08
――ピクニック当日。
お弁当を作るのだと張り切っていたリーリアと友人の一人である、ニナ=クレスタは集合場所である村の入り口付近にはまだ来ておらず、そこに姿があるのはアルとクロード、そして残りの友人でもあるユリアス=フィリックスとルナン=ノワールの四人だ。
一番最初に来ていたのはユリアスであり、その後すぐにアルがやって来た。それから少し経ってからクロードが引き摺る形でルナンを連れて来たのだ。
この時、ルナンの姿を見たとき、アルは違和感を感じていた。僅かな違和感であったために首を傾げるのだが、何の確証もなかったので結局それを口にすることはなかった。
「……大丈夫か? ルナン。最近、やけに顔色が悪いが……」
「う、うん……大丈夫。……自分でもよく分からないんだけど、お日様の光が、辛くて……」
「日の光が辛い? ……病気、とか?」
「違うと、思うんだけど……」
いつもよりはマシとも言えたが、やはりまだ顔色の悪いルナンを見てユリアスは心配そうに問い掛ける。
問われたルナンは弱々しく微笑みながらも、そそくさと建物の影に入りながらも理由を話せばクロードは不思議そうに首を傾げてから、ふと思い浮かんだことを心配気に聞く。ふるふると首を横に振って答えながら、本当に自分でも分からない、と言った感じだ。
二人が心配そうにルナンを見ている中、やはりアルは違和感を拭えずにいた。
この頃はまだ魔導師としては未熟者同然であったために、他人の魔力を見極める力はほとんどないに近い。それでも高い潜在能力のおかげなのかずっと共に過ごしてきたリーリアやクロード、友人達が持つ魔力の波動がいつも通りなのか、それとも違うのかぐらいは感じられるようになっている。
――だからこそ、違和感があるのだ。ルナンの魔力の波動に。
弱々しいけどそれでも優しく、どこか暖かいはずの波動だというのにいつの頃からか、だんだんとほんの少しずつだが冷たくなりつつあるように感じたのだ。
とは言っても気付いたのはつい最近のことで、それが正しいのかどうかさえも判断出来る要素を持ってはいなかった。
それでも、今日の彼は一段とおかしかった。それを上手く言葉に出来ないアルは、うーん、と唸り始める。
「どうかしたの? アル」
「え? ああ……うーん……もうちょっと魔導の勉強しておけば良かったなぁと思って」
「突然だな? だが村では一番の魔導の使い手じゃないか、お前は」
「そうだよ、僕はもちろん、ニナでさえ敵わないのに」
「クロードは偏りがあり過ぎないか? 使える魔導も限られているし、剣術の方が得意じゃないか」
「そう? 魔導は使ってて楽しくて好きなんだけど……。あ、ルナンも魔導、得意な方だよね?」
「得意かどうかは分かんない、けど……最近はちょっと、魔力が、上がり続けてるって、ニナが言ってたような……」
唸り始めたことに気付いたクロードは訝しげに問い掛ければ、はっとしたようにアルは苦笑を浮かべつつも素直に思ったことを口にする。
あまりにも突然のことであったために驚いた表情を浮かべながらユリアスがアルへと視線を向けてから不思議そうに言う。それに便乗するようにクロードは頷いて肯定する。
辺境の地であるために本格的な魔導の勉強が出来ずにはいるのだが、幸いにもニナの家が元々が魔導師の一族であったらしく、教えて貰うことが出来ていた。そのおかげでめきめきと力を付けたのはアルであった。元々魔力を持つ人が少なかったこともあったのだが、それでもニナよりも優れた魔導の使い手ではあるのは確かだ。
ただ、少々知識に偏りがあるのも確かなので魔導師とは言えないのも事実なのだが。
クロードのどこか羨ましそうな視線に気付いたユリアスは苦笑を浮かべながらもそう告げれば、少々残念そうにしながらクロードは自分の意見を述べつつも思い出したようにルナンへと声を掛けた。
声を掛けられるとは思っていなかったルナンは慌てたように返しながらも、ふと思い出したことを告げると三人は顔を見合わせた。
果たして魔力というのが元々の素質以上になるのかどうかは定かではないが、ニナが言うのであれば間違いはないのだろう。もしかしたら、それがルナンの体調不良の原因の一つではないのだろうか。
うーん、と考え始めた三人を視界の中にいれながらルナンはぎゅっと胸元辺りの服を握りながら、乱れそうになる息を必死に整える。
