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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第三章 銃を使う少年とアサシンと、街の危機
52/103

14

 



 突然現れた一人の青年とサーシャ。青年はどこからか鎌を取り出してゆっくりと構え、サーシャもまた懐から数本のナイフを取り出す。

 それだけで戦えるのだろうということは理解出来て、戦況的には多少なりとも楽になったと言えるだろう。だが『タナトス』の軍勢は未だ終わりが見えず、そしてどの場所にどれだけの数が居るかなど把握する事すら難しい状態だ。


「……それで? 何か良い作戦でもあるんですか?」

「特には無いよ? 普通の人間相手ならまだしも、『タナトス』相手だとさすがの僕でも苦労するし、数が数だしね」

「…………」


 徐々に迫りくる闇に視線を向けたサーシャは、青年に対して問いを投げ掛けたのだが青年はと言えば実にあっさりとした口調で簡単に言い切った。

 言い切られたこと自体にも驚きはするが、何も無いということにも驚きを隠せずにいたためにサーシャは言葉を失ってしまう。

 そんなサーシャの様子を見てから青年はと言えば、身体ごとリーナへと向けながら顔は見えないが僅かに首を傾げたのだけ分かる。


「もちろん、キミが望むなら僕の全ての力を使って食い止めたって構わないよ?」

「え?」

「そうすることによってキミが傷付かずに済むなら、僕は喜んでやらせて貰うけど」

「……」

「だ、駄目だよ! 誰かは分からないけど、自分を犠牲するようなことは……!」

「……そう? キミの為なら何でも出来るっていうのは本当なんだけど」


 極々当然のように青年から紡がれた言葉にリーナは、呆気に取られた表情になる。それに気付きながら青年は柔らかな声音のまま、ゆっくりと言葉を続ける。

 その言葉を聞いたアルが僅かに顔を顰めたのだが、それに気付くはずもなく。リーナはほとんどの意味を理解出来ずにいたのだが、唯一分かった部分だけでもと言わんばかりに慌ててふるふると首を横に振って否定する。

 青年は少々残念そうにしながら付け加えるように言った後に改めて闇へと視線を向けた。

 とりあえずは納得してくれたことにほっと安堵の息を漏らしながら、目の前に立つ青年を見る。どうして彼がここまで言うのかは分からなかったが、どちらにしろ何らか方法を取らなければこの街は一晩で壊滅に追い込まれるだろう。

 『タナトス』を倒せるのは、『聖なる乙女』だけ。つまりは自分の中にある力のみが有効な一撃となるのであれば、その力をどうにかして解放する術はないだろうか。

 アルなら何か知っているかもしれない、とそちらに視線を向けたリーナであったがふとアルの表情を見て首を傾げる。――少々寂しげに、どこか苦しげに染まっているのが見て取れた。


「……アル……?」

「え? ……あ、ああ……どうしたの?」

「……。ううん、何でもない。それより、『聖なる乙女』の力って範囲はどれくらいなの?」

「範囲? 制限はないと思うけど……」


 心配そうに名前を呼ばれれば、はっとしたように慌ててリーナの方を見れば僅かに首を傾げる。

 何かを問い掛けようとした口は結局開かれることなく、紡がれようとした言葉を飲み込んで今は最優先に聞くべきことを問い掛ける。問われたことに関してアルは少しだけ考える仕草を見せたものの、すぐに答えてくれた。

 その答えを聞いたリーナは、そっと自分の手を見下ろす。


 ――実感はまだ、ない。でも確かに自分は何度か『聖なる乙女』の力を発動出来ている。


 つまりは多少の無理をすれば、そして自覚をすれば力を発揮することが出来るんじゃないだろうか。それは一つの可能性の話で確実な訳ではないのだが、今はこれ以外に方法はないと自分に言い聞かせると顔を上げる。


「アル、サーシャ、それと、その……」

「……僕も頼ってくれるの? いいよ、何でも言って」

「え、っと……少しで良いの。あたしを守って、時間を稼いで欲しいの」

「それは別に構いませんが……一体、何を……?」

「詳しいことは後で説明するよ、サーシャ。……絶対にやってみせるから」

「……分かった。……けど、無理だけはしないようにね、リーナ?」

「あはは、善処します!」


 リーナは一人一人の名前を呼ぼうとするが青年の名前を知らずに口籠ってしまうが、すぐに自分の事だと思ったのだろう、青年は嬉しそうな声音で続きを促す。それには少々戸惑いながらもリーナがゆっくりと言葉を紡ぐとサーシャは頷いて了承するものの、意図が掴めなかったために問い掛ける。

