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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第三章 銃を使う少年とアサシンと、街の危機
41/103

03

 



 ――中央の街「セントラル」。

 多くの人々が行き交うこの街では、多くの品が集まる。滅多に目に掛かることすら出来ない珍しいものから、表に出て来ることを禁じられている品など様々だ。

 それ故に交易を主な職業としている人達にとっては絶好の拠点となっており、年々街は拡大を辿る一方だった。

 その街に、一足先にリーナ達と別れ、ラセードの街を出たサーシャの姿があった。人が少ない、離れた場所からぼんやりと人を行き交う波を見ていた。


(……やっぱり、この街はあまり好みませんねぇ……)


 眺めながら一つ溜息を吐くと、言葉に出すのも憂鬱になったかのように心の中で呟く。

 人の多いところはあまり好きになれない。それは自分が誰かと共に行動することを好まない故なのかも知れない。

 そう思いながら、サーシャはふと少し前のことを思い返して小さく笑みを零した。

 ――そんな自分が、ほんの少しの間だったとしても誰かと共に行動した。友人のように接してくれる彼らは、暖かい存在だと思う。

 優しい人たち。決して自分がなることが出来ない存在。一時期はなりたいと願ったこともあったが、今はそんな想いすらどこかに消えてしまった。

 それは当然のことで、極々自然なこと。正反対にいる自分がなれるはずがないのだとすぐに思い知った。


「……俺らしくありませんね。そろそろ行きますか。待たせたらそれこそ文句を……ん……?」


 考えを振り払うように軽く頭を振ると、重い腰を上げて立ち上がりつつ、目的地に向かおうとした時、ふとある一人の少年が目に入る。

 辺りを見回している姿は別段、珍しくはない。特に気に留める必要さえない少年であるように思えたが、サーシャは自分でも不思議に思いながらその少年へと近付く。


「お探し物ですか?」

「……。アンタは?」

「そうですね……、通りすがりの吟遊詩人ですよ」

「吟遊詩人……? ……アンタが?」

「そうは見えませんか?」

「……見えないことはない。けど、完璧には信じられない」

「……」


 声を掛けてきたサーシャに対し、少年は警戒心丸出しの状態で鋭い声で聞けば、サーシャは相手の態度を気に留める様子もなく、当たり障りのない答えを返す。

 だが、その答えに納得が出来なかった少年は疑念の眼差しを向けてくるためにサーシャは困ったような笑みを浮かべて僅かに首を傾げた。

 その言葉は小さく首を横に振って否定はするが、すぐにキッパリと付け加える。困ったような笑みを深めるだけに留めたサーシャであったが、ふと少年をもう一度見る。

 この様子では、何を探していたかは話してくれないだろうか。それはそれで仕方ないかも知れないな、と思いながらどうするべきか、と迷う。

 適当な話題をサーシャが出す前に、少年の方が先に口を開いた。


「アンタ、『聖なる乙女』を知らないか?」

「この大陸に住む人ならば誰でも知ってると思いますが……、確かクレスタ王国の第一王女様でしたね」

「……クレスタ王国」

「お会いしたいんですか?」

「ああ、用がある」

「うーん……、普段であれば王国まで行けばお会い出来る方だったんですけど今は無理だと思いますよ?」

「……?」

「第一王女様は今は、家出をしたらしくクレスタ王国にはいないようで」


 少年の口から出てきた言葉に、サーシャは驚いたように目を瞬かせながらも聞かれたことに対しては答えつつ、知っていることを話す。

 それすらも知らなかったのか少年は覚えるように繰り返す。その様子を見ていたサーシャは確認するように問えば、こくりと頷いて肯定する。

 なるほど、と頷きながらもサーシャは少し言い難そうにしながらも不思議そうに首を傾げている少年に対して苦笑交じりに聞いた話を告げる。


 ――そう言えば、どこかで『聖なる乙女』の力を見ただとか、そういう話も聞いたような気がするがどこだったかは覚えてはいない。


 サーシャの話を聞いた少年はしばし考える仕草をしていたものの、考えが纏まったのか小さく頷く。


「その、クレスタ王国まで行かなくて済んだのは良かった。教えてくれてありがとう」

「え? ああ、いえ、どういたしまして……」

「それじゃ、オレはそろそろ行くから」

「あ、はい。お気をつけて」


 特に落胆した様子を見せなかった少年からお礼の言葉を言われたサーシャは、ぽかんとした表情になったものの慌てて返事をすると少年は一言礼を告げれば、歩き出してしまう。

 サーシャはその後ろ姿を見ながら、不思議な子だな、と思いながらもふと自分も急がなければいけない立場だったことを思い出して歩き出すのだった。