(……くるしい……)
――自分の中で、何か別のモノが蠢いている感じすらする。
辛くて苦しくて、今すぐにでも吐きだしてしまいたいほどの暗い感情が込み上がって来る。
そんな感情を自分が持っていることにすごく嫌な気分になってしまうが、それでも一度芽生えてしまった感情は決して消えることなく、逆に増幅する一方だった。
分からない。どうしてこんな風に自分がなってしまったのか。
でも、分からなくてもこれは確実に自分が作り上げてしまったものなのだということだけが分かる。
(いっそのこと……)
全てを吐きだして、この感情に身を任せてしまえば楽になれるんじゃないだろうか。
ルナンがそう思って息を抜こうとした時、遠くから、おーい、という聞き慣れた声が聞こえてきてルナンはもちろんのこと、そこに居た誰もがそちらへと視線を向ける。
「遅れてごめん! えへへー、手間取っちゃった」
「……練習したというから期待したのに……全然じゃないの、リーリア?」
「うっ……で、でも、ほら、手際はともかく! 味はまともになってたでしょ?」
「まぁ、そうね……でも、そうじゃないと苦労するのはアルテイシアなのよ? ……ねぇ?」
「え? ああ、うん、そう、なのかな?」
お弁当が入っているのだろう籠を持ちながら駆け寄ってきたリーリアと、その後ろを苦笑交じりで付いてきているニナ。
全員の表情が緩まるのを感じながら、ニナが呆れた視線を向けてきたためにリーリアは言い訳が出来なかったものの、必死に弁明をすると頷く。
その後にどこかからかうようにアルへと視線を向けると、突然の話の振りにきょとんとするも、すぐに理解すると少々照れた感じになりながらも曖昧な言い方で返す。リーリアの顔も真っ赤になるのを微笑ましげに見ていたのだが、ただ一人ルナンだけは、どくん、と何かが強く脈打ったことに気付いた。
(……リー、リア……)
心の中でその名前を呼びながら、そうだ、と思い出した。
この分からない感情が自分の中に生まれたのは、あの時だった。アルとリーリアが付き合いだした、という報告を聞いた、その時だ。
淡い恋心を抱いていた。明るくて優しくて、いつも笑顔のリーリアがいつの間にか好きになっていた。もちろん、友人である今の立場でもいいと満足していたと思うし、リーリアが自分を選ぶことはないだろうと思って半ば諦めていたのも事実だ。
でも幸せそうな二人を見たとき、自分の中に暗い感情が生まれた。
――嫌だ、と。リーリアが幸せそうに微笑みを向ける相手が自分ではないとハッキリと確信した時。
心から祝福できない自分に嫌気が差しながらも、それでもこの感情は消えることはなく、だんだんと確実に増していった。そしてそれは、もう抑えることの出来ないほどに膨れあがっていたのだということに今、気付けた。
「……ルナン?」
「あら……、どうしたの? 魔力の揺らぎがおかしいわよ、ルナン」
「……っ……!? ダメ……っ、ユリアス、ニナ! 近付いちゃ……」
様子がおかしいルナンに気付いたのかユリアスが名前を呼び、それでようやくルナンへと視線を向けたニナは訝しげに顔を顰めながら近付こうとする。
アルとクロードも心配そうな視線を向ける中、もちろんリーリアも心配に思ってルナンを見ようとしたその時。ぞくり、と背筋に悪寒が走ったのと同時に、嫌な予感がして咄嗟に叫ぶように言う。
突然の叫び声に近付こうとしていた二人はもちろんのこと、驚いた表情でアルとクロードもリーリアを見る。
一度感じてしまった嫌な予感は消えることなく、どんどんと勢いを増していく。
――まるで、光を飲み込んでしまうかのように。
リーリアは自分ではあまり自覚はないのだが、生まれた当時から光に愛された子供だった。一切の闇を受け入れることを許さないほどの、強い光に。
自分を守ってくれているのだろう光が忠告をしているように思えたのだ。『闇』が産まれる、と。
それがどういうことなのか分かりはしないために、リーリアが意を決してルナンへと声を掛けようとしたその時。ルナンの身体が、一気に闇に包まれていく。
「ルナンっ!?」
全員の声がルナンの名前を呼んだ時、それは一瞬で起こった。
何の予兆もなく、辺り一面が闇に染まったのだ。空でさえも黒く染まり上がり、その闇は留まることを知らないように大陸全てを覆おうとしている。
