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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第二章 魔導師と恋心と、神隠し
27/103

04

 



 初日の稽古はそこまで長くは続かなかったものの、まだまだ慣れていないライアンは疲労からかすぐに眠りについてしまった。

 リーナに関しても同じのようですぐに稽古を終えるとすぐにテントに潜っていってしまった。唯一、稽古慣れをしているエメリヤと見ているだけであったアルは焚き火を囲むように座っている。

 特に会話などはなかったためにアルはぼんやりと何気なく夜空を見上げた。星が瞬き、月が輝く美しい夜空。


 ――『闇の支配者』が世界に覆うのは夜空のような闇ではなく、一点の光すら差さない闇そのもの。


 自分は何度もその闇を見てきた。何度も何度も見てきて、その度に光が差す瞬間を目に焼き付けてきた。

 その光は闇を払うのと同時に消えていき、自分一人だけが残る現実を突き付けられてきた。

 それでもなくならない闇の恐怖。決して終わることのない戦い。いつまで続くのだろうと何度も何度も考えた。

 その答えが出ることなどあり得なかったけれど。アルが小さく溜息を吐いたのに気付いたのかエメリヤは僅かに首を傾げてアルに視線を向ける。


「どうした?」

「……何でもないよ。エメリヤは寝なくて平気?」

「私は慣れているからな。お前こそ、大丈夫なのか?」

「あー……、そうだね。俺も慣れているとはいっても、いざという時に消えるのもどうかと思うし」

「消えるものなのか?」

「正確には、力を回復するために強制的に眠るって感じ」


 視線を向けた後に疑問をぶつけると、エメリヤが居たことを思い出したアルは苦笑を浮かべてふるふると首を横に振る。

 その後、話題を変えるように問い掛ければエメリヤはあっさりとした答えを返しつつも同じ疑問をぶつけると、アルは少しだけ考える仕草をしながら小さく頷く。

 消える、と聞けば居なくなってしまうと考えてしまったのかエメリヤは心配そうな視線を向けると、その視線に気付いたアルは言葉不足を補うように説明を足す。

 自分の力の源は宿っている剣で。その剣によって力は左右され、あまつさえこうして実体化出来る時間さえも変わってくるだろう。

 とは言っても聖剣以外に宿るのは今回が初めてであるので本当に時間が変わるのかどうかは分からないが、注意するに越したことはない。

 少しだけ寝たくないな、と思う気持ちがあるのは確かだけれど。この先のことを考えれば自分一人の我儘が通るようなことでもなかったために立ち上がる。


「じゃあ、俺も剣に戻るよ。エメリヤも早めに眠るようにね?」

「ああ。……おやすみ」

「おやすみ」


 一言二言交わすとアルはふわり、とその場から姿を消す。今では見慣れたものだが最初に聞いたときには本当に半信半疑だった。

 エメリヤは初めてアルに出逢った頃を思い出すと小さく笑みを零しつつも、焚き火はそのままに眠るためにテントの中へと入っていくのだった。


 ――そして翌日。誰よりも先に起きたのは一番最初に寝たライアンであったのだが、まだ半分寝ているようで足元はおぼつかない。

 だが焚き火がまだ点いていることに気付くと僅かに首を傾げる。

 一晩中消えずに燃え続けていたのだろうか、という疑問を覚えて考えようとするが寝起きの頭で中々上手く頭が働かない。


「あれ……、おはよう、ライアン。早起きだね?」

「……アル……?」

「うん。……ってまだ、寝てるみたいだね? 顔でも洗う?」

「ああ……水……」

「はい、これ」


 一瞬、また夢の世界に飛びそうになったライアンの耳に届いてきたのはアルの声だった。

 寝惚けたまま振りかえると確かにそこにはアルの姿があって。アルはと言えばまだ半分寝ているライアンの様子に気付けば僅かに苦笑を浮かべつつ問い掛ける。

 こくりと頷いて肯定したライアンは水を探すように辺りを見回したのだが、はい、と渡されたのは水に濡れたタオルだ。

 どうして濡れているのかという疑問よりも先にライアンはその濡れたタオルで顔を拭く。丁度良い冷たさで、だが朝の冷たい空気に触れると少し寒い気もしたがそれでも目を覚ますには十分で。

 ふぅ、と顔を拭き終わってから小さく息を吐くとアルへと顔を向ける。


「……近くに水場、あるの、か?」

「いや? 魔導でちょっと。ちなみにその火も魔導だから消えないよ」

「……」

「便利でしょう? まぁ、魔導をこんなことに使う人なんて早々いないだろうけどね」


 ざっと辺りを見回しても水場らしきものは何も見付からなかったためにライアンが不思議そうに首を傾げてぽつりと呟くと、ああ、と合点が言ったように頷きつつ微笑んで答えを返す。

