07
稽古をつけるために庭まで出てきたのだがふとエメリヤは剣を持ってきていないことに気付いて今は屋敷の中に戻っている。
気が重いのかリーナは軽く準備運動をしながら肩を落としているのが目に見えて分かる。参加をしないアルとライアンは少し離れた場所にあった椅子に座る。
「エメリヤさんは……、強いの、か?」
「今はどうなのかは分からないけど。騎士時代のときは剣の腕で彼に敵うものはいなかったよ」
「……そうなのか」
「そう。……そして、リーナの教育係だって紹介したでしょう?」
「ああ」
「勉学とか作法とか色々なことを教えたのも彼なんだけど……、リーナにとってすればエメリヤは剣の師匠なんだよ」
リーナの様子が気に掛かったライアンはぽつりと独りごとのように呟くと、それを聞き取ったアルは苦笑を浮かべながら、こくりと頷いて肯定をする。
僅かに驚いた表情を浮かべてライアンは、どこか納得したように頷くがふと思い出したようにアルが言葉を紡ぐと、不思議そうにアルへと視線を向ける。
アルはそのまま、苦笑を交じりに付け加えるように告げればライアンはというと軽く目を見開く。
――『聖なる乙女』なのだから剣の扱いに慣れておくのは当たり前なのかも知れないが、まさかエメリヤが師匠だとは思わなかった。
それならばリーナはあんな様子なのも納得せざるを得ない気がしつつ、ライアンは何かを考えるように僅かに空へと視線を向ける。
それに気付いたアルは、どうしたのか、と問い掛けようとするがその前に屋敷からエメリヤが出て来る。
「待たせてすまない」
「ううん、大丈夫だけど」
「では、始めるとしようか。マリアリージュ?」
「……はーい、師匠」
少々申し訳なさそうな表情を浮かべて謝るエメリヤに対して、リーナは気にしてないとばかりに首を横に振る。
それにはふと表情を緩めるがそれは一瞬で、持ってきた剣を鞘から抜くと声を掛ける。声を掛けられたリーナは、覚悟を決めたように返事をするとゆっくりと剣を抜けば、対峙するように二人は剣を構える。
「聖剣ではないのか」
「持ち出せないし……、これは聖剣と同じ製法でライアンに鍛えて貰ったの」
「……ああ、なるほど。いい剣だ、私もぜひ鍛えて欲しいものだな」
「頼んでみれば引き受けてくれるかも?」
「ならば終わった後に頼んでみるとしよう」
リーナが持っていた剣を見たエメリヤは僅かに驚いた表情を浮かべて呟けば、苦笑を浮かべながら説明するように言えば、どこか納得したようにエメリヤは頷いてからライアンへ視線だけ向ける。
視線を向けられたライアンは僅かに首を傾げるのだが、それには何も告げることはせずに褒めるように言えば、リーナは嬉しそうに笑いながら思い浮かんだことを口にする。
こくりと頷いて良い案だとばかりに決めたように呟けば、改めてエメリヤはリーナへと視線を向ける。
それだけでリーナは、始まりの合図だと気付いたのかエメリヤに向かって駆け出し、剣を振るう。当たり前のようにエメリヤはその剣を軽々と受け止めると、受け流すように弾く。
僅かに悔しそうにリーナは顔を歪めると、そのまま怯むことなく、何度もエメリヤに剣を叩きこむ。それに応戦するようにエメリヤは剣を交えながら、ふっと嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべる。
騎士を辞めたとき、彼女と剣を交える機会はもうなくなったのだと諦めた。それは寂しくもあり、嫌だと思ったのも事実だけれど両親を放って置くことは出来なかった。
だからこそ、目の前にいる彼女から離れる選択をした。これから先の未来、彼女に訪れるだろう過酷な運命に少しでも自分が教えたことが役立てるようにと願いながら。
彼女の剣筋は何も変わってはいない。前よりもずっと強くなったというのが分かる。エメリヤはそれを嬉しく思いながら、ここで初めて攻撃に出ると、リーナの手から剣を弾き飛ばすと、それと同時にリーナは尻もちをつく。
「うー……、エメリヤの剣の腕。衰えるどころか上がってない……?」
「競い合う相手が居ないから何とも言えない。……マリアリージュ」
「え、な、何? ま、まさか、悪い部分がありすぎたと……」
「強くなったな。……真っ直ぐな変わらない君の剣を、もう一度見られて嬉しく思うよ」
「……」
弾き飛ばされた自分の剣を見たリーナは、悔しげに唸りながらぶつぶつと文句を呟くとエメリヤは自分では分からない、とばかりに言い、名前を呼びながらそっと手を差し伸べる。
差し伸べられた手を取りながら、少しだけびくびくとしながら恐る恐る聞きながらエメリヤの様子を見るように視線を向ける。
だがリーナの予想に反して、エメリヤはふと柔らかく微笑みながら感謝するように、褒めるように言葉を紡ぐとリーナは驚きで目を見開き、言われた言葉を理解すると照れたように頬を赤らめる。
「兄妹みたいだな」
「……そうだね。実際本人たちもそう思っている部分も少なからずあると思うよ。……ん……?」
「アル?」
ライアンは微笑ましい光景に表情を緩めながら何気なく呟けば、アルもそれに同意するように頷いて懐かしげに目を細めるが、ふと何かが聞こえたように視線を屋敷の方へと向ける。