全く状況が理解出来ていなかった彼らの目の前に現れたのは、闇に包まれたルナンの姿だ。
「ル、ナン……?」
「……苦しくて……苦しくて、仕方が無かった」
「何を、言って……」
いつもとは雰囲気が全く違うルナンを見て呆然名前を呼ぶニナの声に応える声はなく、ルナンはただ、呟くように言う。
状況の把握すら出来ていないためにユリアスは、ルナンの声があまりに淡々としていることに気付くと目を瞬かせながら僅かに声を震わせつつ、言葉を零す。
ゆっくりと顔を上げて、ルナンが改めて友人達の顔を見ていくと最終的にはリーリアへと視線を向ける。
視線を向けられたリーリアは真っ直ぐに見つめ返してくるために、ルナンは僅かに苦笑を浮かべた。
「ボクが、感情にもっと鈍感で……ボクに芽生えたこの感情に気付きさえしなければ、キミと彼を心から祝福出来たかも知れない」
「……」
「……! ルナン、まさか、キミ……!」
「クロード……ボクもキミのようになりたかった。大事な友人と、大好きな子を祝福できる人でありたかった」
ルナンから告げられた言葉の意味を理解出来ているのかいないのか分からないが、リーリアは視線を外すことはなかったが何か言うこともしなかった。
その代わりとは言わないが、彼の言った意味が分かったのか驚いたように目を見開かせるとクロードは、声を上げる。そんなクロードに対してルナンは、弱々しい微笑みを浮かべながら、心から羨ましそうにしながらぽつりぽつりと言葉を零す。
――そうなれるのであれば、なりたかった。
心から祝福して、幸せを願えるような人間に。そうすれば、何も変わらない日々が過ごせただろう、これからもずっと。
アルとリーリアが結婚して、他の友人達や自分がそれぞれ良い人を見付けて、結婚して。子供が出来たりして、時々逢って変わらない幸せで平凡な未来を築いていけたかも知れない。
でも、もう無理だ。自分の中で芽生えた『闇』はもう既に大陸を覆うぐらいに大きくなり、やがてこの大陸は闇に包まれてなくなるのだろう。
「苦しくて、苦しくて……抑えようとしても抑えきれなかった。だから、全てを『闇』に染めてしまえば、ボクの苦しみはなくなるはず、なんだ」
「……俺はそんなにも、君を苦しめていたのか? ルナン」
「……」
ぎゅっと胸元で強く手を握り締めながら、どこか苦しそうな表情を浮かべながら自分に言い聞かせるようにそう言葉を零す。
苦しくて仕方がない。全てを壊してしまいたいとすら思ってしまう。そんな風に思ってしまう自分が嫌なのに逆らえない。だから、もう、全て『闇』に染めてしまえばいい。
全てを『闇』にしてしまえば、苦しみはおろか、何も感じなくなるに決まってる。
ルナンのそんな想いがひしひしと伝わってきたのか、アルは泣きそうになるぐらいに顔を歪めながら、たった一つ気付いたことを問い掛けるもルナンは何も答えなかった。
今更、何を話しても仕方がない。もう全ては終わってしまった。
平穏で幸せな毎日も、あの愛しくて仕方がない日々も。彼らと一緒に居た自分と共に、終わってしまったのだ。
ほんの僅かにだけ目を伏せたルナンは、ふわりと宙へと浮かび上がると大陸全土に聞こえるように手を上に突き出しながらゆっくりとした口調で、でもハッキリと告げる。
「ボクは……『闇の支配者』。大陸全土を闇で包み、闇はやがて全てを飲み込むだろう」
「……ルナンっ! わたし、は……!」
「……ボクはもう止まれない。全てが『闇』に飲み込まれるその時まで、絶対に。……さようなら、皆」
宣言するように声高らかにルナン――『闇の支配者』の言葉が聞こえたとき、どれだけ多くの人が恐怖しただろうか。
辺境の村にいる彼らには分からない。分からなくても目の前で浮かんでいる″友人″が全てを起こしているのだということだけは分かる。分かるからこそ、ずっと黙っていたリーリアは名前を呼びながら何か言おうと言葉を紡ごうとする。
だがその言葉すら遮るようにルナンは緩く首を横に振りながらそれだけ言い残せば、最後に別れの言葉を残すとふわり、と闇に身体を包まれてそのまま姿を消してしまう。
消えてしまった友の姿を呆然を見送ることしか出来なかった彼らは、その場から一歩も動けずに立ち尽くすことしか出来ないのだった。




