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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第四章 名もなき小さな村と、一つの決意
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14

 



 村人たちが続々と出て来る様子を見て、リーナはほっと安堵の表情を浮かべた。ほとんどアルが補佐をしてくれたおかげのように思えたのだが、これでヒナタからの頼みごとも無事に終えられて一件落着と言った所だ。

 とは言っても力を使った後だから体力が失われてしまったようで、アルに支えて貰っていないと立っていることですら難しい。

 むぅ、と僅かに頬を膨らませたリーナを見たアルは苦笑を浮かべた。


「お疲れ、リーナ。……もう一泊した方が良さそうだね?」

「えー……」

「不満そうな声を出すなんて珍しい。……どこか行きたい場所でもあるの?」

「……あ」


 力が入らない様子は見てすぐに分かったのだろう、アルはまずはねぎらいの言葉を掛けてから笑み混じりでそう告げる。

 そうせざるを得ない状況だと分かっているものの、リーナが思わず不満げに声を上げれば少々不思議そうな表情を浮かべながら首を傾げた。

 そこでふと気付いたように声を漏らした。そう言えばあの決意をしたはいいが、決意表明を見せた相手はエメリヤだけだ。

 エメリヤに対してもその決意を告げただけで今後についての話は何もしてないことに今更ながらに気付く。当たり前ながら一緒に旅をしている仲間なのだから、きちんと伝えておく必要はあるだろう。

 今言うのが一番良いだろうか、と思って口を開き掛けたリーナの耳に聞こえたのは仲間達の声だった。


「リーナ。……あれ、大丈夫?」

「え? あ、う、うん。力の使い過ぎかな? ちょっと力が入らなくて……」

「そうなのか……すぐに回復するものなのか?」

「えー……分かんない。前みたいに倒れてはいないから、すぐに回復するんじゃない?」


 レイクがまず名前を呼んで声を掛けるが、リーナがアルに支えて貰う形で立っているのを見て心配気に問い掛けた。

 問われるとはっとしたように慌てて返事を返せば、少々情けなさそうにぽつりと呟いた。エメリヤもまた心配そうな視線でリーナを見ながら、確認を取るとさすがに分からなかったリーナはきょとんと首を傾げた。

 セントラルの時はあからさまに力を使い過ぎたようで、二日間も眠り続けてしまったが今回は意識を失うことはしていない。

 アルが補助をしてくれたからなのだろうが、それには感謝の気持ちしかない。


「……どうします? 念のために一日休みますか?」

「その方が良いと思うが……」

「俺もそうした方が良いとは思うんだけど……リーナが、行きたい場所があるみたいで」

「あー……その……」


 無理をする理由もほとんどない訳なのだから、と言う感じにサーシャが考えながらそう提案するとライアンもやはり心配なのかこくりと頷いて同意する。

 二人の言葉にアルも苦笑交じりに同意するのだが、そう言えば、聞いてなかった、とばかりに思い出したようにそう言う。

 ここで話を振られるとは思わなかったリーナはさすがに心の準備が出来ていなかったのか口籠ってしまう。その様子を不思議そうに見ることしか出来なかった面々の中で唯一、話を聞いているエメリヤだけが何か思い立ったような表情を浮かべる。

 助け船を出そうと口を開き掛けたのだが、その前に別の所から声が掛かる。


「『聖なる乙女』様……それに皆さん。本当にありがとうございました」

「あ、村長さん……」

「……で、多分、今後の事を話してたんだろうけど。何か宴を開くから、ぜひ参加してくれって……」

「へ? うた、げ?」

「はい。皆さんへの感謝の意もこめまして、ぜひ」


 すっかりと元気になった様子の村長から、満面の笑みでお礼を述べられると少々照れたような表情をリーナは浮かべた。

 極々当然のことをしただけだが、やはりこう面と向かって改めて言われると照れてしまう。

 そんなリーナを見ながら、ヒナタはどこか申し訳なさそうに急遽決まった事を話せば一行は思わず呆気に取られたように声を上げる。

 村長は笑みを浮かべたまま、こくりと頷けばじっと見ながらそう言う。さすがに断り難い雰囲気だったのか、ほぼ押される形で宴への参加が決まり、一泊することになったのだった。





 その夜。盛大な宴が村では行われた。

 村人たちが決して豪勢とは言えないものの、どこか温かみのある家庭料理を多く持ち寄り、来たばかりのあの静けさが嘘であったかのような盛り上がりを見せている。

 宴が始まる頃には歩ける程度に体力が回復したリーナはもちろん、主役の一人としてこの場に居たのだがようやく解放されたために誰かと話そうかと思ってきょろきょろと辺りを見回す。

 まず最初に見付けたのはアルとエメリヤの二人だ。とは言っても村の女性達に囲まれており、とてもじゃないが話に行ける雰囲気ではない。

 次に見付けたのはヒナタであったが彼もまた、友人達なのだろう、同じ年代の子達とどこか嬉しげに話しているのが見えて邪魔をしようという気には到底なれない。その次に見付けたのはライアンであり、丁度一人であったので駆け寄っていく。


「ライアン!」

「……リーナ。どうした?」

「んー、やっと解放されたから誰かとお話ししようかなーって思って。ライアンは一人でどうしたの?」

「ついさっきまでサーシャと居た」

「……そのサーシャは?」

「酒を手に、木の上に登って行った」


 駆け寄って来たリーナを見てライアンはふと表情を緩めて微笑みを浮かべながら僅かに首を傾げると、素直にそう返しながらも疑問に思ったことを聞いた。

 見付けた人達全員が村の人達と話しているようだったが、ライアンは一人だけだ。そのおかげで話し掛けられたと言っても過言ではないのだが。

 だが返って来た答えは少々意外なもので。ライアンの言葉通りだとすれば近くにサーシャの姿が見えてもいいものだが、その姿を見付けることは出来ない。

 だからこそ思わず聞き返せば、近くの木を指差しながらあっさりと答えを返すためにリーナは目を瞬かせながら指差された木を見上げると葉に隠れて見難いが、確かに人が見える気がする。