 魔導というのはアルが使っているのを見ただけであるので決して詳しくはないのだが、基本的には自分の身を守る――というよりは攻撃にだけ使うものだと勝手に思っていた。

 まさか、こんな風に生活に使うとは思わなかったライアンは驚いたように目を瞬かせると、それに気付いたアルは苦笑を浮かべながら説明を付け足す。

 魔導師に出逢ったことがある経験から言えばわざわざ、自分の魔力をこんなことに使うような魔導師は早々居ない。

 極度の面倒臭がり屋ならばもしかしたら使っているかも知れないとアルは思いながらもテントの方に目を向けると、出てきたのはエメリヤだった。


「おはよう、エメリヤ」

「ああ……、おはよう、アル。ライアンもおはよう」

「……おはよう、ございます。エメリヤさん」


 それに気付いたアルは微笑みながら挨拶をするとエメリヤは微笑みを浮かべて返しつつ、アルの傍にいるライアンに声を掛ける。

 昨日の稽古のことを思い出してしまったライアンはほぼ反射的に敬語になって頭を下げつつ挨拶をし返す。

 ライアンの様子を不思議そうに見ながらもアルから濡れたタオルを手渡されたのでそれで顔を拭く。

 これで起きてきていないのはリーナだけだ。ふむ、と考えながらライアンとエメリヤに目を向ける。

 ライアンにリーナを起こしに行かせるのは少々気が引ける。自分が言っても構わないのだがここは一つ、エメリヤに頼むのが一番良いだろうと考えたアルはエメリヤに視線を向ける。

 顔を拭き終わったエメリヤは視線を向けられていることに気付いたために僅かに首を傾げる。


「何だ?」

「悪いけど、リーナ、起こして来てくれない? こっちは朝食の準備しとくから」

「……相変わらず朝に弱いのか、あの子は」

「大分マシになった方だと思うけどね?」

「……。はぁ、まぁ、分かった」


 アルはリーナが寝ているテントを指差しながら頼むように告げると、溜息を一つついて苦笑を浮かべて呟く。

 呟きを聞き取ったアルは微笑みを浮かべながら一応はフォローするように告げるものの、エメリヤはもう一度溜息をつけば了承するように言葉を返すと、テントの中へと入って行く。

