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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第二章 魔導師と恋心と、神隠し
36/103

13

 



 レイクに案内されるがままに走り続けた一行は、いつの間にかラセードの街の外れまでやって来ていた。

 さすがにここまで来ると人通りはほとんどなく、逆に人の気配を探す方が大変だと言える感じだろうか。確かにここならば攫われた人達がいても滅多なことでは気付かれないだろうと納得しながらも慌てたように辺りを見回す。

 見える範囲には人の姿は見えずに、隠れているのだろうか。それならば手分けして探した方がいいかも知れない。

 そう提案しようとしたその時、すぐ近くから女性の悲鳴が聞こえる。


「……っ!?」

「え、い、今のどこからっ!?」

「すぐ近くなのは間違えないだろう。今すぐに手分けして……」

「こっちだ」

「え……ラ、ライアンっ!?」


 悲鳴が聞こえた瞬間、アルは驚いたように目を見開かせた。リーナは焦るようにきょろきょろと視線をあちこちに向けながら声を上げると判断が出来なかったエメリヤが慌てて指示を出そうとした。

 その指示に誰もが頷きかけたのだが、ライアンだけはある一点だけを見ており、一言だけ発すると一気に駆け出した。

 突然のことにリーナが慌てて呼びとめようとするがその声で止まるはずもなく、どうしようとリーナは仲間達の顔を見るのだが今はライアンを信じるしかないと思ったのかライアンの後を追うように駆けだす。

 ライアンが向かったのは丁度、物陰に隠れて見えない場所だった。全員が揃った時に見えた光景は、タナトスに襲われそうになっている女性たちの姿。


「……っ、どうする! この距離じゃ、剣は間に合わないぞ!」

「じゃ、じゃあ、アル! 魔導、で……」


 エメリヤが咄嗟に駆け出そうとするが今にも襲われそうな光景にはどう頑張っても間に合わないことを悟れば悔しげに声を上げる。その言葉にはっとしたように慌ててアルへと声を掛けたリーナであったが、ゆっくりと歩き出している姿があった。


「……レイク……?」

「今、前に出たらあぶな……」


 リーナの言葉に即座に頷いたアルであったのだがそれよりも先に前に踏み出していたのはレイクであった。

 呆然とした表情でライアンが名前を呼んだのだが、アルははっとしたように制止の声を掛けようとしたその言葉は途中で途切れた。


 ――魔導を扱う者であれば誰もが感じることが出来る、魔力の、流れ。


「まさか、レイク……」

「……使いたくなかった力を使った所為かな。悪いけど、今の僕は自分の力を制御出来る自信はほとんどない」

「ちょっ……レイクっ!」

「『燃やし尽くせ』!」


 信じられないと言わんばかりの表情でアルが呆然と名前を呼ぶのも気にせずに、発せられたレイクの声は不機嫌そうに染まっていた。

 すぐに気付いたように慌てて止めようと手を伸ばすよりも先に、レイクの口から一言の言葉をきっかけとし、女性たちに近寄ろうとしていた数体のタナトスを一気に囲むかのように荒々しい炎がタナトスを消し炭にするかの勢いで燃え上がっている。

 やばい、と一瞬で感じ取ったアルはライアンとエメリヤの方へと声を掛ける。


「ライアン! エメリヤ! すぐに助けに入って!」

「え? あ、ああ」

「分かった!」


 アルの叫び声が聞こえたのかライアンとエメリヤは慌てたように返事を返して、女性たちへと駆け寄っていく。

 幸いにも炎はこちらまでは伸びて来ていないらしく、「神隠し」の被害に遭った人達は驚きの連続だった所為か気絶をしていた。


 ――不幸中の幸いかも知れない。


 出来れば起きる頃には全てのことを忘れ去っていた方がいいのかも知れないな、そう思いながらもレイクの魔導の炎から離れるように連れて行く。

 魔導の炎に囲まれているタナトスたちは低い唸り声を上げてはいるが、それが決定的な一撃になることはない。それを分かっているからこそ、レイクは僅かに顔を歪めさせる。

 基本的にタナトスと遭遇したときには、逃げろ、というのが幼い頃から教わることだ。

 『聖なる乙女』以外にタナトスを倒すことは不可能とされており、一時的にタナトスを退けることは出来るかも知れないが倒すことは決して出来ない。

 それが分かっているからこそ、レイクは魔導の力を強める。――魔導の力を扱うものにとっては、自身の身にあると言われている″魔力″の最大量によってその強さが決まると言っても過言ではない。

