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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第二章 魔導師と恋心と、神隠し
35/103

12

 



 リーナの居場所を最初に見付けたのは、サーシャであった。案内までしてくれたのだが、リーナの姿を見付けた途端に彼の姿はいつの間にかそこにはなかった。

 だがそれよりもまだリーナが「神隠し」の被害に遭っていないことに安堵の息を漏らしながら、ふと彼女とは別の女性がその場にいることに気付く。

 見える限りは普通の女性のように見えたのだが、一番最初にその女性の″異変″に気付いたアルは僅かに目を見開かせる。


「……なるほど、ね」

「アル?」

「「神隠し」の原因は彼女にあると思って間違えはないと思うよ」

「分かるのか?」

「ああ、嫌というほど分かるよ」

「……?」


 どこか納得したように頷いたアルの様子を目に留めたライアンは不思議そうに名前を呼ぶと、アルは決して女性から視線を逸らすことなくキッパリと言い切る。

 言い切られるとは思わなかったエメリヤは思わず聞き返すと、苦笑を浮かべながらその言葉に小さく頷いた。

 その言葉に含まれている意味が掴めなかったライアンとエメリヤは首を傾げることしか出来なかったのだが、レイクはじっとその女性を見ていた。


 ――見覚えがあるような気がする。


 そう、確か店に良く来てくれていた女性のような。あまり話した記憶はなかったために名前などは知らない。

 だが自分が見ていた限りで彼女が「神隠し」と呼ばれるような人攫いのような真似をするようには見えなかった。

 女性もようやくそこで四人の存在に気付いたのかゆっくりと振り返り、それぞれの姿を目に入れていき、レイクの姿が見えた時だったろうか。

 彼女の表情は驚きで染まり、だんだんと顔を赤くしながら戸惑いの様子を見せた。


「……え?」

「ど……し、て……ここ、に……」

「知り合い? レイク?」

「店に良く来てくれていたお客さんだと思うけど……、君が本当に「神隠し」の原因なの?」

「……っ」


 自分を見た瞬間に彼女の様子が変わったことに気付いたレイクは思わず、首を傾げる。彼女はと言えば呆然とした様子で言葉を途切れがちに紡ぐと、アルは確認するように問い掛ける。

 問われたレイクはこくりと頷いて肯定をしながら改めて女性に向き直ると、真実を聞きだすように問う。

 女性は僅かに泣きそうに顔を歪めながら、それだけは話せないとばかりに口を閉じてしまった。

 その様子を見ていたアルはふむ、と考える仕草を見せたが不意に状況についていけずに呆気に取られた様子のリーナに視線を向ける。


「リーナ! ……気付いてる?」

「え? あ……いや、気付いているというか、教えて貰ったというか……」

「……何の事だ?」


 少し大きな声で聞こえるように確認を取ると、はっとしたようにリーナは慌てたように、どこか気まずそうに答えを返す。

 返って来た答えにアルは意味が掴めずに僅かに首を傾げるが、二人の間で交わされている言葉が分からなかったライアンは不思議そうに声を上げる。


「ああ……、その女性。身体の中に『タナトス』がいる。乗っ取られている状態だから意識はほとんどないはずなんだけど……、レイクが居るからかな? 意識が戻って来てる」


 説明して無かった、と言わんばかりにアルはあっさりとした感じに簡単にだが説明すると、その説明を聞いていた三人は驚きの表情を浮かべる。

 人の身体を乗っ取る『タナトス』の話など聞いたことがなかったのだから当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが。

 身体を乗っ取るほどの『タナトス』が目の前にいるというのに、アルが普段通りの態度ということはそれほど脅威ではないのだろうか。詳しく聞きたい所だが、今はそんな場合ではないことを承知しているために開きかけた口を閉じる。


「意識が戻ってるってことは……、情報を聞きだすことも出来る?」

「え? あー……多分? とは言っても喋ってはくれないと思うけど……」

「……。本当はこの″力″だけは使いたくなかったんだけど」

「レイク……? まだ近付いては……」


 レイクは黙って話を聞いていたのだがとりあえずは確認しておきたいことだけをアルに聞けば、少しだけ考える仕草を見せつつも苦笑を浮かべて小さく頷き肯定をする。

 出来るなら否定をして欲しかったところだったが、そうも言っていられない状況だということも理解していたレイクは、はぁ、と憂鬱そうに溜息を吐いてからゆっくりと歩き出す。

 歩き出したレイクを慌てて呼びとめるようにエメリヤは言うのだが、その言葉には心配はいらないとばかりにひらりと軽く手を挙げた。

 レイクが近付いてきたことに気付いたのだろう。女性は何かを怖がるようにびくりと身体を震わせると一歩だけ後ろに下がる。

 たった一歩しか下がれなかった女性を目に入れながらレイクはつけていた手袋を片方だけゆっくりと外す。もう一度だけ憂鬱そうに溜息を吐きながら、手を伸ばせば触れられる距離まで近づくとゆっくりと手を伸ばす。

