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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第四章 名もなき小さな村と、一つの決意
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12

 



 その日の夜。ライアンとサーシャを探しに行ったレイクの様子が少しおかしかった。

 何があったのかとレイクが居ない時に二人に事情を聞いてみたら、レイクに似ていた男の人を見掛けたという話だった。

 彼の魔力に気付いていながら、その男はどうして逃げるような形を取ったのか。答えが出せずにいる疑問を抱えてしまったのだと気付けば、どう声を掛ければいいかも分からずに結局は今は一人にしておこうという話になった。

 もう一つ気になった事と言えば話を聞いた時にアルの表情が僅かに難しそうに顔を顰めた事だろうか。

 理由を聞いても答えてくれることはなかったために、結局は曖昧な気持ちのまま、今日は休もうという話になってヒナタの家で寝ることになった。

 それほど広い家ではなかったのだが、ヒナタの好意によりリーナと他の面々の部屋は分けられることとなり、今はそれぞれの時間を過ごしているだろう。リーナはそれを見ながらも、「ちょっと散歩してくる」と一言告げて家の外へと出た。

 一緒に行こうか、という声も聞こえてきたが大丈夫、とだけ返しておいた。

 さすがに山奥ということもあり、夜は冷える。今更ながらに何か上に羽織ってくれば良かったかも知れないと思いながら、リーナは手に息を吹きかけながらふと顔を上げる。


「……あ」

「こんばんは? マリアリージュ。……今はキミ一人?」

「え? あ、う、うん」

「そう。……アルテイシアは一緒じゃないんだ?」

「剣は持ってきてるから、一緒じゃないとは言い切れないかも……」

「ああ、そうだったね」


 誰かの気配を感じて顔を上げてみると、そこに居た人物にリーナは思わず言葉を漏らす。

 自分の目の前に立っていたのは今にも夜の闇に同化してしまいそうな、黒のローブで身を纏っており、フードで顔を隠している名前も知らない「謎の人」。

 警戒するべきだろうかと思いながらも、ゆっくりとどこか柔らかな声音で質問されればリーナは毒気が抜かれたように呆然と返事を返す。そんなリーナの様子を気にすることもなく、もう一つ疑問に思ったことを聞けばリーナはうーん、と首を傾げながら素直に返した。

 本当なら剣も置いて来るつもりであったが、昼間に『タナトス』が襲って来たこともある。万が一の可能性を考えて持って行け、と仲間達に言われたために渋々に、だ。

 確かに何か起きて剣を使えば、アルが気付いてくれるし、すぐに傍に来てくれるのは安心出来る。仲間達にも危険を知らせることが出来るという意味では持っていった方がいいのだろう。

 リーナの答えに、剣へと視線を向けてから青年は納得したように頷いてからふとそのまま、空を見上げた。あまりにも自然なことであったためにリーナも釣られるように視線を上げて、夜空を見上げる。

 変わらずに星は瞬き、月は輝いている。でも、確実に闇は迫りつつあるのだ。――目前まで。


「近いうちに必ず、この世界は「闇」に覆われてしまうんだろうね」

「……!」

「それは繰り返されて来た歴史で、これからも続く歴史。……『闇の支配者』が完全に倒されるその時まで」

「……。貴方は、何を知っているの?」

「…………」


 同じことを考えていたと言わんばかりに目の前の彼が零した言葉に、リーナは驚いたように目を見開き言葉を飲み込む。

 その様子に気付いているのかいないのか、青年はそのまま淡々と事実のみを語っていくと、違和感を感じたリーナは端的に一言だけ問い掛ける。

 彼の正体は未だ分からないままだ。でも今までのことを振り返れば、多分自分達の味方であるのは確かなのだろう。もしかしたら、アルは既に彼の正体に気付いているのかも知れない。

 だからと言って聞いて素直に答えてくれるかどうかは分からなかったために、本人に直接問い掛けたのだが青年から何か答えが返って来ることはなかった。

 もちろん、簡単に答えてくれるとは思っていなかったリーナは思わず溜息を零しながら、ぼんやりともう一度夜空を見上げた。

 『聖なる乙女』と『闇の支配者』の戦いは、この大陸の歴史上、何度も繰り返し続いて来てその度、「相打ち」という形で終わって来たそうだ。つまりは現『聖なる乙女』である自分も、同じ形で最期を迎えることになるのだろうか。

 それは悲しく、辛く、嫌な事ではあるけれど。『闇の支配者』に対抗出来る術を持つ自分が倒さなければ、この世界は闇に覆われて全てが終わってしまう。

 それだけは避けなければいけない。この世界には大好きな人達が沢山居るのだから。

 大好きな人達を守ることが出来るのであれば、「相打ち」でも良いと思っている。でも自分がそういう形で終わっても、また『闇の支配者』は復活し、戦いは繰り返される、永遠に。