 少ない魔力の魔導師は本当に魔導を片手で数えられるほどしか使えないのに対し、膨大な魔力を持つ魔導師はいくらでも強力なものを使うことが出来る。とは言っても決してリスクが無い訳ではなく、膨大な魔力ほど制御出来ずに暴発してしまう可能性も大いにある。自分の力量を良く知り、それに伴う魔導を扱うことが魔導師にとっては常識とも言える。

 今居る中では誰よりも魔導の力を知るアルは、レイクの様子を見て僅かに目を細めた。


(……このまま使っているのは……)


 ――危険かも知れない。


 暴発の可能性があるからこそ、魔導師に冷静さというのは不可欠だ。今のレイクはその冷静さを欠いている部分がある。

 もしもの可能性を考えたアルはそのまま、タナトスへと視線を向けてからリーナを見る。


「リーナ!」

「え? あ、は、はいっ!」

「今なら多分、いけるから。……出来る?」

「出来ないなんて言ってられる状態じゃないから……やる!」


 自分の名を呼ぶ声が聞こえたリーナは、呆然と目の前で起こったことを見ていたのだがはっとしたように慌てて返事をする。

 その後に確認するようにアルの声が響くと、一瞬だけその返事をするのに怯む。だがすぐにキッパリと言い切れば、改めて炎に囲まれているタナトスへと視線を向ける。

 実際、タナトスと出逢うのはこれが二回目で。一回目は自分が良く分からない内に『聖なる乙女』としての力を使ったようだった。

 でも今は、自分の意志で使わなければいけないというのが分かるからこそ、リーナはぎゅっと目を閉じてからそっと祈るように手を組む。


(本当にあたしが『聖なる乙女』なら……)


 出来ないとどうする。自分を叱咤するように心の中で言うと、一度気持ちを落ち着ける。


 ――闇を消し去る、浄化の、力を。


 心の中でそっとリーナが呟いた瞬間。辺りが眩い光が包まれたために、それに驚いたのかレイクの魔導は消えてしまう。誰もが目を閉じてその光が収まるのを待つとゆっくりとその目を開く。

 確かにそこにいたはずのタナトスの姿はなく、レイク以外の仲間達は無事に終わったことを確認するとふぅ、と息を吐いた。


「……」

「上手くいって良かったー……。……あれ、どうしたの? レイク?」

「……。『聖なる乙女』のマリアリージュ=イヴ=クレスタ……?」

「……あっ」


 目の前で起こった出来事を理解出来ずにいるレイクは、呆気に取られた表情になりながら安堵の息を漏らしているリーナを自然と見る。

 見られたことに気付いたリーナはきょとんとした表情を浮かべるものの、レイクはと言えばただ、呆然とこの大陸に住む者であれば誰もが知っているであろう名前をぽつりと呟くと、言われた本人はぽかんとしたのだがはっと気付く。

 気付かれないはずがない、この世でただ一人だけなのだ。タナトスを倒すことが出来る力を持つのは。

 何かを言うべきだと思いながらも何を言うべきか分からなかったリーナは、助けを求めるように仲間達へと視線を向ける。


「……戻る、か?」

「ああ、そうしよう。どちらにしろ、彼女達を連れて行く必要があるしな」

「そうだね。……それでいいよね? リーナ、レイク」


 しばし無言でいたものの、最初に口を開いたのはライアンで。その提案に頷いたエメリヤは意識を失ったままの人達へと視線を向ける。

 アルも同意するように言えば二人へと視線を向けて確認を取れば、こくこくとリーナは何度も頷き、レイクもようやく驚きから解放されてきたのか小さく頷いて返したのだった。


 


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