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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第一章 負の感情が作りだすモノと、元騎士兼教育係
22/103

12

 



 事件を解決した日の夜は、盛大にとまではいかなかったもののアリーヌが手料理を振る舞い、小さな宴会のような雰囲気で流れて行った。それは夜遅くまで続き、翌朝、一番最初に目を覚ましたのはエメリヤだった。

 結局は騒いだまま、リビングで皆で寝てしまったために身体の節々が少し痛みながらもゆっくりと身体を起き上がらせる。

 使用人たちが片付けてくれたのかテーブルの上は綺麗になっており、それぞれには毛布が掛けられていた。それは自分も例外ではなく、僅かに苦笑を浮かべてからすぐ近くで寝ていたリーナに何気なく視線を落とす。


 ――寝顔は変わらないな。


 他にも沢山変わらない部分はあるけれど、こうして変わらない部分を見付けるたびに嬉しくなる自分がいるのも確かで。そっと手を伸ばしてリーナの頭を軽く撫でてやるとふにゃり、と幸せそうに表情を緩める。

 それを見たエメリヤはふと表情を崩して柔らかな笑みを浮かべながら、周りで寝ている人達を起こさないように起き上がるとリビングを出ると、朝の新鮮な空気を吸うために外へと出ればそこには予想外の人物がいた。


「アル?」

「……あれ? おはよう、エメリヤ。起きるの早いんだね」

「お前の方が早いだろう」

「俺? 俺はまぁ、普通の人が寝るのとはちょっと違うしね」


 中庭でぼんやりとした様子で空を眺めていたのはアルで、驚いたようにエメリヤが名前を呼べばゆっくりと顔をそちらに向けて微笑みを浮かべる。自分よりも先に起きていた人に言われるのは複雑なのか、そう返せば思わず自分を指差しながら苦笑を浮かべる。

 それを聞いてから、そう言えば昔、アルから聞いたことがあった。

 日中は実体化をしているが、夜は剣の中に戻って力を回復するのだと。人と同じように寝て、時折夢も見るのだと言うのだがその『眠る』時間は意識的に自分で操作しているのだと。

 何十分、何時間剣の中に戻るのかをあらかじめ決めてから剣の中に戻り、意識を落とす。そして決めた時間通りに起きてまた実体化するのだと。

 確かに普通の人が寝るのとは少し違うのかも知れない、ということを思い出しながらエメリヤは何気なく空を見上げる。

 今日も清々しい青空が広がっていて、旅をするには絶好の日和だろう。


「……俺達は今日、出発することになるけど」

「ああ、分かっている」


 エメリヤが何を考えたのか分かったのかアルは口に出して告げると、エメリヤは小さく頷く。

 そう、彼らは今日出発する。今度はいつ逢えるか分からない、そんな旅に。止めるべきだと頭で理解しているが、自分の反対意見などあっさりと流されるだけだ。それならばいっそのこと、吹っ切って見送ってやるのが一番だと今はそう思っている。


 ――心の何処かで、別の想いが芽生えているのには気付かない振りをして。


「エメリヤ。君は……――」

「あれー……? 二人とも、おはよー。早いねぇ」

「……おは、よう」

「ああ……、おはよう。リーナ、ライアン」


 アルは感付いたかのように何か問い掛けようとするのだが、その前にリーナの眠そうな声が聞こえてきて、その後ろからはまだ半分は寝ているだろうライアンの声も聞こえて来る。

 何か言い掛けたアルの言葉は聞こえなかった振りをしてエメリヤは二人の方を向いて微笑みながら挨拶を返す。

 完璧にタイミングを見失ったアルは、はぁ、と深い溜息を吐きながらエメリヤに促されて屋敷へと戻っていく三人の後を追うように戻ることにした。

 それから全員が起床をしたが中にはまだ眠そうな者もいたが。軽い朝食を済ませると、ようやく目が覚めたリーナは、軽く背伸びをする。


「よしっ! じゃあ、そろそろ行く?」

「もう行かれるのですか?」

「うん。もしもの場合もあるから、出来るだけ離れておこうと思ってるし……二人もいいよね?」


 ぐーっと背伸びをしてから、大きく頷いてからアルとライアンに視線を向けてから聞くとその声を聞き取ったエルガーは少々残念そうな、そんな表情を浮かべて名残惜しそうに声を掛ける。