 問い掛けには曖昧な返答を返せば、周りにも、そして自分にも言うように小さな声で呟けばアルは何をやろうとしているのか分かったのか、一瞬別の言葉を言おうとしたのを飲み込みながら小さく頷くと、最後は注意するように言葉を紡ぐ。

 いつものアルらしい言葉に笑い声を漏らしてからそう言えば、ほっと安堵した表情を見せながら三人は顔を見合わせてからどうするかは何も言わぬまま、リーナを囲むように三方向に分かれる。

 すぐ近くまで『タナトス』が来ていてそれぞれが戦いに移ったことに気付きながら、ゆっくりとリーナは目を閉じてそっと胸元で手を組む。


(大丈夫、出来る。……出来ないで、どうする)


 ――信じてくれる人がいる。自分のために戦ってくれる人だっている。そして助けを求める人がすぐ傍にいる。

 そして自分にはそれに応える力が確かにあり、それを今使わなければどうするのだと思うから。

 ぎゅっと手を握り締めながら、強く願う。


(あたしの中にある、『聖なる乙女』の力……っ!)


 どうか応えて、と強く強く願いながらゆっくりと心の中で言葉を紡ぐ。


 ――全てを闇を払う、浄化の光を……!


 紡ぎ終わった瞬間、眩いほどの白い光がリーナの身体を包んでいき、それはすぐに一本の柱となる。


「……リーナ!?」

「ああ……、やっぱり彼女と同様……いや、もしかしたらそれ以上の力の持ち主なのか」

「……」


 突然の光に全員が目を閉じてしまうがすぐにその現象を確かめようと目を見開くと、柱の中でリーナが浮かんでいるのが見て取れた。

 サーシャは理解出来ていないために焦ったようにリーナの名前を呼び、青年はその光を眩しそうに見つめながら感慨深そうに呟きを漏らし、ただ一人アルだけが複雑そうに、でもどこか辛そうな表情を浮かべていた。




 苦戦が強いられていた。相手が『タナトス』であるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、それ以上の数の差というのが非常に大きい。

 自分達の目に見える範囲の人達はあらかた助けたように思えるがどこかに逃げ遅れている人がいるかどうかの確認が出来ていない。確認しに行きたくても身動きが取れない、というのが現状なのだが。

 エメリヤは力を入れて剣を横に振り払ってから、距離を取るように一歩後ろに下がる。

 戦況は極めて不利。それでも何とか耐えていられるのは、レイクの魔導があってこそだろう。


「……だが、こちらでこの状況だと……他の場所は……っ!」


 剣を構え直しながら、他の仲間達のことを考える。こちらはまだ良い方だ、ある程度戦い慣れている自分がいて、強力な魔導師が一緒に戦ってくれているのだから。

 リーナとアルの方は多分だが、心配はいらないだろうと思える。唯一対抗する術を持つ『聖なる乙女』とその聖剣なのだから。

 問題はライアンとヒナタの二人だった。ライアンは基礎はきちんと出来てはいるが実際はこれが初めてで、ヒナタの実力は全く分からない状態だ。出来るならば助けに行きたいのだが、それすらも敵わない。


「……レイク! そっちは、どうだ?」

「かろうじて堪えてるって感じ、かな。……でも、長引くとさすがに魔力が持たないかも知れない」

「っ……時間との勝負か……!」


 エメリヤは近付いて来る『タナトス』に剣を振るいながら、近くにいるだろうレイクに声を掛ける。

 今、この一瞬も魔導を発動し続けているレイクは僅かに辛そうに顔を歪めながら状況を簡単に説明すれば、エメリヤは悔しげに呟きを漏らす。

 退けることすら敵わないとは、自分の無力さに腹が立ってくる。エメリヤは顔を顰めながら、弱音の一つも吐きそうになった時だったろうか。闇に覆われていたはずの辺り一面がゆっくりと、だが確実に白い光で覆われていく。


