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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第二章 魔導師と恋心と、神隠し
24/103

01

 



 ヴェルディの街を出発してから少ししてからだろうか。これから向かう街の場所を知るために地図を広げることにした。

 最初と変わらず、鞄からライアンが地図を取り出すと残りの三人はそれぞれ別の場所から地図を覗きこむ。とは言っても旅に加わったばかりのエメリヤはどこへ向かうかはまだ知らされていないので地図を見ているだけだ。

 横から覗いていたアルはと言えば、今現在自分達がいる場所を確認しつつ、まず指差す。


「今、俺達がいるのがここで。……えーっと、ラセードの街っていうのが……」


 現在の居場所を指差してから視線だけを動かして次の目的地を探すと、すーっと指を動かしながら目的地に指を置く。

 ヴェルディの街からは比較的に近い街と言えるかも知れないがそれでも距離があることは、地図上からも良く分かり、一日二日で着けるような場所ではないことは目に見えて分かる。

 エメリヤはここで次の目的地を知れば、アルが指差している部分とは別の場所を指差す。


「途中でここで寄るのがいいんじゃないか? 街道沿いにある街ならそれなりの情報も入るだろう」

「ああ、そうだね……どちらにしろ、野宿は避けられないかな?」

「旅をしているのだから野宿するのは当然だろう。……? ああ、リーナとライアンは初めてか?」


 途中にあった一つの街を指差したエメリヤの意見にアルは同意しつつも僅かに苦笑を浮かべつつもぽつりと呟けば、エメリヤは不思議そうにしつつも当たり前のように言い切ってからふと気付く。

 そして何気なく、リーナとライアンの二人へと視線を向ければ首を傾げて問い掛ければ二人は互いに顔を見合わせて頷き合う。

 当たり前と言えば当たり前だ。第一王女であるのだから野宿をする機会があった方がおかしい。ライアンに至っては旅をするの自体も初めてだろうし、基本的に生まれ育った町から出ないのであれば早々に野宿をする機会などあるはずもない。

 エメリヤは騎士という職業についていた以上、様々なことを経験している。時折遠征があったのも事実だし、それなりの知識を詰め込んでいる。そう思った後にエメリヤはアルへと視線を向けた。

 聖剣『アルテイシア』に宿る魂なのだから彼も野宿の経験はないのだろうか。

 そんなエメリヤが気付いた疑問を感じ取ったかのようにアルは、くすくすと小さく笑みを零す。


「俺は経験あるよ? まぁ、久しくないのは確かだけどね」

「……野宿をするものなの、か?」

「ライアンの疑問ももっともだけどね。その辺りは秘密」

「うー……、無理だよ、ライアン、エメリヤ。あたしだってどれだけ聞いても答えてくれたことないもん」


 笑みを零したまま、アルはあっさりとした答えを返しつつもライアンはその言葉をどうにも納得できないのか疑問を口にする。

 その疑問が出て来るのは当然だと思いながら、楽しげな笑みを浮かべたままアルは人差し指を立てて自分の唇に当て、おどけるように僅かに首を傾げる。そんなアルの様子を見ていたリーナは、悔しそうに唸りながらはぁ、と溜息を一つ吐いてぽつりと呟きを漏らす。

 そうなのか、とばかりにライアンとエメリヤは互いに顔を見合わせてからアル二もう一度視線を向ける。

 だが視線を向けられても答えないものは答えないとばかりに微笑みを返すだけで、これ以上聞くのは無理だろうと思い、諦める。その内話してくれるかもしれないと可能性の低い希望を抱きつつもふとエメリヤは何かに気付いたように難しい顔をする。


