12
街に散ってから最初に動きがあったのはエメリヤ、レイクの二人であった。先に行動を始めたライアン、ヒナタの二人とは反対方向に向かった訳だが程なくしてこちらの方に逃げて来る人達を見掛けた。
「……当たり、か?」
「その言い方が正解かどうかは分からないけど、近くにいるのは確かみたいだね」
逃げて来る人達に話を聞こうにもそんな雰囲気であるはずもなく、自分達の横を通り過ぎて行くのを見ながらエメリヤが僅かに首を傾げてぽつりと呟いた。
らしくないと言えばらしくないエメリヤの言い方にレイクは苦笑を浮かべながらも、彼らが逃げてきた方向に『タナトス』がいるのは間違いないのだろうと確信を持てばそちらの方へと視線を向ける。
――実際、『タナトス』と戦うのはラセードの街でのあれが初めてであり、これが二回目だ。
そういう意味では実戦経験などほとんどの人がないに等しいのかも知れないと思いながら、ふとレイクはエメリヤへと視線を向けた。
一番落ち着いていたのは戦い慣れているのだろうアルだったようだが、アルと同じぐらいにエメリヤもまた、落ち着いているように見える。そう見せているのか、本当に落ち着いているのかは定かではないが。
「私が前に立つのは当たり前だが……、レイクはどうする? 魔導はあまり使いたくないと言っていたな」
「え? ああ、覚えてたんだ? ……一応は武器の扱いも心得てはいるし、暴発の可能性がある魔導を使うのは出来る限り避けたいのは事実だけど。……敵の多さを考えてから決めるよ」
「そうか。魔導師と組むのは実際はこれが初めてだからな……、上手く連係が取れればいいが」
エメリヤは腰にある剣の柄に手を掛けながら、戦いにおいて聞いておかなければいけないと思ったのか横目で見ながら問い掛ける。
問われたレイクはと言えば、僅かに苦笑を浮かべながらうーん、と考えつつ、自分の意見を述べていく。使いたくないのは事実ではあるし、使わずに済むならその選択肢を選びたい。
だが魔導というのが圧倒的火力を持ち、『タナトス』に対しても決して有効とは言えないが広範囲で扱えるのだから敵が多ければ魔導を扱うのが最適なのだろう。
それが分かるこそ、自分の我儘を通す訳にもいかないと思っている為に最後に付け加えるように告げれば、エメリヤは分かった、と言わんばかりに頷きながらぽつりと呟きを漏らした。
魔導師など早々出逢えるようなものではない。もし出逢えたとしても、その力を発揮する場面に遭う機会などほとんどあるはずもないし、今まではほとんどが自分と同じ剣を扱う者が多かったのは確かだ。
そういう意味ではライアンと組むのが戦い易さという部分では一番だったのかも知れないな、と思いながらふぅ、と小さく息を漏らす。
「……どう頑張っても私達では、『タナトス』を倒すことが出来ないというのが歯痒いな」
「そう、だね。……前に対峙した時の感触だと、倒すことはおろか退けることも難しいように感じたよ」
「……」
決して効かない訳ではない。多少の痛みならば与えられるようだが、それが決定打になることはあり得ない。
それが『タナトス』という存在。この世界に何度も何度も現れる『闇の支配者』が作り出す、この世界に住む人達の敵。
――どれだけ強くなろうとも、変わらない。それが悔しくて、無力さを痛感する。
エメリヤはそっと目を閉じながら、自分を落ち着かせるように深く息を吐きだした。レイクはそんなエメリヤの様子を見て何か声を掛けようとするが、その言葉は自然と飲み込まれてそっと来た道を振り返る。
他の皆は無事だろうか。怪我などしていなければいい、そう思った時、嫌でも感じる気配。
「気付いた?」
「……気付かないはずがない。予想よりも多いな」
「それだけ『闇の支配者』の復活が近付いてるってこと、か」
「そうなるな……、いや、今は考えても仕方ない。レイク、頼むぞ」
「出来るだけ頑張らせてもらうよ」
エメリヤとレイクは自分達の前の方から、ゆっくりと確実に近付いてくる予想していたよりも遥かに多い気配に苦笑を浮かべながらも、愚痴を言っている暇すらないと思ったのかエメリヤはゆっくりと剣を鞘から抜き、レイクもまた懐から数本のナイフを取り出す。
闇の中から現れた『タナトス』達を見てから二人は互いに顔を見合わせて頷き合うと、『タナトス』の群れへと向かって行った。
