13
仲間達が先に行動に移したことにより、彼らとは別方向へと向かっていたリーナとアルであったが徐々に闇が深くなってきているのが嫌でも感じる。
何度か『タナトス』と対峙する機会を得てきたがこれだけ多くの『タナトス』を見るのはこれが初めてだ。本当に全てを相手に出来るのかに不安を感じたリーナは隣を走るアルへと視線を向けた。
「……? どうしたの?」
「……あたしで、大丈夫?」
「え?」
「本当に、あたしで……出来る?」
「……」
視線を向けられたことに気付いたアルは周りへの警戒を怠らないまま、そう問い掛ければリーナはたった一言そう聞いてきた。
言葉の意味を理解出来なかったのか思わず呆気に取られた声を上げたアルを見て、リーナは更に言葉を重ねるように言うとアルははっとしたような表情を浮かべて言葉の意味に気付く。
――『聖なる乙女』が本当に自分で大丈夫なのか、と。きちんとその力を存分に発揮することが出来るのか、と。彼女はそう問い掛けて来ているのだ。
不安になるのは仕方がない。嫌でも気付いてしまうほど多くの敵を相手を目前に控えて、その敵に対して有効的な力を持っているのはただ、一人で。もしもの可能性を考えたら、不安で聞いて来るのは当たり前のことだ。
普通ならばここで、一言安心させるような言葉を告げてやればいいだけなのだがアルは僅かに目を伏せる。
「アル……?」
そんなアルの様子に気付いたリーナは、更に不安が増した表情で名前を呼ぶと彼女に対してアルははっとしたような表情を浮かべる。
その一言がすぐに告げられなかったのは自分の中に、罪悪感が未だ残っているから。決して消えることのない、この少女を、過酷な運命に巻き込んでしまった自分の愚かさを。
でも、今自分の気持ちを持ち出すのは間違えであることにすぐに気付けばすぐに微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ……マリアなら、きっと」
「……本当に? 絶対?」
「俺が保障する。……君は君が思うよりもずっと、強い力を持ってる。それに俺が傍に居るから、大丈夫だよ。ね?」
「……うんっ!」
今ばかりは本名で名前を呼びながら安心させるように言い切ると、リーナはまだ不安が抜けきらないのか更に問い掛けて来る。
先程のアルの様子がどうしても気に掛かっているのだろう、その辺りは自分の所為だと分かっているアルは微笑みながらゆっくりと、彼女に対して言い聞かせるように告げると、ようやく安心することが出来たのかリーナは笑顔を浮かべて頷いた。
――そんなリーナの様子を見てアルは笑みを深めながらも、気付かれないようにほんの僅かにだけ目を伏せた。
嘘は告げていない。彼女には強い力がある、とても強い力が。それは自分が感じた一つの可能性に光を差しこむ確実なる力であり、世界にとっては喜ばしいことなのだろうと思っている。
それでも自分の心が晴れないのは、自分の弱さだろうか。
思わずアルが溜息を吐きだしそうになった時、リーナが何かを見付けたように剣に手を掛けたことに気付き、溜息を飲み込んだアルはリーナが見ている一点の方向に視線を向ける。
「……いるよね?」
「そうだね……、それ以外の気配も感じる、け、ど」
「援護よろしくっ!」
「って、ちょっ……リーナっ!?」
リーナが確認するように問い掛けると、アルも感じたのかこくりと肯定するように頷きながらも『タナトス』以外の気配も感じたためにぽつりと呟きを漏らした瞬間だったろうか、その一瞬でリーナが走り出しながら鞘から剣を抜きながら大声で言う。
突然の反応が遅れてしまったアルは思わず呼び止めるように名前を呼ぶが、もちろん立ち止まるはずもなく。
先程の不安な様子とは掛け離れた姿に苦笑を浮かべながらも、自分が考えていたことを軽く振り払うように息を吐きだすと走り出したリーナの後を急いで追う。
一足先に走り出したリーナは迷いなく、気配が感じる方へと走る。少しだけ走った先にいたのは必死に走っている数人の人影と、それを追う数体の『タナトス』の姿。
徐々にその距離は縮まっているように見えて、自分の足ではもしかしたら間に合わないかも知れない。そう思った時だったろうか、後ろから聞こえた声が辺りに響き渡る。
「……『切り刻め』!」
その言葉が響いた瞬間、少し先にいた『タナトス』たちは無数の風の刃に囲まれて切り刻まれているのが目に見えて分かった。
すぐにアルの魔導であることに気付きながらもとりあえずは、逃げている人達へと駆け寄っていく。
「大丈夫? あっちにはまだ居ないから急いで逃げてっ!」
突然現れたリーナの存在に驚きを隠せなかったのだが、助けてくれたのだということを理解すれば慌てたように頷いて指示された方へと逃げていく。
それを確認してから改めて風に囲まれたままの『タナトス』へと視線を向けた。
――聖剣『アルテイシア』である彼の力を持ってしてでも、有効な一撃を与えることは不可能だ。
