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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第五章 過去と親友と、全ての始まりの地
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12

 



 歴史の始まりを聞き、そして終止符を打つ方法を聞いた一行であったが、真実はあまりにも衝撃的なことばかりで。

 日が暮れてきたこともあり、それぞれが考えを纏めたり、気持ちを整理する時間が必要だろうという話になって今日はこのまま『聖地』に野宿をすることに決めて、準備に入る。

 とは言っても口数はいつもに比べれば段違いに少なく、静かな時間なのには変わりはなかったのだが。

 話の当事者であるリーナはと言えば、少し輪から外れた場所でぼんやりと空を見上げているのが目に入ったがさすがに今日ばかりは咎める気も起きない。

 はぁ、と最初に溜息をついたのはテントの準備をしていたエメリヤだった。その準備を手伝っていたライアンは視線を自然とエメリヤへと向ける。


「……エメリヤさん……?」

「ん? ……ああ、すまない。ただ、まだ頭の中が混乱してるようだ」

「仕方ないと思うけど。……オレだって何が何だか分かんないしさ」

「でも、彼らが話したことは真実だと分かるから……余計に分からない、と言った所、かな?」

「まぁ、誰もが知ってる歴史の内容とも異なる部分もありますしねぇ」


 ライアンに名前を呼ばれると、エメリヤはどこか上の空で返事をするも心配げな視線だと分かれば苦笑を浮かべながら、溜息交じりに呟く。

 そんな二人の会話が聞こえたヒナタも弾作りをして気を紛らわそうとしていたが、逆に集中が出来ないのか放棄するように草むらに倒れ込みながら投げやりに言う。ヒナタの様子を見て、レイクは料理を進めながらも自分の思っていることを告げた。

 全員の声を聞いてから、サーシャは最後に付け加えるように言葉を紡ぐと誰もが頷いた。

 ――そもそも、『闇の支配者』が人間であったことすら歴史は語っていない。その正体を知る者がアルやクロードなど、その場に居た人達しか知らなかったから仕方ない、というのは理解出来るような気がするが。

 どちらにしろ自分達は知らないことだらけだったのだ。結局は知りたいことが分かったような、謎が深まっただけのような気もしないでもないが。そしてそのまま、自然と記念碑の前で何か話している様子のアルとクロードへと視線を向けた。


「……アルが『聖剣』であることにすら疑問を抱かなかったのが、そもそもの間違いだったでしょうね」

「間違いっつーかさ……何だろ? ……そう、最初から剣に宿る精霊とか、そういう類だと思い込んでた部分があるのは確かだよな」


 ずっと共に旅をしてきた仲間、聖剣『アルテイシア』の魂が実体化した姿の、アルという一人の存在。

 サーシャが自然と思ったことを口にすれば、ヒナタは同意をするように頷きながらも、言葉を探すように視線を彷徨わせながら思い浮かんだ言葉を零す。

 疑問を抱くことすら忘れていたかのように、自然とアルはそこに居た。聖剣として、当たり前のようにそこに。


「ライアンはそういう疑問を抱いたことあった? 聖剣を鍛える一族だって言ってたし……」

「いや……、希少な鉱石が齎す恩恵は知っていたし、特殊な製法がどういう意味合いを持つのかも聞いていた。でも、それがどうして必要なのかまでは考えたことはなかった」

「……一族で受け継がれてきているんだ、仕方ないことなんだろうな。……そう言えば、引き継がれると言えば、クレスタ王国の王家にも代々王にのみ受け継がれる何かがあるというのは耳にしたことがあるな」

「へぇ……それって、リーナが受け継ぐことになってたのか?」

「らしいが、あの子は『聖なる乙女』の名を受け継いでいるから、多分妹が受け継ぐことになってたと思うんだが……」


 レイクはライアンに目を向けながら、何気なく思ったことを問い掛ければライアンはふるふると首を横に振りながら素直に自分の考えを告げる。

 聖剣の重要性については幼い頃から散々言い聞かされてきたし、何よりも自分達が受け継いでいかなければいけないという一族の強い願いもあったからこそ、そこに疑問を感じたことすらなかった。

 どこか情けない表情を浮かべているライアンを見て、エメリヤは慰めるように言葉を掛けながらも、その途中で何かを思い出したように僅かに首を傾げた。反応したのはヒナタで、興味深そうに聞けばエメリヤは頷いて肯定するも難しい顔をしながら自分の考えを告げた。

 噂を耳にしただけでそれが本当のことなのかは分からないが、クレスタ王国が決して廃れずに今の時代まで栄え続けている理由の一つがそれに関係しているのではないだろうか、と不意に思った。

 聖剣『アルテイシア』という世界に必要な力があり。聖剣を鍛える一族と、何らかの形で聖剣に関わっている王家。

 全てが揃わなければ聖剣が成り立つことはなく、またそうしなければ『聖なる乙女』が世に生まれてきたとしても気付くことすら出来ずに『闇の支配者』が世界の全てを飲み込んでとっくに終焉を迎えてしまっていたのかも知れない。

