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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第一章 負の感情が作りだすモノと、元騎士兼教育係
21/103

11

 



 行方不明であった住人たちも全員見付かり、タナトスの退治も無事に終了したことからリーナ達は合流を果たしたのでヴェルディの街へと帰っていく。

 街の入り口にはエルガーとアリーヌの姿がそこにあった。二人の姿が見えたリーナは笑いながら手を振ると、その姿にほっと安堵の表情を浮かべた二人は四人へと近寄っていく。


「父上、母上」

「……無事で良かった……。住人たちも皆無事でしたし、リーナ様達のおかげです」

「あたしは何にも……。誰も怪我とかなくて良かった」

「はい、本当に。今日の夜はささやかですがお礼をしたいと思ってますので楽しみにしていてください」

「わーい! あ、ねぇねぇ、明日には出発だよね?」

「まぁ、ここは城から近いしね。出来るだけ早い方がいいだろうけど……」


 エメリヤが最初に声を掛ければ、エルガーは表情を緩めて安堵の息を漏らしながら三人に向きあいながら頭を下げる。

 その姿を見たリーナは慌てたように手を振って、気にしないでと言わんばかりに告げるとアリーヌは微笑みを浮かべながら小さく頷いてからふと思い出したように告げると、その意味を察したリーナは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 それからアルへと確認するように問い掛ければ、少しだけ考える仕草を見せながら答えを返す。

 エメリヤのことも考えれば数日ぐらいは留まった方がいいような気がするが、いつここに追手が来るかも分からない。とは言ってもあんな置手紙を残していて、本当に勘当扱いになっているからか探すことすらしないという可能性もありえなくはないが。

 親としてみれば娘が心配なのは当たり前のことではあるだろうし、出来る限り、早めに距離を取った方がいいに越したことはない。

 考える仕草のまま、アルは様子を窺うようにエメリヤへと視線を向けるも彼の表情からは何の感情も察することが出来なくて苦笑を浮かべるも、そんなアルの考えなど気にしている様子さえ見せずにリーナはライアンの手を取る。


「ということで! 夕食までの間、買い物にいこー!」

「え? ……俺も、か?」

「だって一人だと文句言われるかも知れないし……、ということでまた後で!」

「ま、また後で……」


 リーナが宣言するように告げると、手を取られたライアンは呆気に取られたようなそんな表情を浮かべて驚きつつも確認するように聞けば何度も頷いて肯定しながらも少々拗ねたように頬を膨らませるがすぐににっこりと笑みを浮かべ、様子を見守っていた面々に一言声を掛ければ歩き出す。

 手を取られているライアンは引っ張られるままに歩き出しながら少し後ろを振り返ってから軽く頭を下げてから、慌てたようにリーナの隣に並ぶ。

 そんな微笑ましい光景を見ていたエルガーとアリーヌの二人も準備があるためかエメリヤたちに一言二言告げてから家へと戻っていく。

 残されたのはアルとエメリヤではあるのだが何かしなければいけないことがあるかと聞かれれば何もなく、話すことがあるかと聞かれれば微妙だ。そんな微妙な空気が流れていたのだが先に口を開いたのはエメリヤだった。


「先に帰っているか?」

「え? あ、ああ……そうだね、そうしようか」


 街の入り口に立ち尽くしていても仕方ないと思ったためにそう問い掛ければ、アルは一瞬意味が分からなそうにするもこくりと頷いて同意をすると二人は肩を並べて歩き始める。

 そこから会話が広がることはなく、黙々と歩いていたのだがそんな沈黙に耐えられなくなったアルは何か話題がないかと探す。

 話題は色々とあるのだがどれが一番いいのかが分からずに、うーん、と悩み始めるのだがそんなアルの様子に気付いたのかエメリヤはぽつりと呟きを零す。


「……旅は長くなりそうか?」

「え……ああ、どうだろう。……いや、長くはならないと思うよ」

「そうなのか」

「ああ。……リーナもそれは理解している」


 ただ、何気なく問い掛けるような呟きにアルは一瞬驚きはするも考えようとするが、その答えはすぐに見付かり苦笑を浮かべて首を横に振る。

 返ってきた答えはエメリヤも大体は予想がついていたのだろう、小さく頷いて返してからアルはどこか複雑そうな表情を浮かべながら最後は小声で呟くと、その意味を理解できたのか僅かに目を伏せた。


