06
街道沿いの街「ブリュッケ」で一泊をした一行は、朝早くに出発して道中は何も無く順調に進み、丁度太陽が真上に来る昼頃だろうか。
視界の中には大きな街が見えて来る。見える限りではヴェルディの街よりも大きい印象を受ける。
これで三つ目の街であるのだが、やはりリーナは好奇心が抑えきれないのかうずうずとしている。
その様子を見たアルは、安堵の表情になりつつも苦笑を浮かべる。結局、あれからそれ以上の話はせずに彼女は部屋に戻って行った。
自分も追求することが出来ずに翌日になり、朝になって部屋から出てくるとそこに居たのはいつもと変わらないリーナの姿だった。
エメリヤとはいつも通りに挨拶を交わし、ライアンとは剣の受け渡しをしながら互いに眠そうにしていた。
余計な心配を掛けるつもりはないのだろう。彼らが気付いていないのであれば自分から何か言うことはしないし、もしも気付いていたとしても不必要に問い掛けるようなことはしないだろう。
「ねぇねぇ! 早く行こうよ!」
「分かったから落ち着け。人が消えるとか……そういう噂がある街なんだから少しは慎重な行動を心掛け……」
「もー! エメリヤは真面目すぎなの!」
今にも走り出しそうな雰囲気でリーナはくるりと振り返って仲間達を急かすように声を掛ければ、エメリヤは小さく溜息を零しつつも落ち着かせるように、だが注意するように言い聞かせるように話すがリーナはほとんど聞き流しているようだ。
それが分かりきっているために、エメリヤははぁ、と今度は深々と溜息を吐く。
「ねー、ライアン。サーシャ、居るかなぁ?」
「……どうだろう。噂が気になって、とか言っていたから、居る可能性は高いと思うが……」
「会えればいいねー。折角だし!」
「……? サーシャ?」
「あれ、話してなかったっけ? ラセードの街の奇妙な噂を教えてくれたお友達!」
ふと思い出したようにリーナが問い掛ければ、ライアンは考えるように僅かに首を傾げながらも出た答えを口にする。
うんうん、と何度も頷きつつも楽しみで仕方ないとばかりに満面の笑みを浮かべたリーナと、同意するように頷くライアンの姿を見たアルとエメリヤは同時に聞き覚えのない名前を聞き返す。
聞き返されると、言ってなかったかも、とはた、と思いだしたように簡単に説明する。
ああ、なるほどと頷いたのはアルだった。確かに噂を教えてくれた友達とは聞いていたが名前までは聞いていなかった。
嬉しそうなリーナの表情を見れば新しい友達という部分では良かったのかも知れないと思う。そう思うアルとは裏腹にエメリヤは僅かに苦笑を浮かべた。
「どうかした?」
「……いや。……友を作ることを悪いことだと言うつもりはないが、あまりにも警戒心が無さ過ぎる、と思ってな」
「あー……そうだね。それはリーナにもライアンにも言えることかも知れない」
苦笑を浮かべたことに気付いたアルは不思議そうにエメリヤに目を向ければ、軽く首を横に振りつつもふと考えていたことを口にする。
彼の懸念はもっともだと思ったのかアルも苦笑を浮かべながら、同意するように頷いた。
リーナもライアンも、人を疑うということを知らなそうな勢いだ。無条件に人を信じてしまうその純粋さを決して悪いことだとは言わないが、それが良い事ばかりを引き起こすとは限らない。
少しは人を疑うということを知って欲しい。疑うのが嫌ならば、せめて良い人か悪い人か、それぐらいの見極めぐらいは出来るようになって欲しい。
これから旅をしていくのであれば、それは必須事項のような気がしてならないが少し前で楽しげに会話を続けているリーナとライアンに注意を促しても、すぐに忘れられるのが目に見えて分かる。
二人に注意を促しても仕方ないのが分かり切っているのだから、一緒に居る自分たちが注意をする他はない。
互いに顔を見合わせて溜息をつくと、少し前の方で話していたリーナたちが不思議そうにその様子を見ている。
「どうかしたの? 二人とも」
「……何でもないよ」
「何でもないように見えないが……」
「本当に何でもない。……そろそろ着くだろう? 適当な店に入って昼食でも取るか?」