「な、んだ……!?」


 突然の現象に驚きの声を上げはするが、あまりの眩しさに一瞬目を閉じてしまう。

 だが目を閉じれば危険だと言うのは分かっているためにすぐに目を開けた時、驚きで言葉を失った。逃げ場所もないほどに自分達を囲んでいた『タナトス』たちが苦しそうに唸り声を上げながら一体、また一体と確実に消えていくのが目に見えた。


「これ、は……?」

「……エメリヤっ! あそこ……、光の柱が見える」

「光の柱……?」

「『タナトス』が消えたってことは……、リーナの力なんじゃ……」

「……っ! レイク、急いで行くぞ!」


 理解しようとしても頭がついていかなかったエメリヤは呆然と言葉を漏らし、レイクも同じだったのか驚きで目を瞬かせていたがふと何気なく視線をある方向に見たときに目に入った光景に慌てたように指差して声を掛ける。

 レイクの言葉を不思議に思ったエメリヤは指差された方向に視線を向ければ確かに、白い光の柱が見えて。

 あの光の柱が何なのか分からなかったのだが、レイクが気付いたように話すとエメリヤはっとしたように息を飲み込むと剣を鞘へと収めて一言そう言うと光の柱に向かって走り出す。それには異論はなかったのだろう、レイクも発動していた魔導を消すとその後を追いかけていった。




「……っ!」


 ヒナタはいつの間にか一挺だったのを、二挺に増やしており、両手で銃を構えながら辺りを囲んでいるタナトスへと確実に撃ち込む。

 音を出来るだけ消すように改造しておいて良かった、と場違いなことを考えながら僅かに顔を顰めた。攻撃は効かない訳ではないことは知っていたが、数が数であるために退けることは非常に難しいと言えた。

 ただ一つ助かったのが、実戦経験がなく、これが初めてであるというライアンの剣技は遅れを取ることなく、発揮されているという部分か。

 ――実践が一番の経験になるとは良く言ったものだと半ば感心しながら、銃を撃つ手は緩めることはない。


(とは言っても……)


 剣であるライアンはまだしも、銃である自分は弾切れが起こったらそれで終わりだ。

 暇さえあれば作ってきた弾丸もこのまま長引けば、確実に底をつくのは目に見えている。その前に何らかの手を打たなければ、自分達の危険に陥ることだろう。

 その前に逃げるのが普通だが、逃げられる状態かと聞かれれば、否、と即答できる。まるで知識があるかのように自分達を囲んでいる『タナトス』たちの囲いを突破して逃げ切るのはどう考えても不可能に近い。

 そうなると考えられる手は、ほとんど残されていなくて。


「……心配いらない」

「は?」

「あの人は頑張ると言っていた。……頑張るから心配しないで、と。ならば、ここで終わることはない」

「……何のこと言ってるのかさっぱりだけど。どちらにしろ、この圧倒的不利な状況を打開出来るのは『聖なる乙女』ぐら、い……!?」


 思わず溜息を漏らしたヒナタに気付いたのかライアンはぽつりと呟きを漏らす。その呟きを聞き取ったヒナタであったものの、その意味を理解出来なかったためにライアンへと視線を向ければ、当たり前のことのように言い切った。

 言い切られたとしても安心出来るはずもなく。溜息交じりにほぼ愚痴のように呟いた時だったろうか、突然の白い光。

 咄嗟に目を閉じたおかげでゆっくりと目を開けることが出来たのだが、ヒナタはそこで信じられない光景が広がったことにただ、驚きで言葉を失った。白い光を浴びた『タナトス』が音もなく、消えて行くその光景を。


