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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第四章 名もなき小さな村と、一つの決意
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10

 



 ――状況は極めて劣勢と言わざるを得ない感じか。

 『タナトス』に囲まれながら、冷静にそう判断をしたエメリヤは小さく息を吐く。幸いなのは『タナトス』達が襲いかかって来ずに牽制し続けていることだけだ。

 そのおかげで何とか戦いにはならずに、今はまだ安全で居られると言えた。

 何故、彼らが襲いかかった来ないのか。それを問い掛けても返って来るはずもなく、その理由を考えようとしても分からない。

 どちらにしろ、この場にリーナは居ない。彼らが行動を移す前に何らかの対処を取らなければ自分達は当たり前のこと、村全体が危機に陥る可能性も捨てられない。

 せめて追い返すことさえ出来ればいいのだが、果たして今の自分達でそれが出来るかどうか。何度か戦いを経験していることを踏まえて言えば、難しいと考える他ない。


(……ならば、せめて時間稼ぎをするか……?)


 リーナやアルがこの状況に気付いて駆けつけてくれるまでの時間耐え凌ぐ。

 それが一番妥当な考えであると分かりながらも、エメリヤは苦しそうに顔を歪める。結局は、『聖なる乙女』に頼ることしか出来ない自分の無力さが、情けない。


「とりあえず、どうする? 逃がしてくれそうな雰囲気はないし」

「襲いかかって来る気配もありませんけどね。……『タナトス』は人を襲うモノだと聞いているだけに、今この状況に追い込まれているのが不思議でなりませんね」

「……」

「……? レイク、どうした?」

「え? ああ……ちょっと。違和感というか、微かに魔力が……」

「魔力……?」

「……ううん、何でもないよ。きっと気の所為だろうから」


 ヒナタは憂鬱そうに溜息を吐きながら手には既に銃が握られている。サーシャはとそれに同意するように頷きながらも、違和感しかないこの状況にただただ驚くことしか出来ずにいた。

 その話を聞いて同意していたエメリヤであったのだが、ふとレイクの顔色が若干悪くなっていることに気付いて心配そうに聞く。

 名前を呼ばれてはっとして慌ててエメリヤの方を向いたレイクはと言えば、顔色は悪くさせたまま、自分の腕を反対の手で縋るように握り締めながらぽつりと呟く。

 魔導師にしか分からない感覚なのだろう、思わず聞き返せばレイクはそっと目を伏せながらふるふると首を横に振る。


 ――そう、気の所為だ。気の所為でなければ、おかしい。


 自分に必死に言い聞かせるように何度も心の中で繰り返しながら、深く息を吐きだした時だったろうか。ほっとしたような、安堵の息が漏れたのが聞こえて思わずそちらを見る。


「来てくれたようだ」

「……え?」

「皆ー、無事? 無事だよね!? ……って、あれ、囲まれてる、だ、け?」


 ライアンが安心したように零した言葉の意味を掴めなかった仲間達は、不思議そうな表情を見せたがそれはすぐに分かる。

 遠くから小さな声ではあったが、耳に届いた聞き慣れたリーナの声。心配そうに必死に声を荒げ、息を乱しながらようやくその場所まで辿り着くと見えた光景に思わず唖然とした表情になってしまう。

 危険な目に遭っていると言われたからてっきり、戦っているものだと思ったのだが予想に反して多くの『タナトス』に囲まれているだけだった。

 そして、リーナが来た瞬間に『タナトス』達はぴくりと、と僅かに反応を見せたかと思えばまるで逃げるように囲いを解き、黒い塊となって森の中へと逃げて行く。

 剣を抜き掛けていたリーナは予想外の展開にぽかん、と呆気に取られたように口を開くことしか出来なかった。もちろん、囲まれていた彼らも同じようだったようで状況の理解が出来ずに居るようだったが、ふわり、とリーナの隣にアルが現れた。


「ごめん、遅くな…………? ……どうしたの? 皆して驚いた顔をして。『タナトス』の退治はもう終わったの? それにしてはリーナの力が感じられ……」

「逃げた! 『タナトス』が逃げたの!」

「……逃げた……? 自発的に?」

「え? そ、それは分かんないけど……あたしが来た途端逃げてったの」

「……」


 アルはまずは謝罪をしてから、『タナトス』の姿が見えない事からもう全ての事が終わった後なのだろうと理解するが皆が呆然としている表情である事を不思議に思う。

 そのために疑問に思ったことを問い掛けようと口にしていたのだが、その途中でようやく驚きから解放されたのかリーナが声を上げる。

 そこから発せられた一つの言葉を理解出来ずにいたアルであったが、確認するように聞くと分からないとばかりに首を横に振りながら説明をする。

 リーナの話を聞いて彼らにも確認を取ろうと視線を向けると、こちらに近付いて来ている彼らも肯定するように頷いている。ふむ、と考える仕草を見せるものの、別段不思議なことではない。


