09
仲間達と一旦別行動を取ったリーナとアルの二人は、そこまで離れる訳にもいかなかったために森の中に足を踏み入れてからそこで足を止める。
ここまで来る間にさほど会話がなかったことが少々気になったアルは、何気なく振り返ってリーナを見ると何か悩んでいるような顔をしているのが目に見えて分かった。
「……マリア?」
「……えっ……な、何!? どうしたの!?」
「いや……。何をそこまで悩んでるのかなぁ、と思って。難しいことを覚える必要はないよ?」
「う、うん。それは分かってるんだけど」
「だけど?」
思わず本名の方で呼んでしまったアルの声に、はっとしたようにリーナはと言えば慌てたように辺りを見回して声を上げる。
あまりの焦りように苦笑を浮かべながら、どうしても気になるのか首を傾げながら一つ思い浮かんだことを口にしながら安心させるように言う。
それは心配して居ないと言わんばかりに何度も頷きながらも途中で言葉を途切れさせたために、アルは不思議そうな表情を浮かべる。
問い掛けようとして問い掛けられなかったことを今問い掛けるのはおかしいと思ったのか、リーナは考えを振り払うように頭を横に振る。
――今すべきことは、ヒナタの村を救うことであり、自分のことを知ることではない。
自分の心の中で納得させるように言葉を紡げば、最後に力強く頷いてから改めてアルと向き合う。
「よしっ! ……それで、あたしは何を覚えればいいの?」
「え? あ、ああ……うん。……『聖なる乙女』の力を解放させるやり方は身に付いた?」
「うーん……、微妙? やろうと思えばできると思うけど」
「そう……。そうだなぁ、じゃあ、ちょっと結界を張る要領で多分何とかなると思うから」
いきなりのことに驚いた表情を浮かべたアルであったものの、余計なことはそれ以上は何も聞かずにまずは確かめるように聞く。
聞かれたことに対して少々気まずそうにしながらも、素直に答えれば特に怒る様子も見せず、少しだけ考える仕草を見せる。
言った通りに難しいことをする訳ではないが、『聖なる乙女』の力を使うということには何ら変わりはない。ふと良いことが思い浮かんだとばかりにアルが話し始めたことを真剣に聞いていたリーナであったが、あまりにも自分が考えていた事とは掛け離れていたのか、呆気に取られたように目を瞬かせる。
「え、それでいいの? 本当に? 大丈夫?」
「うん、そこまで状態が悪化している訳じゃないし……本当は一人ずつやった方が確実だろうけど。時間掛かると思うし、これなら今の俺でも補助出来るしね」
「アルがそう言うならあたしは助かるからいいけど」
信じていない訳ではないのだが、思わずと言わんばかりに何度も確認するように問い掛ける。
問われたことに関してはアルは苦笑を浮かべながらも安心させるように、納得して貰えるように説明すればリーナは分かったと頷く。
これならば確かに難しいことはないし、結界の一つの応用と言った感じだろう。とは言ってもこの方法が通用することの方が少ないとアルは最後に教えてくれた。
――つまりは、本当に『タナトス』に襲われていたのであればこんなことではまずは助からない、ということだ。
『闇の支配者』が現れる限り、『タナトス』による被害が起こることは確実で。そうなることによって、大切な人を失うことで涙する人も出て来る。自分の大切な故郷を壊されて、悲しむ人も沢山いるのだ。
それをどうにか食い止めることが出来るのが『聖なる乙女』。でも、決して終わらせることの出来なかった『闇の支配者』との戦い。
「マリアリージュ」
「……えっ?」
「……!」
「久しぶり、という感じでもないけど。……一つ伝えたいことがあって」
「伝えたい、こと?」
ふと考えの渦に埋まりそうだったリーナの耳に届いたのは、アルの声ではなく、別の人の声。
自分の名前を呼んだ人を確認しようと顔を上げるとそこに立っているのは、「謎の人」と呼ばれている青年の姿だ。
アルは僅かに驚いた表情を浮かべはするものの、何かを確かめるようにじっと彼の姿を見ている。もちろん、それを気にすることもなく、青年はマリアリージュに向き合う形で立てばゆっくりと言葉を紡いでいくと、きょとんと首を傾げた。
「『タナトス』の気配、感じ難くなっているようだけど。……キミの仲間達が、襲われてるよ?」
「えっ!?」
「……誰かの手が加わっているのは確かのようだよ。結構な数が居たから、助けに行くなら早めの方がいいと思うよ」