「え……な……?」

「……リーナ……なの、か? いや、でも……」


 驚きで声が出ないヒナタに声を掛けることなく、目の前で起こった光景にライアンは嬉しそうに名前を呼ぶが、すぐにそれは訝しげな声に変わった。

 実際、彼女の力がどれほどのモノかなど知らない。『聖なる乙女』の力がどれだけ大きなモノかさえも知らないのだから。

 だがこの白い光は闇に覆われ、『タナトス』で一杯になろうとしていたセントラル全てを覆うように光は確実に伸び続けている。


 ――こんなにも大きな力を使った反動は、ないのだろうか。


 一瞬浮かんだ嫌な予感がライアンの中から消え去ることはなく、はっとしたように息を飲み込むとライアンは剣を鞘へと収めると何も言わずに走り出す。


「ライアンっ!?」

「光の中心に行く……!」

「中心って、どこが……」

「多分、あの光の柱の場所だ」


 走り出したライアンに驚いたヒナタは慌てたように名前を呼ぶと、言葉少なにそれだけを返す。

 意味が分からずにヒナタは困惑気味に聞きながらライアンはそれだけ答えると、前を向いて走っている。ヒナタはようやくそこで光の柱があることに気付けばどうするべきかと考えはするも、今の状況を理解するためにも行った方がいいだろうと思うとライアンの後を追うのだった。




 リーナを中心とした光の柱から溢れ出ている白い光は留まることを知らず、そのままセントラルの街を覆うように広がり続けた。

 『タナトス』が白い光に触れて消えていく光景を見て、ようやくここでサーシャは彼女が『聖なる乙女』マリアリージュ=イヴ=クレスタ本人である事を知る。


「……。ここまで力が強い『聖なる乙女』も本当に久しぶりに見たけど、さすがにまずくないかな」

「え? まずい、というのは……?」

「決して力は無尽蔵じゃないってこと。これだけ大きな力だと、彼女にかなりの負担が掛かる可能性がある」


 最初こそ、その白い光に関心と、美しさに目を奪われていた青年であったが時間が徐々に経つにつれてその表情を険しいものに変えていくとぽつりと呟く。その呟きを聞き取ったサーシャ思わず聞き返すと、青年はじっと見つめたまま、一つの可能性を口にする。

 身体的な負担だけならばまだしも、最悪の可能性も考えれば命を削る、というのも出て来る。

 未だに衰えを知らないかのように広がり続ける、白い光。もう既にセントラル内に入って来た『タナトス』は全て消えていった事だろう、本当にそろそろ止めなければ危険かも知れない。

 とは言っても呼び掛ければそれで収まるという話でもなく、どうするべきかと考え始めようとした時だったろうか。すぐ近くに居たアルの姿がふわり、と消える。


「アル!?」

「……うん。まぁ、キミが一番適任だよね? こういう時には、さ」


 さすがに初めて見たサーシャは驚いたように声を上げつつ、すぐに行動に移したアルに対して青年はフードの下で小さく微笑みながら、独り言のように呟いた。

 アルはと言えば、姿を消したのも束の間、すぐに光の柱の中にいるリーナの元に姿を現す。


「……マリア!」

「ア、ル……?」

「もういいから。……もう大丈夫だから」

「……ホントに?」

「ああ、大丈夫だから。……ゆっくりと力を消していって」


 意識が薄れつつあったリーナの耳に届いたのはアルの声で、そっと目を開きながらその姿を確認すると掠れた声で名前を呼ぶ。

 名前を呼ばれたことにはほっと安堵の表情を見せながら優しく、リーナを抱き締めながらゆっくりと、安心させるように言葉を紡ぐとリーナはふと表情を緩める。そんなリーナに対してアルは微笑み返しながら抱き締めたままの状態で指示を出すように言う。

 自分では中々上手く出来ないリーナを支えるようにアルは小さな声で何かを呟き始めると、少しずつ白い光は収まっていく。


「……っ、リーナ!」


 丁度、光が収まり始めた時だったろうか。数人の声が重なるようにリーナの名前を呼んだ時、完全に光は消え去る。

 それを確認した時にはサーシャの傍にいたはずの青年の姿はもう既には無く、それに気付かずに全員がリーナへと駆け寄っていく。アルの腕の中にいたリーナは駆け寄って来た仲間達それぞれの顔を見るとほっと安堵の表情を浮かべた。


「皆、無事で良かったぁ……」


 たった一言、そう呟くとリーナの意識はそこで途切れる。慌てて名前を呼ぼうとした全員を止めるようにアルが人差し指を唇に当てると自分の腕の中にあるリーナを見下ろして少しだけ悲しげに、でも柔らかく微笑みながら「お疲れ様」とだけ言ったのだった。


 


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