時を同じくして先に行動をしていたライアンとヒナタの方は、走る様子は見せずに辺りを警戒するようにヒナタが歩きながら隈なくあちこちに視線を向けている。一方のライアンと言えば視線は前を向いたままなのだが、少し前を歩くヒナタへと視線を向けた。
――一体、誰なんだろう。
まず最初に思い浮かぶ疑問がそれで。自分以外の三人は彼のことを知っているようだったので協力することに異存はないのだが、どう対応すべきかが分からない。名前ぐらいは名乗っておくべきだろうかとライアンが口を開きかけた時、不意にヒナタが後ろを振り返る。
「……そう言えば、名乗ってなかったっけ? オレはヒナタ。アンタは?」
「ライアン=フィリックス」
「ライアン、ね。……気配とかには敏感な方だったりする?」
「いや……、それは全く」
「じゃあ、目が良かったり?」
「不自由しない程度だな」
振り返ったヒナタがふと気付いたように自分から名乗った後に問い掛けると、ライアンは僅かに目を瞬かせながらもすぐに名乗り返す。
覚えるように名前をぽつりと呟きながらも気になったことを問い掛けるのだが、その意味が分からなかったライアンはあっさりとした感じに答えていく。特に問題はない答えなのだがヒナタははぁ、と溜息を吐いた。
「『タナトス』をこっちから見付けるのは難しいな、これ」
「……何でだ?」
「何でって……、こっちから仕掛けるにしたってオレだってさほど気配に敏感な訳でもないし。アンタだってそうだろ?」
「音がある」
「は?」
「音が、聞こえるだろう。……『タナトス』自身が出す音というよりは、人の声だが」
純粋に聞き返してきたライアンに対して呆れたような視線を向けながら極々当然のことのように言い切ったヒナタに対して、ライアンはと言えばきょとんとした表情になりながらぽつりと言葉を零す。
その意味が掴めなかったヒナタは思わず聞き返しつつ、聞き返されたライアンはと言えば首を傾げて言葉を続けた。
――以前にも思ったことだが、『タナトス』から歩いているような音はない。実体がないと言っても過言ではない存在なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、せめて常に声を出してくれているのならばもっと簡単に見付けることが出来る。
とは言っても普段から出しているような感じには見えなかったので、逃げて来る足音や聞こえて来る人の声で場所を特定する他ない。
ライアンはそう思っていたのだが、じっと見られていることに気付いて何だ、と言わんばかりに視線を向ける。
「……。アンタって…………いや、何でもない。戦う前に聞いとくけど、戦闘経験はないんだっけ?」
「ああ」
「まぁ、実践なんて突然にやって来るもんだろうし。足手纏いにさえならなきゃいいよ」
「気を付ける」
「……怒らないんだ? 年下にこんな言い方されて」
「……? 事実を述べているのだから怒る理由が見付からない。出来る限りは足を引っ張らないようにする」
何か言おうとしたヒナタであったが今この状況で言うべきことでないと思ったのかふるふると首を横に振ってから確認するように問い掛ける。問われたことにはライアンはこくりと頷いて答えれば、ヒナタは少し考える仕草を見せながら言葉を続けるも、はっとしたような表情を浮かべてライアンを見る。
ライアンはヒナタの言葉を受け止めて頷くと、自分の思っていた反応とは違ったのか驚いたような表情を浮かべながら思わず聞けば、その言葉の意味が掴めなかったライアンは当たり前のように言いながらもう一度繰り返すように告げる。
――変なやつ。
心の中でそう呟いたヒナタは小さく笑みを零してから、ふと彼の仲間なのだろう彼らのことを思い出す。思い出してみれば彼らも普通に変だ、特にあの女の子は更に変だと思った。
自らのことを突然『聖なる乙女』だと言い出したり、自分の力になりたいとか言ったり。
出逢ったばかりに言うような言葉ではないだろうと思いながらも、一つだけ気付いた。″似た者同士″が集まっているのだろう、と。
そんなことを考えていたヒナタであったが何気なくライアンに視線を向けてみると表情が僅かに険しくなっていることに気付くと一瞬意味が分からなかったが、すぐにその理由に気付く。
「近くにいる?」
「……いる。追い掛けられている足音だ」
