08
ヒナタに信じて貰えなかったリーナは、ほぼ拗ねるように落ち込み始めた。
その様子をヒナタは不思議そうに見ながら僅かに首を傾げる。特に自分は間違ったことは言ってはいないつもりだ。
噂で聞いている『聖なる乙女』とは違う風貌で、名前も全く違う。これだけでも疑われても仕方ないと思う。
落ち込んでいるリーナは本気で言っていたようで尚更不思議に思ってしまった。
「……いや、ごめんね? リーナが変な事を言ったりして」
「別に気にしてないけど。……あれ、本気で言ってたのか?」
「俺は何とも言えない立場だけど……、少なくてもリーナは本気で告げてたと思うよ」
「ふーん……?」
随分と曖昧な言い方だな、とヒナタはアルの言葉に疑問を感じた。一緒に行動している所を見れば、共に旅をしている仲間、といった所だろう。
それならば、彼女がそうであるか、否かなど分かっているはずだろうにリーナの味方をすることもしなければ、言葉を否定することさえしなかった。
それに違和感を感じたヒナタはその違和感を確かめるようにもう一人のエメリヤへと視線を向けた。
視線を向けられたエメリヤは、ふぅ、と一つ息を吐く。
「私もアルと同様何とも言えはしないが。……リーナが『聖なる乙女』であるならば、それを告げた時点で君の力になりたいと考えた結果だろう」
「……オレが、『聖なる乙女』に逢いたいって言ってるから?」
「そうだな。……ただの好奇心で逢いたい訳じゃないんだろう? 少なくとも、ヒナタは」
「……」
エメリヤも決して確証を得られるような言い方はしなかったが、付け加えるように告げられた言葉にヒナタは思わず聞き返す。
そうだ、と言わんばかりに頷いて肯定をしたエメリヤはじっとヒナタを見ながら問い掛けると、それには答えられないとばかりに口を閉じる。
ヒナタの様子を見たエメリヤは苦笑を浮かべ、それ以上は深く聞くことはせずに落ち込んだままのリーナの方へと行く。
「……まぁ、あれだよ。君がどういう理由で『聖なる乙女』に逢おうとしてるのかは俺達は分からないけど。……力になってくれる人は確かに居るってこと」
「お人好しだな、アンタら」
「俺達っていうか……リーナが、ね? 俺もエメリヤも、結局はリーナに付き合うだけだから」
「……どっちにしろ、お人好しだよ」
「そう?」
エメリヤの後を目で追いながら、アルは改めてヒナタに向き直ると微笑みながら優しくゆっくりと告げる。
その言葉にヒナタは驚いたように目を見開かせたが、すぐにその口からははぁ、と溜息交じりに告げる。
さすがにヒナタの言葉に賛同しかねたアルは否定の言葉を紡ぐのだが、ヒナタは僅かに俯いてから繰り返すように呟く。
僅かに首を傾げたアルは苦笑を浮かべるがそれ以上は否定の言葉を紡ぐことはしなかった。
ヒナタは俯いたまま、そっと手を握り締める。――彼らになら、告げてもいいのだろうか。
一瞬そういう想いが芽生えたが、すぐに考えを振り払うようにふるふると首を横に振った時、後ろの方から声が聞こえる。
「……あれ、アル?」
「やぁ、レイク。情報収集の途中?」
「大体終わった所。それよりこんな所で何を……って、彼は?」
「ああ、彼は」
「オレはそろそろ行かせて貰う。……それじゃ」
後ろから聞こえた声はレイクだった。アルはレイクの姿を目に入れるとひらひらと手を振りながら微笑んで問い掛けると、うん、と頷きながら答えてからヒナタの姿に気付くと不思議そうに問い掛ける。
アルは、ああ、と紹介しようとしたのだがその前にヒナタは口早に別れを告げれば歩きだしてしまう。
呼び止める理由がなかったためにそのまま、見送る形となるのだが唯一状況が掴めないレイクは首を傾げた。
「何か、あった? あっちではリーナが落ち込んでるみたいだし」
「んー……ちょっと、ね? これから宿に戻るんだし……帰り道にでも話すよ」
もう一度問い掛けたレイクであったが、アルはとりあえずはあちらの様子をどうにしなければいけないと思ったのか苦笑を浮かべつつそう告げた。
