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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第五章 過去と親友と、全ての始まりの地
82/103

09

 



 『闇の支配者』――否、ルナンが姿を消した周りを見渡しても闇に染まったままだ。

 それが全てを物語っていて、目の前で起きたことは夢ではなく、現実で起こったことなのだと嫌でも自覚してしまう。

 ルナンの苦しみに気付いてさえいれば、こんな事態にはならなかっただろうか。友人達がそう顔を俯かせて後悔している中、リーリアとアルは互いに顔を見合わせた。

 自然と顔を見合わせた二人であったのだが、その表情は全く違っていた。リーリアは心配そうな視線を向けており、それを受け取ったアルは安心させるようにそっと微笑みを浮かべた。だが、その笑みもすぐに崩れれば顔を隠すように俯かせる。


(……原因は、俺、か……)


 本当を言えば気付いていなかったとは言わない。

 リーリアは贔屓目なしでも誰からでも好かれるのは目に見えて分かることだし、見ていればルナンがリーリアに対して恋心を抱いていたことを気付くのは難しいことではなかった。もう一人、気付かれないように隠していたようだがクロードもまた、同じようにリーリアに想いを寄せていた。

 幼い頃からずっと一緒に居たから嫌でも分かる。だからこそ、自分はリーリアに対して想いを告げるつもりは一切なかった。

 クロードと結ばれるのであれば心から祝福するつもりであったし、後に出逢ったルナンを選んでももちろん、幸せを願う気持ちは既に決めていた。

 でも、彼女が選んだのは、自分だった。幸せで、幸せで、盲目になっていたことは認めざるを得なかった。

 彼らの気持ちを考えていればもっと違う結果が導けたかも知れない。もっと自分に力があったのなら、ルナンを気遣えていたのなら、こんな事は起きなかったかも知れない。

 どれだけ自分を責めても責め足りない。その想いが痛いほど伝わってきたのか、リーリアは思わずアルへと駆け寄るとぎゅっと精一杯背伸びをしながら抱き締める。


「……リリー……?」

「アルの所為じゃない。……アルの所為じゃないから、そんなに責めないで? アルが傷付くの、わたしは嫌だよ……」

「リリー……」


 突然抱き締められたアルは、呆然としながら名前を呼ぶもリーリアは顔を埋めながら必死になって訴え掛ける。

 彼の所為じゃない。何度そう言ってもアルは自分を責め続けるだろう。それでも言わずにいられなかったから、何度も言いながら最後はぽつりと囁くように零す。

 今にも泣き出しそうな表情をしている彼を見ていられなかった。

 リーリアが自分の心配をしてくれているのは分かったのだろう、どこか縋るように抱き締め返しながらその肩に顔を埋める。


「……全く、気付かなかったなぁ……。いや、気付くべきだったんだよね、僕は特に」

「クロード……。……後悔してもしきれないが……今すべきことは、後悔することではないんだろう、な」

「ええ……そう、ね。ルナンの言葉通りになるのなら、この『闇』は全てを飲み込んでしまう。その前に何とかしないと……」

「何とかって言っても……何か良い案がある訳でもないし」


 そんな二人の様子を見ていたクロードはぽつりと呟きを零しながら、情けない、と言わんばかりの表情になりながら苦笑を浮かべる。

 ユリアスはクロードを見てから何と声を掛ければいいか分からずに名前しか呼べないが、ふるふると頭を振ってから自分に言い聞かせるように言うと、ニナも自分を奮い立たせながらふぅ、と息を吐きながらこれからすべきことを考えようとするが、確かにこの広がり続ける『闇』をどうすればいいかは分からない。

 アルの腕の中にいたリーリアは三人の会話を聞きながら、そっと目を伏せる。


 ――『闇』に対抗出来るのは、『光』だけ。


 確かな情報ではないし、もしかしたら違うのかも知れない。でも、可能性があるのはそれだけだ。

 だからと言ってこの膨大な『闇』に対抗出来るほどの『光』はこの世界に残っていない。それでも、『光』はある。自分を守ってくれる、暖かな光達が。


「……リリー?」

「あのね、アル。それに皆。……わたしなら、出来ると思うの」

「え……?」

「ユリアスに鍛えて貰ったあの『剣』とわたしの中の『光』があれば、きっと。……きっと、ルナンを止められる」

「あの剣って……? ユリアス、どんな剣鍛えたの?」

「あ、ああ……偶然にも手に入った特殊な鉱石があってな、その鉱石がリーリアに合っているようだったから剣を鍛えたのは確かだが……。あの剣で大丈夫なのか?」

「うん。わたしが使ってるからかな? 光を溜めることが出来てるみたいだから、多分」


 自分の腕の中にいたリーリアがそっと離れていったためにアルが訝しげに名前を呼べば、どこか決意を秘めた表情を壁ながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

 紡がれた言葉の意味が掴めなかったアルとクロードは同時に驚いた声を上げると、説明をするように話していきながらも確信を持って言い切る。その自信がどこから来るか分からなかったニナは気になったことを聞くようにユリアスへと問い掛ければ、一瞬何の事を言っているか分からなかったがすぐに思い出したように頷くとやはり不安はあるのかリーリアへと視線を向ける。

