04
夜が明けて、翌朝。少し早めの時間帯に町を出て、そのままヒナタの案内を頼りに村があるという場所まで行くことにする。
町を出る時に住人達に止めた方がいいとか、故郷に戻った方がいいとか色々と言われたのだがそれをあっさりと跳ね除けて来ている。
――『聖なる乙女』とその一行だと説明出来ればそれはそれで結果としては話が早まった可能性もあるが、言ったら逆に足を止める事態になりかねないので「大丈夫です」の一言で押し切ってきた。
少し荷物が増えてはいるが、それと同様に人数も増えているために特に重さを感じることもなくヒナタは、ふと足を止めて振り返る。
「あそこが入口。……山というよりは森に見えるかも知れないけど、慣れてない人にとったら結構な道になるだろうから覚悟しとけよ」
面々を見渡しつつもヒナタが指差した先にあったのは、広がる大きな薄暗い森。
もちろん、奥の方など見えるはずもなく、この奥に人が住んでいると知らなければ足を踏み入れることすらしないだろう。
「……。えーっと……多分、エメリヤとヒナタは平気だと思うんだけど」
「俺も平気だ」
「……意外だな? ライアンが慣れているとは思わなかったが」
「鉱山で慣れてる。もしかしたらこっちの方が辛いのかも知れないが」
ヒナタの言う通りにかなり道は厳しそうに見えたためにアルは確認を取るように仲間達を見て問い掛ける。
騎士であったエメリヤはこういう道を歩く訓練などは一通り受けているだろうし、自分はもちろん問題ない。ヒナタは言わずががな、ここの出身である。
そして最初に声を上げたのはライアンで、純粋に驚いた様子でエメリヤが思わず聞き返せば極々当たり前のことのように答えを返してくると納得せざるを得なかった。
確かに彼は鍛冶師で、自分で鉱石を取りに行くために鉱山に入る機会は多かっただろう。どちらが歩きやすいかとか、どちらが辛いのかなどの判断材料は全くないのだがそういう場所を歩いた経験があるかないかでは、かなりの差があると見て間違えない。
その言葉が嘘ではないと判断した後に、他の三人へと視線を向ける。
「あたしはこういうのは初めて!」
「僕も初めてかな。あまり街の外とかには出たりはしなかったし……」
「……俺は……多分、平気ですよ。それなりの訓練は積んできていますし」
リーナとレイクの言葉には仕方ない、という風に頷き返しつつも少しだけサーシャは悩んだ様子を見せたが出た答えを話す。
慣れているか、慣れていないかと聞かれれば後者だが。この道以上にきつい場所を歩かされた覚えも多々あるし、それなりの場数も踏んでいる。
一概にも無理だとは言えなかったサーシャは、自分の答えに対して頷いて納得させれば、ふむ、と考える仕草を見せる。
実質慣れて居ない人は三人。その内の二人は、こういう道は本当に初めてだと言う。
出来る限り急ぐべきだとは思うが、急ぎ過ぎるは危険だということも分かっているために考えようとするが、ヒナタが口を挟んでくる。
「こういう場所で急いだって良い事ないし。慣れてない人に合わせて歩いた方がいいと思うけど? オレが居る限り、早々に迷うことはないとは思うけどさ」
「……そう、だな。土地勘のあるヒナタが居るんだ、後は無理しない程度に行けば大丈夫だろう」
「ああ。じゃあ、行くよ? 出来る限り、歩きやすい道で行くけど……歩くのが速かったら言って」
ヒナタの言葉はもっともであったためにエメリヤはまだ不安を残しながらも、大丈夫だろうと自身を納得させるかのように呟く。
これで話は終わっただろうと思ったヒナタはと言えば、一声そう掛けると前を向いて歩き出そうとしたのだがその前に一言付け加えれば、今度こそ本当に薄暗い森の中へと入っていき、残りの彼らもまた中へと入って行くのだった。
薄暗い森の中に入って行った一行であったが、思ったよりも道は荒れている様子はなくそれなりに整っているようにも見えた。
その辺りの事をヒナタに問い掛けてみれば、「村の人間が仕入れとかするから、自然と馴染んだ」と言う事らしい。別段彼らが意識して作った訳ではないということだ。
どういう理由があれ、獣道とまでいかないために山歩きは初めての人達でもそこまで苦労せずに歩けると言った感じだ。
さすがに会話するほど余裕があるようにも見えなかったが、一番最初に気付いたのはサーシャだっただろうか。先行して歩いているヒナタのすぐ後を歩いていた彼であったが、ふと何かに気付いたように足を止めて前を歩くヒナタの肩を掴む。
「……何だよ」
「地元の人間でない限りは、この辺りに人が入って来ることは?」
「ないと思うけど? それほど外の交流していた訳でもないし……っていうか、それが何だって言うんだよ」
「……」
肩を掴まれたヒナタも足を止めざるを得なかったために訝しげな目をしながら振り返ると、そんなヒナタに対してサーシャは矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。
突然の質問に意味が分からなかったヒナタであったものの、自分の知っている限りのことを話してから疑問に答えて貰っていないことに気付けば、もう一度問い掛けるがサーシャからその返事が返って来ることはなかった。