 ――間違えなく、マリアリージュ=イヴ=クレスタは選ばれし『聖なる乙女』の名を受け継ぐ者だったのだ。


 それは世界にとっては喜ばしいことではあるが、彼女の身近にいる者にとっては複雑なことこの上ないだろう。そして自分にとっても複雑な想いだ。戦いに巻き込まれていく運命にある彼女を思えばそれを喜ばしいことだとはどうしても思えずにいた。

 大切だから、ずっと、ずっと変わらずに大切な少女のままだったから。

 アルにとってもそういう存在であるだろうし、何よりも彼は聖剣『アルテイシア』に宿る魂故にその複雑さは自分なんかよりも大きいだろう。大きいと分かるからこそ何と声を掛ければいいか分からなかったのだが、隣で歩くアルが苦笑を浮かべた気配があったことに気付けばエメリヤはアルへと視線を向ける。


「俺はね……リーナ――いや、マリアに対して一つの可能性を感じたんだ」

「可能性……?」

「そう、可能性。その可能性は確信へと変わりつつあるけれど……心のどこかで、やっぱり俺は後悔しているのかも知れない」


 ――彼女をこの辛く、過酷な運命へと引き込んでしまったことを。


 アルの言う可能性の意味は分からなかったエメリヤであったが、その後に続いた後悔の意味を理解したのか同じように苦笑を浮かべてから軽くぽん、とアルの肩を叩いた。

 何か言葉を掛けることも出来るが、今はどんな言葉を掛けても変わりはしない。

 彼女は自分に課せられた宿命に負けるほど弱くはないだろう。少なくとも彼女の強さを自分は知っている。だから大丈夫だと言わんばかりに、もう一度肩を叩くとアルにも伝わったのかふと微笑みを浮かべ、小さな声で「ありがとう」とだけ呟いた。



 一方、買い物をすると言って別れたリーナは、ライアンの手を離さずに物珍しそうにきょろきょろと辺りを見ている。

 そんな様子を見て、そう言えばよく見る前にエメリヤと再会を果たしてそのまま、力を貸すことになったことを思い出したライアンはしばらくの間はリーナの好きにさせてやろうと思って引っ張られるままに歩く。

 彼女との付き合いは短い。長い時間が経ったような、そんな感覚するが実際にはそれほど時間は経っていない。

 そう思えば彼女を知っているような気になっているのは間違いなのかも知れないと、ふと思った。そう、彼女のことを聞かれれば何も答えられないぐらいに付き合いは短い。


 ――アルやエメリヤと比べたら天と地ほどの差さえある。


 それが少し寂しいような気がしたライアンは、そう思ってしまった自分を不思議に思い、僅かに首を傾げる。それに気付いたのかリーナは辺りを見回すのを一旦止めてライアンの顔を覗き込んだ。


「どうしたの?」

「い、いや……何でも、ない」

「そう? あ、ねぇねぇ、買い物するって言ったのはいいけど何買おうか?」

「……? 欲しいものがあるんじゃないの、か?」

「ううん、そう言えば街を見て回れるかなーって思って。ライアンは欲しいモノとかない?」


 顔を覗きこまれたライアンは思わず後ろに引いてしまうが、不自然だと思ったのか焦ったように首を横に振る。その様子を不思議に思うものの、それ以上追及することはなくリーナはふと思い出したように問い掛ける。

 問われれば首を傾げて逆に問い返せば、あはは、と軽い笑い声を上げながら理由を話せば同じように首を傾げてもう一度問い掛ける。

 とは言っても自分はリーナに付き合うだけのつもりだったので何か買うモノがあった訳でもない。それならば適当に見て回ろるのが一番か、と提案するために口を開こうとした時、前の方から声を掛けられる。


