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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
序章  聖なる乙女と聖剣と、聖剣を鍛えし鍛冶師
7/103

06

 



 翌日。朝早くという訳ではないが、昼になる前にマリアリージュはアルと共に城を出て城下町へと繰り出す。そこまで顔を出している訳ではないために住民には正体が気付かれることはほとんどない。

 それには安心しつつも、マリアリージュは昨日歩いた道を歩きながらぼんやりと考える。

 ――今日にでも″計画″を決行すると告げたのはいいが、ライアンは完成させてくれたのだろうか。

 随分無理を言ったのは承知しているし、出来ていなくても文句を言うつもりもない。出来る限り早くに″計画″に移さなければいけないのは事実ではあるのだが。

 最終手段としては聖剣『アルテイシア』を持ち出すことなのだが、あれは国宝以上の価値がある。扱えるのは自分しか居ないのだが、万が一の可能性があれば持ち出すことはさすがに出来はしない。


「マリア。顔顰め過ぎだよ?」

「むー……。……だってさ、アル」

「うん?」

「……。そう言えば、アルには話してないのにどうして″計画″のこと知ってたの?」

「どうしてって……、マリアのことだしね? 知らない方がおかしいと思うけど」

「え……、それはそれでおかしくない?」

「そう?」


 難しい表情で考えているマリアリージュを見たアルは嗜めるように声を掛けると、反論するように何か言おうとするのだが首をかしげつつ、こちらを見てくるアルを見てふと何かを思い出したように問い掛ける。

 問い掛けられたアルはきょとんとした表情になるが、すぐに微笑みを浮かべて当たり前のことのように言い切る。

 言い切られるとは思わなかったのかマリアリージュは驚いた表情を浮かべつつ、気になった部分を突っ込むように言いはするもアルは気にした様子もなく、おどけるように首を傾げる。

 つまりは、あれか。隠し事をしたって無駄なのだから最初から話せと、言外にそう告げているのだろうか。

 マリアリージュは恐る恐るアルの様子を窺いはするも微笑みを浮かべているアルからは、いまいち何を考えているか読みとることは出来ずに小さく息を吐いた。

 どちらにしろ、気にしても仕方ない。協力してくれるというのであれば有難いし、アルならば余計なことを誰かに話すこともしないだろう。

 うん、と自分を納得させるように頷いたマリアリージュは見えてきた鍛冶屋を視界の中に入れればアルへと視線を向けた。


「ねぇ、アル。……時間早かったかなぁ?」

「かなぁ……って。もうそこまで来て言う言葉じゃないよね? それ」

「今日までには完成させるって言ってたけど、時間も少なかったし」


 マリアリージュは途端に心配になったのかじっと見ながらアルへと聞くが、聞かれた本人は苦笑を浮かべながら目と鼻の先にある鍛冶屋を視界に入れつつ苦笑を浮かべる。

 分かってるけど、とマリアリージュは頷きつつも不安要素を話せば歩いていた足取りは重くなる。

 具体的な時間をしっかりと聞いておけばよかったと今更ながらに後悔する。朝早くにだけはしなかったのだが、やはりもう少し遅い時間の方が良いかも知れない。

 ついには足を止めて悶々と考え始めたマリアリージュを見てアルは倣うように足を止めながら苦笑を深める。

 ここまで来てしまったのだから、鍛冶屋に行くほかの道はない気がするのだが、マリアリージュのことだから適当にどこかで時間を潰そうなどと言うかも知れない。

 それでも別に構いはしないのだが、第一王女である自覚だけはして欲しいと常々思う。今は自分が傍に居て守れるが、この先、自分が傍に居ない日が来るかも知れない。

 出来る限り、離れることはしないがそれでももしもの事態というのは常に考えておくべきだと思っている。とは言ってもそれをマリアリージュに言っても聞き入れてくれたことは一度もないのだが。