 リーナは申し訳なさそうな表情を浮かべながら理由を述べれば、確認を取ると二人は頷き返した。

 引き留める理由が見付からなかったエルガーとアリーヌは互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべると、「分かりました」と頷く。唯一、エメリヤだけは何も言わずにそっと目を閉じている。


「エメリヤ」

「……何だ?」

「あのね、……昔みたいに一緒にいれて楽しかった! また、遊びに来るね!」

「ああ……。君も、旅は大変だろうが気を付けて行け」

「うんっ!」

「アル、ライアン。……マリアリージュのことを頼んだ」

「ああ、頑張る」


 目を閉じているエメリヤにリーナは近付くと意を決して口を開く。名前を呼ばれるとエメリヤはゆっくりと目を開けて、視線を合わせるようにリーナを見れば少しだけ言い辛そうに、でも嬉しそうに笑いながら伝えたかったことを告げる。

 告げられた言葉にエメリヤは僅かに目を見開かせるも、ふと微笑みを浮かべながら見送りの言葉を掛ければ大きく頷く。

 その後に見守っていたアルとライアンに対して声を掛ければ、ライアンは自信なさそうにしつつも頷いて答え、アルは少々複雑そうなそんな表情を浮かべていた。そしてそれから一言二言簡単な別れを告げると、彼らは屋敷から出て行き、旅立って行った。

 そんな三人の後ろ姿をエメリヤは、寂しそうな、そんな表情で見続けていることに気付いた両親はエメリヤの様子を見て小さく笑みを零した。


「エメリヤ」

「……はい。何ですか? 父上」

「後悔はしないかい?」

「何を、ですか?」

「このまま、あの方達を見送ることにだよ」

「……」


 笑みを零してからエルガーは声を掛けると、エメリヤは不思議そうに振り返る。その後に続いた言葉にエメリヤは口を閉じて僅かに俯く。


 ――後悔をしないと言い切れる自信はない。


 止めることが出来なかったのは自分ではあるし、心配な気持ちだってある。『タナトス』の出現が表すのは、『闇の支配者』の復活が近い何よりもの証拠。それが指すのは確実にリーナが危険な目に遭うということだけだ。

 傍に居て守りたいという気持ちはある。騎士の頃と何ら変わりない気持ちで、彼女を大切に思う気持ちもある。

 自分の剣は、ただ、彼女を守る為だけにあったと言っても過言ではなかったから。それでも騎士を辞めてここに戻って来た以上、ここを放って置いてまで彼女達に着いて行くことなど出来はしない。

 だから例え、後悔しようとも自分が選べる道などたった一つしかないのだ。

 エメリヤは既に答えは決まっているとばかりに口を開こうとした時だったろうか、アリーヌの手がエメリヤの頬に触れる。


「母上?」

「この人が不甲斐ない所為で、貴方には色々と諦めさせたと思ってるわ」

「……アリーヌ、それはひどくない?」

「間違えではないでしょう? ……ねぇ、エメリヤ? 貴方がこの街のことを大切に思ってくれているのは知っているし、ここに戻って来てくれたこと、そしてここを守ろうとしてくれている気持ちはとても嬉しいわ」

「……」

「でも、この人は元気になったし……まだ、貴方は貴方のやりたいことをしていいのよ?」

「母上……」

「……そうだよ、エメリヤ。私が全体的に悪いのは痛いほど分かってるし、しばらくは頑張れるから。……自分の気持ちに素直になって、その道を選んでもいいよ?」

「父上まで……」


 父と母から告げられた言葉の意味を理解したエメリヤは、少しだけ複雑な気持ちになる。

 両親には自分の気持ちなど全てお見通しだ。それが嬉しい反面、申し訳ない気持ちがあった。戻ってきたのも、ここを守ろうとしたのも紛れもない自分の意志だ。

 そしてそれは、父と母の役に立ちたいというと気持ちがあったからこそだった。

 でも、それさえも二人には見抜かれているような気がしてエメリヤはすっと立ち上がって二人に対して向き直ると深々と頭を下げる。


「しばらくの間、私の我儘をお許しください。父上、母上」

「……ああ。気を付けて行ってくるんだよ、エメリヤ」

「貴方が選んだ道は決して楽な道ではないでしょうが……、貴方は私達の自慢の息子だから大丈夫よ」


 頭を下げたまま、少しだけ震える声でエメリヤが告げた言葉に、エルガーとアリーヌは嬉しそうな微笑みを浮かべながら最後に背中を押すように告げるとエメリヤは「はい」と小さな声で返事をすると身を翻して駆けだした。




