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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第五章 過去と親友と、全ての始まりの地
78/103

05

 



 村を出発した一行であったが、村長の話だとどう頑張っても『聖地』までは二日は掛かるという話だったので日が暮れて来た頃には野宿の準備に取りかかっていた。

 ほぼ決まりつつある役割分担の仕事をこなしている様子をアルはぼんやりと眺めていた。

 一歩一歩、確実に縮まっていく『聖地』までの距離。この辺りまで来ればそれなりの思い出もあるというものだ。


「アル」

「……ん? あれ、サーシャにヒナタ。君達の暇人?」

「する事がねぇのは確かだな。ってか、テント張りの手伝いに行こうとしたら、止められた」

「ああ……、もう既にあれはリーナとライアンの楽しみの一つだからね。エメリヤは監督としているし」


 ぼんやりと少し離れた場所で様子を見ていたアルの元にやってきたのは、手持ち無沙汰であったサーシャとヒナタの二人だ。

 ヒナタはどこか文句のようにぶつぶつと呟けば、くすくすと小さく笑みを零しながらそちらへと視線を向ける。テントを張る作業にはもうすっかりと手慣れた様子でリーナとライアンは楽しみつつ、協力してテントを張っている。それを傍で見守っているエメリヤは、どこか親のように成長した子供を喜んでいる様子にも見える。

 その近くでは食事の準備をしているレイクの姿。買い出しをした甲斐があって、今日の夕食はいつもに比べれば少々豪勢のようだ。

 こういう数人で旅をする時には食事を作るのは交代制が一般的なような気もするが、料理が得意なレイクが居る限りはそういう事態に陥ることはない。

 テントを張り終われば、あの三人はもう既に日課になりつつある剣の稽古に移るだろうし、本当にすることがない。


「これだけの人数で旅をしていて、喧嘩や意見の食い違いが起こらないというのも凄いですねぇ」

「そうか? ……まぁ、似たり寄ったりが揃ってるから意見が分かれないんだろ、多分」

「否定はしませんけどね。でも、中心に居る人がリーナであるからこそ、成り立つ光景なのかも知れませんね」


 アルと同じように見慣れた光景を見ながら、サーシャはどこか感心したようにぽつりと呟きを漏らす。

 一瞬理解出来なさそうな表情を浮かべたヒナタであったが、自分なりの考えを告げれば何度か頷く。それに対して苦笑を浮かべながらも、ゆっくりと視線をリーナへと向ければ、ヒナタも釣られるようにリーナへと視線を向けた。

 唯一アルのみはリーナを見ることはせずに、僅かに苦笑を浮かべるだけに留めておいた。


 ――そう、多分リーナ以外が中心に居たのであれば、案外簡単にバラバラになってしまうぐらい、脆い関係なのかも知れない、自分達は。


 ヒナタが言うように似たりよったりな考え方をしているというのもあるかも知れないが、リーナの存在が大きいのは確かだろう。

 彼女が居るからこそ、こうして接点もほとんどなかった自分達は共に旅する仲間へとなった。

 それは凄いことだと素直に思える。一人の人間として、そしてたった一つの希望の光『聖なる乙女』としても尊敬に値する人だと言っても過言ではないはずだ。


「……君にとっては喜ばしいことですか? 聖剣『アルテイシア』」

「……。そうだね、聖剣としてはとても喜ばしいことだよ。誰もが惹かれる存在になって、誰かを導けるぐらいの光になってくれるのは」

「ふーん……。じゃあ、アンタ個人としては嬉しくないのか?」

「嬉しいよ、ずっと……傍で見てきたからね」


 サーシャは何気なく問い掛けた。深い意味もなく、ただ気になったから問い掛けたのだが、不意にアルへと視線を向けてみればそこにあったのはどこか寂しげな表情。

 見られていることにも気付かずにアルは思ったことを告げると、黙って話を聞いていたヒナタは気になったように聞く。喜ばしいという割には表情が合っていなくて、「聖剣としては」という言葉にも引っ掛かりを覚える。

