06
翌日の昼頃だろうか。『聖地』に向けて歩き続けていた一行であったが、ふとアルが歩いていた足を止めた。
その瞳が懐かしげに、でもどこか悲しげな色に染まっていることに気付いた仲間達も同様に足を止めて辺りを見回すと、そこに広がるのはただの平原。草が生い茂っている、今までずっと続いてきた風景と変わらない。
一体どうしたというのか、それが気になったために口を開こうとした時。ゆっくりとこちらに歩いて来る足音が聞こえたために、誰もがそちらへと視線を向けるとそこには見慣れたというべきか、「謎の人」がそこには居た。
「現『聖なる乙女』と仲間の御一行様。……ようこそ、『聖地』へ」
「……えっ!? こ、こが……『聖地』……?」
「そう、ここが『聖地』だよ。一時期は草すらも生えない場所だったけれど、時が経つにつれてだんだんと緑が覆い、周りと同化する風景にまで戻ったんだよ」
「……」
彼は深々とお辞儀をしながら、歓迎の言葉を口にするとリーナは驚きの声を上げた。
元々は村であったと言っていたからそれなりに村らしい場所なのだろうと考えていたために、驚くことしか出来なかったのだ。
その驚きも無理はないと思ったのか、彼はゆっくりとした口調で説明するように言葉を紡ぐとリーナはただ、目を瞬かせ、何も言うことが出来なかった。
――観光地とすら言われていると言っていたので、分かり易い場所なのだろうと勝手に思っていた。
でも、目の前に広がる風景はただの草原。平地が続く、見慣れた風景だ。
「……貴方がさしずめ、案内人、ですか?」
「そうとも言えるし、そうとも言えない。僕は僕のしようと思ったことをするだけだから」
「ならば一つ聞きたい。……君の、正体を」
「それを明かすのも含めて、一旦僕に付いてきて欲しい。キミ達に見て欲しいものがある」
何を言うべきかと思っていたのだがまずはサーシャが最初に口を開いて問い掛ければ、彼は肯定も否定もせずに自分の考えを述べるだけだ。
これまでの間、何かしらの手助けをしてくれたのは確かなのだろう。リーナが警戒していないし、アルも何か言う様子は見せない。
だからと言って素性も分からない相手の言うことを素直に信じられるほど純粋な訳でもなかったため、エメリヤはじっと目の前に立っている謎の人へと視線を向けて一番聞かなければいけないことを聞くと、彼は一つ頷いてからくるりと踵を返して案内するように歩き出す。
一瞬付いていくべきかどうか迷いはするものの、ここで立ち往生していても変わらないために顔を合わせて頷き合うと後を追いかける。
特に変わった風景が広がる訳でもなく、平原がいつまでも続くだけだ。それからほんの少し歩いた所だったろうか、不意に何かが見えてくる。
「……あれは……?」
「……石碑、か?」
「記念碑だよ。初代『聖なる乙女』に感謝して立てられた、ね」
ライアンが気付いたように声を上げると、ヒナタも見えたのかぽつりと零せば前を歩く彼がその答えを返す。
そしてその記念碑まで近付くと一行は記念碑を見上げる。あえて言うべき所もない、普通の記念碑だ。ぼんやりとそれを見上げていたのだがレイクはそっと記念碑に触れて、そこに書かれている文字を読む。
「え、っと……『初代『聖なる乙女』リーリア=ソルトレークここに眠る』……?」
「……」
「リーリア=ソルトレーク……初代『聖なる乙女』……」
レイクが書かれている文字を読み上げると、アルはそっと目を伏せた。
それには誰も気づかない様子であったがリーナはゆっくりと覚えるように名前を呟く。今まで名前を聞いたことすらなかったような気がした。いや、聞いたことがあっても忘れていてしまったのかも知れない。
だけど、今度は忘れないように、何度も名前を呟いている姿を見て彼はふと笑みを零してからふわり、とフードを取る。
フードを取ったことに気付くと誰もがそちらへと視線を向けた。でも、そこに見えた姿に見覚えがないのは当然のことであったが、彼は微笑みを浮かべた。
「改めて、自己紹介をするよ。僕の名前は、クロード。クロード=リュアラブル。……初代『聖なる乙女』と共に戦った仲間の一人だ」
「……え……」
謎の人――クロードは微笑みながら自己紹介をすると、簡単だが自分のことを話せばアルを除いた全員が驚きで言葉を失ってしまう。
目の前にいる彼はどう見ても、アルと同い年ぐらいに見えた。つまりはアルと同じような存在なのだろうかと思いながらも、クロードは微笑んだまま、アルへと視線を向けた。
「アル。……ここまで来たんだ、全てを明かす覚悟は出来たんでしょう?」
「……」
「なら、キミも改めて名乗るべきだよ。今まで旅をしてきた、彼女達に」
視線を向けてからゆっくりと声を掛ければ、アルは小さく頷いて肯定を示すとクロードは言葉を続けた。
そう言われてからどうするべきか一瞬迷いながら、アルは一旦クロードの隣に立つと改めて仲間達を向き合う。まだ、驚きから解放されていない彼らは不思議そうに自分を見ている。
何を言うべきか迷いながらも、ほんの僅かだけ顔を俯かせる。だが、もうここまで来てしまった以上、後戻りは出来ない。
自分にそう言い聞かせると顔を上げてから、そっと口を開いて言葉を紡ぐ。
「今更、名乗るのもおかしい気がするけど……俺は、アル。アルテイシア=ラルムリゼ。今は聖剣として生きてはいるけど、聖剣になる前……俺は、一人の人間としてクロードと同じように初代『聖なる乙女』と共に戦った一人だよ」
