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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第四章 名もなき小さな村と、一つの決意
61/103

06

 



 野宿をした翌日。山の中という事もあり、早めに起きて一刻も早く村に向かうことになり、ヒナタの案内で道を進んで行く。

 数時間歩いた頃だろうか、ヒナタは足を止めてゆっくりと振り返る。


「……あそこがオレの村。名も無い、小さな村だよ」


 ヒナタが指差した先に見えたのは、確かに数軒の家が見え、小さな畑も見える村と言われれば頷けるかも知れないという感じの本当に小さな村だった。

 それ以降は何も言わずにすぐに村に到着すれば、最初に違和感を感じたのは音に敏感なライアンと、人の気配に敏感なサーシャだったのだろう。

 思わず二人は互いに顔を見合わせて、首を傾げ合った。


「……? あれ、どうかしたの? 二人とも」

「ああ……いや、ちょっと……」

「……。被害が無いようにも見えますが……人の気配が薄いような……?」


 そんな二人の様子に気付いたリーナは不思議そうな表情で問い掛けると、ライアンが言うべきか迷ったように言葉を濁す。

 それはサーシャも同じだったのだろう、少しの間無言であったが違和感が拭えないまま、感じたことをぽつりと零す。

 ――そう、『タナトス』の被害に遭ったと言う割には建物は壊されているようには見えないし、畑なども特に荒らされている様子はない。

 ただ、その場所に人が居ないということだけがおかしいことのような気がして。


「『タナトス』によって、小さな町が壊滅させられたという話も聞いたことがあるからな」

「うーん……、僕は本当に話に聞いたぐらいだけど。『タナトス』はただのモノを壊したりするような性質はあるの?」

「え? う、うーん……あたしも詳しい訳じゃないんだけど。アルは、知ってる?」

「ない訳じゃないよ」

「……え?」

「だから、ない訳じゃないよ。実際に『タナトス』が町を壊滅させたっていうのは本当だし、そういう被害だって出てるよ」


 ライアンとサーシャの話を聞いてから、エメリヤは自分が聞いたことのある話をぽつりと呟く。

 あまりそういうのに関わってこなかったレイクはと言えば考えるように唸りながらも、どうしても気になったことがあるのかリーナとアルの方へと視線を向けて問い掛ける。

 今、この状況を見る感じでは被害は出ていないようだし。以前の「セントラル」でも建物の方には特に被害はなかったそうで。

 そう考えれば、エメリヤが聞いた話が飛躍しているという事も考えられる。問われたリーナは困ったように答えを返そうとするものの、やはり答えられなかったのか助けを求めるようにアルを見ると、あっさりとした答えが返って来た。

 あっさりとし過ぎていたために話を聞こうとしていた全員が呆気に取られたような表情を浮かべるために、もう一度繰り返すように話す。


「ただ、彼らが自発的に壊すことはほとんどないと思うよ」

「……自発的に壊さなければ、どうやって壊すんだ?」

「それこそ簡単だよ。『命令』されて」

「……!」


 一つ訂正するように言葉を続けたのだが、アルの言い方を不思議に思ったライアンは不思議そうな表情のまま、疑問に思ったことを問い掛ける。

 アルは苦笑を浮かべながら、少しだけ言い難そうにしながらもその疑問の答えを返すと、誰もが驚いたように言葉を失う。

 以前聞いた話であれば、弱い『タナトス』であれば知識は持っているらしい。知識を持っているからと言って確固たる意思がある訳ではないだろうし、人の言葉を理解するとは到底思えない。

 だからこそ、アルが言う『命令』という意味を掴めずにいたのだが、たった一人、彼らを動かせる存在が居た。――彼らの生みの親とも言える『闇の支配者』という存在が。


「話をしてる所悪いけど。……村長に会って貰えるか? まともに話出来るのは、じっちゃんだけだから」

「えっ……あ、う、うんっ! すぐに会うよ」


 彼らの話を聞いていたヒナタは一切口を開く様子は見せなかったのだが、丁度話が途切れたと感じたのかそう声を掛けるとはっとしたようにリーナが慌てて返事を返す。

 返って来た返事に頷くと、ヒナタは「こっち」と案内するように歩き出すと、とりあえずは村長と呼ばれる人に会って話を聞くのが一番だろうと思うとヒナタの後を追うことにしたのだった。

 ヒナタに案内されるままに来たのは、村の奥の方にある少しだけ大きな家だった。

 一瞬ノックするか迷った様子を見せたヒナタであったが、結局は無遠慮に扉を開けて中に入っていく。


「じっちゃん」

「……ヒナタ、か?」

「ああ、遅くなった。……じっちゃんは、身体の具合は」

「最近では立ち上がることも難しくなってきたよ」


 家の中に呼び掛けるように呼ぶと意外と近くから少し掠れた男の人の声が聞こえて来る。

 声が聞こえた時にヒナタはほっと安堵の表情を見せながらも、どこか心配気に問い掛ければそんな彼に対して男の人――村長は、ベッドの上に横になりながら返す。

 その後にヒナタの後ろに居た他の面々を目に入れると、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「こんな姿で申し訳ない。……貴方が、『聖なる乙女』様、ですか?」

