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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第四章 名もなき小さな村と、一つの決意
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 『聖地』の話を聞いてから様子がおかしいアルは気に掛かるが、一度決めてしまったものを変える訳にもいかない。

 でもやはり、放って置くのもどうかと思ったためにリーナは困ったようにあちこちに助けを求めるように視線を向ける。

 とは言っても仲間達がここで何か声を掛けられるかと言えば、掛けられる言葉は何も持たない。彼がどうしていきなり様子が変わったのかさえ分からないのだから。


「そ、その……アル?」

「……」

「い、行きたくない、の? 『聖地』に」

「……聖地、か。……ただ何て事のない、辺境の村でしかなかったのに」

「……え?」


 他の仲間達が声を掛けられない状況なのだと悟れば、リーナが勇気を出して声を掛ける。

 だけど名前を呼んでも応答がなかったため、尻込みしそうになる気持ちを奮い立たせて遠慮がちに聞く。

 しばしの間、その言葉に答える声はなかったがアルはぽつりと誰にも聞き取れないぐらいに小さな声で呟くとそれを唯一聞き取れたライアンは思わずきょとんと首を傾げる。

 その反応で、そう言えばライアンは耳が良かったな、と思うと、気にしないで、と軽く手を振った。

 ――『聖地』。一つの観光の地としても扱われるその場所は、初代『聖なる乙女』が生まれ育った地とされている。

 そこに広がるのは特に何て事のない平地のみなのだが、敬意を表して記念碑が建てられているという話も聞いたことがある。

 実際に見たことがある訳ではないので分かりはしないが、ずっと避け続けてきた地であるのは間違えなかった。行かなくて済むのであれば、行かずに終わりたい。でも、リーナはそこに行くことを望んだ。誰かに導かれて、『聖地』へと向かうことを、選んだ。


(……俺の感じた可能性は、現実になった。……だからこそ、彼もその地へと導いた)


 分かる。分かりたくなくても、嫌でも分かる。

 歴史を終わらせたいと願うのであれば、歴史の始まりを知るべきだ。全てを知った上で行動するべきだ。

 知ることが良い事を引き起こすとは限らないが、それでも彼女は知るべきなのだろう。終止符を望んだ、唯一の『聖なる乙女』として。

 仲間達から心配そうな視線を受けて、アルは小さく溜息を吐く。自分の我儘で行きたくないなどと言える雰囲気ではないし、″可能性″を感じていたのだからこの事も覚悟するべきだったのだ。

 いずれは行くことになっていたのが、今その時が来たというだけの話なのだから。


「……。分かった、行こうか」

「いいのか? 気乗りはしていないようだが……」

「正直行って行かずに済むのなら、そうしたいよ。俺にとっては、その地は『聖地』でもなんでもないからね」

「『聖地』じゃない……?」

「……少なくてもアルにとっては、『聖地』と呼ぶような場所ではないということでしょう」

「まぁ、そんな感じかな? ……そうだね、君は全てを知る覚悟をしたんだろうから……俺も全てを話す覚悟をしなきゃいけないんだね」

「アル……?」


 重々しい口調でぽつりと呟くように承諾をすれば、エメリヤが気遣うように声を掛ける。

 その言葉には当たり前のようにあっさりと肯定するように頷きながらも、緩く首を横に振る。アルの言葉を理解出来なかったレイクは繰り返すように言うと、サーシャは少しだけ考えてから理解したように言う。

 サーシャの言葉を否定することはなく、そのままリーナへと視線を向ければふとどこか寂しげに微笑みながら、自分に言い聞かせるように呟いた。

 寂しげな様子が気に掛かったリーナは思わず名前を呼ぶものの、それにはただ、微笑みを返すだけに留めた。

 結局、この話はこれ以上膨らむことはなく、一旦終わった。気になることはまだあったのだが、アルが話してくれる雰囲気がなかったということもあり、とりあえずは出発する旨を村長へと伝えに行くと、いつの間にか村総出で見送りに来てくれたのだ。


