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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第五章 過去と親友と、全ての始まりの地
76/103

03

 



 くしゅん。そんな小さなくしゃみが聞こえたために、全員の視線が一人に集まる。

 視線を集めた存在はもう一度、くしゅん、とくしゃみをするためにさすがに心配になったのか顔を覗き込む。


「大丈夫? リーナ。風邪でも引いた?」

「ううん、違うと思う。誰か噂でもしてるんじゃないかなー」

「……噂。風邪では、ない?」

「うん、大丈夫大丈夫。意外と知り合いに噂されてるのかも」


 鼻を擦っているリーナの顔を覗き込みながらレイクが、心配そうに問い掛けるとふるふると首を横に振って思ったことを告げる。

 繰り返すように呟きながらもライアンが確認するように聞くと、うんうん、と何度も頷きながら肯定する。

 出来れば良い噂だったらいいな、とか思いはするも、もしも父や母だったのならば文句を呟いているかも知れない。容易く想像出来てしまったために、僅かに顔を顰める。


「そろそろ日も暮れる。村はまだ着かなそうにないか?」

「もう着くと思うけど。……あ、ほら、あそこ」

「ん? ああ、今回は人の気配もきちんとして……。うん?」

「サーシャ? どうかした?」

「いえ、……人の数が多いような気がしないでもないですが」


 リーナが大丈夫だと言っているのだが、やはり夜は冷えるし心配なのだろう。エメリヤが辺りを見回しながら聞くと、ヒナタは今まで自分達が歩いてきた距離を思い出しながらも、ふと村の明かりが見えて指差す。

 指差された方向へと視線を向けたサーシャは、ほっと安堵の表情を浮かべながらも小さく頷くが、すぐに少しの違和感に気付く。

 もちろん、それを見逃さなかったアルが問い掛けるとサーシャは不思議そうに首を傾げながら、ぽつりと呟くように言う。

 おかしいことではない。もしかしたら観光客などが多く来ているだけかも知れないし、そこまで警戒する理由は特にはないだろう。

 どこか不安げな表情を向けてくる仲間達を安心させるように微笑みながらも、サーシャは何気なくライアンへと視線を向けた。自分がこの違和感に気付いたのだから、彼が気付いていないはずはない。

 思った通りにライアンも気付いている様子だが、ほんの僅かにだけ顔を顰めた。

 嫌な予感がしながらも仲間達は先に村に向かってしまったために、その後ろを着いていくライアンの隣にサーシャは並んだ。


「……何か、気付きましたか?」

「金属音……」

「え?」

「……まるで武器同士がぶつかるような音が、聞こえた」

「……!」


 声を潜めながら問い掛けると、ライアンは顔を顰めたまま小さな声でぽつりと零す。

 それを聞き取れなかったサーシャはきょとんとした表情を浮かべると、もう一度繰り返すように、今度は分かり易く答えた。

 さすがに予想外のことを言われたために驚いたように目を見開かせた後に村へと視線を向けた。見える限り、平穏そのものに見える。

 だが、警戒するに越したことはないのだろう。互いに顔を見合わせた二人は頷き合いながらも、ゆっくりと村へと足を踏み入れるのだった。


 ――村に入って最初に気付いたのは、少々静かなような気がした、ということだろうか。


 とは言ってもさすがに日が暮れた時間帯で騒がしいはずもないし、こういう村なのだろうと思えば納得が出来る。


「じゃあ、とりあえず宿を探そー!」

「……あるのか?」

「さぁ? 無さそうな気もするけど。泊めてくれそうな家探すとか」

「うーん、さすがにそれは申し訳ないような気がするけど……」


 そう納得した上でまずやるべきことを声高らかに宣言すると、まず最初の疑問を告げたのはエメリヤだ。

 ヒナタはざっと村全体を見回してから思ったことを言うと、それしか方法がないのも分かるが申し訳なさが込み上げてくる。

 ただでさえ、日が高い内から頼んだ訳ではないし、こんな日が暮れてからでは客を持て成そうとしても出来はしないだろう。持て成しなど必要はないのだが、それを言っても聞き入れてくれない場合だってある。

 それならばいっそ、適当に空き家を貸して貰うとか。そういう方がいいような気がして、それを提案しようとしたのだがその前に会話に入っていたはずのエメリヤが手を剣の柄に当てているのが分かる。


