05
ヒナタの機転により、突然のレイクの行動も何とか日が暮れる前に解決し。これ以上は進むのは危険だと判断したために、今日はここまでとして野宿の準備に取り掛かることにする。
レイクの行動の理由を聞くべきかも知れないが、とりあえずは準備の方が先だと判断したためにそれぞれ行動に移ることにする。
既に慣れた作業であるテントを張ろうとしたリーナとライアンは、今日の所は寝袋だけで済まそうという話になって残念そうにしていたのは印象的だった。
食事の準備は変わらずにレイクが行っているが、彼自身は何か話そうとはせずに黙々と行っているので話し掛け難い。手持ち無沙汰な他の面々を見たエメリヤは小さく息を吐く。
「……。レイクの準備が終わるまで、リーナとライアン、稽古をするぞ。基礎練習をしよう」
「え? あ、はいっ!」
「分かった。……けど、他の三人は……」
「俺達のことは気にしないでいいよ。行っておいで? 準備が出来たら呼びに行くから。あ、あまり離れないようにね」
「分かっている」
気まずい沈黙を破るようにエメリヤが二人に声を掛けると、リーナとライアンは慌てたように返事をしたのだがライアンだけは気遣うように残りの面々へと視線を向ける。
それに対しては大丈夫、と微笑みながらひらひらと手を振って見送りつつも必要無いだろうと思いながらも注意するように告げれば、その言葉に対してはエメリヤが答えて三人は少しだけ離れた場所で稽古を始める。
残った三人は本当にすることがなかったのだが、ふと思い出したようにヒナタは自分が持っていた道具を取り出す。
「……おや、何かするんですか?」
「ああ。セントラルの戦いの時に、予想以上に弾消費したから作っておこうと思って」
「へぇ……、作れるものなんだ? 俺でさえ、銃ってあまり見たことないけど」
「普及されてないから、仕方ない。……アンタは知ってそうだけど」
「俺ですか? ええ、まぁ……使ったこともありますが、俺には合わないようで。すぐに止めましたよ」
作業を始めたヒナタを見ると、サーシャが興味深そうに問い掛ける。特に隠す必要もないと考えたヒナタはあっさりとした答えを返すと、アルはどこか感心したように頷く。
長年生きていると言っても、聖剣がある所に自分が居るだけなのだから世界の全てを把握している訳ではない。
逆に専門的なことであれば知らない方が良いと言っても過言ではないために、自分の知識に偏りを感じたアルは苦笑を浮かべたものの、ヒナタはと言えば気にした様子も見せず当たり前のように言い切る。その後に続いた言葉はサーシャに対して言ったらしく、言われたサーシャは苦笑を浮かべながら頷いて肯定をする。
銃は、別に使い手を選ぶとかそういうのはあまりない気がしたし、使おうと思えば誰でも使える武器であろう。だが使おうとすれば、手入れを学び、銃の癖を知り、常に弾数を把握しなければいけない。
使いやすかったとは思うし、色々と改造出来る点ではもっと普及してもいいと考えたこともあるが、あれは本当に使いたいと望む人が使うべきだと思った。
別段、サーシャの言葉に反論する気もなかったのかヒナタは作業に集中し出したようで手持ち無沙汰になったのはアルとサーシャのみだ。
黙々と作業をし続けるレイクに声を掛けるのはまだ、躊躇われたために声を潜めながらアルはサーシャに、そう言えば、と聞く。
「レイクを追った先に、誰か居たの? 人影を追ったみたいだったし……」
「……。いえ、それが確かに見えた付近までは行ったのですが……人影は全く見えなくて」
「そうなんだ。……人の気配とかは?」
「いえ、あれ以来は一度も。ですが……、不自然なんですよね」
「不自然?」
「ええ……、綺麗に消えてしまっているのが、不自然で」
声を潜めて聞かれたために、同じように潜めながらサーシャは問われたことに次々と答えていったのだがどうしても気に掛かるのか、ぽつりと言葉を漏らす。
それを聞き取ったアルは思わず聞き返せば、肯定するように頷きながらでも自分が言った言葉に違和感を持っていた。
――自分が感じた気配が気の所為で、ただの勘違いであったのであれば不自然でも何でもない。そこに初めから居なかったのだから、消えたも何もなかったのだ。
それでも、自分が感じ取った気配が「気の所為」で済まされるものでもないような気がした。レイクのあの行動を思い返せば、それは逆に強まる一方だ。
彼が何かを感じたのであれば聞くのが一番なのだが、今の雰囲気で聞く勇気はどうしても持てずにいた。少々躊躇いながらもレイクへと視線を向けた時、ふとレイクがこちらを向いたために驚いたように目を見開く。
「夕食の準備出来たから、リーナ達を呼んできて貰ってもいい?」
「え? あ、ああ、構いませんよ。アル、俺が行ってきますね」