気になりはしたものの、分かった、とばかりに頷いたレイクとアルは、リーナとエメリヤの方へと近寄るのだった。
「……はぁ」
既にセントラルにいたサーシャは今日何度目か分からない溜息を零した。日が落ちていく時間帯になっても人が減らないのはさすが、と言うべきなのか。
どちらにしろ、この人の多さは何度来ても慣れないだろうな、とぼんやりと考える。
――慣れたくない、というのが本音かもしれないが。多くの人が行き交うこの場所では自分が逢いたくない人に逢う可能性が高い場所だから。
逆に言えば、逢いたい人に逢える可能性がある場所なのかも知れないが生憎、自分には逢いたいと願うような人は居なかった。
サーシャは上手く人の間をすり抜けて歩きながらそんなことを暇潰し程度に考えていたのだが、ふと思い出した。
つい最近、ほんの少しの間かも知れないが行動を共にしたリーナやライアン達の存在を。
彼らにならもう一度逢いたいかも知れないと、何気なくそんな事を思った自分に苦笑を零す。
(俺みたいな人とは、逢わない方がいい人達なんでしょうねぇ……)
多分、関わるべきではないと自分が良く分かっている。今の自分が『仕事』帰りだから尚更にそう思うのかもしれない。
このセントラルに来た理由は『仕事』のためで、その『仕事』は別段難しいものでもなく、特に苦労なくあっさりと終えることが出来た。
これならば別に自分じゃなくても良かったのではないか、と聞きたくなるぐらいだったが先方がどうしても、と言うことだったから仕方なく受けることにした。
『仕事』は尽きない。いつまで経っても、決して無くなることはない。その方がいいのだと同僚たちは言うのかも知れない。『仕事』が無くなってしまうよりは確かに良いのかも知れないと思うが、ほんの少しだけ思う。
――彼女たちが、否、彼女が本当の自分を知った時、変わらぬ態度で友人のように接してくれるのだろうか、と。
優しい彼女が、こんな自分に対しても変わらない優しさを向けて、自分を受け入れてくれるのだろうかと。
ほんの少しだけ期待を抱いたのは事実だ。でも期待し過ぎないようにはしている。期待しては何度も裏切られてきたのだから、これも一つの教訓、という感じなのだろう。
(……だから、俺は……)
たまらなく、嫌いなのだ。どうしようもなく、この場所に居ることさえも。
はぁ、とサーシャがまた重々しく溜息をついた時だ。ふと人込みの中から、聞き覚えのあるような声が聞こえた気がして顔を上げた。
だが、この人の多さでは見付けることが出来るはずもなく、気の所為か、と思いはしたものの、その声は案外すぐ近くで聞こえた。
「……うぅ……信じて、貰えなかった……」
「それは仕方ないと思うけどね。気付かれないようにする為のその外見でしょう?」
「でも、だって……!」
「彼の力になりたいという気持ちも分からないでもないが……、少しは自覚を持て」
「まぁ、君らしいと言えば君らしいんだろうけどね。……ほら、どっちにしろ、また逢うことになると思うし、その時に信じて貰おう?」
「そうだね……、あたし、頑張るよ!」
(……リーナ……? それに、皆さん……?)
近くで聞こえてきた会話にサーシャはほぼ反射的に近くにあった物陰に隠れると、ハッキリとその姿を確認して驚きで目を見開く。
確かにそこに居たのは、今の今まで考えていた人達の姿で。楽しそうに雑談をしながら、また人込みの中へと紛れていく。
反射的に隠れてしまったものの、別に隠れる必要はなかったように思えた。自分がここに居ても何ら問題は無いのだから。
――でも、やっぱり隠れて良かったのかも知れない。
『仕事』帰りの自分で逢う気にはどうしても、なれなかった。自然と知られるその日が来るまでは彼女たちの知る「サーシャ=ノイシュ」で居たいと願う自分に、何よりもサーシャ自身が驚いていたのだった。