 それを見送ったアルとライアンであったが、年頃の女の子が寝ている所に果たして男が入っていっていいのだろうか。そんな疑問を浮かべてしまったライアンはアルを見る。

 視線の意味に最初こそ分からなかったアルであったがすぐに分かったかのように微笑みを浮かべて頷く。


「俺でも良かったんだけど……、リーナを起こすのが一番上手いのはエメリヤだからね。……とりあえず、朝食の準備でもしよっか?」

「え? ああ……」


 アルの言葉の意味を理解出来なかったライアンではあったものの、準備に取りかかったアルの姿を見て不思議に思いつつもそれを手伝うように準備を始める。

 数分後。エメリヤに起こされたリーナはと言えば寝惚けている様子もなく、完璧に起きた状態でテントから出てきた。

 僅かに顔を青ざめているようにも見えたが続くように後ろから出てきたエメリヤの表情は特に変わっていなかったために深く聞くことはしなかった。

 それから軽く朝食を済ませると、テントなどの後片付けをし、″結界″を解くと改めて街道沿いにあるという街「ブリュッケ」まで向かうことにした。

 それから数時間後。無事に街道沿いにある街ブリュッケに着く。街道沿いにあるからなのか賑わっているというよりは、人通りは多い方で。

 まだまだ、物珍しいのかきょろきょろと辺りを見回しているリーナを見て苦笑を浮かべることしか出来なかったがこれからのことを考える。

 食料などはまだ足りるだろうし、買い足すものはないだろう。当初の目的である情報収集を済まそうという話になる。


「じゃあ、二手に分かれて聞くことにしようか?」

「うんっ! じゃあ、あたしは……。ライアンと行く!」

「……え、俺、か? エメリヤさんとかの方がいいんじゃ……」

「いいよ、二人で行っておいで。それほど広い訳でもなさそうだし、ある程度聞き終わったらまたここに集合ってことで」

「はーい! 行こう、ライアン」


 アルが提案するように告げると、早く行きたくて仕方ないリーナは元気よく返事をしつつ、自分と行動する人を決めるように順々に見て行く。

 三人を順々に見た後に、決めた、と言わんばかりに名前を告げると、まさか自分の名前が出るとは思わなかったライアンは驚きの表情を浮かべてエメリヤをちらりと見る。

 それに気付いたエメリヤが何か言う前にアルが口を挟むと、リーナは素直に返事をしてから手を掴んで歩き出す。

 掴まれてしまったために引っ張られるままに歩き出したライアンは、半ば諦めたように大人しく着いて行くことに決めたようでリーナの後ろを着いて行く。


「……あの二人だと些か不安が残るんだが」

「大丈夫だよ、そこまで子供じゃないだろうし……。俺達も行こうよ、エメリヤ」

「ああ……」


 まだ後ろ姿が見える二人を見つめながらエメリヤが心配気にぽつりと呟くと、アルは安心させるように言葉を紡ぎつつも行動に移すために声を掛ければ、まだまだ不安が残っているが小さく頷く。

 アルとエメリヤはリーナたちとは反対方向へと歩いて行きながら、適当に旅人であろう人達に声を掛けていく。

 この先にあるというラセードの街の噂について知ろうと思ったのだが、特に目立った噂は聞けない。

 うーん、と困ったような笑みを浮かべていたアルの耳に届いたのは女性の声だ。


「知ってる? クレスタ王国の第二王女とリーディシア王国の第二王子が婚約発表だって!」

「あら……、第一王女様じゃなくて第二王女様なのね」

「そうよねぇ。どうしてかしら?」


 どこか楽しげな会話が聞こえてきたのだがその内容にアルとエメリヤは互いに顔を見合わせる。

 もちろん、こうなることを知っていたアルは何とも言えない複雑そうな表情を浮かべ、エメリヤは驚きを隠せないようだ。


 ――そう言われればそうだ。


 第一王女であるマリアリージュよりも先に第二王女であるアリアリーネが婚約するなどあり得るはずがない。

 あり得るはずがないが、第一王女である本人はこうして旅に出ていて、彼女は旅の理由はまだ話せないと口にしていた。


「……アル?」

「ごめん。こればっかりは俺の口からは何も言えない。大まかなことは知ってるけど詳しいことはリーナしか知らないから」


 問い詰めるようにアルの名前を呼んだエメリヤであったが、それには答えられないとばかりにふるふると首を横に振る。

 その言葉に嘘はないと分かったエメリヤははぁ、と溜息を一つついたのだった。




 一方、先に情報収集に向かったリーナとライアンであったがこちらは積極的に話を聞く様子は見せず、店の中などを興味深そうにリーナが覗いている。

 そんなリーナの様子を見ているライアンはこれでいいのだろうか、と僅かに首を傾げる。

 とは言ってもどういう風に情報収集をすればいいか分からなかったのだが店をじっと見ているリーナの邪魔をするのも憚られたためにライアンは適当にその辺りにいる人に声を掛ける。


「あの……」

「はい?」

「この先にあるラセードの街で、奇妙な噂があるって聞いたんですけど……」

「ああ……、私もあまり知らないんだけどね。何でも人が消えてるとか、そういう話を聞いたことがあるよ」

「……人が、消える?」


 偶然にも声を掛けた人が聞いたことがあったのが知っている話を教えてくれるとライアンは首を傾げる。

 話を聞かせてくれた人にお礼を述べてから、聞いたばかりの話を頭の中で繰り返す。

 人が消えるとは一体どういうことだろう。死んだとかそういう類の話ではないようにも聞こえたが良く分からない。

 うーん、と難しい顔をして考え始めたライアンの耳に別の会話が届く。


「聞いたか? クレスタ王国の話」

「ああ、聞いた聞いた。何でも第一王女が婚約が嫌で国を飛び出したとか」

「それで妹である第二王女様が代わりに婚約を発表したらしいんだよなー」

「王族なんだから、それなりの責務は果たして欲しいよな」


 ぴくり、と聞こえてきた会話に反応してライアンは何とも言えぬ表情で話していた人達に視線を向ける。

 元婚約者だと言っていた。今は彼女の妹と婚約を発表したという話だったようだがそれが本当かどうかは分からない。

 今の話をリーナが聞いていなければいい、と思いながらライアンはリーナの方へ向くと変わらずに店の中を覗いている姿が見えたので小さく息を吐いた。


「リーナ……、そろそろ他の場所に……」

「あ……うんっ! 情報収集をしなきゃ駄目なんだよね! 頑張ろー!」


 ライアンが移動した方がいいだろうと思って声を掛けると、リーナは僅かに身体を震わせてからくるりと振り返っていつも通りの笑顔を浮かべながら、おー、と手を挙げる。

 それで話が聞こえていなかったのだとライアンはそう思ったのか安堵の表情を浮かべてから歩き出したために気付かなかった。

 ライアンが歩き出してからほんの僅かに表情を曇らせたことには。


 


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