「気付いたか、アル」

「……ああ、これはおかしいね。サーシャの違和感が当たったって所、かな?」


 どうしたの、と声を掛ける前にエメリヤは顔を顰めさせながらどこか鋭い声で近くに居るアルへと声を掛ける。

 村の中にまで入れば違和感に気付いたのかアルは頷いて同意しながらも、僅かに苦笑を浮かべながら後ろにいるサーシャへと視線を送る。彼は特に何か言うことはせずに、どこか呆れたように肩を竦めているのを見れば確実に何が起こっているのかを把握している様子だ。

 あの様子を見る限り、決して良いことが起こっている訳ではなさそうだ。警戒心を解かずに村の中を歩こうとしたと時だったろうか。


「見付けた……。ヒナタ」

「は? な、何だよ?」

「銃、貸して貰えませんか?」


 歩くよりも先に後ろに居たはずのサーシャはふと目を細めると、すぐにヒナタの隣まで行き声を掛ける。

 突然のことに驚いた様子であったが更に続いた言葉にはもう言葉を失うことしか出来なかったために、言われた通りに大人しく銃を一挺差し出すとそれを受け取るとすっと構える。

 丁度、家と家の合間の僅かな隙間だろうか。すっと目を細めながらもその隙間を通すように銃の引き金を引くと、弾は撃ち出されてそのまま真っ直ぐに飛んで行くとすぐに叫び声が聞こえてくる。


「な、何っ!?」

「……盗賊と言ったところか? 最近はあまり目にはしないと思ったんだが」

「襲われてるのは確かみたいだし、早くに助けた方がいいんじゃ」

「ああ」

「俺は武器は使えないし、こんな所で魔導は使えないから見学で」

「アルー!?」

「大丈夫だって。盗賊ぐらい『タナトス』を相手にして来た皆なら問題ないよ」


 叫び声に驚いたようにリーナはあたふたと辺りを見回すと、エメリヤは少しだけ怒っているような様子でぽつりと呟きを漏らす。

 レイクは状況把握をしながらもすぐに口に出せば、すぐにライアンが同意するように頷きはするもアルはひらひらと手を振ると、リーナはばっと驚いたように振り返る。

 軽い笑みを浮かべながらも当たり前のことのようにあっさりと告げれば、全員は顔を見合わせたものの、ここで時間を使う方が勿体ないと思ったのかすぐにサーシャが銃を撃った方へと走っていく。

 そこで見えたのは村人達を脅している数人の盗賊のようで。

 実際に言えば、人間相手に戦うのは初めてだったのがいざ、戦闘、となればアルの言う通りに難なく、あっさりと退けてしまった。

 リーナとエメリヤ、ライアンの三人が主だって戦ったのだが遅れを取る様子はなく、逆に優勢に立ったぐらいで。人数差の不利はあったものの、後衛でもあるレイク、ヒナタ、サーシャの援護もあった事から盗賊達は敵わないと悟ったかのようにすぐに逃げ去っていった。

 全員が武器を収めると、村長だろうか、男性が近寄って来る。


「あの、助けて下さってありがとうございます、旅の方達」

「あ、いえいえ……。襲われた原因は分かってるんですか?」

「いえ、それが私達にもさっぱり……。とりあえずは、私の家を宿としてお使い下さい」


 男性から深々と頭を下げられてお礼を言われると、リーナは慌ててふるふると首を横に振りながらも気になったことを聞く。

 今までこういう事はなかったのだろう、男性も不思議そうな表情を浮かべながらもふと提案するように告げれば、その言葉に甘えるように頷くと家へと向かう。






 やはり村長だったようで、家は広く、それぞれに部屋を割り与えられた。訳ではないが、数部屋は貸して貰えるようだった。

 とりあえずは疲れたと言ってヒナタは割与えられた部屋へとすぐに向かってしまい、ライアンもいつものように剣を預かると同じように部屋へと行ってしまった。サーシャはふと思い出したように使っていた銃をヒナタへと返しに行き、アルだけはいつの間にか姿が見えなくなってしまっていた。