 エメリヤの屋敷から出発したリーナたちは、街の出入り口まで来ていた。

 少し前の方でリーナとライアンが何か話しているのを見ながら、アルは意識を後ろの方に向ける。無駄なことをしているのかも知れないが、もしかしたら、の可能性はある。

 そう思いながらもふとリーナとライアンが自分の方を見て来ているのに気付いて首を傾げる。


「どうしたの?」

「次の目的地! ラセードの街ってところに行きたい!」

「ラセードの街? えーっと……、どの辺り?」

「街から出たら地図を見ようと思っている」

「そう。まぁ、俺はどこでも構わないけど……どうして?」

「えへへー……、ちょっとね!」


 何か言いたいことがあるのだろうと思って問い掛ければ、リーナははーい、と手を挙げながら話していた内容を告げる。

 聞き覚えのない街の名前にアルは首を傾げたまま、ライアンに視線を向ければ後で確認するとばかりに答えれば、その辺りは気にしなかったのかこくりと頷きつつもその街を選んだ理由が分からずに聞くが、リーナは楽しげな笑みを浮かべるだけで答えようとはしない。

 それはライアンも同様のようで、後で話す、とばかりに僅かな苦笑を浮かべている。

 ラセードの街という場所に行きたい理由があるのだろうとアルは理解すれば、今はそれ以上深く追求せずに街の外へと出ようとした時だったろうか。ふと誰かの声が聞こえてアルは、足を止める。

 足を止めた事に気付いたリーナとライアンも同じように足を止めれば、不思議そうな視線をアルへと向けるがそれには答えることはせずにアルは不意に後ろを振り向くと見えた姿にくすり、と小さく笑みを零した。


「良かったね、ライアン?」

「え?」

「無事に師事が出来そうだよ」

「……?」


 アルが意味深な言葉を口にすれば、その意味を理解出来なかったライアンは首を傾げる。そのまま言葉を続けるのだが、リーナも分からずに二人は顔を見合せながらひょこっとアルが見ている方向に視線を向ければそこには予想していなかった人がいた。


「エメリヤ……?」


 リーナがその名を呼ぶと、走っていたエメリヤはそのまま三人の元に駆け寄って行き、僅かに乱れた息を整える。

 その様子を見ながらよっぽど急な用事でもあるのだろうと思ったのかリーナとライアンは、少しだけ不安そうにエメリヤを見る。だがアルは気付いているのかくすくすと小さく笑みを零す。


「追い付いて良かった」

「何か忘れもの?」

「……君の旅に同行させて欲しい」

「え?」

「エメリヤさん、が?」

「で、でも……この街のことは?」

「父上と母上がいるから大丈夫だ」


 息を整えさせるとほっと安堵の息を漏らしたエメリヤを見つつ、リーナが問い掛ければ少々言い難そうにしながら用件を告げると驚きの表情を浮かべる。

 嬉しい申し出ではあるがまず、真っ先に出てきた問題のことを口にすればエメリヤはあっさりと言い切る。

 彼がそう言うのであれば問題は無いのかも知れないが、本当に良いのだろうかと思ってしまう。だからか、リーナは意見を求めるようにアルとライアンを交互に見れば、いいんじゃない?とばかりに笑みを浮かべていた。


「エメリヤの腕は確かだし、これからの旅では頼もしい仲間だと思うけど?」

「……俺も。エメリヤさんに頼みごとがあったから助かる」

「え? えー……えー……いいの? 本当に?」

「君さえ良ければ」

「……良いに決まってるよ。……じゃあ、エメリヤ! これからよろしくね!」

「ああ」


 まずはアルに賛成の意を示せば、それに続くようにライアンも同意するように告げる。リーナは少々困惑しながらも最終確認とばかりにエメリヤに視線を向けて問えば迷いなく頷いて返す。

 返って来た答えにようやく迷いがなくなったのかにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべて歓迎するように声を掛ければ、エメリヤも微笑み返した。

 こうしてヴェルディの街で初の戦いを終え、新たな仲間を加えたリーナたちはヴェルディの街から出発する。

 彼女は幸せそうに笑っていた。そんな彼女の笑みを少し離れた場所から見守っている影が確かにあったことに誰も気付かなかった。


 


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