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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第五章 過去と親友と、全ての始まりの地
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15

 



 翌日。冷たい風が隙間から入って来て、リーナはゆっくりと目を開けた。ぼーっとする頭のまま、外に出ると朝特有の冷たい風に身体を震わせる。

 いつもならば聞こえてくる仲間達の会話が聞こえて来ない所を見れば、今日は早起きをしてしまったらしい。

 珍しい事もあるな、と思いながらもとりあえずは暖まろうと思って焚き火がある所まで行こうとしたのだがふと視線を何気なく別の方へと向けてみると、記念碑に寄り掛かるようにして座っているアルの姿が見えた。

 少しだけ驚いたように目を瞬かせ、焚き火とアルを見比べてから、アルへと近寄ることにする。

 大分距離が近くなった辺りだろうが目を閉じていたアルは、ゆっくりと目を開けてリーナの姿を視界に入れるとふっと微笑みを浮かべた。


「おはよう、リーナ。今日は珍しく早起きだね?」

「う、うん、ちょっと寒くて……。アルは?」

「俺? 俺はちょっと時間の設定を間違ったみたいでね、結構早くから起きてたよ」

「そう、なんだ……」


 いつもと変わらない微笑みにほっと安堵しながらも早く起きた理由を話せば、なるほど、と頷く。

 その姿を見ながらもリーナは近くまで行きつつ問い掛ければ、何故か気まずさを感じながらぎこちなく返す。

 そんなリーナの様子を不思議に思いはするものの、特に問い掛けることはせずにぽんぽん、と自分の隣を手で叩いて促すとリーナはそっとどこか遠慮がちにアルの隣に座る。

 座ったのを見てから少し考えてから、手を差し出して小さな火を出す。


「わっ……」

「寒かったんでしょう? 暖まらずに俺の所に来たんだろうからね」

「あ、ありがとう、アル」

「どういたしまして?」


 突然、火が目の前に出されれば驚くのも無理はなくて。驚いたように声を出すもその暖かさに自然と表情を緩ませつつ、アルの言葉に気遣ってくれたのだろうと分かると礼を述べる。

 柔らかく微笑みながら返せば、アルはそのまま記念碑に頭をつけながら空を見上げた。


 ――隣にいる小さな存在を守りたいと思う。守らなければいけないと思う。その気持ちは、彼女から感じられる、リーリアの気配がそうさせているのだろうか。


 深く考えようとすれば今の関係が崩れ去ってしまいそうな予感がして、避けているだけかも知れない。

 それともただ、怖いだけなのかも知れない。リーリアを忘れてしまうのではないだろうか、という不安が自分の中にある。


(……リリーなら、きっと……俺の思うようにしたらいいって言うんだろうなぁ)


 忘れたいなら忘れてくれたって構わない。自分を忘れて誰かを好きになってくれたって構わない。それでアルが幸せになるのなら、幸せだから、と。

 当たり前のようにそう言いそうな気がして逆に、申し訳なさが自分の中に湧きあがってくる。

 守れなかった愛しき人を忘れて、自分だけが本当に幸せになってもいいんだろうか、と。彼女を忘れることは本当に幸せに繋がるんだろうか、と。彼女への想いはそんな簡単に捨てられるものだったのか、と。


「……アル?」

「え? あ、どうしたの?」

「……ううん。……あの、リーリアさんってアルの……その、恋人、だったんだよね?」

「ああ……、うん。俺の初恋であり、唯一愛した人だよ」

「今でも?」

「……」


 苦しげな表情に染まっていくのが分かったリーナはどこか焦ったように名前を呼ぶと、アルははっとしたようにリーナに視線を向ければ軽く微笑んで首を傾げる。

 何かを言おうとして、結局言えずにふるふると首を横に振るとふと思い出したように問い掛けた。

 この記念碑がある場所初代『聖なる乙女』リーリア=ソルトレークが眠る場所だ。どうしてここに居るのかと思ったけど、アルから返って来た答えはその疑問の答えに繋がるものでありながらもリーナは気になったことを一つ聞いた。