 むぅ、と頬を膨らませたリーナであったものの、とりあえずは寝るにはまだ早いと思ったのか部屋から出ると居間にエメリヤとレイクが居るのを見付ける。


「エメリヤー、レイクー」

「リーナ。寝たんじゃなかったのか?」

「……ああ、でも丁度良かったよ。リーナも聞きたい話なんじゃないかな?」

「聞きたい話?」

「そう、これから向かう『聖地』の話だよ」


 村長と向かい合うように座っていた二人の名前を呼びながらも駆け寄って行けば、エメリヤは少し意外そうに目を瞬かせている。

 レイクは微笑みながらも自分とエメリヤの間に座るように促しながらもふと気付いたように言えば、促されるままに座ったリーナはきょとんと首を傾げる。

 微笑みながらこくりと頷いて肯定をすると、今から聞こうとしていたことを話すとリーナは僅かに目を見開かせた。

 そう言えば大まかなことは聞いてはいるが詳しくは聞いたことはない。興味深そうに村長へと視線を向ければ、僅かに苦笑を浮かべながらゆっくりと口を開くと話を聞かせてくれる。


「今では『聖地』と呼ばれていますが……、元々は小さな村だったんですよ」

「……小さな村?」

「そう、辺境の村「グリース」。初代『聖なる乙女』が生まれ育った村であり、全ての始まりの地でもあります」

「全ての始まりの地……」

「初代が生まれたから、なのか?」

「詳しくは私も知らないのですが……、初代『聖なる乙女』と『闇の支配者』の戦いはその地で行われたと聞いております」

「……」


 村長はゆっくりと自分の知る限りのことを話してくれたのだが、結局は分かったような分からなかったようなそんな感じがする。

 その後すぐに村長は誰かに呼ばれて行ってしまい、残ったのは三人だけだ。

 とは言っても何か話すことがある訳でもなかったのだが、リーナは、うーん、と軽く首を傾げる。

 辺境の村「グリース」。初代『聖なる乙女』。『闇の支配者』。そして聖剣『アルテイシア』と謎の人。分からないことばかりの自分達は、それを知るために『聖地』へと向かう。

 多くのことを知り、過去を暴き、そして終止符を打つ方法を知らなければならない。そう覚悟したのだ、自分は。

 ――でも、アルは嫌なのかもしれないと思った。聖剣と呼ばれる彼が、その過去に関係があるのは当然のことで、彼が話したがらない過去を無理にでも知ろうとしている。


「……最近は、アルの元気が空元気のように見えるね」

「そうか? ……ああ、でも、そうかも知れないな。こういう時もいつもなら傍に居るというのに、今日はすぐに姿を消しているしな」


 沈黙が続いていたのだが、レイクがふと何を思ったのかぽつりと零すとエメリヤは僅かに首を傾げたが、ああ、とどこか納得したように頷く。

 今までのアルの行動を考えてみれば、確かにおかしいと言えるのかも知れない。

 それがレイクの言う「空元気」なのかどうかは置いておいても、だ。リーナの傍に居る時間が少しだけ、減っているようにも見える。

 二人の話を聞いていたリーナが落ち込んだように顔を俯かせると、エメリヤとレイクは互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべるとまずはエメリヤがそっと頭を撫でる。


「アルにも思う事は色々あるんだろう。……だが、君はもう決めたんだろう? 心に」

「エメリヤ……」

「今は互いに話せないかも知れない。でも、いつかは知る事だったのなら……君は、いつもの君で居るべきだよ、リーナ」

「レイク。……でも」

「……君は知りたいと望んだ。それは結果的にアルを傷付けることになるのかも知れない。でも、一度決めた事は……やり通すでしょう? リーナは」

「…………うんっ!」


 頭を優しく撫でながらゆっくりと言い聞かせるように言いはするも、リーナの表情はまだ晴れない。

 だからこそ、レイクはそっとリーナの手に触れながら言葉を紡いで行くと、何か言いたげにリーナの口は開かれる。だが、分かっている、と言わんばかりにレイクは言葉を続けて行けば、最後には優しく微笑みを浮かべた。

 そうだ、本当は怖いのかも知れない。ずっとずっと一緒に居てくれた、アルを傷付ける結果になってしまうことが。

 でも、もう決めた。二度と悲しいことが繰り返されないように、全てを終わらせると決意した。

 二人に励まされているのだと気付いたリーナはどこか申し訳なく感じるものの、すぐに大きく頷いて嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。

 そんなリーナの笑顔を見たエメリヤとレイクは、ほっと安心したように、優しげにリーナを見つめていた。


 


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