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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第一章 負の感情が作りだすモノと、元騎士兼教育係
15/103

05

 



「……。マリアリージュで、間違え、ないんだな?」

「……」


 エメリヤはじっとリーナを見つめながら確認するように名前を呼ぶも、リーナはそれに答えずに固まったままの身体を必死に動かして視線を逸らす。

 彼は良く知っていた。知らないはずもない相手だったからこそ、本気でどうしようと思ってしまう。

 ぐるぐると頭の中で考え始めたリーナを見兼ねたエメリヤは落ち着くように小さく息を吐けば、アルに視線を向けてから初対面でもあるライアンに向き直る。


「とりあえず……、自己紹介を済ませよう。私はエメリヤ=ヴェルディ。この街の領主の息子だ」

「……ライアン=フィリックス、です」

「……? フィリックスと言えば、代々聖剣を鍛える一族か」

「あの、貴方は……」

「ん? ああ……今は、領主である父上の手伝いをしてるが。その前はクレスタ王国に仕えていた騎士だ」

「……騎士」

「エメリヤはね、リーナ……いや、マリアの近衛騎士団団長であり、そして教育係でもあったんだ」


 軽く頭を下げながらエメリヤが自己紹介をすれば、ライアンははっと少し慌てたように頭を下げて名乗り返す。

 ライアンの名前に聞き覚えがあったエメリヤは少し考える仕草をしながらぽつりと呟くも、気になっていたのかライアンが控えめに問い掛ければ何が聞きたいのか分かったエメリヤは隠す様子もなく、あっさりと答える。

 その答えを繰り返して呟き、どこか納得したように頷こうとしたのだがその前にアルが追加で説明するように告げると、さすがにそれにはライアンも驚いたようにエメリヤとリーナの二人を交互に見る。

 ――それならば確かに見付かりたくないはずだ。どれだけ外見を変えようが、顔までは変えられるはずもないのだからすぐに見破られるに決まってる。

 リーナの行動がようやく理解出来ると、一度も言葉を発さないリーナは、気まずそうにエメリヤへと視線を向ける。


「あの……その」

「……とりあえずは、久しぶりだな。マリアリージュ」

「い、今は、リーナって呼んで。あんまり気付かれたくはないから」

「分かった。……それで、リーナ? 君は何故ここに居る?」


 何か言わなければいけないと思ったリーナは口を開くものの、何を言えばいいのか思いつかずに途中で途切れてしまい、それに気付いたエメリヤは小さく溜息を吐いてから改めてリーナに向き直り、簡単にだけ声を掛ける。

 こくりと頷きつつもはっと慌てたように言葉を紡げば、それには深く追求することもなく受け入れれば、いきなり本題とばかりに問い掛けると言葉を失って僅かに俯く。

 下手な言い訳をした所で、エメリヤにはすぐ気付かれてしまうのは経験済みであるし、だからと言って本当の理由を今はまだ、話すことは出来ない。

 リーナは必死に上手い言い訳を考えようと考え始めるのだが、それを見たアルはぽん、とエメリヤの肩を叩く。


「アル」

「まぁ……、理由を聞きたいのは分かるけど。さすがにここだと注目も浴びてるし、リーナも話し難いと思うよ」

「……アルが話すなら私はそれでも構わないが?」

「こればかりはリーナがきちんと話した方がいいと俺は考えてるからね。……それに、ほら? ライアンも困惑してるし、出来れば落ち着いて話を出来る場所に行きたいんだけど」


 肩を叩かれたエメリヤは、何だ、と言わんばかりに視線だけ向ければアルは微笑みを浮かべながら助け舟を出すように話す。

 少しだけ考える仕草を見せながら思ったことを口にするものの、アルは軽く首を横に振って拒否を見せれば一つ提案するように言いながら、ね?とライアンへと同意を求める。

 同意を求められたライアンは、アルとリーナを見てからこくりと頷いて同意を示せば、エメリヤははぁ、と一つ溜息を吐く。

 確かに注目を浴びているのも確かだし、このままここに居れば余計な詮索をされない可能性がない訳ではなかった。

 とは言っても落ち着いて話せる場所というのがあるのかと言えばすぐには思い付かなかったエメリヤではあったが、ふと思い浮かんだように口を開く。


「……ならば、私の家に来い」

「え?」

「どんな理由があるにしろ、父上たちに話さない訳にもいかないからな。同席して貰った方が話は進めやすい」


 予想外の言葉に誰もが驚いた表情を浮かべるがエメリヤは、良い案だと言わんばかりに言い切れば「行くぞ」と声を掛けて歩き出す。

 突然のことに三人は顔を見合わせるのだが、どんどんと先を歩いて行くエメリヤの姿を見て慌てて立ち上がって後を追うのだった。

 エメリヤに案内されるままに着いて来て見えたのは、街の奥の方にあった大きな屋敷だった。城で住んでいたリーナとアルにしてみれば驚くほどのものではないが、ライアンは呆気に取られたようにその屋敷を見上げる。