「……アルも、なの、か……」
「待てよ、頭が混乱してきた。……アンタら、どうやって生きてきたんだよ、今まで」
アルから紡がれた言葉にもう驚くことすら出来なくなっていたのかライアンが呆然と言葉を零せば、ヒナタは頭が痛いと言わんばかりに抱えながらぶつぶつと疑問を呟く。
歴史の始まりから存在していたのだと言うのであれば、もう数えることすら出来ないほどの年数が経っている。それこそ何百年単位だろう。
クロードの姿はどこからどう見ても普通の人間に過ぎないし、とてもじゃないが信じることは出来ない。アルに至っては人間であったというのであれば、どうやって今の姿になったというのか。
「……魔導師ならあり得ること、なのか? レイク……?」
「いや、魔力を持つ者が長命になるっていう話も聞いたことはあるけど、実際は違うし……」
「何かしらの特別な力を使った、という感じでしょうか」
疑問が次々と湧いてくるために自分達の中で解決させようとしているのかエメリヤが詳しいだろうレイクへと問い掛ける。
混乱したままのレイクであったがふるふると否定するように首を横に振って答えると、サーシャは二人へと視線を向けて残る方法はそれしかないとばかりに言う。
だがそれに答えが返って来ることはなく、彼らに対して微笑みを浮かべればクロードはここでようやく、アルと視線を合わせる。
視線を合わせたアルはどこか困惑した様子で何を言えばいいか迷っている様子にさえ見えたが、クロードは微笑みを浮かべた。
「……こうしてもう一度、キミと隣同士で立つ日が訪れるなんて思いもしなかったよ、アル」
「それは、俺の台詞だよ。……でも、今は素直に再会を喜ぶことにするよ。親友との再会なんだから」
「え? し、親友だったの? 二人とも」
「そうだよ、幼馴染の親友」
懐かしげに、でも嬉しそうに微笑みを浮かべながらゆっくりと言葉を紡げばアルは何と返すべきか迷いながら苦笑を浮かべる。
目の前にいるクロードは自分が知っている「クロード=リュアラブル」の姿とは異なる。だが中身は何も変わっていないように見える。
だからこそ、今は、こうしてもう一度言葉を交わせることに素直に喜ぼうと思ったのかアルはふと柔らかな微笑みを返せば、二人の会話を聞いていたリーナは混乱した頭のまま、気になったことを聞く。聞かれた二人は互いに顔を見合わせてから頷いてその答えを返した。
そろそろ頭が痛くなってきた頃か。驚きの連続で考えることすらも放棄した状況になりつつあることを感じ取ればクロードは小さく笑みを零す。
「僕がどうして今、ここに居るか。そしてアルが聖剣として生きるようになったのは何故なのか。……その答えをキミ達に話そうと思う」
「……」
「でも、その答えを話す前にキミ達に話さなければいけない話がある。初代『聖なる乙女』と『闇の支配者』……歴史の始まりがどうであったのかを」
「……!」
混乱している彼らに対してクロードがそう語るように言うと、アルは何か言おうとするのだが結局は言葉を飲み込む。
それを見てから言葉を続けながらもここに呼んだ理由を告げれば、誰もがクロードとアルへと視線を向けた。
「……構わないね? アル」
「今更止めるぐらいなら、俺はここには立っていないよ。……知るべきだろうからね、終止符を望むのなら」
「そうだね……。これから話す過去の話……僕やアルにとってすれば思い出の話になるけど。それはキミ達にとって衝撃の事実が待っているのかも知れないし、もしかしたらキミ達が考えている以上に過酷な現実が待ち受けているのかも知れない。それでもずっと続いている歴史を終わらせたいと言う気持ちに変わりはないのなら、話そうと思う」
最後に確認を取るようにアルへと声を掛けたクロードに対して、アルは苦笑を浮かべながらも、もう反対する理由はないとばかりに言った。
こくりと頷いてどこか複雑そうな表情になりながらも、ゆっくりとリーナ達に向き直ったクロードは真剣な眼差しで語ると意思を確認するように言葉を紡いだ。
この話を聞くことによって、アルがずっと抱え続けているのだろう過去の傷を抉ることになるのは間違いない。クロードにとっても、それほど気分の良い話ではないのは確かだろう。それでもその話を聞かない限り、何も始まらないと言うのであれば二人を傷付けてでも話を聞かなければいけない理由があった。
誰もが聞く意思を持っていることが分かると、アルとクロードは互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべ合った。
ここで引き下がる程度の想いならば、自分達がここまで導く必要はなかったのだから当然の結果とも言えた。当然であるからこそ、気持ちを落ち着ける必要があったのだ。
――出来るのであれば、もう思い出したくない。思い出すと幸せで、でも幸せであるほどに悲しくて辛い、思い出。決して消え去ることのない、記憶。
「……。じゃあ、話すとしようか? アル?」
「そうだね……、リリーのことも話しておこうか、折角だし」
そして二人から語られる過去の話。二人にとっては楽しくて幸せであったが故に、心に深く傷がついたずっと、ずっと昔の記憶。
二人の口から語られるのは真実。決して歴史書が語ることのなかった、彼らしか知り得ない真実の話である。




