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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第六章 「好き」の気持ちと、花祭り
91/103

01

 



 『聖地』を出発した一行は、クレスタ王国までの道を決めることにする。

 一番単純なのは自分達が辿ってきた道をそのまま、逆戻りするという道だ。慣れた道でもあるし、異論さえなければそれでもいいと思っていた。

 とりあえずは全員の意見を聞こうとした時に、不意にマリアリージュはアルの視線が『聖地』の方に向いていることに気付く。

 彼の生まれ故郷であるのだから、離れ難いのだろうかと思って声を掛けるのを止めようと思ったのものの、ふとアルの表情が自分の思っているものとは違うことに気付いた。どこか不思議そうな表情で、僅かに首を傾げているのを見ると思わず名前を呼んでしまう。


「アル?」

「……え? あ……ああ、どうかしたの?」

「アルがどうしたの? 不思議そうにしてたし……」

「うん、ちょっと……。気の所為だと思うんだけど、リリーの声が聞こえたような気が、して」

「リリーの声が?」


 名前を呼ばれるとはっと足を止めてしまっていたことに気付いたアルは、焦ったように振り返って苦笑交じりに聞く。

 マリアリージュは問い返しながらも自分が気付いたことを告げれば、誤魔化すのもおかしいと思ったのかもう一度、『聖地』の方に視線を向けつつも不思議で仕方ない様子でぽつりと零した。

 出てきた名前に反応したのはもちろん、クロードで。同じように『聖地』の方に目を向けるが、聞こえるはずはなかった。

 ――もちろん、アルも聞こえたような気がしただけで断言出来る訳ではない。

 でも、泣いている時のあの震えた声で名前を呼ばれたような気がした。ただ、それだけだ。確認しに行きたいような気もするが、自分の我儘で戻ることが出来るはずもなく、自分の考えを消すようにふるふると首を横に振った。それでも簡単に消えてくれるはずもなく、気になった。

 どうして泣いているのだろうか、と。何を伝えたかったのだろうか、と。もしかしたら、逢えたのだろうか、と。


「……戻るか? アル。今なら戻ってもさほど時間は掛からないと思うが」

「……いや、いいよ。……いいんだ。……ほら、国への帰り道を話そうとしてたんでしょう?」

「ああ……、とは言っても話し合うような内容でもない気がする」

「だよな。……ってかさ、アンタの力なら一瞬で戻れるんじゃね?」

「出来なくはないけど、こうして他愛のない話をしながら旅する機会なんて最後だろうから、ゆっくりと戻ってあげたいんだよ」


 そんなアルの様子を見たエメリヤは気遣うように声を掛けると、少しだけ迷った様子を見せた。だがすぐに緩く首を横に振りながら、自分に言い聞かせるように繰り返すように呟くと気分を入れ替えるように微笑みを浮かべながら、元の話に戻るように促す。

 未だに心配そうな表情であるものの、ライアンが小さく頷きながらも、僅かに首を傾げながらも思ったことを呟けばヒナタも同意するように頷いた。

 そして頷いた後にふと気付いたようにヒナタはクロードに視線を向ければ、思い浮かんだことを口にすればクロードもあっさりと肯定するものの、不意にマリアリージュに視線を向けて微笑みながら告げる。

 一瞬言われた意味を理解出来なかったマリアリージュであったがすぐに自分のことを考えてくれたのだと思うと、嬉しそうに笑いながら何度も頷く。

 嬉しそうな笑顔を見れば、仕方ないと諦めてしまうのも甘い証拠なのかも知れない。


「……まぁ、確かに旅をする機会は最後になるかも知れないけど……それなら、別のルート経由で帰った方が楽しいんじゃない?」

「そうですねぇ。リ……マリアリージュ、どこか寄りたい場所などはもうないんですか?」

「え? うーん……急に言われてもなぁ……」


 レイクが苦笑を浮かべながらも同意するように頷いてから、思い浮かんだことを口にすれば首を傾げた。

 その意見にサーシャも賛同しながらも呼び慣れた名前で呼ぼうとしたのを一旦止め、改めて言い直してからマリアリージュを見つつ問い掛ける。

 突然の問い掛けに、唸り声を上げながら首を傾げて考え始める。

 様々な場所を寄って来たが、もう一度行けるのであれば全部に行きたいと思う。小さな村でも、大きな街でも。その一つ一つに思い出があるから。

 だからこそ、逆戻りの道で良いと思っていたためにそれを告げようとマリアリージュが口を開いた時に、それを遮るようにアルが思い出したように声を上げる。


「あ……、あそこはどう? マリア」

「あそこって?」

「リーディシア王国。ほら、旅の最初の頃に行きたいって言ってたじゃない?」

「……あっ!」


 アルが思い出した国の名前を聞けば、マリアリージュも同じように思い出したように声を上げた。

 国を出たばかりの頃に行きたいと言ったのだが、隣国でもあるし、下手をすれば連れ戻される可能性があるからという理由で却下された場所だ。

 今ならば連れ戻されても何の問題もないし、逆に歩きよりも早くに戻れる可能性だって出てくる。


「リーディシア王国……ああ、マリアの婚約者が居たとかいう……」

「婚約者っ!?」

「元っ! 元忘れてるよ! ライアンっ!」

「……ああ。クリストファー殿下のことか、確かにあの方とは年も近かったからな」


 ライアンも思い出したように何度か頷きながらも、ぽつりと零すとそれを聞き取ったヒナタが驚いたように叫んだ。

 慌てたようにマリアリージュが訂正するように言いながらも、他の面々は特に驚いた様子も見せずに苦笑を浮かべつつ、エメリヤは思い付いた人物の名前を挙げて頷いた。

 そうだけど、とどこか不満そうな表情を浮かべているマリアリージュの表情を見ると笑みを零しつつ、内心に別の想いが芽生えていることにそれぞれが大きさはあれど気付いていた。


 ――別に不思議ではないのだ。こう見えても一国の姫であるのだから、婚約者がいたとしても何ら不思議はない。


 政略結婚など当たり前のようにある世界だ。一々、こんなことに反応していたらキリがないように思えてあえて考えないことにしたのか話を逸らすことにする。


「じゃあ、そのリーディシア王国? っていう国に行くのは決定だとしても。ルート的には大丈夫?」

「リーディシア王国ならクレスタ王国に行くルートよりは随分近いですよ? まぁ、どう頑張っても数日は掛かりますが」

「いいんじゃない? 旅の楽しみを味わいながら行くのも」


 意識を逸らすようにレイクが誰に問い掛けるでもなく、全体に問い掛けるようにすれば地図が大体分かるサーシャが少し考えながらもあっさりとした返答を返す。

 クロードも何にも問題は無いだろう、と言うように頷けば全員も同じ考えなのだろう同意するように頷いていた。

 こうしてリーディシア王国に向かう事が決まったために、そのルートを辿ることにしたのだった。



 


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