「エメリヤさん?」

「……ああ、いや……。野宿は一向に構わないのだが、『タナトス』は大丈夫か?」

「え? あー……そっか、そうだよね。出る可能性は低くないもんね」

「交代に休むか……?」

「そうだねぇ、それが一番かも」


 難しい顔をしたエメリヤに気付いたライアンは不思議そうに声を掛けると、はっとしたような表情を浮かべながらどうしても気になったことをぽつりと呟く。

 その呟きにはリーナはようやく気付いたのか、うーん、と首を傾げる。

 ヴェルディの街の近場に現れたのだ。街道に出ない可能性は決して低くないと考えるのが普通だ。

 ライアンは自分が思い付いた唯一の方法を口にするとリーナは、うんうん、と何度か頷いて同意しながらその話を聞いていたアルは苦笑を浮かべる。


「『聖なる乙女』と聖剣である俺がいるんだから、簡単な″結界″を張れば心配いらないと思うけど?」

「……″結界″?」

「そう、″結界″。……って、ライアンとエメリヤが驚くのはまだいいけど、どうしてリーナまで驚いてるの?」

「え、へへ……。……ごめんなさい、忘れました」

「全く、仕方ないなぁ」


 自分の発言に誰もが良く分からなそうに首を傾げたのを見れば、苦笑を浮かべはするもその中に当本人であるリーナが含まれているとはぁ、と一つ溜息を吐く。

 リーナはと言えば空笑いして誤魔化そうとするもすぐに無理だと思えば、申し訳なさそうな表情に変えてぺこりと頭を下げて謝罪をする。大体は予想がついていたアルは苦笑を深めるだけで、それ以上は怒ることもせずに説明をする。

 『聖なる乙女』の力は未だに未知数だと言われ、その中でも初代『聖なる乙女』の力が一番強かったと言われている。

 それ故に彼女が扱えた力を歴代の『聖なる乙女』が使えないというのは不思議なことでもなく、彼女より力が弱いというだけの話だ。″結界″と呼ばれている力は、極々初歩的な力で歴代の『聖なる乙女』達全員が扱えた。

 簡単に説明すれば邪悪なるモノを寄せ付けないドーム状の薄い壁が出来ると言ったところか。『聖なる乙女』の力によって作られるために想像しないほど力の強い『タナトス』ならば破られる可能性もあるが、普通では決して破られることのない一つの防御壁。


「とは言っても今の俺は聖剣じゃないから、それほど強固な″結界″は無理だろうけどね」

「やはり、アルの力は必要になるのか?」

「『聖なる乙女』と呼ばれる所以が聖剣にある理由の一つだからね。とは言っても初代は聖剣を使っていなかった訳だし、力の補強みたいなものだよ、俺は」


 今現在の状態を示してアルが説明を終えれば、疑問を一つ覚えたエメリヤは問い掛けるとアルは頷いて肯定をしつつも、簡単にだが自分の役割を話す。

 聖剣『アルテイシア』がなくとも『聖なる乙女』としての力を発揮出来るのであればそれは初代の再来――または、初代を上回るほどの力の持ち主か。

 ふんふん、と納得したように頷いていたリーナであったが、はーい、と手を挙げる。


「やり方教えてー」

「……。教えたんだけどね? 俺は」

「えっ!? わ、忘れたって謝ったんだから教えて!」

「はいはい。じゃあ、ライアン、エメリヤ。ちょっと待ってて? 教えたらすぐ戻って来るから」

「ああ」


 リーナがやる気を見せたように口にすると、アルは一つ溜息を吐いてから事実を話すとリーナは驚きの声を上げつつも気まずそうにしながら必死に訴える。

 必死な様子におかしそうに笑みを零していたが、軽く返事を返せばアルは二人に視線を向けたら少々申し訳なさそうに少し時間がかかることを告げれば少し離れた場所へと歩いて行く。

 それを見送った後、ふとライアンはエメリヤと二人になるのはこれが初めてだということに気付いた。

 大抵はリーナやアルがいたから話をすることも出来たが、今はどういう話題を言えばいいか迷う。言わなければいけないことはあるのだが、それを言うにも多少の会話は必要になるだろう。

 こういう機会をほとんど持って来なかったことを今更ながらに後悔しながらライアンは必死に話題を探そうとするが、その前に声を掛けられる。


「ライアン」

「……えっ……あ、な、何だ?」

「……? すまない、考え事をしていたのか?」

「い、いや……それで、エメリヤさん。どうかしたのか?」

「ああ……。君も鍛冶師なんだろう? 今持っているリーナの剣は君が鍛えたと聞いた」


 突然名前を呼ばれたライアンはびくりと驚いたように身体を跳ねさせると慌てたようにエメリヤの方へと視線を向ける。予想していなかった驚きようにエメリヤはすまなさそうな表情を浮かべるが、ふるふると焦ったように首を横に振りつつも話を促す。