 アルは、はぁ、と深々と溜息を吐いてから何かかしらの声を掛けようと口を開きかけた時。前の方から名前を呼ばれる。


「……? マリアに、アル?」

「え……あっ! ライアン!」

「やぁ、こんにちは」

「こんにちは」


 二人の姿を見付けて声を掛けたのは今の今まで考えていた人物であり、マリアリージュは思わず大声で名前を呼んでしまう。

 アルはと言うと軽く手を振りながら微笑みつつ挨拶を言えば、ライアンは簡単にだけ挨拶をし返しながらゆっくりと二人へと近付いて来る。


「え、え? ライアン、だよね?」

「……? 質問の意味が分からない」

「だ、だって! 剣を鍛えてるんじゃ……」

「終わってる。だから気分転換に外へと出てきたんだ」

「……え」

「本当に、あの短時間で鍛え上げたんだ」

「ああ。そう約束したから」


 マリアリージュは困惑している様子で近付いて来たライアンに対して、驚きからか意味が分からない質問をするとライアンは軽く首を傾げる。

 質問の仕方が悪かったと思って慌ててマリアリージュは言いかえれば、ライアンはあっさりと言い切ると、予想外の言葉にマリアリージュはぽかん、と呆気に取られた表情を浮かべる。

 アルはどこか感心したように溜息交じりに呟けば、ライアンは当たり前だと言わんばかりに頷いてあっさりと告げる。

 何とも言えずにマリアリージュとアルは思わず互いに顔を見合わせて、苦笑を浮かべあった。こちらの心配などお構いなしに、ライアンは極々当然のようにやりきっている。

 徹夜をしているはずだというのにライアンの表情からはそれは読みとれず、二人の視線を受ければ不思議そうに首を傾げて返すだけだ。


「取りに来たんだろう。渡せる」

「あ、う、うん!」


 じっと見られていると居心地が悪くなったのかライアンはそう声を掛ければ、二人に背を向けて鍛冶屋へと向かって歩き出す。

 はっとしたようにマリアリージュは慌てたように頷けば、歩き出したライアンの後を急いで追う。その姿を見ながらアルも後を追いつつ、僅かに苦笑を浮かべる。

 ――つくづく、自分達の考えなどあっさりと覆すんだなぁ、と思いながら。




 鍛冶屋まで来てそのまま、ライアンの後を付いていくように中へと入るが今日もライアン以外の姿は見えない。

 居ない方が逆に助かると言えば助かるのだが。マリアリージュはきょろきょろと店内を見回しながらも、奥の方に行っていたライアンが一本の剣を持って戻って来る。


「これが完成した剣だ。……やはり、聖剣よりは性能はかなり劣るし、耐久度は下がっている」


 ライアンが差しだしながら告げた言葉は事前に言われていた言葉だったのでマリアリージュはこくりと頷きながら、差し出された剣を受け取る。

 刀身は銀色に輝き、柄は青色。極々どこにでもありそうな剣であるのは間違えないが、綺麗だと感じたマリアリージュはじーっと見ている。

 アルもその横から剣を覗き見ながらそっと触れてみる。――これならば確かに問題は無さそうだが、彼が言っていた通りに弱くなるのは確実のようだ。

 出来ればそれは避けたかったが、そうは言ってられない状況であるのは確かであったのでアルは小さく溜息を吐きながらライアンへと視線を向ける。


「そう言えばお金。どれくらいだろう?」

「……さぁ……?」

「さぁ、って」


 アルは忘れない内に、と問い掛けはするがライアンは考えてすらいなかったように首を傾げて言葉を返すと苦笑を浮かべる。

 商売なのだから料金を取るのは普通だろうに。見習いとは言っていたがそれでも鍛冶を仕事としている以上は、それなりの報酬は必要になる。

 とは言っても鍛冶の世界で、どれくらいが相場なのか知りはしなかったために思わず三人は顔を見合わせて首を傾げ合う。うーん、と唸る声が店内に響いていた時であったろうか、後ろの方から苦笑の声がしたために一斉にそちらへと視線を向ければライアンは僅かに目を見開かせる。


「父さん」

「何を唸っているんだ? ライアン。それにその方達はお客さんだろう? きちんと接待、を……」

「……あ」


 見えた姿に声を掛ければ父は苦笑を浮かべたまま、見えた光景を疑問に思ったのか聞きはするも見覚えのない人達の姿だったのだろう。注意をするように言ってから、謝罪をしようとマリアリージュとアルを見た時だったろうか。