「そうだね、そうしようか」
二人から問われても、アルとライアンは話すつもりはないのかふるふると首を横に振ると近くまでやって来たラセードの街に視線を向ける。
気になりはしたが、話してくれないだろうと察したのかそれ以上は追及することはせずに四人は街へと足を踏み入れる。
やって来たラセードの街は、そこそこの賑わいを見せてはいるが広い街の割には人は少ないような気がする。あちこちに点在する店の中には客が分かれるように入っているようには見える。
四人は思わず顔を見合わせるものの、今の時点では聞いている噂の所為だとは決めつけられなかったために、とりあえずは近場にあった小さなカフェへと行くことにしてその店の中に入る。
「いらっしゃいませ」
店の中に入るとまず聞こえてきたのは、若い男性の声だ。そちらに視線を向けると店員なのだろう、店の制服を着た人がそこにいる。
空いてる席にどうぞ、と続けて声を掛けられたためにざっと店内を見回す。
外から見えたようにまばらに客は入っており、若干女性客が多いように見える。大方、この店の店員が目当てだろうと思いながら空いてる席を探しているとふと声が掛かる。
「……もしかして……、リーナとライアン?」
「え? ……あっ!」
「サーシャ」
「こんにちは。意外に早くに再会出来ましたね」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれたリーナとライアンは声が聞こえた方に視線を向けると、リーナは嬉しそうな笑みを浮かべる。
純粋に驚いた表情を浮かべたライアンを見つつ、サーシャは微笑みながら声を掛けてから不思議そうに自分を見て来ている残りの二人に軽く頭を下げる。
「自己紹介をしなければなりませんが……、とりあえず座りませんか? 店の邪魔になってしまいますし」
「あ、そうだね」
「俺が座ってた場所の近くが空いてますからそこに行きましょうか」
自己紹介をしようと口を開きかけたがふと気付いたように苦笑を浮かべれば、座るように促すとリーナははっと気付いたように頷いて肯定する。
サーシャは自分が座っていた席まで戻って行き、確かにその近くのテーブル席が空いていたのでそれぞれが席に着く。
それから簡単に自己紹介を済ませ、適当に食べたい物を頼む。
「そう言えばサーシャ。この街の噂に興味があって来たんだよね? 何か分かったの?」
「ええ、まぁ……」
「良かったら教えてくれないかな? 君さえ嫌じゃなかったらだけど」
「いいですよ、隠すようなことでもないですし。どちらにしろ、この街にいるなら聞きたくなくても入って来ると思いますしね」
頼んだ物が来るまでの間、何か雑談でもしようと話題を探していたリーナはふと思い出したようにサーシャの方を向いて問い掛ける。
問われたサーシャは僅かに苦笑を浮かべて言葉を濁すが、アルから更に問いを重ねられれば少し考える仕草を見せる。
どちらにしろ、すぐに分かることだと思ったのかサーシャは自分が知ったことを話していく。
今現在、ラセードの街では人――そのほとんどは女性が姿を消しており、その行方は誰も知らないと言う。忽然と何も残さずに姿を消したことから一部の話では「神隠し」とさえ言われているようだ。
「……確かな話、なのか?」
「高い確率で正確な話だと思いますよ。ただ、住人たちは怖がってか中々話してはくれませんけどね」
「……? サーシャは、住人から聞いたんじゃないのか?」
「そうしたいのは山々だったんですけどね、ライアン。聞き出せなかったんですよね」
エメリヤは難しそうな顔をして確認を取るように聞くと、苦笑を浮かべつつもサーシャは肯定するように小さく頷きぽつりと呟く。
その言葉を不思議に思ったライアンは首を傾げて問い掛けると、本当に残念そうにはぁ、と溜息交じりに言葉を続けた。
つまりはこの街に住んでいる人たちからの話ではないが、確かな情報源から聞いたということなのだろう。
うーん、と皆が皆、難しい顔をして考え始めようとした時だったろうか。丁度、頼んでいたものが運ばれてきたために考えを一旦中止して、昼食に移ることにしたのだった。