 促されたエメリヤはライアンを見ながら確認するように問い掛けると、こくりと肯定するように頷いた。

 ――正確には鍛冶師″見習い″と言ったところだが、今それを訂正する必要はないと思ったのか続きがあるだろうエメリヤの言葉を待つ。


「機会があればでいいんだが、君に一本剣を鍛えて欲しいと思ってな」

「……俺に?」

「駄目だったか?」

「そういう訳では……。人に使って貰えるような武器を鍛えたのはリーナが初めてだから、未熟な部分が多いと思う」

「誰だって最初はそんなものだろう。それに私は君が鍛えてくれた剣を使ってみたい」

「……エメリヤさん……。じゃあ、その内」

「ありがとう、ライアン」


 予想外の展開にライアンは思わず自分を指差せば、こくりと頷いて肯定しつつも首を傾げてエメリヤは僅かに苦笑を浮かべる。

 それには慌てて否定するように首を横に振ったライアンであったものの、真実を口にすれば僅かに顔を俯かせる。だがライアンが紡いだ言葉は当然だと言わんばかりに当たり前のように言い切れば、俯かせた顔を上げてエメリヤの顔を見ながら少し悩む様子を見せながらも、小さく頷いて了承の意を示した。

 エメリヤは嬉しそうに笑みを零しながら礼を述べると、リーナとアルが何か話している様子を視界にいれる。

 話の内容までは聞こえてこないが見る限り、リーナは必死に覚えようとしているのが分かって小さく笑みを零す。決して物覚えが悪い訳ではない彼女だが、今回ばかりは苦労しているようだ。

 もう少し時間がかかるかも知れないなとエメリヤはぼんやりと考え、ライアンともう少し話でもするかと思って改めてライアンへと向き直るとそこには悩んでいる様子が見て取れる姿があった。


「……ライアン?」

「あの……、エメリヤさん。一つ頼みたいことが」

「私にか? 私に出来ることがあるのなら力になるが……」


 訝しげに名前を呼べば、意を決したようにライアンはエメリヤを見ながら言葉を紡ぐ。

 頼みたいこと、というライアンの言葉に全く予想が出来なかったエメリヤは首を傾げはするも、協力出来ることはしようと思い、言葉を紡ぐ。


「その……剣を、教えて貰えないかと思って……」


 少しだけ言い難そうにながらもここで言わなければ、こういう話をする機会は中々見付からないかもしれないと思い、ライアンは決死の覚悟で口にする。

 考えていた。強くなるにはどうしたらいいのかと。

 今まで考えもしなかったことだったけれど、今後の旅を考えれば必ず必要となってくることだ。今の自分であれは自分の身を守るどころか、足を引っ張りかねない。


 ――必ず、戦う機会はやってくる。それに備えて自分は強くならなければいけないと思うのだ。


 だからエメリヤが一緒に来てくれると知った時はチャンスだと思った。リーナの剣の師匠はエメリヤだと言ってたし、アルもエメリヤであれば教えを請う相手には何ら問題は無いと言っていた。

 突然の申し出にエメリヤは驚きの表情を浮かべた。ライアンがどういう想いで剣を教えて欲しいと言ったのかは分からないが、強くなりたいと思う心があるのならばそれは守りたい何かがあるということ。その気持ちが良く分かるエメリヤは断る理由などあるはずもなく、そっとライアンに手を差し伸べる。


「私は厳しいぞ?」

「……え? じゃあ……?」

「君が真剣な気持ちで言ってくれたことは分かる。その気持ちに私も真摯に返すのは当然のことだ。――私で良ければ教えよう」

「……! ありがとう、ございます」

「おーい! ライアンー、エメリヤー、やっと覚えたからこれで安心して進め……? どうしたの? 二人とも」


 手を差しのべながらエメリヤは一つ忠告するように告げると、告げられた言葉の内容にライアンはばっとエメリヤへと視線を向ければ、優しく微笑みながら了承するように頷く。

 了承を得られるとライアンはほっと安堵の表情を浮かべて礼を述べつつも差し伸べられた手をとって握手を交わすと、ぶんぶんと手を振りながらリーナは二人に対して声を掛ける。そこで握手を交わしている姿が目に見えたのできょとんとした表情で問い掛けるも、二人は何でもないとばかりに僅かな笑みを返した。

 駆け寄っていくリーナの後を着いて行きながら、アルは小さな笑みを零す。――あっちの方も上手くいったようで良かったと思いながら。


 


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