「こんにちは」

「……? こんにちは」

「あ、こんにちはー……、あれ?」

「どうした?」

「見覚えがあるなーって」


 前の方から挨拶されたために二人は、そちらの方へと視線を向けてみればそこに居たのは自分達よりは少し年上だろう青年。柔らかな灰色の髪に、空のように透き通った水色の瞳。

 知り合いでも何でもなかったライアンは声を掛けられた意味が分からずに挨拶を返し、それに倣うようにリーナも挨拶をし返したのだがふと青年をじっと見ればきょとんと首を傾げる。

 リーナの反応を不思議に思ったのかライアンが問い掛ければ、うーん、と思い出すように唸りながらぽつりと呟く。

 少しの間、思い出すために唸り続けていたリーナではあったのだがいきなりばっと顔を上げると、思わず青年を指差す。


「あー!」

「……知り合いか?」

「知り合いじゃないけど! 吟遊詩人の人!」

「覚えててくれてありがとう。……君はこの街の人ですか?」

「ううん、旅の途中で寄っただけだよ。あなたは?」

「俺は君の言った通りに吟遊詩人ですから、各地を転々と回っていますよ」


 指差しながら思い出したように大声を上げれば、驚いたように目を瞬かせながらライアンが聞けばふるふると首を何度も横に振りながらもようやく思い出したと言わんばかりに言い切る。

 青年はふと微笑みを浮かべて礼を述べた後に気になっていたことだろうことを聞けば、首を横に振り続けながら答えた後、真っ直ぐに向き直った後に首を傾げる。微笑みを浮かべたまま、問い掛けに答える。

 ――そうだ。この街に来てすぐに好きだと思った演奏をしていた人だ。

 自分が覚えているのであればまだしも、まさか少し遠くで見ていた自分のことを覚えているとは思わずにリーナは驚いた表情を浮かべている。そんなリーナに気付いているのかいないのか、何か言うことはせずに口を開く。


「とりあえずは自己紹介をしておきましょう。……俺は、サーシャ。サーシャ=ノイシュ」

「あ、あたしは……リーナ! 旅人って感じで、こっちが……――」

「ライアン=フィリックス。……リーナと一緒に旅をしている」

「恋人ですか?」

「え? ち、違うよ! 友達! ちょっと訳あって一緒に旅してるの」

「そこまで焦らなくても……まぁ、旅をしているのならこれから何度か出逢うこともあるでしょうからよろしくお願いします、リーナ、ライアン」

「うん、こちらこそ!」


 青年――サーシャが名乗ると、リーナとライアンも名乗り返せばサーシャはふむ、と考える仕草を取りながら何気なく聞くと一瞬ぽかんとした表情をしたリーナではあったが慌てたように首を横に振って否定をする。

 そんなリーナの姿にサーシャはおかしそうに笑みを零しながらも、改めて二人に向き合って声を掛ける。

 声を掛けられるとリーナはニッコリと笑って頷き、ライアンも小さく頷き返した。その後に他愛のない世間話をしていたのだが、ふとサーシャは思い出したように口を開く。


「そう言えば、次にどこに行くかは決まっていますか?」

「うーん……まだ分かんない。あ、まだ一緒に旅してる人がいてね、その人と相談することになると思う」

「そうなんですか。……俺は、ラセードの街に向かうつもりなんです」

「ラセードの街?」

「ええ。それなりに栄えている街のようですよ……それに」

「それに?」

「最近になって少々奇妙な噂がある街のようで。気になるので行くことにしたんです」


 サーシャから問われたことに対して、リーナは悩みながらも素直に答えれば納得したように頷きつつ、自分のことを話す。

 出てきた街の名にライアンが聞き返せば、こくりと頷いて簡単な説明をした後に言葉を続けようとしたが言い難そうにその口は閉じられる。だが二人は続きを促すように聞けば、しばし逡巡した後にサーシャは苦笑を浮かべながらも話せば、リーナとライアンは互いに顔を見合わせた。


 ――奇妙な噂とはなんだろう。


 それを問い掛けてもサーシャが答えてくれることはなく、それから一言二言言葉を交わすとサーシャは先に旅立って行った。

 サーシャの後ろ姿を見送った二人は時間も時間であったためにエメリヤの家へと戻ることにしたのだった。


 


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