き出した姿を見て慌てたように歩き出しつつも、目の前を歩く少女を見る。


 ――そうだ、彼女はクレスタ王国第一王女「マリアリージュ=イヴ=クレスタ」だ。


 本来であれば簡単に触れることはおろか、話すことすら許されない存在。そんなことすら忘れてしまうぐらいに同じ時を共有し続けてきた。

 彼女からすれば、そんな立場なんて忘れてくれた方が有難いのだろうが。そう思いながらも前を歩くマリアリージュを見ながら、それぞれの中で複雑な心境が生まれていたのは確かだった。






 そして一行は、城に入れる一歩手前まで来た。

 さすがにここまでならば一般の人でも簡単に来ることが出来るが、橋を越えた先は普通ならば入ることは出来ない。

 さて、とマリアリージュは首を傾げて考え出す。いつもであれば名前を出せば入れて貰える気もするが、今の自分は家出中の身。しかも、この国の第二王子の元婚約者だ。どういう扱いになっているか分からない以上は慎重にいった方が良い気がするが良い案が思い浮かばない。

 考え出しているマリアリージュを横目に仲間達は、目の前に広がる城を見上げた。

 誰もが最初に感想で口にするのは「すごい」か「大きい」だろう。クレスタ王国の城であれば見た事がある人達にとっても、大きいものは大きかった。

 見慣れない建物であるのは確かであるのだから仕方ないのだが、この先にはどう入るのだろうかと考え続けているマリアリージュに目を向けた時だ。丁度、誰かが門番の兵士と話しているのが目に入った時にその人に見覚えがある反応を見せたのはマリアリージュ、アル、そしてエメリヤの三人だった。


「あ」

「……あのお方は確か……」

「お兄様っ!」


 声を漏らしたのはアル、思い出すように眉間に皺を寄せたのがエメリヤ、そして大声でその人物を呼んだのはマリアリージュだ。

 お兄様、と呼ばれた相手は驚いたようにこちらに視線を向ければ更に驚いたように目を見開かせつつも、ぶんぶんと手を振っている姿を見ると確信を得られたようでゆっくりとこちらに近付いて来る。


「え……あれは……?」

「オレに聞くなよ!」

「……お城から出てきたってことは、城関係の人、かな? 仕えてる人、とか?」

「いいえ、あの方はランドルフ=リアス=リーディシア様。正真正銘、この国の第一王子であり、正統王位継承者であられる方ですよ」

「ああ、彼がそうなんだ。前に出てきたクリストファーって人のお兄さんでしょう」


 こそこそと内緒話をするように小さな声でライアンが身近にいたヒナタに問い掛けると、同じように声を潜めながらキッパリと言い切る。

 ちらりと視線を向けながらレイクが頭を悩ませながらも一つの可能性として挙げるとあっさりとそれを否定するように、サーシャが近付いて来る相手――ランドルフを見ながら自分が知っていることを告げると誰もが驚きで声を失う。

 唯一、クロードのみは合点がいったように頷きながらも思い出すように一人の名前を出しつつももう一つの情報を付け加える。

 マリアリージュがお兄様と呼ぶ相手なのだから、本当に兄妹であるのかも知れないと思ってしまったがあながち間違いではないようにすら思えた。


「……マリア? ……久しぶりだね、髪切っちゃったんだ? 綺麗に伸ばしてたのに」

「えへへー……色々な事情があって! でも、お兄様に逢えて良かった。陛下にご挨拶しようと思ったんだけど、どう入れば良いか分からなくて」

「ああ……それなら、俺が連れて行くよ。周りの人達は、マリアのお友達?」

「うん、大切なお友達! 一緒でも大丈夫?」

「多分、大丈夫だとは思うけど……。とりあえずは初めまして、ランドルフ=リアス=リーディシアです。気軽にラルフとでも……」


 近くまで来たランドルフは未だに信じられないとばかりに目を見開かせていたものの、目の前に来るとふと嬉しそうに表情を緩めながらもマリアリージュの髪を見ると少々残念そうに触れる。