それに気付いたライアンは、不思議そうに名前を呼ぶものの、その前に慌ただしい声と急いでいるだろう足音が聞こえてきたために和やかな雰囲気にあったリーナとエメリヤの二人も屋敷の方へと目を向ける。
足音はこちらに向かってきており、見えた姿は顔を青ざめさせ、焦っているのが目に見えて分かるエルガーの姿だった。
「父上?」
普段はあまり見られない父の姿にエメリヤは不思議そうに声を掛ければ、軽く息を乱していたエルガーは呼吸を整えようとしながらまずはエメリヤに視線を向けてから、リーナへと視線を向ける。
見られたリーナは、自分に関係あることなのだろうかと思って首を傾げる。その様子を見ていたアルは、何となく予想がついたのか小さく溜息を吐く。
ライアンだけは良く分かっていない様子だったがただ事ではないのだろうという事が分かると語られるだろう話へと耳を傾けることにする。
「どうしたんですか、父上。何をそんなに慌てて……」
「……『タナトス』が現れた」
「……っ!?」
エメリヤはエルガーに駆け寄ると事情を聞こうと問い掛ければ、言い難そうにしながらエルガーは一言事実を告げる。
『タナトス』という単語にエメリヤとライアンが息を飲み込む。噂にだけは聞いていたが実際に現れているとはどうしても思えなかったからだ。
「『タナトス』を確認に行ったらしい人達の行方も分からなくなっている……」
「……! 父上!」
「ああ……、捜索に行こうと思うのだが街の近くに出た以上、街の中の守りを手薄にすることは出来ないんだ」
更なる事情を話せばエメリヤは、驚きで言葉を失ってしまうもののすぐに何か言いたそうに口を開けば、エルガーはこくりと頷いて言いはするも苦々しく話す。
それには同意せざるを得ないエメリヤはぐっと強く手を握り締める。
ヴェルディの街には戦える者はほとんど居ない。街を守れるかどうかというぐらいの人数しかいないのは確かで、腕が立つかと聞かれれば否定せざるを得ないぐらいだ。
『タナトス』と一対一で戦えるのは精々自分ぐらいで、どれぐらいの数がいるかも分からない中に一人で行くのは無謀過ぎる。
打つ手なしかとエメリヤは悔しげに唇を噛み締めたのを見たリーナは、少しだけ考える仕草を見せながらエルガーへと視線を向ける。
エルガーもリーナを見ていたために視線を合わされば、エルガーは申し訳なさそうな表情を浮かべている。それでも言葉に出さないのはそれがどれだけ危険な事か分かっているからだ。
リーナは少々困ったような微笑みを返してから、アルとライアンへと近寄っていく。
「俺は反対だよ?」
「えー……。いいじゃない、人助けだよ、人助け!」
「……何の話だ?」
「助けてあげようってリーナは言いたいんだよ。『タナトス』相手に有効な手段を持っているのは『聖なる乙女』だけだからね」
「……」
近寄ってきた意味をすぐに理解したアルは苦笑を浮かべながら何かを聞く前に、首を傾げて言うとリーナは拗ねたように頬を膨らませて文句をぶつける。
二人が何の話をしているのか分からなかったライアンは首を傾げると、アルは溜息交じりに説明をするとライアンは僅かに目を見開かせてリーナへと視線を向ける。
その後に『聖なる乙女』でなかったとしても彼女は同じようなことを言ったんだろうな、とライアンは何となくそんな事を思った。
視線を向けられたことに気付いたリーナは、ライアンまで反対するのだろうかと思ったのか、不安そうな表情をする。
それが分かったライアンはと言えば、リーナからアルへと視線を交互に向けた後にゆっくりと口を開く。
「リーナがやりたいと言うのであればやればいいと思う。……役に立たないかも知れないが、俺も手伝いぐらいはする」
「本当!? ありがとう、ライアン!」
「……はぁ。ライアンまで……仕方ないなぁ、いいよ。リーナが手伝いたいって思うなら手伝おう」
僅かに表情を緩めながらライアンが賛成の意を示せば、不安そうだった表情が一変して満面の笑みを浮かべるとリーナは、嬉しそうに声を上げる。
予想外だったライアンの言葉にアルは深々と溜息を吐くと、降参とばかりに諦めたように言葉を紡ぐとリーナは、元気よく頷く。
そうするとリーナは、暗い雰囲気になりつつあるエルガーとエメリヤの近くまで行くと、二人は何事かと言わんばかりにリーナへと視線を向ける。
だがエメリヤは、リーナの表情が嬉しそうに染まっていることに気付くとふと何を言おうとしているのか分かったのかリーナの口が開く前に言おうとしたがそれよりも先にリーナが口を開く。
「あたし達が探してくるよ。アルとライアンも良いって言ってくれたから何とかなるよ」
「それだけは駄目だ!」
ニッコリと笑顔を浮かべながらリーナは提案するように告げると、エルガーはほっとしたような、だがやはり申し訳なさそうな表情だ。
それを望んでいた部分もあったのは確かだが、それでもそれ以外の方法がないことは分かっていたエルガーは感謝の意を告げようと言葉を紡ごうとするのだが、その前にエメリヤがほぼ衝動的に反対の意を示したのだった。