「え、あ、う、うん! アル、早く行かないと!」
「……リーナ、先に行っててくれる? すぐに追いつくから」
「わ、分かった!」
青年の口から紡がれた言葉に対してリーナは、予想外の言葉であったように声を上げる。
『タナトス』の気配はまるでしない。襲われていると言われても実感が湧かないのだが、目の前の彼が嘘を言っているとも思えなかった。
青年はと言えば、親切にそう教えてくれればリーナはどうするべきかと思いながらも、早くに戻った方がいいのだろうと思うと慌ててアルへと声を掛ける。
だがその言葉にすぐに返って来る返事は無く、アルは僅かに顔を顰めながら言い辛そうにしながらもそう告げれば、一瞬どうして、と聞きそうになったリーナであったが、後で聞けばいいと判断したリーナは、村へと向かうために走り出した。
リーナの姿が見えなくなったことを確認してから改めてアルは、目の前にいる全身黒で覆われ、フードを被っているために顔の見えない「謎の人」扱いの青年を見る。
初めて逢った時から消えない、一つの予感。それは違和感と呼ぶべきか、直感と呼ぶべきか分からないが。
――彼の声を知っているような気がした。とても懐かしい、そして今は絶対に聞けるはずのない声。
「いいの? 彼女を一人で行かせても」
「……危険になれば分かるし、離れられない距離にまで行けば俺は自然と彼女の元に行く」
「そう言えばそうだったね? 聖剣『アルテイシア』」
アルがここに残ったのは自分に用があるからだと分かっているために青年は、沈黙を破るように聞く。
聞かれたことに対しては答えにくいような内容でも無かったために、当たり前のように答えれば彼は小さく笑み混じりの声で言う。
最初に聞くべきだったのだ。どうしてマリアリージュのことを知っているのか、どうして自分が聖剣であることを知っているのか。
でも、問い掛けなくても既に自分の中には確信に近い答えがある。それが合っているかどうか確かめればいいだけだというのに、頭のどこかであり得ないと否定する。
本来ならばあり得ないこと。自分が思い描いている人は、生きているはずのない人なのだから。
「もう僕が誰なのか、予想はついているんでしょう?」
「……俺が思い描いている人が生きているはずがないって、君が一番知ってるはずだろう」
「そうだね、僕は一度死んでいる身だから。でも、僕はここにいる」
「……!」
何が聞きたいのか全てを知っているかのように青年は、真正面からアルに向き合うようにしながら確認をする。
確認された事に対して肯定をしたアルであったものの、それだけが自分の考えを否定するということを自覚しているために思っていることを口にすると、青年はあっさりとした口調で当たり前のように言い切った。
その言葉の意味が掴めなかったアルは問い掛けようとしたが、口を挟む余裕もなく、彼はゆっくりとフードを取り去る。
そこで見えたのは見知らぬ男性の顔。でも、浮かべている微笑みは思い描いていた人にそっくりで。
驚きで目を見開いたアルを見た青年はと言えば、くすくすとおかしそうに笑みを零しながら僅かに首を傾げる。
「まぁ……信じる信じないのはキミの勝手だけど。……僕は間違いなく、ここに存在してるんだよ。――アル?」
「……やっぱり、そう、なのか……」
「疑問は解決したかな? それなら早く、マリアリージュの元へと行った方がいい。特に問題はないと思うけど、今は正体の掴めない敵がいるから油断出来ないしね」
「……」
青年から呼ばれ慣れた一つの名前で呼ばれれば、ここでようやくアルは確信を得たように呆然と言葉を漏らす。
――信じようが信じまいが、目の前にいる青年は自分が思い描いていたその人なのだ。あり得ないことが起きていると言っても、それは曲げようのない事実。
もっと聞きたいことはあるものの、彼から紡がれた言葉を無視することは出来なかったためにアルはもう一度だけ青年へと視線を向けてから、ふわり、と姿を消した。
それを確認してから、青年はフードを被り直してから小さく笑みを零す。
「さて、後は彼女に期待しようか? 今まで感じたことのなかった可能性を秘める、彼女に」
そして彼女が決断するのであれば、自分も、そして彼も覚悟を決めなければならないだろう。
全ての始まりの日である、あの時のことを話す覚悟を。
そこまで思ってから彼は何かを思い出したように寂しげに目を伏せてから、その場から姿を消すのだった。