 その目は驚きで見開かれて言葉を失ってしまう。マリアリージュは最初こそその意味を掴めずにいたが、しまった、とばかりに声を漏らす。


「姫様……? こんな所で何を……?」

「……姫、様?」

「ライアン……。この方はマリアリージュ=イヴ=クレスタ様。この国の第一王女であり、聖剣『アルテイシア』を唯一扱える現『聖なる乙女』だぞ?」

「……」

「あ、はは……。正体バレないように、気を付けてたんだけど……」


 父から発せられた単語にライアンは、呆気に取られた言うよりは意味が分からないとばかりにその単語を繰り返す。

 その反応を見ると仕方ないと言えば仕方ないと思ったのか、小さく溜息を吐いてから改めて紹介するように言葉を紡ぐとライアンは今度ばかりは言葉を失ってしまう。

 あっさりと正体を告げられてしまったマリアリージュは乾いた笑い声を上げながら、困った、とばかりに軽く頭を掻く。聖剣を鍛える一族であるのだから、自分の顔など知っていてもおかしくないと思いながら困ったような笑顔を浮かべる。

 マリアリージュは助けを求めるようにアルへと視線を向けはするも、アルもまた、苦笑を浮かべてふるふると首を横に振るだけ。

 騙していたことには変わりないのだから謝るべきかと口を開こうとしたマリアリージュであったが、それよりも前にようやく驚きから解放されたライアンは何故か納得したように頷く。


「だから、その剣が必要だったのか」

「え? あ、う、うん。ちょっと諸事情で……」

「そうか。なら、代金は必要無い」

「え!? いや、でも、それは」

「構わない。『聖なる乙女』に使ってもらえるのなら、光栄だ」


 理解できたかのように言葉を漏らせば、マリアリージュは一瞬ぽかん、と呆気に取られはするも慌てたように頷いて答えればライアンはこくりと頷いて言い切る。

 さすがに予想外であったかのように声を上げはするものの、譲らないと言わんばかりにライアンは当たり前のことのように言う。

 実際に言えば既に自分が鍛え上げた剣を使って貰ってはいるのだが、それ以外の剣も使って貰えるのであればそれ以上名誉なことはないだろう。ライアンはそう思いながら、確認を取るように父へと視線を向けたのだが、父はと言えば呆れたように笑みを浮かべている。


「……全く。姫様だと知っても口調は変えないのか」

「……? ……ああ、変えた方が良かったのか」

「か、変えなくていいよ! そのままで。あたしは別に気にしないし……、城の中じゃないし、平気」


 一応は嗜めるように父は言葉を紡ぎはするも、ライアンは言葉の意味を理解出来なさそうにしていたがふと気付いたかのように首を傾げてぽつりと呟く。

 マリアリージュは慌てたように止めれば、苦笑を浮かべながら言い難そうにしつつも告げればライアンは、分かった、とばかりに頷く。

 ほっとしたような、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべたマリアリージュを見たアルは、僅かに表情を緩めた。

 本来の姿を知っても変わらない態度で接してくれる相手というのは嬉しいんだろうな、と思いながらふと思い出したようにマリアリージュに視線を向ける。


「マリア。一旦、城に戻ろう? 準備とか色々あるだろうし」

「あ……、そうだね。じゃあ、あの、ライアン、ありがとう! 後で改めてお礼に来るから」

「いや、そこまでしなくても」

「いいのいいの。挨拶はしたいと思ってたし……、それじゃ、また後で!」


 アルが帰るように促すとマリアリージュはこくりと頷いてから、ライアンへと視線を向けて礼を述べつつも言葉を続ける。

 続けられた言葉にはライアンは気にしなくてもいい、と告げはするもマリアリージュは苦笑を浮かべながら言えばひらひらと手を振りながら慌ただしく鍛冶屋から出て行く。

 その様子を見ながらアルは小さく息を吐きはするも、二人を見てから微笑みを浮かべる。


「じゃあ、俺もこれで。剣ありがとう、おかげで俺も無事、マリアと一緒に居られるよ」

「……え?」

「それじゃ、ね」


 微笑みながら感謝の意を告げるものの、その言葉の意味を掴めなかったライアンは不思議そうな視線を向けるもアルはそれに答えることはせずに先に行ってしまったマリアリージュを追いかけるように鍛冶屋から出て行く。

 問い掛けられなかったためにライアンは父へと視線を向けはするも、父は苦笑を浮かべて僅かに首を傾げるだけで何か答えることはしなかったのだった。


 


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