 初代『聖なる乙女』と共に戦ったという仲間達の強い想いがあったからこそ、今の今まで受け継がれてきたのだろうと思う。

 思うからこそ、彼らは今、一体何を思っているのだろうか。――愛しい人の死を間近で見て、仲間達の死を見続け、気が遠くなるほど長い年月を生きる道を選んだアルテイシア=ラルムリゼとクロード=リュアラブルという二人の青年は。

 疑問を彼らに対して聞くことも出来たが、今それをすることは酷なような気がして仲間達は互いに顔を見合わせれば苦笑を浮かべあってそれぞれの準備や作業に戻ることにしたのだった。







「……ここまでが本当に長かったね、アル」

「そうだね。……それだけの時間が経ったというのに、今もこうして隣同士で立って話している今が不思議に思えて仕方がないよ」

「互いにやるべきことをやった結果だよ。僕よりもキミの方が辛かったろう?」

「……」


 記念碑前に立って、見上げながらクロードは感慨深げにそう声を掛けた。

 クロードの方を向かずに記念碑を見たまま、アルは頷いて肯定しつつもふと苦笑を浮かべた。それは否定しないのか同じように苦笑を浮かべつつも、全て分かっている、と言わんばかりに告げられれば苦笑だけを返した。


 ――辛かったのか、辛くなかったのか。


 二択で問い掛けられたのであれば、間違いなく前者だ。辛くないはずがない、あの日からずっとこの世界に存在し続けているということに苦痛を感じないはずがない。

 彼女を失った世界で、生き続ける選択をしたのは間違いなく、彼女との″約束″があったからに他ならない。

 その約束すらなければ、自分が聖剣として生き続ける道を選ぶことはまずなかっただろう。それが指し示す先が世界の終わりだったとしても。


「リリー……見てるかな? キミが愛したアルが、変わらない姿で今もキミとの約束をずっと守り続けてるのが」

「……クロード……」

「もしかしたら、キミのことだから後悔してるのかも知れないね。アルに対して辛い選択をさせてしまったことを」


 アルが何を考えているのか分かったのか、クロードは声を掛けることはせずにそっと記念碑に触れながら語りかけるように言葉を紡ぐ。

 はっとしたような表情でアルがクロードへと視線を向けて名前を呼ぶも、それには答えずにぽつりぽつりと言いながらそっと微笑みを浮かべた。

 何よりもアルが大切で、アルが大好きだった彼女のことだから。後悔していたも何らおかしくはない。

 それでも、自分は感謝しているつもりだ。彼女の言葉がなければ、アルはあの時、リーリアの後を追うように死を選んだのは目に見えて分かってしまったことだから。そしてそれを止める術を持たない自分は、見ていることしか出来なかったと思うから。

 感謝している。その所為で隣にいる親友が辛く、苦しい思いをし続けてきたのだとしても今、こうして話せる今を作ってくれたことに。

 どこか複雑そうな表情で自分を見てきているアルへと向き直れば、クロードは言葉を選ぶように視線を彷徨わせながらゆっくりと口を開く。


「……アル。キミも後悔しているかも知れない、マリアリージュを選んだことを」

「……!」

「後悔する気持ちは分からなくもないけど……。キミの感じた可能性は、僕にも確かに感じられるものがある。

「……。ああ……、初めてマリアと逢った時には本当に、驚いたよ……」

「初代の再来……或いは、それ以上の逸材。――それは僕らが何よりも待ち望んだ存在だった」


 クロードから言われた言葉には反論が出来ないのは、それが真実であるからなのか。

 僅かに表情を曇らせながら顔を俯かせて、ぎゅっと手を握り締めた。クロードの言っている意味は分かるし、彼の言っていることは正しく真実だ。

 待ち望んだ存在。歴史を終わらせられる可能性を秘めた存在。そしてそれが指し示すのは、『光』に愛された存在だということ。


 ――そして僅かながらに感じられたのは、いつの間にか消えていたはずの、リーリアの懐かしい気配。


 リーナに対してはもう既に「居ない」と答えたものの、それは真実ではない。決して嘘でもないのだが、今回に限っては本当に驚いてしまったのだ、今まで感じられなかった気配を突然、ほんの僅かだとしても感じられたことが。


「僕が彼女に対して感じたのは別の感情も含まれているけどね。……ねぇ、アル? マリアリージュは誰を選ぶんだろうね?」

「……俺には想像すらつかないよ」

「なら、キミはどうだい? 彼女に対してどういう想いを抱いている? ……まぁ、その疑問は彼らにもぶつけてみるべきなんだろうけどね」

「……」


 クロードの言葉の意味が掴めるからこそ、続けられた言葉にはふるふると首を横に振って答える。

 予想通りの返事が返ってくると疑問をぶつけながらも、クロードはそのまま、思い思いの作業をしている仲間達へと視線を向ける。

 アルも釣られるように視線を向けながらも、その先にいるリーナへと自然と目を向けながらもほんの僅かだけ寂しげに微笑みを浮かべたのだった。


 


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