「お願いするよ、サーシャ」
レイクの口から紡がれた言葉は極々普通のもので。慌てたようにサーシャが返せば、アルへと視線を向けてそう言う。
僅かに苦笑を浮かべながら頷いて頼むように言えば、サーシャはそのまま、少し離れた場所に居るリーナ達を呼びに行くのだった。
全員が揃ったところで食事が始まる。いつも通りにレイクが作ったご飯は美味しかったために、その感想を告げるのもいつものこと。
美味しいと言われればレイクはいつもと変わらずに微笑みながら、「ありがとう」と言うがそれ以上の会話に発展することはなかった。
――やはり、気まずいままだ。
どうするべきかとご飯を食べながら、リーナは助けを求めるように仲間達へと視線を向ける。気まずさはあるのは分かるし、言い難いのは誰もが一緒なのだろう。
この中で誰が一番言い出すのが適任なのかが分からなかったのだが、そんな彼らを見兼ねてからサーシャが水を一口飲んだ後に口を開く。
「レイク。……気持ちが整理出来ていない気持ちがあるのは何となく分かりますが」
「……」
「あの見えた人影。……レイク、アンタの知り合いかなんかだったのか? 実際に居たのかどうかは分かんないけどさ」
サーシャの言葉を受け止めても尚、言い辛そうにしているレイクを見たヒナタは少しだけ考える仕草を見せた後に気になったことを直接聞く。
さすがに安直過ぎだろうと思って慌てて止めようとする周りを、ヒナタはと言えば、何だよ、と言わんばかりの視線で見る。
そのやり取りを見ながら、レイクはそっと地面に視線を落とす。
そう、ヒナタが言っている通りに実際にそこに居たかは分からない。先走った行動をした自分を止めに来たサーシャですら、既に気配を感じられないと言った。
見間違いであった、その結論が今の状況に合っているのだということは分かるのだがどうしても納得出来ずにいた。確かに自分にも人影は見えたが、誰なのか判断出来るほど見えた訳ではないのだ。
それでも自分の中にあるのは一つの確信。間違えるはずのない、あの感覚。
とは言ってもこのことを言って分かってくれるのは、同じ魔導師ぐらいだろう。だからこそ、どう話せばいいか分からなかったレイクであったのだが、アルは僅かに苦笑を浮かべた。
「見知った魔力でも……、感じた?」
「……っ!」
「魔力って……、え? そういうのって感じられるものなの?」
「うーん……、強い魔導師であれば、ね。後は身近に魔導師がいたのなら、その人の魔力の波動……っていうのを感じててもおかしくないよ」
「……? つまり?」
「今の俺じゃ、感じ取ることは出来なかったんだけど。レイク程の魔導師であれば感じ取っててもおかしくないと思ってね」
「そうなのか? レイク」
アルから発せられた言葉に対して、レイクは下に向けていた顔を上げて驚いたような表情を浮かべる。
やっぱり、と言わんばかりの苦笑を浮かべながらも魔導師ではない人達にとってすれば分からないのだろう。リーナはきょとんと不思議そうな表情を浮かべながら問い掛ける。
問われたことに関しては分かり易い言葉を選びながら答えつつ、その先をライアンは促すと最終的に出た判断を話す。
自分達には分からないことであったためにエメリヤは、レイクへと視線を向けて聞くとこれ以上は隠せないと思ったのか、弱々しい笑みを浮かべて小さく頷く。
「本当に類似した魔力を感じたんだ。……もしかしたら、と思ったらどうしても抑えられなくて」
「感情で行動するなんてレイクにしては珍しいですね。そこまでの人なんですか?」
「……。兄さんと義姉さんの魔力に、似ていて」
「……!」
本当に申し訳なさそうにしながらも理由を話せば、サーシャはどこか納得したように頷きつつも興味半分に問い掛けるとレイクは一旦口を閉じてしまう。
だが隠しても仕方ないと思ったのかぽつりと言葉を漏らせば、彼から事情を聞いている人達は驚きの表情を浮かべた。
唯一、レイクの事情を知らないヒナタとサーシャに対しては軽く説明をする。レイクの兄や義姉が行方不明であることを、簡単に。
「何で、その行方不明の人達がこんな所に居るんだよ?」
「僕にも分からない。ただ……、あの人達だとは言い切れない。魔力が、少し違うような気がして」
「……うーん。……実際に姿を見れれば良かったんだけど、出来なかったしね」
ヒナタの疑問ももっともだと思いながらも、分からない、と言わんばかりに首を横に振りながら不安気にレイクが呟く。
その呟きにはアルが考えるようにぶつぶつと呟きはするも、結局はそうだと言える確証も、違うと言える確証も得られなかったためにこの話はここまでとなった。
とりあえずは頭の隅に留めておいて欲しい、ということになり、彼らは明日に備えて休むことにしたのだった。