 ――完全に倒す方法はないのだろうか。繰り返される戦いに終止符を打つ方法は、本当に。


 そうしなければ、悲しむ人がまた出てしまう。ヒナタのように大切な村を襲われて、傷付く人達だって出て来る。

 終わらせられるのであれば、終わらせたい。『聖なる乙女』と『闇の支配者』の戦いを。歴史上何度も繰り返されてきたこの戦いに終止符を打つ方法があるのであれば、打ちたい。


「知ってるかい? マリアリージュ」

「え?」

「『闇の支配者』を完全に倒せる方法を知る者は、この世界に二人だけ存在する」

「……! え……、そう、なの……?」

「ああ、初代『聖なる乙女』がそのヒントを与えてくれている。……終わらせられる方法があるとするのなら、キミはどうする?」

「……あたし、は……」


 戦いを終わらせられるのなら、終わらせたい。終止符を打てると言うのであれば、打ちたい。

 そうすることによってもう『タナトス』の脅威に怯えることなく、『闇の支配者』の存在に恐怖を抱くことなく。幸せに平和で生きていけるこれからを作っていけるのであれば。

 青年から発せられた言葉を聞いたリーナの瞳に強い意志が宿ったことに気付いた彼は、ふと小さな笑みを零した。


「キミは、どうする?」


 笑みを零した後にもう一度、彼は同じことを問い掛けた。

 それに対する答えはもう既にリーナの中で定まっていたために、真っ直ぐに彼を見上げる。


「あたしは……、終わらせたい! 繰り返される歴史に終止符が打てるなら、あたしがやってみせる」

「……うん。キミならそう言うと思っていた。だから、アルはキミを選んだんだ」

「え……?」

「マリアリージュ。キミの決意に敬意を表して……キミが向かうべき場所を示そう」

「向かうべき、場所?」

「……そう、歴史の始まりの地。――いや、全ての始まりの地、と言うべきかな? 今では『聖地』と呼ばれる場所へ」

「そこに行けば……分かるの? 終わらせられる方法が」

「ああ、全てを知ることになるだろう。僕のことも、そしてアルのことも……全てのことを」

「……」

「僕はその地でキミの訪れを待つこととしよう。……マリアリージュ、またね」


 強い意志が篭った決意の言葉。リーナがハッキリとそう言い切ると、青年はどこか寂しげに、それでも嬉しげにぽつりと零す。

 その言葉の意味を掴めなかったリーナは驚いた表情を浮かべたが、あえてそこには触れることはせずにゆっくりと言葉を紡いでいくと、思わずリーナは聞き返す。

 こくりと頷いて肯定をすると、どこか懐かしげに、悲しげに告げられたその言葉を覚えるようにしっかりと聞きながらも、確認するように聞けば青年は真剣な声音でそう告げた。

 嘘ではないのだろうと思うとリーナは思わず視線を下に向けた時、青年は最後に柔らかな声音でそう付け加えると、最後に一言言うと、ふわり、とその場から姿を消した。呼びとめる間もなく、消えてしまったためにリーナはただ呆然とすることしかなかったが、それでも今の話は夢ではないことが分かる。


 ――そう、決めた。『聖なる乙女』として出来る限りのことをすると。


「リーナ? ……全く、散歩に出るのは構わないが時間と言うのを考えてだな」

「エメリヤ!」

「え? あ、ああ……どうした?」

「あたし、決めたよ」

「……? 何を?」

「終止符を打つの。……繰り返される歴史に」

「……」


 かなりの時間が経っていたのか、心配になって探しに来たエメリヤはリーナの姿が見えてほっと安堵の息を漏らしつつも注意するように言葉を紡いでいたのだがその途中で大声で名前を呼ばれ、驚いたように思わず聞き返す。

 端的に告げられた言葉の意味を理解出来なかった為に、続きを促せばリーナは決めたばかりのことをハッキリを告げる。

 そこから紡がれた言葉がどんな意味が篭っているのか嫌でも分かったエメリヤは突然のことに驚くことしか出来なかった。

 だがリーナの様子を見る限り、嘘や冗談を言っている類ではなく、本気で言っているのが分かるとエメリヤは少し寂しげに微笑みを浮かべた。


「……ああ。協力しよう、お前が選んだ道に」

「エメリヤ……、ありがとう!」


 当然のことのように告げられた言葉に、リーナは目を瞬かせていたがふと嬉しそうにニッコリと笑った。

 そんなリーナの頭を撫でながらも、エメリヤは自分の中に寂しさがあることに気付いていた。――その先に示すものが何なのかには気付かないままに。


 


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