 領主なのだからこれぐらいが普通なのかも知れないがやはり、今まで関わることすらなかったのだから何とも言えない。


「そう言えば、エメリヤの家に来るのって初めてかも」

「……いや」

「え?」

「君は覚えていないだろうが、幼い頃に一度だけ来ている」


 リーナは屋敷を見上げながらふと思ったことをぽつりと呟けば、その言葉を聞き取ったエメリヤは首を横に振って否定する。

 否定されるとは思わなかったリーナは驚いたようにエメリヤに視線を向ければ、そこにあったのは懐かしげに目を細めているエメリヤの姿だった。


 ――懐かしいと思った。こうして言葉を交わすのも、名前を呼ばれることでさえも。


 もう二度とないと思っていたことだったから尚更だ。何気なくリーナに視線を向ければきょとん、とした表情で首を傾げているのでそれには苦笑だけを返した。

 エメリヤはそれ以上は何か言うことはせずに近くにいた使用人であるだろう女性に一言二言告げると、女性は慌てたように屋敷の中へと入っていく。

「父上たちを呼んでもらっている。とりあえず、客間まで行こう」

 振り返ってエメリヤはそれだけ告げれば、ゆっくりと歩き出す。互いに顔を見合わせたが覚悟を決めて、歩き出したエメリヤの後を着いて行く。

 屋敷の中は極々ありふれた作りをしているが、ここで働いている使用人たちは慌ただしく走り回っている。突然の客なのだから仕方ないと言えば仕方ないらしく、エメリヤも特に注意する素振りは見せずに客間の中へと入っていく。

 その後に続くように客間へと足を踏み入れれば、その広さにライアンはもう溜息しか漏れないようで。

 きょろきょろと部屋を見回したリーナは置いてあるソファーへと座る。アルは近くの壁に背を預け、ライアンはどうするべきかと思うがエメリヤがぽんと肩を叩く。


「そこまで緊張する必要はない。リーナの隣に座っていてくれ」

「……はぁ」


 困惑気味のライアンにそう声を掛けるとライアンはこくりと小さく頷いてソファーに座っているリーナの隣へと腰掛ける。

 座ったことでようやく落ち着いたように息を小さく吐きだすと隣でぶつぶつと呟いているリーナに視線を向ける。


「……リーナ?」

「ど、どうしよう。どう説明すれば納得してくれるだろ。というかアルが説明してくれるのが一番早いのに」

「別に俺がしたって構わないけど……、詳しい事情はリーナにしか話せないと思うけど?」

「うー……」


 訝しげに名前を呼ばれれば、リーナは困ったような表情をライアンへと向けて助けを求めようとするが、その前に恨めしそうに壁に寄り掛かっているアルへと視線を向ける。

 視線が向けられたアルはくすくすと小さく笑みを零しながら僅かに首を傾げつつ、言葉を返せば反論出来なかったリーナは悔しげに唸る。

 三人が話している間にエメリヤもリーナとライアンが座っているソファーの反対側にあるソファーに座れば腕を組んで目を閉じていた。

 今は余計なことを聞くことはしないようで、逆にそれがプレッシャーとしてリーナに乗りかかると肩を落とす。

 いっそのこと素直に全て話してしまいたくなるのだがそれはまだ早い。もう少しだけ待たなければいけない。そうしなければ旅に出た意味がなくなってしまうと思えばリーナは覚悟を決めたようにぐっと手を握り締める。

 少しだけ重い空気が流れていた部屋にがちゃ、と扉を開く音が聞こえ、誰もがそちらへと視線を向ける。


「……おや? 深刻な話でもしていたの、かな?」

「もう……、あなた。それよりも先にすることがあるでしょう?」

「ああ、そうだね。……覚えておられないでしょうがお久しぶりです、殿下」


 そこにいたのはエメリヤにそっくりな男性とその男性に付き沿うようにいた女性だ。入ったときの空気の重さに男性は思わず首を傾げてしまうものの、そんな男性を嗜めるように女性が口を開く。