ちらりと様子を窺うように振り返ると、僅かに顔を顰めているアルの姿が見えた。今の彼は本来の力を持たないのだから、そこまで強力な魔導を扱うことは出来ていないのだろう。
それ所か魔導を維持し続けることも難しいように見えるが、リーナは前を向いて一気に『タナトス』に向かって駆け出す。
ある程度距離が近付いた所で、未だ理解できていない自分の力を込めるようにしながら剣を一閃する。すると、その剣先から光の刃が現れてタナトスが斬られたと同時に断末魔を上げて消え去る。
初めて出来たことにリーナは驚いたように思わず、剣に視線を落としながら僅かに息を乱しているアルが近付いて来る。
「……っ、はぁ……いつもの調子で使おうとしたら、この有様だよ」
「アルっ! 大丈夫?」
「勝手に力が制御される所為で余計に疲れる……、まぁ、今まで戦う場面で使う機会がなかったからだろうけど」
「……やっぱり、辛い……?」
「そう、だね。……辛いよ、気持ち的に、ね」
「え?」
僅かに息が乱れているのを整えようと何度か深呼吸を繰り返しながら、ふぅ、と落ち着いたように息を吐きだしながらアルが苦笑交じりに呟く。
リーナが心配そうに慌てて聞いて来ると、アルは苦笑を浮かべたまま素直に頷いてからぽつりと零す。日常的に使う分には全然負担に感じることはなかったけれど、戦いで使うとなればつい勢いで聖剣の調子で力を使ってしまおうとしてしまう。
だが、それが出来るはずもなく。無理矢理にでもその強い力を抑えようと制御が働くために、いつもの倍以上に魔力の消費が激しいようにも感じられた。
良くは分からないリーナであったものの、未だに心配そうな表情のままで問い掛ければアルは少々困ったような表情になりながら小さな声で言った。その言葉の意味が掴めなかったリーナは思わずきょとんとした表情になる。
――身体の辛さなど、慣れればどうとでもなる。でも、精神的な辛さは、どう頑張っても無くならないのだ。
改めて思う。聖剣がなければ自分など、役に立たない存在なのだと。無力過ぎる自分で、自分は本当に目の前の少女を守ることが出来るのだろうか。
落ち込みそうになるアルであったが、今の状況がそれを許してくれるはずもなく、すぐに先程とは比べられないほど数のタナトスが近付いて来たのが分かる。
「……っ、予想以上、かな。この数は……っ」
「でも、あたし達が……ううん、あたしが何とかしなきゃいけないから、頑張るよ」
「その気持ちに応えたいとは思うんだけど……、今の俺でどこまで出来るか」
下手をすれば囲まれる危険性だってある数にさえ思える。自分達の所でこれほどなのだからバラバラに散っている仲間達は大丈夫だろうか、そんな心配を抱くが今は目の前に迫る危険をどうにかするべきであることは分かっているのだが、思わずアルが息を飲み込みながら愚痴るように呟く。
アルの言葉が聞こえたリーナは僅かに震えそうになる身体を必死に奮い立たせるようにしながら、ぎゅっと剣を握りしながら自分に言い聞かせるように言うとその言葉には苦笑を浮かべながらつい弱音を吐いてしまう。
ここで諦める訳ではない。ただ、圧倒的な数の差というのが現実的にあり、それは徐々に自分達を追い詰めることだろう。
それが分かるからこそ、どうにかして打開する術はないかと思った時だったろうか、ふわり、と自分達の近くに降り立つ存在がそこには、あった。
「……えっ?」
「助けに来たよ、マリアリージュ」
「あなた、は……」
「僕の事を知ろうとしてくれるのは嬉しいけど、今はそんな事言っている暇もなさそうだしね」
突然姿を現したのは、黒のローブを纏い、フードで顔を隠している青年――リーナ達の中では「謎の人」呼ばわりされている人だった。自分に視線が集まったことに気付いたのだろう、青年は柔らかな声音でゆっくりと言葉を紡ぐ。
驚きで声を漏らしたリーナであったが、青年は笑み交じりの声でそう言いながらも、最後は本当に残念そうに呟く。
青年に驚いたのはリーナだけではなく、もちろんアルもで。だがアルは決して何か言うことはせずにじっと青年の方を見ていた。アルが何も言わないことに気付いているからこそ、青年もまたその視線に応えることはしなかった。
微妙な空気が流れ始めた時に、すたっと上から何かが降りてきたような音が聞こえて思わずそちらに視線を向けるとさすがに今度ばかりはリーナとアルは言葉を失う。
「速すぎませんか」
「そうかい? 彼女のピンチには早く駆けつけたいからね」
「……。はぁ……」
「サ、サーシャ……?」
「……色々と聞きたいことはあるでしょうが。それは後回しにして、目の前のことを片付けましょう」
上から降りて来たのはサーシャで。サーシャはと言えばゆっくりと立ち上がりながら文句を青年に対してぶつけるものの、返って来た答えには溜息しか零せなかった。
ここに本来ならば居るはずもないサーシャの姿にようやく驚きが先に解けたのはアルだったようで、困惑気味に名前を呼ぶがサーシャはそれに答えることはせずに目の前まで迫って来た『タナトス』達へと向き合ったのだった。