 追求されるとは思わなかったのか僅かに驚いたように目を見開かせたが、口は開くことなく微笑みだけを返して手の中の火を消し、立ち上がる。


「戻ろうか? そろそろ、皆が起きてくる頃だから」

「……うん……」


 誤魔化されたのが分かるけど、アルの寂しげな笑みを見ればそれ以上聞くことなんて出来なくて。差し出された手を取って素直に頷くと皆がいる所へと戻ることにする。


 ――人を好きになる気持ちが未だに良く分からない自分が、少しだけ悔しくなった。


 少しでも分かれば、アルの寂しさに気付いてあげられたかも知れないと思うと尚更に。そして何よりもその「好き」という気持ちが分からなければいけない状態だというのに、未だに分からずにいる自分が嫌だった。皆に聞いたら答えてくれるだろうか。そう思いながら、テントのある場所まで戻っていった。






 それから数十分が経過して、全員が起きて朝食を軽く済ませ、片付けも大体済んだ所で今後について話し合うことになった。

 『聖地』へとやって来て終止符を打つ方法を知る目的は果たした。その方法を行うためには自分の気持ちの整理が必要だと言うのは分かっている。

 そして、この皆と旅出来る時間はもうそろそろ終わりなのだということも本当は頭の片隅で理解していた。口にすれば全てが終わってしまいそうな気がしながらも、リーナはゆっくりと口を開く。


「そろそろ……、国に帰ろうと思うの。時期的にも丁度良いだろうし、時間的にも戻った方がいいんだよ、ね?」

「……ああ、そうだね」

「聖剣が手元にないというのは危険であるのは確かだろうからね。戻る決意が出来たなら、そうした方がいいよ」


 今後の予定を話そうとしていた時にリーナが自分の考えを切り出すと、アルとクロードへと確認を取るように視線を向ければアルはこくりと頷いて肯定し、クロードも考える仕草をしながらも返す。

 旅の終わりはもうすぐだ。旅の終わりは、すなわち『聖なる乙女』にとっての最初で最後の大きな戦いを示す。

 それが分かるからこそ、皆の意見を聞くのが怖くてぎゅっと目を閉じると聞こえてくる声は至極あっさりとしたものだった。


「クレスタ王国に帰るのか……懐かしいものだな」

「……ん? エメリヤって王国に行ったことあんの?」

「私は元々、騎士だからな」

「俺も、懐かしい……」

「僕は行ったことはないんだけど……、サーシャは行った事あるの? というか行ってそうな雰囲気だけど」

「まぁ、数回ですけどね。観光目的ではなかったですから、全く詳しくないですけど」


 当たり前のように着いて来る気満々だと言うことが分かれば、リーナは目を開けて驚いたように目を瞬かせる。

 アルとクロードも互いに顔を見合わせれば、ふっと微笑みを浮かべ合う。もうしばらくはこのメンバーで旅を楽しめそうだと思いながら。

 そう思ってからふと何か思い浮かんだようにアルはリーナへと視線を向けた。


「じゃあ、そろそろ色戻して、名前も元に戻しておかないとね」

「あ、うんっ! あ……えーっと、本名はマリアリージュ=イヴ=クレスタ、だけど……。マリアリージュでも、マリアでも、どっちでも構わないから」

「げ……オレ、慣れてねぇよ……」

「慣れる以前に一国の姫を、名前で呼んでもいいものなのかどうかが……」

「呼んだ方が喜ぶと思う」

「確かにな……姫扱いは苦手らしいから」

「それでいいんでしょうかねぇ……まぁ、その方が君、らしいですね」


 アルの言葉に慌てたように頷くと、仲間に向き直って今後の呼び方について話せばそれぞれが違う反応を見せる中、アルは魔法を解く。

 そうすると今まで明るい茶色だった髪色は元の白銀へと戻り、瞳の色も黒から美しい碧眼へと戻る。

 見慣れない姿に目を瞬かせる者もいれば、懐かしい姿に微笑みを浮かべる者もいる。くすくすとおかしそうに笑いながらも、不意にアルはクロードへと視線を向ける。

 突然向けられればきょとんと首を傾げて、どうしたの、とばかりに視線を返す。


「クロードは……どうする?」

「え? ああ、もちろん着いて行かせて貰うよ? 正体も明かしたことだし、気兼ねなく着いていけるよ」


 アルからの問い掛けには、極々当然のように微笑みながら言い切ればリーナ改めマリアリージュは、嬉しそうに笑った。

 その笑みを見てクロードも更に嬉しそうに笑顔を浮かべれば、早速、と言わんばかりに『聖地』を出発することにした。


 ――後ほんの僅かな時間だとしても、この旅を楽しむように。


 


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