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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第三章 銃を使う少年とアサシンと、街の危機
48/103

10

 



 外が騒がしいのは分かったが、何が理由でそうなっているのかまでは会話は聞こえない。今のところは建物内まで騒ぎは広がっていないようだが、この騒ぎが広がるのは時間の問題と言ったところか。

 ライアンはじっと窓から外を睨んだままで動こうとはせず、他の四人もどうするべきか迷う。

 リーナも迷っている一人であったが、ぞくり、と背筋に悪寒が走った。それは唐突で、何を示すのかさえ分からなかった。


(……? 嫌な、予感が……)


 ――光が覆い隠されてしまうような、そんな予感。


 自分が感じた予感が何を指し示すのか分からなかったリーナであったが、数秒考えた後でその予感は、すぐに確信へと変わる。さっと顔を青くさせたリーナに気付いたアルは声を掛けようと口を開きかけたのだが、その前にリーナは一歩早く駆け出し部屋を飛び出して行った。


「リーナっ!?」

「……え、リーナ。どうしたの、いきなり」

「さぁ、私には分からないが……アルは?」

「いや、俺にも何が何だか……」

「……。空の色、おかしくないか?」

「え?」


 いきなり部屋を飛び出したリーナを呼びとめようとするが、その声は聞こえていないようで見えるのは駆けていく姿だけ。本来ならすぐに追いかけるべきなのだが状況がさっぱり分からないためにレイクは驚きからかぽつりと言葉を漏らす。

 それは同じなのかエメリヤも首を傾げることしか出来ず、状況が唯一掴めそうなアルへと問い掛けるものの、アルもまたふるふると首を横に振る。

 三人の会話を耳に入れていたライアンは、窓の外――今までは下の方を見ていたのだが、ふと何かを思い立ったように空を見上げた時。ただ、何となくそう感じたのか感じたことを零す。

 ライアンの言葉の意味を掴めなかった三人は同じように空へと視線を向けた時だったろうか、エメリヤとレイクは確かに、と頷いて肯定したのだがアルは僅かに目を細めてから、はっと気付く。


「なっ……!」

「……アル?」

「……っ、やっぱり無理でも聖剣を持ってくるべきだった! 俺としたことが……」

「アル? 何を、言って」

「詳しい話をしてる時間が惜しい! 今は早く、リーナの後を……!」

「分かった、そうしよう」


 気付いた時、アルの顔色は一瞬にして悪くなり、あり得ないと考えを振り払おうとしたが今見た空の色を無くすことも出来ず。そんなアルの様子をおかしいと思ったライアンが名前を呼ぶが、その声に応える声はなかった。

 すぐに悔しげに顔を歪めさせて、言葉を吐き捨てているアルの言葉の意味を理解出来なかったレイクは問い掛けようとしたのが、すぐに仲間達に視線を向けてアルはキッパリとそう告げると事態の深刻さが伝わってきたのか、エメリヤは表情を引き締めて小さく頷くと逸早く部屋を出て行く。

 その後をアルはすぐに追うように出て行き、残されたライアンとレイクは互いに顔を見合わせたが、一刻も争う事態なのだろうとぼんやりとだが理解すると二人の後を慌てて追う。

 先に部屋を飛び出したリーナはと言えば、そのまま駆けて宿の受付までやって来る。ここに居る人達も状況が分からないのか、外の騒ぎに戸惑っているのが見て取れる。

 彼らからは詳しい話は聞けないだろうとすぐに悟ると、リーナは外に飛び出そうとして足を止める。

 自分の予感は確信に変わっている。出来れば外れていて欲しいと思うが、『聖なる乙女』である自分の勘がそう簡単に外れるはずもないというのも何となくだが分かる。

 そして、分かるからこそ一人で飛び出すのは危険かも知れない。

 外へと出る扉と後ろを交互に何度か見たが、時間が惜しいと思ったのかリーナは考えるのを一旦止めて外へと飛び出すことを決めた。駆け出そうとしたその時、リーナの腕は取られる。


「……っ!」

「一人で行動するな、リーナ!」

「エ、エメリヤっ! でも、早くしないと……っ!」

「落ち着け。何が起こっているかは分からんが、焦っても行動を見誤るだけだ」


 突然腕を取られたリーナは驚きでびくりと身体を震わせたが、すぐに制止の声を発したエメリヤであることを理解すると焦りだけが先走るのか必死に訴え掛ける。そんなリーナの姿を見たエメリヤは落ち着かせるようにゆっくりと言い聞かせると、ぐっと言葉を飲み込んで息を吐きだす。

 そうしていると後ろから残りの仲間達もやって来たのが分かり、エメリヤはリーナの腕を掴んだまま、後ろに振り返る。


「とりあえず、どうする?」

「状況把握をしよう。……外に居る人達なら多分、分かるはずだから」

「そうだね……、誰かしらに話を聞ければいいけど」

「捕まえるしかなさそうだ」


 エメリヤが三人の顔を見てから問い掛けると、アルも焦る気持ちを抑え込むように努めて冷静な声を発してからレイクは同意するように頷く。先程外を見ていた様子では落ち着いて話をすることは難しそうな予感がしたが、そうは言ってられない。

 ライアンがぽつりと零した言葉には誰もが頷くと、全員で固まって外へと出る。

 ――外へと出た光景は、ほんの少し前に見た明るい賑わいとは掛け離れた姿で。人々が表情に恐怖が浮かんでいるようにも見えるし、必死に逃げ惑っている人達の姿ばかりが視界に入って来る。

 それだけのことが起こっているのだ、と思いながらも辺りをざっと見回す。大抵は横をすり抜けて逃げて行く人達がほとんどで、話を聞くのも躊躇われるほどであったが誰よりも先に行動をしたのはライアンだった。

 偶然にも逃げ惑っていた人が自分の横を通り過ぎたために、ライアンはその人の腕を掴む。


「……っ、な、何……っ」

「一体、何が起こってるんだ?」

「『タナトス』だよ! 見たこともない数の『タナトス』が街の中に入り込んで来たんだ!」

「……!」

「あんたたちも早くに逃げた方がいい!」


 腕を掴まれた人は驚きで一杯の表情を浮かべたが、ライアンの問い掛けにははっと思い出したように慌てたように告げる。

 告げられた言葉にその会話が聞こえていたエメリヤとレイクは驚きで目を見開かせ、リーナは僅かに顔を歪ませ、アルはと言えば悔しげに顔を俯かせる。話はそれだけだと思ったのか、掴まれていた手を振り払ってすぐに逃げて行く。


「やっぱり……」

「……気付かなかったなんて、情けない……。いや、落ち込んでいる暇はない。――どうする?」

「どうするって……どうにかしないとっ!」

「そう言うとは思ったけど。どれだけの数が居るかも分からないし、何よりこの街は広い」


 リーナがぽつりと言葉を漏らすのを聞きながら、アルははぁ、と溜息を吐きつつ自嘲気味に呟くがすぐにそれを振り払うように頭を振ってから顔を上げて、リーナに視線を向けると聞く。

 聞かれた事に関してはリーナは当然のことのようにキッパリと言い切ると、アルは分かっていたと言わんばかりにまた溜息を吐いてから言葉を続ける。

 聖剣であれば、もしかしたら把握出来たかも知れないが今の自分ではまず、無理だ。それを悔しく思うのも確かだが、何らかの作戦を練らなければいけないな、と思ったのだった。


 


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