「あ……は、はい。現『聖なる乙女』の名を受け継ぐ、リ……。クレスタ王国第一王女マリアリージュ=イヴ=クレスタです」

「そうですか……良かった、直にお会い出来て」


 申し訳なさそうな表情のまま謝罪を口にしてから、順々に視線を向けて行ってからリーナを見ると確認をするように問い掛ける。

 村長の様子を見たリーナは何を言うべきか迷っていたのだが、問われるとはっとしたように慌てて自己紹介をしようと言葉を紡いでいたのだが、ふと一瞬言葉を飲み込む。

 そしてすぐに本名を名乗れば、軽く頭を下げる。その自己紹介を聞いた村長はふと表情を緩めながら本当に嬉しそうに、そう言葉を漏らした。


 ――『タナトス』の被害に遭った人を直に見るのは、これが初めてだった。


 歴史上には「人々が倒れて行き」と書かれているが、本当にそうなのかは分からない。確実に分かっているのは必ず死を迎えるということだけ。

 それが本当に『タナトス』によってなのか、或いは『闇の支配者』の力が働くのかは定かではないが。村長の様子をじっと見ていたアルは、僅かに息を漏らす。


「実際に、『タナトス』に襲われた訳ではなさそうだね?」

「……え?」

「他の人達の様子を見たから何とも言えないけど、この人は直接襲われた訳じゃない。……これなら、まだ何とかなる」

「本当か? 本当に、助かるのか?」

「まぁ、他の人の様子を診る必要はあるのは確かだけど……。それで? 詳しい状況を話してくれると助かるけど」


 確認するようにアルがそう口に出せば、村長以外の誰もが呆気に取られたような表情でアルへと視線を向ける。

 大丈夫、と頷きながら安堵の息を漏らしながら言い切るのだがやはり、心配なのかヒナタが念を押すように問えばそれに対しては苦笑を浮かべながら返した。

 そのまま紡がれた言葉に対して村長は、こくりと頷いて話を聞かせてくれた。

 ――その日は突然に起こったという。いつも通りの日常を送るはずだったというのに、突如空が闇に覆われたと思うと『タナトス』の軍勢が一気に村へと押し寄せ、村全体を覆い囲んだ。直接襲って来る事はなかったものの、『タナトス』の身体から黒い霧のようなものが吐きだされてそれを浴びた。

 幸いにもヒナタのみはこの場に居なかったために難を逃れたために、この状況を唯一どうにか出来るだろう『聖なる乙女』に助けを求めるように言ったのだ。

 簡単にだがその話を聞くと、アルだけは考え込むように口を閉じてしまう。


「……。『タナトス』に関しては解明されていないことばかりだが……そういう話を聞いたのは初めてだな」

「『タナトス』に襲われれば死ぬって教えられて来てるしね」

「ですが、どちらにしろ意識を失い、死を迎えるというのは同じのようですね?」

「そのようだが……。……アル?」

「え? ああ、いや……その時、誰か見掛けなかった?」

「誰かって?」

「いや、本当に。誰か見掛けなかった? 村人以外の人を」


 仲間達は初めて聞いた話を談義するように話していたのだが、ライアンは黙ってしまったアルを見て訝しげに名前を呼ぶ。

 名前を呼ばれればはっとしたように、少しだけ何か躊躇ったように、だが聞かなければいけないと思ったのか意を決してそう問い掛けると、その意味が分からなかったリーナが思わず首を傾げて聞き返してしまう。

 それ以上に言い方がないかのように繰り返すように問い掛けると、村長とヒナタは顔を見合わせて思い出すように目を閉じる。

 とは言ってもヒナタはその場に居なかったようなものなので思い出すにも思い出せるはずもなく、ふるふると首を横に振る。村長だけはしばしの間、無言で居たのだがふと思い出したように目を開ける。


「そう言えば……、人影が、見えたような」

「……そう。やっぱり」

「アルー。一人で納得しないでよー」

「ごめん、確信が持てないから持てたら話すよ。とりあえずは、この現状ならリーナでも何とか出来るから」

「……はい。本当に、ありがとうございます」


 村長の言葉を聞いたアルは難しい顔をしながらも、ぽつりと思わず言葉を漏らせばリーナが不服そうに声を上げる。

 今は話すことが出来ないと思ったのか緩く首を横に振りながら苦笑を浮かべれば、もう一度安心させるように言葉を紡ぐと村長は安堵したように表情を緩めて礼を述べたのだった。


 


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