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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第二章 魔導師と恋心と、神隠し
26/103

03

 



 意味深な言葉を残して行った謎の人の言葉を気にしつつも、ラセードの街へと向かっていた一行であったが空がだんだんと暗くなり始めていた。

 今日のところは野宿をしようという話になったために準備を始める。

 とは言っても野宿慣れをしていない二人がいるためにまずはリーナは学んだばかりの″結界″を作ることを集中することにして、ライアンにはエメリヤがついてテントの張り方などを教えていく。

 それをざっと見回して確認していたアルも火を点ける為に必要な木の枝などを探しつつ、ぼんやりと「謎の人」のことをまた考えてしまう。

 ありえないと否定するのに、あの感覚を忘れるはずがないという記憶が邪魔をする。


 ――だがもしも。もしも、本当に自分の思う通りの人物だったのであれば、彼を味方と思ってもいいのだろうか。


 それすらも判断がつかずにある程度の木の枝を拾い終えたアルは、はぁ、と何度目か分からない溜息を吐く。


「アルー! アルー、ちょっと力貸してー」

「……ん?」


 両手一杯に、という訳ではないがそれなりの量を揃えたアルはとりあえず戻ってテント張りでも手伝おうかな、と考えたところにリーナの声が聞こえてそちらに目を向ける。

 こっちこっち、とばかりに手招きしているリーナの姿を見た不思議に思いながらも木の枝を分かり易い場所に置きつつ、リーナの方へと近付いて行く。

 まさか忘れてたと言うのだろうか。一抹の不安を抱えはするも準備の方は最終段階にまでなっていることに気付くと僅かに首を傾げる。


「力を貸してって……、どうしたの?」

「上手く使える自信がないから、力貸して! ほら、あたしの力の補強みたいのしてくれるんでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど……。剣、あるじゃない?」

「アル自身が力を貸してくれた方が確実でしょ!」


 何の力が必要なのかと思い、アルが問い掛けるとリーナは当然のことのようにキッパリと言い切りながら、ね?と首を傾げる。

 それは間違えではないのでこくりと頷いて肯定をするものの、剣に視線を向けて苦笑を浮かべる。そんな反論など聞き入れないとばかりにリーナが更に言い切ると、アルは苦笑を深めることしか出来ない。

 ――アル自身と言っているが、その剣が今の自分の本体であるのは間違えないために何とも言えない表情になる。

 だがそれに気付いているのかいないのか、リーナは「早く早く」と急かすためにアルは苦笑を浮かべればそっと目を閉じて剣に手を翳す。

 その瞬間、辺り一面が何かに覆われたような、そんな気配で包まれたのが分かれば小さく息を吐く。


「……」

「良かったー……上手くいった。さすがはアル!」

「俺は何もしてないけど?」


 小さく息を吐いてからどのくらいの″結界″かを確認し終えたアルは、僅かに目を見開かせる。

 リーナはと言えばそんなことに気付きもしないでほっと安堵の表情を見せながら呟きを漏らしつつ、感謝の意を込めてアルにねぎらいの言葉を掛けるとアルはふるふると首を横に振った。

 そう、何もしていない。確かに力の補強という点では若干の力を貸した部分があるのは本当だが、ほとんどリーナがやったようなものだ。


 ――まさか、これほどとは。


 最初に感じていた可能性は自分の気の所為ではなかったらしい。それを確認出来たことにアルは嬉しいような、苦しいような、そんな複雑な感情に包まれる。


「″結界″とやらは上手くいったのか?」

「エメリヤ。……あれ、ライアンは?」

「テントの張り方を復習している、と言ったところだな」

「あ、あたしもテントの張り方知りたいー! ライアンの所に行ってくるー!」


 一段落終えた二人の元へと近寄って来たのはテントを張っているはずのエメリヤだ。アルは名前を呼びつつも、一緒に居たはずのライアンの姿が近くにないことに気付いて僅かに首を傾げる。

 それには苦笑を浮かべながら後ろを指差すとアルは顔を覗かせれば、見えたのは張り終わった二つのテントをじっと見ているライアンの姿だ。

 物珍しいのか、それとも自分の力で張ったテントを見るのが楽しいのかは分からないが飽きずにじっと見たままだ。果たしてあれで復習を出来ているのかは甚だ疑問に残りはするものの、それに気付くはずもなく″結界″を張り終えたリーナははっと思い出したように声を上げるとライアンに駆け寄って行く。

 その後ろ姿を見送るとエメリヤは僅かに苦笑を浮かべ、アルはと言えば小さく息を吐きだしつつ上を見上げる。

 そう言えば広さの指定のやり方を教えるのをすっかりと忘れていた、と今更ながらに思い出す。教えなくても最初なのだから多分、丁度良い広さかそれよりも少し狭いぐらいになるだろうと考えた自分が間違っていた。


「それで? ……アル?」

「え? あ、ああ、どうしたの?」

「いや……私は魔力というのはないからな。″結界″というのが張れたかどうかを確認したいんだが」

「ああ……うん、問題なく張れてるけど。……そうだよね、エメリヤもライアンも魔力を持ってないから分からないか」


 エメリヤは先程の疑問をもう一度聞こうとしつつも、アルの様子が少しおかしいことに気付いたエメリヤは不思議そうに名前を呼ぶ。

 呼ばれたアルはと言えばはっとしたように慌てた感じにエメリヤに視線を向ければ僅かに首を傾げる。様子がおかしいことには気付くものの、問い掛けても答えてはくれないだろうという予想をすれば最初の予定通り気になったことを問い掛ければ、ああ、と納得したように頷いて肯定してからぽつりと呟く。

 本来であればここ以上からは出ないで欲しいと教えた方がいいのだが、今回ばかりはその必要は全くないようだ。

 ほんの僅かに目を伏せたアルであったものの、考えを振り払うようにふるふると首を横に振った時だったろうか。不意に目の前にライアンの姿があって驚いたように後ろに飛び退く。


「ラ、ライアン?」

「……悪い、話の邪魔をして。エメリヤさん」

「ん?」

「寝るまでの少しだけの時間。稽古付けてくれないかと、思って」

「……ああ、もちろん構わない。リーナもこれぐらいやる気があれば私としても嬉しいんだが」


 名前を呼ばれればライアンは申し訳なさそうな表情を浮かべて簡単に謝罪をした後、エメリヤへと声を掛ける。

 自分に用だとは思わなかったのかエメリヤは何の用事か分からずに首を傾げれば、こちらまでやって来た理由を話せばエメリヤは僅かに目を見開かせはするもふと表情を緩めて了承するように頷く。

 その後の言葉はほぼ愚痴のようになっていたがそれにはあえて触れず、アルは頑張って、とばかりにひらひらと手を振る。


「折角だからアルもやるか?」

「えぇ……、ライアン。俺、一応魔導師なんだけど?」

「知ってる」

「うん。まぁ、体術ぐらいは身に付けてるから心配しないで」


 手を振った姿を見ていたライアンは不意に思い浮かんだ言葉を口にすれば、目を瞬かせながらないないとばかりに首を横に振りながら苦笑を浮かべる。

 魔導を見せられているのだから分かっているとばかりに頷いたライアンを見ると、苦笑を深めながら一応は説明すると「そうなのか」とライアンは簡単に引き下がる。

 それからほぼ強引にリーナを引っ張ってきて三人で稽古を始める。

 とは言ってもライアンはまずは基本中の基本から始まることになるために、リーナもそれに付き合う形だ。エメリヤはどこか嬉しそうな表情で稽古を付けている姿をエメリヤは先程集めた木の枝に火を点けながら、微笑ましげに見守るのだった。


 


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