 ラセードの街を出発してから早数時間が経過して空が暗くなり始めたこともあり、今日は野宿ということになった。

 テントの準備は覚えたてのライアンが行っており、リーナは興味があるのかそれを手伝う形だ。

 その様子を苦笑交じりに見守っているエメリヤとアル、そして今日から料理を担当することになったレイクは焚き火の準備をしていた。


「レイク。本当に任せっきりでいいの?」

「構わないよ。料理はもう趣味みたいなものだし……、特に苦にはならないしね」

「こちらとしては助かるがな。リーナとライアンは全く駄目で、私は出来ることには出来るが騎士時代に身に付けたものだしな」

「唯一出来ると言える俺も、まぁ、本当に出来るって程度で美味しい訳でもないからね」


 テント張りを見守っていたのだがふとアルは改めて確認するように問い掛けると、焚き火の準備を終えたレイクは小さく頷いて肯定をする。

 エメリヤは苦笑を浮かべながらも今までのことを思い浮かべれば、はぁ、と一つ溜息をつき。それに同意するように頷いたアルは困ったような笑みを浮かべた。

 そう、決して出来ない訳ではないが味が美味しいとは限らない。食べられる、という感じの料理なのだ。

 だからこそ、料理が出来るレイクの存在は助かると言えば助かるというわけだ。

 そんな話をしていたのだが、テント張りの方をようやく終わったのか少し疲れた様子のライアンと、楽しげにしているリーナが三人の方へと近寄って来る。


「今度からはあたしも出来るかも!」

「そうか……?」

「うんっ! 多分!」

「……多分」

「野宿って楽しいよねー……あっ! エメリヤ!」


 楽しそうに笑っているリーナを見たライアンはふと釣られるように表情を緩ませながら僅かに首を傾げると、リーナは自信満々に不安なことを言い切る。

 ライアンは思わずぽつりと小さく呟きはするも、それを気にする様子は見せずにリーナは始終楽しそうな様子のまま、エメリヤへと声を掛けた。

 声を掛けられたエメリヤは、一旦話を止め、どうした、と言わんばかりに首を傾げる。


「今日も稽古、する?」

「……ああ、そうだな。食事が始まるまでやるか。……珍しいな、リーナからそんなことを言うとは」

「あたしももっと強くならなきゃなーって思ったの! ライアンもやるよね?」

「ああ……、エメリヤさん。よろしく、お願いします」

「分かった。……じゃあ、アル、レイク。準備が出来たら教えてくれ」

「はいはい、頑張ってきてね」


 リーナからの問い掛けにエメリヤは少し驚いた表情を浮かべながらも頷いて肯定はするが、思わず本音をぽつりと呟く。

 その言葉に少し拗ねたように頬を膨らませたリーナで逢ったがキッパリと言い切れば、隣にいるライアンに確認を取る。

 もちろん、と言わんばかりに即答で頷けばライアンはエメリヤに対して軽く頭を下げた。

 やる気がある二人を見ていて嬉しかったのだろう、エメリヤは嬉しそうに笑みを浮かべながらも二人に声を掛ければ少しだけ離れた場所まで行くと稽古を開始する。

 ひらひらと手を振って見送ったアルは、苦笑を浮かべながらその様子を見ることにした。


「……剣の稽古は、小さな時から?」

「え? ……ああ、そうだね。『聖なる乙女』としてそれなりの扱いを覚える必要はあったから、ね」

「……。嫌がったこととかは、なかったの? 女の子なんだし、嫌がりそうな気がするけど」

「あの子は……、一度も投げ出さなかったなぁ。文句を言うことはあっても、剣の稽古を欠かすことはなかったよ」


 料理を作り始めていたレイクは、ふと思い浮かんだ話題をぶつけるとアルは視線は稽古中の三人に向けたまま、懐かしそうに話す。

 想像は出来たのか小さく笑みを零したレイクであったものの、次に浮かんだ疑問を口にするとアルはふと視線を上に上げてぽつりと呟いた。

 ――そう言われれば、そうだ。元々剣に興味があったり、家柄から剣を学ぶ女の子は居るかもしれないが、彼女は一国の王女だ。

 実際、彼女の妹は一切剣の扱いなど覚えていない。王女であるのだから必要ないのが当然なのだが、彼女だけは特別だ。

 『聖なる乙女』であるが故に、必要がなかったことも覚えなければいけなかった。彼女はそのことを、本当に嫌がってはいなかったのだろうか。

 アルは一度も聞いたことがなかったと今更ながらに思いながら稽古中のリーナへと視線を戻した。


(……本当なら恨まれて当然なのかも知れないな)


 過酷な運命へと引き入れた自分のことを恨んでも良いというのに、彼女は決してそんなことを思いはしないのだろう。

 優しい子だから。心優しい子だから、自分の運命を当たり前のように受け止めた。

 だからこそ、アルは僅かに顔を歪ませた。苦しそうに、悲しそうに。すぐ近くにいるレイクはそれに気付いていたのかも知れないが、決して何かを問うことはしなかった。


 


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