「オレには何にも聞こえないけど……まぁ、いいか。助けにいった方がいいんだろうし、案内して」
「ああ、こっちだ」
ヒナタが自然と声を潜めながら聞くとライアンは音が聞こえる方向に視線を向けながら頷いて答えると、ヒナタはぽつりと零しはするも無視する事は出来ないと思ったのか、銃に手を添えながら言うとライアンもまた剣に手に掛けながら頷くと走り出した。
走り出したライアンの後を追うようにヒナタも走り出しながら、僅かに目を伏せる。だがそれを振り払うように首を振ると集中するように、前を向いたのだった。
――場所は変わって、セントラルの街の入り口にて。
入口に程近い建物の屋根から事の様子を見ていたのは、サーシャだった。彼自身『タナトス』を目の当たりにするのはこれが初めてで、しかもこの数には驚くことしか出来ずにいた。
実際外に出てきたのは、日が暮れた時間帯であるのに外が騒がしかったためで、その原因を確かめに来ただけなのだが確かにこれならば騒ぎになってもおかしくはない。
(……『タナトス』相手に戦える存在がどれだけいるのか……)
護衛を雇っている人達もいるだろうし、街の警備を任せている者達も居るだろう。
だが果たして『タナトス』相手にどこまで戦えるかは想像はつかない。どちらにしろ、『聖なる乙女』がこの街に居ない限り、この軍勢を全て退けることなどほぼ不可能であろう。
そう考えたサーシャは、早めに街から出た方がいいかも知れない、と考えつつ、ふと思い出す。
(そう言えば、彼女達は……)
――リーナ達は、大丈夫だろうか。
偶然見掛けた彼らは無事に逃げていればいいのだが。そう思いながらも探しに行けるほどの余裕もないような気がして、サーシャは一度街の中央の方へと視線を向けた時だったろうか、突然気配も感じずに目の前に人が現れた。
驚きで目を見開かせたサーシャであったがすぐに警戒するように素早く一歩後ろに下がる。
全身を黒のローブで覆っており、フードも被っているために顔を見ることは出来ない。それよりも気配を感じなかったことの方が驚きだったのか、サーシャは警戒するように睨み付ける。
「キミは戦う力を持ちながら……、今この場で使うことはしないの?」
「……」
「あの子は必死にこの街を守ろうとしているのに?」
「あの子……?」
「そう、キミも良く知る少女。……名前は、そう……今は、リーナと言ったかな?」
「……っ!?」
聞こえてきた声は男の声で。サーシャは青年への警戒を解くことをせずに何か言葉を返すことはしなかったが、それを気にする様子も見せずに青年は更に言葉を続けると、その一つの単語が引っ掛かったのか聞き返す。
聞き返されたことに対して青年は、ふと視線をある方向へと向けながら答えるように言葉を紡げば、そこから紡がれた名前にサーシャは言葉を失う。
――彼女の、知り合いなのか。
否、今はそんなことはどうでも良かった。それよりも彼女がこの街を守るために『タナトス』と戦ってるとでも言うのか。
果たしてそれが真実かどうか確かめる術はなかったが、サーシャは彼女の性格を何となくだが理解している。この街に彼女が居て、そして戦う力を持つのであれば迷いなく、戦う道を選ぶのだろう。
「僕はあの子を助けに行くけど……、キミはどうする?」
「……どうして、俺に声を掛けたんですか」
「深い意味は何も無いよ。ただ、あの子の身の安全を更に高めたかっただけに過ぎない」
「……。信じても良いんですか?」
「それはキミが決めることで、僕が何か言うことじゃない」
青年から紡がれる言葉にすぐには答えを出せなかったサーシャは、疑問をぶつけるとその答えはあっさりと返って来た。
その言葉に嘘は混じっていないように聞こえたのか、少しだけ考える仕草を見せてから無意味なことだと知りながらも問い掛ける。思った通りに青年は当たり前のことのように言い切ると、ふわり、と身を翻して歩き出した。
――好きにすればいい。
先に歩き出した背中がそう告げているようでサーシャは迷う。目の前にいる彼を本当に信じていいのか分からなかったが、それでも闇が迫っているこの街で、あの少女が必死に戦っているというのであれば。
決して迷いは晴れなかったが、それでも放って置くという選択肢がどうしてもなかったサーシャは少し先に行っている青年の背を追うように走り出したのだった。