「……すごい、な」

「いえ、私達にはこれぐらいしか出来ませんから……。『聖なる乙女』様、本当にありがとうございました」

「いえいえ! あたしは出来ることをやっただけなので、お礼はヒナタに言ってあげて下さい」

「別に、オレは……」


 予想をしなかったことだったためにライアンが目を瞬かせながらぽつりと零すと、村長は微笑みながらも深々と頭を下げながら感謝の意を伝える。

 リーナはふるふると首を横に振りながらも、今は村長の隣に立っているヒナタに視線を向けて微笑みを浮かべた。

 自分に話が来るとは思っていなかったヒナタは、思わず視線を逸らしながらぶっきらぼうにそう言うと、くすくすと小さく笑みを零す。


「世話になった、ヒナタ」

「本当に。いずれまた、お礼も兼ねて遊びに来るよ」

「そうですねぇ……、ここでお別れというのは少々寂しい気がしないでもないですが」

「……確かに。だが、ヒナタは頑張ってたから」

「うん、そうそう。寂しいけど、二度と逢えない訳じゃないし! 今度はクレスタ王国まで遊びに来てね? そしたら案内してあげるから」

「リーナの案内じゃ心配だけど……。まぁ、村長さんを大切に、ね」

「……オレの方こそ、助けてくれて本当に、ありがと、な」


 仲間達それぞれから声を掛けられると、ヒナタは視線を逸らしたまま、小さな声になりながらも礼を述べる。


 ――感謝している、本当に。


 本当ならもっと感謝の意を示すべきなのかもしれないが、どうすればいいかも分からずにそう言うことしか出来なかったヒナタの気持ちは伝わったのか全員が笑顔を返してくれた。

 ちらりとそれを見たヒナタはと言えば、ふとどこか呆れたように、でも嬉しそうに微笑みを浮かべた。

 そんなやり取りを聞いていた村長はまずは振り返ってから周りに居る村人達に何か確認を取ると、誰もが笑って頷いたためにそのまま、ヒナタの背をぽん、と押す。


「ちょっ……」

「迷惑でなければ、ヒナタも連れて行ってやって下さい。……貴方達と一緒に居ることで、きっとこの子は成長出来ると思うんです」

「え? え……いや、でも……」

「何を勝手に決めて……」

「……お前の中では、もう既に気持ちは定まっていたんじゃないのかい? ヒナタ」

「……! それ、は……」


 突然背を押されたことで、リーナ達の方へとよろけながらも行く形になると抗議の声を上げようとした前に村長の声が掛かる。

 別れの雰囲気だったのが一変したためにリーナは困惑したように言葉を返す事は出来ず、ヒナタはようやくここで抗議の声を上げた。

 だがそれを聞き入れることはせずに、微笑みながら全て分かっていると言わんばかりの表情で告げられたその言葉にヒナタは思わず息を飲み込んで、反論の言葉を失う。

 リーナの決意を聞いた時、力になれるのであればなりたいと思った。

 でも、村が大切な気持ちはあって。また襲われないと限らないために離れるには躊躇いが生じる。

 それならばいっそ、ここから応援だけをしていればいいか、と考えていたのだ。後悔しないかと聞かれれば、分からない、と答えることが出来るがそれでいいと思った。

 思っていたために、今の展開にヒナタは付いていくことが出来ずにいた。


「……素直じゃない子ですが、よろしくお願いします、皆さん」

「え、あ、は、はいっ!」

「返事してるし……いいの? ヒナタ。危険になること必須の旅だけど」

「……。いいよ、アンタらだけじゃ不安なのは確かだし、付いてくよ」

「確かに素直じゃないな」

「うん、確かに」

「でも、ヒナタらしいと思う」

「ですねぇ」

「……好きに言ってろ、先に行くぞ」

「あー、待って、待って!」


 村長から留めの一言を告げられれば、思わずリーナは慌てて返事をするとアルは苦笑を浮かべながらも、ヒナタへと確認を取る。

 少しだけ考える仕草を見せたヒナタであってものの、諦めたように溜息交じりにそう言うと仲間達から次々と言われた言葉に機嫌を悪くしたかのように、すたすたと早足で歩きだしてしまう。

 その姿を見て慌ててリーナが追いかけると、おかしそうに笑いだした仲間達は村の人達に頭を下げると歩き出す。

 ――歴史の始まりの地と言われる『聖地』へと向かうために。


 


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