 視線を向けられると安心させるように微笑みながら、とりあえずはその剣を取りに行くように歩き出すとその後を追いながらリーリアはふと持っていた籠を見る。

 本当なら皆で楽しいピクニックへと出掛けるはずだったのに。そんな思いを汲み取ったのかアルがぽん、と肩を叩く。


「今度、また行こう? ……俺も頑張るから。皆で、ね?」

「……うん! 約束ね」


 いつまでも落ち込んでいられないと思ったアルは微笑みながら声を掛けると、リーリアは少々驚いたように振り返ってアルを見てから、全員を見ると微笑みを返してくれた。

 全員の表情に笑顔が浮かんだことに嬉しく思ったリーリアはニッコリと笑いながら頷きながら、ね、と全員に言うと頷き返してくれた。

 それから程なくしてリーリアの家に着くと、彼女は一人家の中に入って行き、剣を取りに行く。

 リーリアを待つ間、手持ち無沙汰になった残りの面々は特に会話もなかったものの、その中、アルは家の壁に背を預けながらぼんやりと空を見上げる。

 夜なのではないのかと見間違うほどの暗い色の空。ほんの数十分前までは清々しい青空だったというのに、今はその面影すらない。

 『闇の支配者』と名乗った彼の力がそれだけ強大であることを示している。つまりそれは、彼自身の『闇』が深いことを意味しているのだろうか。そう思うとまた沈んでしまいそうになるアルを見たクロードは、アルの隣に立って同じように空を見上げる。


「……アルは気付いてた? 僕や、ルナンの気持ちに」

「まぁ、ね。……気付いてたなりの事をするべきだったって後悔してるところだよ」

「アルらしいね……僕は、別に良かったんだ。リリーが幸せであるのなら、その隣に立っている相手が僕でなくても」


 どう声を掛けるべきか迷ったクロードであったが、ふと何かに気付いたように問い掛けるとアルは気まずそうにしながらも溜息交じりに返した。

 返ってきた言葉があまりにも彼らしかったために思わず笑みを零しながら、空を見上げたまま、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。

 嘘偽りない気持ちだった。リーリアが選んだ男がたまたま身近にいたアルであったという話だけで、アルでなかったとしてもリーリアが好きになった相手が彼女を幸せにしてくれるというのであればそれで良かった。

 僅かに胸が痛むことがあるのも確かだったけど、アルはリーリアを幸せにしてくれていた。

 目に見えて分かる幸せそうな笑顔を見られるだけで十分だった。逆に感謝しているぐらいだ。自分ではきっと、あそこまでリーリアを幸せに出来ないと思うから。


「あの子の魔力が少しずつ変わりながら、上がり続けたのもそれが原因、なのかしら?」

「……俺には良く分からないが質が変わるぐらいで、上がることがあるようには思えないが……」

「うーん……じゃあさ、ルナンの『闇』を増幅させている存在が居たとしたら、どう? 彼自身の『闇』が何らかの形を持って、それが増幅の役割を示してるとか」

「あり得るわね……。でもそうなると、更に厄介になるわよ? ルナンを止めるだけでも厄介そうなのに」

「今の俺達じゃ、ルナンの魔力にはどう頑張っても届かないだろうしね」


 二人の会話を聞いていたニナは口を挟むべきではないと思ったのか、独り言のように呟けばそれを聞き取ったユリアスは不思議そうにしながら自分の意見を言う。

 ユリアスの言うことももっともであったために他の原因があるのかと思い始めると、一旦会話を止めたクロードはふと思いついたことを口にすれば少し考える仕草を見せながらも、ニナは頷いて同意するが苦い表情になりながらも気付いたことを口にすると、アルは困った表情を浮かべる。

 実際の魔力を計れるのは、自分達の中ではニナぐらいだろうがニナが「厄介」と言うのだから、厄介なのだろう。

 そして魔導師にすらなっていない自分やクロード、元々魔力を持たないユリアス、そしてニナ。唯一希望が持てるのはリーリアが言う『光』の力だけか。

 そう思うと情けない気持ちの方が込み上げてきて思わず溜息を零しそうになるが、その前に家の中からリーリアが出てくる。出てきた時に少々空気が重い事に気付いたリーリアはきょとんと首を傾げた。


「どうしたの? ……遅かった?」

「あ、ああ、いや、何でもな…………っ!?」


 原因が思い付かなかったリーリアははっとしたように焦って聞くと、アルが慌てたように返すが言葉は途中で途切れて辺りを見回す。

 突然のことに驚いた表情を浮かべた面々であったが、数秒遅れて他の人達も気付いてある一点を見るとそこに見えたのは闇を身に纏った『闇の支配者』ルナンの姿だった。


「ルナン!」

「……。ボクを唯一阻めるのはリーリアだけだと思ったから、最初の狙いをここに決めたよ」

「……わたしも、ルナンを止めるって決めたから。どういう結果になっても止めてみせるから」

「ボクは止まらない。……止まれない……さぁ、『タナトス』達、人々に恐怖を植え付けよう」


 全員の声が名前を呼ぶと、ゆっくりと面々に見下ろすように見ながら宣言するように告げると、リーリアはじっと見たまま、ハッキリと言い切る。

 リーリアがそう決意することすら分かっていたと言わんばかりにどこか寂しげに笑いながら、すっと手を挙げると『闇』の中から、姿がハッキリとしない黒い何かが出てくる。それが彼の言う『タナトス』なのだと分かれば、もう戦いを止めることは出来ないのだろうと思うとそれぞれが戦闘態勢に移るのだった。


 


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