 女性はぎゅっと目を閉じるのだが、そんな女性の様子など気に留めずにレイクはゆっくりと頭に手を乗せた。

 その瞬間、何かを堪えるようにぐっと唇を噛み締めて顔を顰める。


(……これ、は……――)


 流れ込んでくる。様々な感情が、その一部に自分に向ける好意が混ざっているのも分かる。

 だがそれよりも強い感情があった。憎い、辛い、苦しい、悲しい――それよりも勝る『憎悪』の感情。

 これほどまでに強い負の感情を感じたことのなかったレイクは今すぐにでも手を離したくなるのを必死に抑えながら、今必要な情報を必死に探るために集中するかのようにゆっくりと目を閉じる。

 聞きださなければいけないのは、「神隠し」の被害に遭った人達の今現在の意場所だ。

 最悪の事態さえも考えた方がいいような気がするが、無事だと言うのを信じながらその情報を探す。

 だがその″情報″よりも先に感情が流れ込んでくるのでレイクは僅かに息を乱す。


「……レイクっ!」


 意識さえも飛びそうになる時に聞こえてきたのは、心配そうに自分の名前を呼ぶリーナの声。

 ――ああ、そう言えば彼女はこんな感情は一切持っていなかったな、と思いだす。純粋に自分を助けたいのだと、自分が出来ることをしたいのだと当たり前のように思っていた。

 暖かな想いに溢れていたことを思い出したレイクはそっと目を開き、リーナの姿を目に入れるとふと僅かに微笑みを浮かべた。

 彼女は危ない目に遭うことを知りながらも自らを囮としてくれたのだ。そんな彼女に報いるためにもここで倒れる訳にはいかないと思い、もう一度力を振り絞って意識を集中させる。

 ゆっくりと、ゆっくりと。余計な感情を振り払いながら辿り着いた情報に驚きで目を見開かせると、そっと手を離した。


「……っ……は、ぁ……はぁ……」

「レイクっ!」

「顔色が……」

「リーナ、レイクが心配なのも分かるけどそれよりも先に彼女から……」

「う、うんっ」


 意識が朦朧としていてふらりと倒れそうになったレイクを支えたのは慌てて駆け寄ったエメリヤだった。ライアンも同じように駆け寄れば、真っ青なレイクの顔を見て心配気に呟く。

 アルはその様子を見つつ、こちらに駆け寄ってきているリーナに対して最初にすべきことを口にした。

 今すぐにでも駆け寄りたかったリーナであったが、アルが言うことももっともであったために女性へと近付いた。逢った当初からあった人ならざる空気は既に薄れていたために安堵の息を漏らしながらどうするべきかと思う。

 分からなかったリーナはとりあえず、女性に手を伸ばして触れた時だったろうか。女性の身体が一瞬光に包まれたかと思うと、意識がなくなった女性の身体はその場に倒れてしまう。


「ちょ、ちょっと!」

「……大丈夫。身体を乗っ取っていた『タナトス』がいなくなったから、意識を失っているだけだよ」

「そ、そっか……。あ、それよりも……レイク!」


 倒れてしまった女性を見てリーナは驚きの声を上げるのだが、アルはじっと女性を見てから上手くいったことを確認すると安堵の息を漏らしてから安心させるように告げる。

 その言葉にほっと安心した表情を浮かべたリーナであったものの、すぐにエメリヤに支えられているレイクの元へと駆け寄る。

 少しだけ落ち着いたのか先程よりも顔色が良くなっているレイクは、駆け寄って来たリーナに視線を向ける。


「……「神隠し」の被害に遭った子たちの居場所が、分かったよ」

「え? 本当、に?」

「うん。……詳しいことは後で話すけど……それよりも早く行かないと」

「……? もう元凶が消えたんだから安心なんじゃ……」

「他にも『タナトス』が数体いるらしい」

「……っ!」


 自分で立つようにゆっくりとエメリヤから離れたレイクは、ゆっくりとした口調で話す。

 告げられた言葉にリーナは驚いたように目を瞬かせながらも思わず聞き返せば、それには頷いて答えつつもどこか焦ったように言葉を続けた。

 焦る理由が見付からなかったライアンが素直に思ったことを告げると、レイクは早口でそう告げればその場に居る誰もが驚きの表情を浮かべた。

 女性を乗っ取っていた『タナトス』以外にも数体の『タナトス』がいて、その近くに被害に遭った人達がいるのであれば危険だろう。誰もが顔を見合わせて頷きつつも、気遣うようにレイクへと視線を向けた。

 先程よりは顔色が良くなったと言え、万全な状態ではないだろう。それを心配してくれているということが分かったレイクは安心させるように微笑みを浮かべれば、「ついてきて」と一言告げてから急ぐように走り出した。

 その様子を見ていた彼らは、今は助けるのを優先するべきだろうと考えたのかレイクの後を追うのだった。


 


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