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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第四章 名もなき小さな村と、一つの決意
56/103

01


 



 中央の街「セントラル」から出発した一行が向かうのはヒナタの村であるのだが、ヒナタ曰く「地図に載ってない小さい村」だというので、ヒナタの案内がなければまず辿り着くことは不可能だろう。

 セントラルから出発してから他愛のない雑談が続いていたのだが、ふとアルは何か気になったようにヒナタへと視線を向ける。


「……そう言えば、どの辺にあるの? 辺境の地、とか?」

「ん? ……ああ……いや、辺境とは思った事はないけど。山奥にあるから、辺境と言えば辺境かもな」

「山奥、か」


 アルの問い掛けには、ヒナタはどう答えるべきか迷った表情を浮かべたものの、間違ってはいないと思ったのか簡単に答える。

 答えを聞いたエメリヤがぽつりと呟きを零してからざっと面々を見回す。

 旅慣れているのは自分と、アル、そしてサーシャぐらいか。もしかしたらレイクもかも知れないが。ヒナタに関しては地元に近いようなものがあるのだから問題は無いとして、旅慣れていないリーナとライアンは少々きついかも知れない。

 山歩きというのは想像以上に辛いものがあるのは分かっているつもりだし、それなりの備えは必要だろう。

 もう既に見えなくなってしまったセントラルを振り返って、失敗したな、と少しだけ思う。山奥にあるというのをあらかじめ聞いておけば、それなりの準備は出来たというのに。

 エメリヤが何を考えているのか分かったのか、サーシャは思い出すように上を見上げていたが確認を取るようにヒナタに聞く。


「ヒナタ。セントラルまで来る道程に確か町がありましたよね?」

「町というか、村というか……まぁ、あったにはあったけど。寄ってないからな」

「俺も行った事はないんですが……、多分山歩きの備えぐらいは出来ると思いますよ?」

「それは助かるな。とりあえず、その町に寄るということで構わないか?」


 おぼろげだった記憶を辿りながら聞いたことには、ヒナタは小さく頷いて肯定すれば間違えではなかったと僅かに微笑みを浮かべながらエメリヤへと視線を向ける。

 その言葉にほっと安堵したような表情を浮かべながら全員に確認を取ると、特に反対意見があるはずもなく、誰もが頷いて了承を返した。

 今後の進路が決まったこともあり、うーん、と軽く背伸びをしながらリーナはふと思い出したように自分の手に視線を落とす。

 ――『聖なる乙女』としての力は、確かに自分の中にあるようだが未だにどのような力なのかは分からない。

 自分にさえ分からない力だというのに、世界はこの力に頼るしかない状態に追い込まれていくのだ。歴代の『聖なる乙女』たちはそれに関して不安を抱いたりすることはなかったのだろうか。

 ふと疑問に思ったことを一番知っているだろうアルに聞こうとした時に、ふと近くを歩くレイクとライアンの会話が耳に入って来る。


「前々から思ってたけど……もしかして、ライアンって耳が良いの?」

「……さぁ……意識したことはないが」

「鍛冶師って耳が良くなければ駄目とか、あるの?」

「特には無いと思うが……、良く五感を研ぎ澄ませ、とは言われていた」

「へぇ」


 聞こえてきた会話何ら変哲もない普通の会話であったが、リーナは確かに、と思って頷く。

 ラセードの街では女性の悲鳴がどこから聞こえてきたかを瞬時に聞き取り、セントラルでも逸早く外の騒ぎに気付いていた。

 ただ、耳が良い、と一言で言うには良すぎるような気がしないでもないが便利と言えば便利だろう。

 疑問に思ったこともすっかりと忘れたようにリーナは二人の会話に割り込んで行く。


「ねぇねぇ、レイク。あたしって、魔導とか使える素質ある?」

「え? ……えーっと……そういうのはアルに聞いた方がいいんじゃ?」

「魔導師なら互いに分かるとか、そういうのはないんだ?」

「うーん。隠している人がいるのも確かだけど……、魔導を扱う時に魔力の流れを感じることが出来るから、感覚が鋭い人なら一目で分かるかもね」

「レイクは?」

「僕は魔導師として生きて行こうとは思わなかったから、そういう力は鍛えてないよ」


 リーナから突然に聞かれた質問に対して、どう答えるべきか迷ったレイクは極々自然な返答を返す。

 言い難いことなのだろうか、と思ったリーナはむぅ、と僅かに頬を膨らませるもすぐに気になったことを続けて問い掛けた。

 問われたことに関してはレイクは言葉を選びながら自分の知っている範囲のことを答えながらも、更に続いた質問に対しては苦笑交じりに返した。

 自分は魔力を隠して生きてきた分類に入る。だから魔導師のアルは自分が魔導を扱うまで気付くことはなかった。実際、魔導師であるかどうかなど見分けられなくても人々が戦うようなそんな状況に追い込まれない限りは問題は無いだろうと思っている。