 ――そう、不思議な事ではないが考えたくはないことではあるのだが。


 どちらにしろ、確証はほとんどない。彼に聞けば、何らかの確証を得ることが出来たかも知れないがそれ程まで親切かどうかは今の所は不明だ。

 今、深く考えても仕方ないと思ったのかアルはふぅ、と自分を落ち着かせるように一息つく。


「まぁ……何にしろ、誰も怪我とかなくて良かったよ」

「そ、そうだね! 不思議な事もあるけど、皆が無事なのが一番だし!」

「……そうだな。疑問に思う事があるのは確かだが、今は考えても仕方ない」

「村を巻き込むことにならなくて良かったしね」


 アルが発した一言により、とりあえずは和やかな雰囲気になってきたのかリーナが同意するように何度も頷きながらほっと安堵した表情を浮かべている。

 少しばかりアルの様子を気に掛けながらもエメリヤも肯定するように頷き、レイクも村全体を見回す。

 見回してからふと気付いた。――『タナトス』達は自分達しか狙っていないように、見えた。

 ただ単に姿を確認できたのは自分達だけで、そう見えただけの可能性もあるが。それともう一つ、統率されているようなそんな感じがした。

 だが、その事に関しては誰も口にする感じはないし、或いはアルなら気付いている可能性もあるが言うような様子は見せない。


「……で? 『タナトス』がまた来たのは確かに驚きだったけど、本当に何とかなるのか?」

「あ、それは平気! アルにやり方は聞いたし、明日にでも試すつもりだから」

「なら、いいけど」

「では、今日の所は休むことにしましょうか? そのつもりでしたし」

「そうだな、そうするか」


 ヒナタにとっては村のことが第一だったのか、確認するように聞けばリーナは安心させるように頷きながら微笑む。

 その笑顔を見て信じても大丈夫なのだろうと思ったヒナタはほっと表情を緩ませる。そんなヒナタを見てサーシャは小さく笑みを零しながらも、今後の事を提案するように告げればエメリヤは頷く。

 そして全員がヒナタに案内される形で彼の家へと向かおうとしていたのだが、ライアンだけはふと足を止めた。


「……ライアン?」

「悪い、先に行っていてくれ」

「う、うん? 何もないんだよね?」

「大丈夫だ」

「分かった。じゃあ、遅くならない内に来てね?」


 足を止めたライアンを不思議そうに呼ぶと、ふと何かに気付いたようにライアンがぽつりとそんな事を零す。

 また嫌なことが起こりそうなそんな予感すらしたために、リーナが確認するように聞けばライアンはこくりと頷いて肯定する。

 嘘をついているようには見えなかったためにほっとした様子で頷けば、一言付け加えるように言うと彼らは心配気に見ながらも先に行くことにしたのだった。

 その場に残ったのはライアン。そして、サーシャも残っていた。


「サーシャ?」

「……君の耳の良さには感心しますよ。いつからですか? 聞こえたのは」

「ついさっきだ。……微かに、話し声が」

「俺もつい先程、第三者の気配を感じましたよ。……突然に」

「……じゃあ、俺の空耳では、ないのか」

「ええ、それを確認するために残ったのでしょう? 付き合いますよ。危険がないとは限りませんからね」


 自分以外が残ったことに純粋に驚いたようにライアンが名前を呼ぶと、サーシャは何と言えばいいか分からないような、苦笑を浮かべながら問い掛ける。

 問われたことに関してライアンは素直に答えながらも、未だに確信を取れた様子ではない。

 だが、それを裏付けるようにサーシャも自分が感じたことを告げれば最後は警戒を抱くようにぽつりと付け足す。それを聞いたライアンはぎゅっと手を握り締めたのを見ると、サーシャはふと小さく笑みを零しながら同行を申し出ると少しだけ驚いた表情を浮かべたライアンも、こくりと小さく頷く。

 確かに確認するために残ったのだが、それはほとんど居ないことを前提に考えていたことだった。

 空耳である可能性は捨てられなかったし、聞こえたと言っても本当に微かな感じだったので言うのも憚られた。サーシャが気付いてくれたことには安心しながらも、警戒心を強めながらも確かめるために歩き出す。とは言っても声がする方ではあまりにも小さすぎて分かり難いこともあり、サーシャが先頭に立って気配がする方へと連れて行ってくれる。

 その場所は森の中ではあるのだが、それほど村から離れた場所ではなく、不自然なほど開けた場所でそこからは村が一望出来るようだった。そこでライアンとサーシャの視界に入って来たのは、ここには不釣り合いな二人の男女の姿だった。


 


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