02
野宿をした翌日。今日も平地を歩いて行き、丁度昼時と言ったところか。ようやく、町が見えてくる。
「あそこー?」
「……あそこだな」
「……」
リーナが指差しながら振り返って問い掛けるとこの中では良く知っているヒナタが頷いて答える。
あの街で山歩きの準備をしなければならない。今の内に何が必要かなどを話しておく必要があるかも知れない。
そう思ったのはアルとエメリヤ、そしてレイクだったようで互いに顔を見合わせて話し始めたのだがライアンのみは見えてきた町をじっと見ていた。
確実に近くなって行く距離に対して、だんだんと大きくなる違和感。その違和感が何なのか掴めなくてじっと見ていたのだが、やはり違和感の正体は分からない。
「ライアン? 何凝視してるんだよ。町が珍しい訳でもないだろ」
「……ヒナタ。珍しいとかじゃなくて」
「じゃなくて?」
「……。上手く言えない」
ライアンの様子に気付いたヒナタは不思議そうに声を掛けると、ライアンは軽く首を横に振ってから返す。
その会話が気になったリーナが続きを促すと、答えようと口を開き掛けたのだが結局は紡ぐことは出来ずに少しの間黙ってしまう。言えないのがもどかしいと言わんばかりの表情で溜息交じりにそう告げた。
嘘を言っているようには見えなかった二人は思わず顔を見合わせてから、もう一度町へと視線を向ける。
――別に何の変哲もない普通の町のように見える。さほど大きくはないが、村と言うには少々大きいように見えて。町と言うのが丁度良い感じだ。
唯一、どこの会話にも加わっていなかったサーシャはふと何気なく目を閉じる。そして数秒してから目を開けると、確かに変だ、と思った。
「……確かにこれは、違和感を感じても良いと思いますよ」
「え?」
「……何の話だ?」
町に着いてからの話をしていた三人もサーシャの声が聞こえてきたのか、不思議そうにエメリヤが問い掛けて来る。
「俺は職業柄、気配に敏感ですが……あの町から考えるにして、あまりにも人の気配が少なすぎる」
「……つまり?」
「多分、ライアンは別のことで感じ取ったとは思うんですが……町の大きさの割には人が少ないと言ったところでしょうか」
問われたことに対してサーシャは前置きをきちんと置いてから違和感を感じたことを答える。
正確に分かるのか、と問われれば、否、と答えることが出来るがある程度ならば分かる。それぐらいの察知能力はなければやっていけないのだから。
レイクがその言葉の意味を掴めていないのか言葉の解釈を求めるように促すと、サーシャはライアンへと視線を向けてからもう一度町へと視線を戻しつつ、感じたことを言う。
元々人が少ない町だと言うのであればそれはそれで自分の思い過ごしで構わないとは思うのだが、違和感を感じてもおかしくはない。
「サーシャが気配で気付いたなら……ライアンは何で気付いたの?」
「……いつもなら近付くに連れて大きくなる音が、小さいままだったから。少し違和感があって」
「……」
サーシャの言葉には納得せざるを得ないようにアルは頷きつつも、気になったようにライアンに質問をぶつけてみる。
言うべきかどうか迷った様子のライアンであったが、少しだけ考える仕草を見せてからぽつりと素直に答えるとさすがに誰もが言葉を失ってから苦笑を浮かべた。
耳が良いのは間違えないようだ。それに気配に敏感なサーシャが居てくれるというのはこれからの旅にとても役立つことだろう。
ただ、人の少ない理由を少し気にしつつも一行は目の前に迫る町へと足を踏み入れることにしたのだった。
町に足を踏み入れた時に最初に見えた光景は、極々普通のありふれた町並みだ。少し自然が多くて、穏やかな雰囲気が伝わって来るのとは裏腹にライアンとサーシャが感じていたように人が少ないように見えた。
もしかしたら建物の中に入って居たりして見えないだけなのかも知れないが。
でもやはり、ライアンとサーシャへと視線を向けてみれば小さく首を横に振るだけ。町の中に入ったことによってより確信に近付いたのだろう。
――だが、その理由が分からなかったために軽く辺りを見回してからようやく見付けた人に声を掛けてみる。
「あのー……」
「はい?」
「失礼なことかも知れないんですけど……、人が少ないように見えるんですが」
「……この辺りは、初めてですか?」
「ええ、まぁ……旅をしていて」
リーナがおずおずと少し聞きづらそうにしながら声を掛けた女性は、聞かれた意味を最初こそ理解出来て居ない様子であったがすぐに確認するように問い掛けるとリーナは分からなそうにしながらも頷いて答える。
その答えには合点が言ったように頷くと、少しだけ寂しそうに笑いながら話してくれる。
「最近、『タナトス』の目撃情報が増えていることは知っていますよね?」
「……はい」
「この町には戦える人が居ないことから、『タナトス』に襲われることを危惧して出来る限り人の多い場所へと逃げる人が多いんです」
「……」
「あなた方も旅は止めて、逃げた方がいいと思いますよ」
女性は最後には心配するように告げてくれると、お辞儀をして歩いて行ってしまう。
人が少ない理由を改めて聞いたリーナは僅かに顔を俯かせる。彼らの逃げる先は、『聖なる乙女』が居るクレスタ王国なのだろうか。
――逃げた先に、自分という存在が居なければどれだけの人が不安に陥るのだろう。
『聖なる乙女』と『闇の支配者』の戦いが続く限りは、決して永遠の安心を得ることは出来ない。それは誰よりも当事者である自分が分かっている。リーナはぎゅっと手を握り締めると、ぽん、と頭に手を置かれる。
「……さて、今日はここで準備のために一泊しようか」
「ああ……そうだな。急がなければいけないのも事実だが、準備不足ほど怖いものはないからな」
「じゃあ、手分けでもしようか?」
「……宿を探す人と、買い物をする人と……」
「そうですねぇ……、後は情報収集、でしょうかね?」
「ここで情報なんて集まるのかよ……、ま、いいけどさ」
頭に手を置いたのはアルだったようで。軽く撫でるように手を動かしつつ、今後のことを決めるようにまずはそう口にする。
エメリヤはそれに同意するように頷きながらも全員に言い聞かせるようにそう言えば、レイクは考える仕草を見せながらそう提案すると、ライアンは思い付いたことを口にする。
その後に付け加えるようにサーシャが言えば、ヒナタがぽつりと文句を零すものの反対はしないのだろう溜息交じりに頷く。
彼らは知っている。自分が『聖なる乙女』だということを。
でも、今出来ることは何も無い。『闇の支配者』との戦いの時は近くまで迫っているのだとしても、今はどう頑張っても『タナトス』の全てを倒すことは出来ない。
誰も何も言わなかったけど気遣ってくれたことに気付いたリーナは、小さな声で「ありがとう」とお礼を呟いたのだった。