 ――願わくば、そんな日は永遠に来なければいいのだが。


「……ほら、三人とも! そろそろ日が暮れて来たから、野宿の準備するよー? 手伝って」

「ああ。……エメリヤさん、手伝う」

「あ、あたしもー!」

「……お前達、テント張るのが楽しくて仕方ないようだな」

「俺は何をしましょうかねぇ……。……レイク、手伝うことはなさそうですが手伝いましょうか?」

「……うん。ありがとう」


 ぼんやりと考えに沈んでいたレイクの耳に届いた声はアルの声で。

 それに最初に反応したのはライアンで既に準備に取り掛かっていたエメリヤの元へと近寄っていくのを見て、リーナも楽しそうに笑いながら走っていく。そんな二人の姿を見て呆れたような視線を向けたエメリヤは、仕方ないな、とばかりに苦笑を浮かべる。

 そんな様子を見ていたサーシャであったが、テント張りには人数が足りているように見えて。あまりこういう機会がなかったために、一人であろうレイクにそう声を掛けると、レイクはふと微笑みを浮かべて頷く。


 きっと、起きない。起こさないだろう、彼らがいる限りは。


 レイクは根拠のない自信ではあったが、間違えは無いと思うと準備へと取りかかることにしたのだった。




 野宿の準備を終え、食事も済ませたということからそれぞれ思い思いの時間を過ごすことにした。

 ライアンはいつも通りと言えばいつも通りに、日課となりつつあるエメリヤに稽古を付けて貰うことにし、ヒナタは興味深そうにその稽古の様子を見ていた。アルとレイクは魔導師同士で弾む話もあるのか、火を囲うようにして座りながら話している姿が見て取れた。

 その様子を見てからリーナも稽古に移ろうかな、と思ったのだがふとサーシャの姿が見えなかったことが気になって辺りを見回すと案外あっさりと見付かった。

 少しだけ離れた場所に座りながら、ぼんやりと夜空を見上げている姿が目に入ってリーナは手に持っていた剣と睨めっこした結果、一旦元に戻せばサーシャの元へと駆け寄っていく。


「サーシャっ!」

「……っ、あ、ああ……リーナ。どうかしましたか?」

「ううん、サーシャが一人みたいだったからどうしたのかなーって思って」

「……そうでしたか。ただ、空を見ていただけですよ」


 突然、大きな声で名前を呼ばれたサーシャは驚いたように身体を僅かに震わせたものの、すぐに振り返ってから微笑みながら問い掛ける。

 問い掛けにはあっさりとした答えが返ってきたために、目を瞬かせていたがそれ以上の理由はないのだろうと思って頷いて返すともう一度空へと視線を戻す。そんなサーシャの様子を見てから少し迷う仕草を見せたがすぐにサーシャの隣に座って同じように空を見上げた。

 そこには変わらずに、星が瞬く夜空がある。


 ――ただ、少しずつ、ほんの僅かにかも知れないが黒い部分が増えてきたような、そんな気すらする。


 勘違いであって欲しいと思いながらもリーナは、ちらりと隣に視線を向けた。

 明かりからは少々離れていて、はっきりとは見えなかったが僅かながらに寂しげな表情に見えたリーナは首を傾げる。


「……サーシャ?」

「はい?」

「……どうしたの?」

「……。いえ……、ただ、俺のような人間がここに居てもいいのかな、と思いまして」

「え?」

「ただ、それだけですよ」


 訝しげに名前を呼びつつもただ、端的にそう問い掛けると何を聞きたいのか察したサーシャは苦笑を浮かべてぽつりと呟きを漏らす。

 その意味を掴めなかったリーナは思わず聞き返してしまうものの、詳しく言うことはしなかった。

 そう、ただ、それだけだった。

 後悔はしていない。まだ旅を始めてからほんの僅かしか経っていないが楽しいと思えるし、暖かい場所だとも思える。

 それはきっと中心に居るリーナがそうさせているのだということは分かっているし、彼らの元々の気性でもあるのだろう。だから尚更に思うのだ、自分のような人間がその輪の中に入ってもいいのだろうか、と。

 着いて行きたいと願ったのは自分。変わらない態度で居てくれたリーナに、そして皆に興味を持って、一緒に居たいと思った。


 ――彼らの優しさを、もっと知りたいと思った。


 でも、本来であれば自分はこういう輪の中に居るような人間ではないことは誰よりも自覚しているつもりだ。だから少しだけ疑問に思った、本当にいいのだろうか、と。

 黙ってしまったサーシャを見てリーナは何を言うべきか迷いはするが、突然立ち上がればそのままサーシャの前まで行く。


「リーナ……?」

「あたしはサーシャのことはほとんど知らないから、どんな風に言えばいいかは分からないけど。……でも! サーシャが居たいって思ってるならそれでいいんじゃないのかなって思うよ。あたしは一緒に居られて嬉しいし!」

「……」

「どんな人であってもサーシャはサーシャだから。……誰も居ちゃ駄目だなんて、言わないよ」

「……。お人好しですね、君は」

「えー……そうかなぁ……」

「はい、そうですよ。……でも、ありがとう、リーナ」


 むぅ、と頬を拗ねたように頬を膨らませたリーナであったものの、その後に続いたお礼の言葉には少しだけ照れたように、でも嬉しそうに笑うとサーシャへと手を差し出した。

 差し出された手をサーシャは不思議そうに見ていたがふっと表情を緩めればそっと、その手を取る。

 そのまま、引っ張られるままに立ち上がったサーシャをリーナは手を引っ張って仲間達が居る方へと歩き出す。繋がれた手の温もりに、ただ、サーシャは笑みを零すのだった。


 


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