 だからこそ問い掛けたのだが、寂しげな表情のまま、アルはぽつりと呟くように答えを返した。


 嬉しい。喜ぶべきことだと思っている。自分が選んだ『聖なる乙女』は立派な存在になったのだと。


 ――可能性を感じた彼女は、自分の感じた可能性を実現させてくれようとしている。それは素直に喜ぶべき事だと思っているのに、喜べない自分が居るのも確かなのだ。

 それが苦しかった。彼女の成長を素直に喜ぶことの出来ない自分が居ることが。


「……ごめん。少し、一人にしてくれる? 食事が出来る頃には、戻るから」

「え? あ、ああ……分かった」


 二人の視線を感じるのさえ辛いと感じてしまったアルはどこか申し訳なさそうに言うと、ゆっくりと歩き出す。

 その後ろ姿に声を掛けることが出来なかったためにヒナタはどこか心配げに見送ることしか出来なかったが、サーシャは困ったように笑みを浮かべた。


「少々意地悪が過ぎましたか」

「……自覚してんのかよ。……サーシャ、アンタ、意地悪すぎ」

「ヒナタにも言えることでしょう? ……何も話してくれないから、こちらから聞くしかないんですよ」

「そうかも知れないけど」

「君も気付いていたでしょう? 心配そうな視線に」

「……」


 小さな声で零した言葉を聞き取ったヒナタは、はぁ、と溜息交じりに言い返せば、否定することをせずにサーシャは反論しつつも困った表情のままで言葉を続けた。

 それは同意をすることしか出来なかったのだが、サーシャは視線を自然とそちらへと向ければヒナタも釣られるように視線を向けた。

 視線の先にいるのは、リーナ。その隣にはライアンとエメリヤが居て、レイクもこちらのやり取りに気付いていたのか心配げな表情を浮かべている。

 普段の彼ならば気付くことなのに、今の彼は気付くことなくこの場を去ってしまった。それが意味する先が掴めないからこそ、『聖地』に行くしかないのだと思い知るのだが。






 少し離れた場所まで来たアルは、はぁ、と深々と溜息を吐いた。

 ″いつも通り″で居ることがこんなにも大変だとは思わなかった。考えなければいいのに、距離が近付くほどに勝手に思い出されていくから嫌でも調子を狂わされる。

 『聖地』と呼ばれる場所――元の名を辺境の村「グリース」。

 多くの記憶がそこにはあり、幸せな記憶も、辛い記憶も混在する土地。

 近付かなかった。聖剣『アルテイシア』としてこうして生きるようになってから、たったの一度も近付くことすら避けてきた場所。


(……。俺は……、弱いね、本当に)


 いつまで経っても変わらない、弱い自分。


 どれだけの力を付けても変わらない弱さ。強くなれば変われると思った、どんなことにでも立ち向かえる強さが手に入ると信じていた。

 でも、そんなのは自分の勝手な思い込みだ。自分で変わらなければ、本当の意味での強さなど手に入るはずもないというのに。

 アルは沈んでしまう気持ちをどうすることも出来ずに、不意にぽすん、とその場に寝転がって夜空を見上げる。


(ああ……、懐かしい……)


 ――昔も良く、こんな風に草原に寝転がって夜空を見上げた。友人や、愛しい君と。


 不意に襲ってきた寂しさが、思いのほか大きくて泣きそうになってしまった自分を必死に堪える。

 ずっと逃げ続けてきた場所に、明日には辿り着く。そこで待ち受けるのは、きっと隠し続けてきた真実だ。真実を知ることが、リーナが望む「歴史を終わらせる」ことに繋がる。

 そう、可能性を感じた。今までの誰よりも『聖なる乙女』としての、強い可能性。それはひどく懐かしく、とても愛しいものであったと言っても過言ではない。

 彼女が言っているようだった、全てを終わらせる時がとうとう来たのだと。

 現『聖なる乙女』こそが今までずっと続いてきた歴史を終わらせられる存在なのだと、自分の感じた可能性がそう強く告げていた。


(……リリー……)


 ――君の願い、君の最期の言葉。そして俺に残してくれた一つの、光。


 分かってる。もう逃げられないことも、「マリアリージュ=イヴ=クレスタ」という存在が大きな希望の光であることも。


「だから……、君に、逢いに行くよ」


 全てを、終わらせるために。


 アルが小さな声でぽつりと呟いた時、遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえたためにゆっくりと起き上がってゆっくりと前を向いて今の仲間達の元へと戻ることにする。

 もう大丈夫だから。そういう意味も込めて、いつも通りの笑顔を浮かべながら。


 


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