 触れられたことに関しては気にする様子は見せずに、助かった、と言わんばかりに笑顔を浮かべながらも事情を告げると納得したように頷いてから、視線を仲間達へと向ける。

 聞かれると即座に答えながらも確認すると、うーん、と首を傾げてから城を振り返った。

 ――幸いなことに最近は多くの客人も訪れており、さほど気にされることはないだろう。そう判断してから、仲間達に対して微笑みつつも自己紹介すればさすがに困ったような笑みを返される。

 一国の王子相手に親しく話せるほど肝の据わった人はいないのは当然のことではあるが、逢ったことのあるアルは苦笑を浮かべた。


「君は変わらないな、ランドルフ」

「アルテイシアも相変わらずのようで安心したよ。……あれ、聖剣じゃないよね? 今マリアが持ってるのって」

「そうだね、まぁ、その辺の事情はその内話すよ。とりあえずは、案内して貰っていい? 道中で簡単に紹介ぐらいはするから」

「ああ、はいはい。……じゃあ、どうぞ、遠慮なく入っちゃって。父上も今ならまだ、謁見の間に居るはずだから」


 声を掛けられるとランドルフは微笑み返しながらも、不意にマリアリージュの腰にある剣に目を向けてからきょとんと首を傾げる。

 知っていて当然のことではあるので苦笑交じりに返しつつも早めに中に入った方がいいだろうと促すと、確かに、と返事を返しながら気を使わないようにと声を掛けると門番の兵士に事情を話してから案内するように城の中へと足を踏み入れた。

 城の中は一言で言うのであれば、豪華絢爛。関わりさえ持たなければ一生見ることすら叶わない物ですらも置かれているほどだ。

 圧倒されながらもマリアリージュとアルが仲間達の紹介をしながら歩いていると、それほど歩かずに謁見の間に到着する。誰もがごくりと息を飲み込むのだが、入り慣れているランドルフはあっさりと扉を開けると中に居た人達の視線がこちらに向けられる。


「……ランドルフか」

「父上。客人がいらしたので連れてきましたよ」

「はぁ……せめて客人の前でぐらいは、もう少し次期王としての威厳を見せて貰いたいものだが」

「あはは、今更ですよ、父上。それに俺を良く知る相手ですから、そこまで気遣う必要もないかと」

「何……? …………! 貴方、は……」


 王座に座っていた現国王陛下は声を掛けずに入ってきたランドルフを見て小さく息を吐きだしつつ、安心したように言うもそれを気にすることもなく微笑みながら告げる。

 いつもと変わらぬ態度に頭を抱えながらも愚痴のように零せば、楽しそうに笑いながらも中に入るように促しながら教えるとその意味が掴めずに顔を顰める。

 そしてランドルフに促されるように中に入ってきた一行を見た王は驚いたように目を見開かせた。まずはマリアリージュが礼儀を払うように膝を折って頭を垂れると、慣れたようにエメリヤも同じようにする。他の面々は戸惑いはするが同じようにした方がいいのだろうと思って真似をする。


「……お久しぶりです、陛下」

「マリアリージュ姫、か? ……何故、ここに?」

「クレスタ王国へと戻る途中です。国に戻る前に一度だけでも、お兄様……ランドルフ様やクリストファー様が生まれ育った国を見てみたかったのです」

「そうか……。そなたが家出をした理由を聞きたいものだが……今、ここでは語らぬのだろうな」

「ええ。国に戻ってから話すつもりです。陛下には申し訳なく思いますが……」

「いや、構わない。……そうだな、丁度明日は祭りの日だ。その祭りに参加してから、国に戻られると良いだろう。戻る時には馬車を貸そう」

「ありがとうございます」

「仲間の方達と、今日はこの城に泊まられるといい。……ランドルフ、案内してくれるな」

「最初からそのつもりでしたしね」


 誰も口を挟めぬままに話は進んで行き、王はふぅ、と一息つくと一つの提案をすればランドルフへと声を掛ける。

 話を黙って微笑みながら聞いていたランドルフは、言われなくても、と言うように頷けば全員に立ち上がるように言ってから謁見の間を後にするのだった。



 


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