僅かに目を細めながら辺りを見回し始めた姿を見て、意味が分からなそうにしていたヒナタであったものの、ほんの僅か遅れていた他の人達も止まっている彼らに追い付く。
「あれ? ごめん。そんなに遅かった?」
「え? ああ……いや、別にそんなんじゃないけど。ちょっと、こいつが変なことを聞いてきて」
「変なこと……? サーシャ、どうした?」
「……気の所為かも知れませんが、人の気配を僅かに感じたもので」
「人の気配? ……ライアンは、どう? 何か聞こえたりした?」
「…………。いや、特には……」
「じゃあ、気のせいでしょうか。……すみません、変に敏感になっているよう、で……」
足を止めている姿を見たアルは少々申し訳なさそうに謝ると、ヒナタははっとしたようにふるふると首を横に振って否定をしてからサーシャに対して溜息交じりに説明する。
気になったのかエメリヤはサーシャを見ると問い掛ければ、ようやく自分の感じていたことを自身なさげに話す。その言葉を聞き取ったリーナはと言えば、自分にはさっぱり分からないことであったので、ふと思い出したようにライアンに目を向けてから聞くと、しばし無言で居たが首を横に振って否定する。
人の歩くことなどが聞こえなかったというのであれば、気の所為かもしれない。
自分の感覚が敏感になっているだけかも知れないと思ったサーシャは申し訳なさそうに謝罪をしている途中であったが、はっとしたように顔を上げると誰もが驚いたようにサーシャが見ている方向に目を向ける。
向けた方向に見えるのは、薄暗い森の風景だけのように見えたが、一瞬。何かの影が視界に映ったような気がした。
「誰か、いる……?」
リーナはぽつりと呟きを漏らすものの、それには確証の持てない彼らは同意を出来ずにいた。
もしかしたら動物が居るだけかも知れないし、ただの見間違いということもあり得る。だがどれに当てはまるのか分からず、警戒をしつつもじっとそこに目を向けていると、だんだんと目が慣れてきたのか薄らと今度は人影が視界の中に入った。
遠目で誰なのかは良く見えないが、シルエットから男性と女性の二人組だろう。
ここに迷い込むというのは考えられないような気がしつつも、もしかしたら村の人なのかも知れない。その可能性を聞こうとヒナタへと目を向けていたが、彼の目は警戒の色に染まり切っていた。
「……。さっきも言った通りに、外の交流はあまりなかったからここら辺に居るのは村の人間ぐらいだ。――だけど、それはあり得ない。オレ以外、全員が『タナトス』に襲われたはずだ」
「じゃあ、あの人達は……?」
「……ま、さか……?」
「……? レイク?」
「レイク……、どうした? 顔色が若干悪いようだが」
ヒナタの説明には嘘はないのだろうと分かりはするが、だとしたら誰だと言うのだろう。アルは考えるように首を傾げた時に、聞こえてきたのは本当に驚いたと言わんばかりのレイクの声だ。
信じられない、とばかりの表情をしているレイクを見たライアンは不思議そうに名前を呼び、その顔色がだんだんと悪くなっていくのを見て取れたエメリヤは心配気に声を掛ける。
だがそんな声すら聞こえていないかのように、レイクはありえない、とばかりに首を横に振る。
そして一度目を閉じてからもう一度、人影が見えた方に視線を向けた時。自分のあった想いが爆発したかのように、一気に走り出す。
「え……っ!? ちょっ、レイク!」
慌ててリーナが呼び止めようとするが、その声が発せられるよりも前にレイクは全員を掻き分けて前に出ると、そのまま人影が見えた方に一目散に駆け出す。
あり得ない、信じられない、ここに居るはずがない。そんな思いが自分の中でぐるぐると渦巻くのが分かりながら、どこか確信めいたものが自分の中にあった。
周りの音が聞こえていないレイクの姿を見たヒナタは僅かに顔を顰めさせ、舌打ちをする。
「……っ、サーシャ! アンタが一番この中なら足が速いだろ! アイツを連れ戻して来い、そろそろ日が暮れる。夜になったら確実に探せ出せなくなる!」
誰よりも先に行動に移そうとしたヒナタであったが、ここで慣れている自分が行くと残るのは道さえ分からない彼らだ。
適任は自分であるのは間違えないが、それでも躊躇われたためにヒナタはふとすぐに気付いたようにすぐ近くに居るサーシャに視線を向けて、焦ったように声を掛ける。
――アサシンだと言う彼ならば、こういう場合の対処も慣れているだろうし、間違いなく足も速い。万が一、迷ったとしても人の気配に敏感だと言うのであれば自分たちの気配を見付けることぐらい造作ないことだろうし、何よりも自分を抜いた面々の中であれば一番最適だ。
ヒナタの意思を汲み取ったのだろうサーシャは何も言わずに頷いて了承すれば、レイクの後を追うように駆けだす。
その後ろ姿を見送ることしか出来なかった一行であったが、判断が早かったこともあるのだろう。程なくしてサーシャはレイクを連れて、仲間の元へと戻って来たのだった。