 苦笑を浮かべた男性は小さく頷くと改めて自分を見て来ているリーナに向き直れば、胸に手を当てて恭しくお辞儀をする。


「……紹介しよう。俺の父でもあるエルガー=ヴェルディと母のアリーヌ=ヴェルディだ」

「初めまして、皆さん」


 エメリヤは立ち上がって二人の近くまで行けば口を開いて紹介するように名を告げれば、女性――アリーヌは柔らかな微笑みを浮かべながら挨拶をする。

 挨拶をされれば三人はぺこりと軽く頭を下げて挨拶をし返しながら、エメリヤは今度は父と母に向き直る。


「知っているかも知れないが、マリアリージュ……今はリーナと名乗っているらしい。それにアルと、ライアンだ」

「え、えっと……覚えてなくてすみません」

「いいんですよ。殿下は幼かったのですから、覚えてないのが普通です」


 順々に紹介していけば、リーナは申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪すると、男性――エルガーは気にしなくて良いとばかりに微笑みを浮かべる。

 自己紹介が済んだところで、エルガーたちは先程までエメリヤが座っていたソファーへと座って、改めてリーナたちと向き直る。

 緊張気味のリーナとライアンの様子を見たエルガーは僅かに苦笑を浮かべながら、ゆっくりと口を開く。


「陛下は、殿下がここに居られることは知っておいでですか?」

「……知らないと思います。知らせないで、欲しいんです」

「どうしてか、というのはお聞きしても?」

「今は理由を話すことは出来ません。……ただあたしは、城から出る必要があったんです」


 まずは気になったことを問い掛けられるとリーナはふるふると首を横に振ってから、言い難そうにしながら告げる。

 エメリヤが何か言いたげにしていることに気付きながらエルガーはそれを手で制しながら更に問い掛けを重ねれば、リーナは少しだけ悩みながら素直にそう告げる。

 それ以上、何か言う様子がないことに気付けばエルガーはアルとライアンへと視線を向けるも、彼らは首を横に振るだけ。

 ふむ、とエルガーは困ったように微笑みながら考える。本来であれば知らせなければいけないことなのだが、知らせたところで彼女達は逃げるだけだろうと何となく予想がつく。


「……。分かりました、城への連絡はしないでおきましょう」

「父上!」

「エメリヤ。殿下が何かお考えなのはお前の方が良く分かっているだろう? ずっとお傍にいたのだから」

「だからと言って……」

「いいじゃありませんか、エメリヤ。領主であるこの方が決めたのだから」

「母上……。……マリアリージュは、この大陸にとっての希望なんですよ。もしも何かあったら……」


 ふぅ、と一つ息を吐きだして導きだした結論を聞いて顔を明るくさせたリーナとは対照的に、エメリヤは慌てたように口を挟む。

 異論が出ることが予想出来ていたエルガーはエメリヤへと視線を向ければ微笑みを浮かべながら言い聞かせるように言葉を紡ぐも、納得出来ないエメリヤは更に言葉を重ねようとする。

 だがそれを止めるようにアリーヌが言葉を紡げば、エメリヤはリーナへと視線を向けてふるふると首を横に振りながら訴えかける。


 ――父の言うように、彼女が何か事情を抱えて城を出たということぐらいは分かる。それでも彼女の存在は必要なのだ、この大陸に住む人達にとって。


 それは誰でも分かっているはずなのに、何故あっさりと認めてしまうのだろう。エメリヤは言い難い想いをどう言葉にしていいのか分からずにぎゅっと手を握り締める。


「……エメリヤ」

「……」


 その様子を見ていたリーナは思わず声を掛けるも、エメリヤはその声に何かを返すことはしなかった。

 気まずい雰囲気が流れ始めた時だったろうか、ばん!とやや乱暴に扉が開かれる。焦った様子で街の住人であろう青年が中へと入ってくる。


「お客様と話している最中だ。急ぎでなければ話は後で……」

「急ぎなんです!」


 エルガーは咎めるように言葉を発するのだが青年は、焦りを隠せずにキッパリと言い切ればそのままエルガーへと近付き、耳元で何かを告げる。

 その言葉を聞いた瞬間、エルガーの顔は一気に青ざめたのだった。


 


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