 木に登っていたサーシャはリーナの姿が上から見えたのか、ひらひらと見えるように手を振ってくれたが降りて来る気配はまるでない。

 一人で月見酒、と言った所か。こんな木をあっさりと登ってしまうのはアサシン特有の身体能力故かも知れないな、と思った。


「村の人達とは話さないの?」

「話はしたんだが……」

「だが?」

「……その、少々付いていけなくなって……」

「あー……」


 次に疑問に思ったことを問い掛ければ、ライアンは素直に答えようとしたがその言葉を途中で途切れさせる。

 その続きを促すと少々言い難そうに言葉を続けると、リーナはどこか納得したように何度か頷いた。

 気持ちは分からないではない。お酒が入っている所為でテンションが上昇しているためなのか、それとも『タナトス』から解放されたその喜びからなのかは分からないが付いていくのも一苦労だ。

 ライアンであれば、仕方ないと言えば仕方ない。出逢った時からその辺りはまださほど変わっていないように見える。

 くすくすとリーナがおかしそうに笑みを零すと、少々罰が悪そうにライアンは苦笑を浮かべた。らしいと言えばらしい、と思いながらもリーナはふと首を傾げた。


「……?」

「レイクは?」


 突然首を傾げたリーナに対して、ライアンも同じように首を傾げてしまう。

 それは当然のことなのだがリーナは今気付いたように一人の名前を上げると、ライアンは、ああ、と頷く。


「女性の輪をアルとエメリヤさんに任せる形で、少し一人になると言ってあっちの方に」

「……」


 ライアンはまずは、と言わんばかりにアルとエメリヤの方を指差してから言った後にそのまま方向転換をしてある方向を指差す。

 リーナは驚いたように目を瞬かせながらも、僅かに苦笑を浮かべた。レイクが囲まれずにあの二人が囲まれていたことに最初に疑問を覚えるべきだったろうが、すぐに納得してしまう。

 押しつけられた二人からすれば困ることこの上ないだろうが、そうまでして一人になりたかったのだろうか。

 少しだけ考える仕草を見せたリーナは、ライアンに「レイク探しに行って来るね」と告げて走り出す。ライアンは呼びとめることはなく、微笑みながらひらひらと手を振って見送る。

 ライアンが指差した方向へと走って行きながらきょろきょろと視線をあちこちに向けていると、目的の姿は程なくして見付かる。


「レイクっ!」

「……っ! あ、ああ……リーナ? どうしたの? こんな所まで来て」

「ライアンからレイクがこっちの方に居るって聞いたから、どうしたのかなーって」

「……そう、だったんだ。……うん、ちょっと考え事を、ね」

「お兄さんの、こと?」

「……」


 どこか遠くを見つめるように空を見上げる姿を見付けたリーナは、大声で名前を呼ぶために突然のことにびくりと驚いたように身体を跳ねさせる。

 振り返った先に居た姿に苦笑を浮かべながら首を傾げながら聞けば、素直な答えが返って来たためにふと嬉しそうに表情を緩めるが、すぐにその表情は暗くなる。

 考え事、と返されればすぐに思い浮かんだようにリーナが問い掛けると、レイクは苦笑を返すだけに留めた。


 ――ライアンやサーシャが見掛けた人が、本当に自分の兄だったとして。


 二人組で居たというのだから多分、義姉とは一緒なのだろう。そこには安心出来はするが、自分の魔力に気付いているのにどうして姿を見せてはくれなかったのだろうか。

 何よりも彼らの魔力が、間近で感じていた魔力が若干ではあるがどうして違うのだろうか。そして何よりも、こんな所で彼らは一体何をしていたのか。

 疑問ばかりが湧いてきて考える時間がいくらあっても足りないけど、いくら考えても答えが導き出せないのは誰よりも自分が良く知っている。それでも考えずにいられないのは、出来るだけ悪い方向に考えたくないから。


「……ねぇ、レイク?」

「うん?」

「大丈夫だよ、きっと。……もし悪いことが起きてたとしてもあたしが何とかするから!」

「……」

「だから、大丈夫! 今度逢えた時に聞きたいこと、沢山聞けばいいよ」

「……ああ、そう、だね」


 レイクの沈んだ表情を見たリーナは、夜空を見上げながらゆっくりとした口調ながらも最後はキッパリと言い切る。

 突然言われた言葉に驚いたように目を瞬かせたレイクであったものの、リーナは繰り返すように言いながら、レイクへと視線を向けて微笑みを浮かべた。

 励ましてくれているんだと、すぐに分かればレイクはふとどこか泣きそうに、でも嬉しそうに微笑みを浮かべた。


 ――彼女の暖かさは心地良い。嘘ではないと分かるから、とても嬉しい。


 でもそれと同時に何故か苦しくなって。自分の中に良く分からない初めての感情があることに気付きながらも、レイクは今はそれから目を逸らすことにする。


「……戻ろうか? 折角の宴なんだから、楽しまないと、ね?」

「うんっ!」


 そっとレイクはリーナに対して手を差し伸べると、リーナは満面の笑みを浮かべながら返事をして手を取る。

 手から伝わって来る感情も、言葉も、先程感じたものとどこも変わりなくて。

 今はそのことに感謝しながら、二人はまだまだ続くであろう宴へと戻っていくのだった。


 


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