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聖なる乙女と運命の人  作者: 雨月 雪花
第一章 負の感情が作りだすモノと、元騎士兼教育係
13/103

03

 



 クレスタ王国を出発してから一時間弱が経ったくらいか。三人はようやく、ヴェルディの街へと到着する。

 城下町ぐらいにしか見たことのなかったリーナはと言えば、物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回している。仕方ないと言えば仕方ない反応ではあるのでアルは咎めることはせずに、ふむ、と考える。

 旅人が寄ることは少ない街のようで、少々注目を浴びているような感じがする。これだけクレスタ王国に近ければ確かに、ここを素通りしてもおかしくはないのかも知れない。

 ざっと見回して見る限りでは、危惧するような人物はいないようだったので安堵の息を漏らしながらふと何気なく思いだす。


(そう言えば、結局来たけど……。ヴェルディの名前の引っ掛かり……)


 リーナはこの名前に引っ掛かっていた。もちろん自分の聞き覚えがあるから引っ掛かってはいるものの、思い出すことは出来ずにいた。

 うーん、と首を傾げるものの、とんとんと肩を叩かれたためにアルは一度考えるのを一旦止めて叩かれた方向、つまりはライアンを見る。


「どうかした?」

「マリ……。リーナが、今にも駆け出して行きそうな雰囲気がある」

「……え?」


 きょとんとした表情になりながら問い掛けると、ライアンは言い掛けた名前をはっとしたように言い直しながら、指差すとアルは指差された方向に目を向ける。

 向けた方向には確かにリーナの姿がそこにはあるのだが、ここから見る感じ身体を疼かせているのが分かる。今にも走って街を見に行きたそうな感じがありありと分かったためにアルは苦笑を浮かべて口を開く。


「リーナ。見に行きたい気持ちは分かるけど、とりあえず一人でどこかに行かないようにね」

「えー……、小さな子供じゃないんだし大丈夫だよ! 後で絶対に合流するか、ら……」


 アルから咎めるような言葉が聞こえてくるとリーナは拗ねたように頬を膨らませて言い返して言葉を続けはするも、その言葉を途切れさせる。

 突然、言葉が途切れれば二人は不思議に思いながらとりあえず、リーナの近くに行くために歩き出す。

 それに気付く様子はなく、リーナはふと何気なくある方向へと視線を向ければ僅かに首を傾げる。


「……音楽……?」


 音楽が聴こえてくることには何の問題はないのだが、その音がどうしても気になったリーナは聴こえて来る方向に向かって駆け出す。

「リーナ!?」


「……追うか?」

「はぁ……。そうだね、追おう」


 駆け出したことに気付いたアルは慌てたように名前を呼ぶも、駆け出す後ろ姿は止まることはなく、だんだんと小さくなっていく。

 ライアンは少しだけ考える仕草をしながら確認を取るように問い掛けると、アルは頭に手を当てながら小さく息を吐くと、こくりと頷いて答えれば走り出す。

 その姿を見てからアルも後を追うように走り出しながら、僅かに苦笑を零す。――休むのはもう少し先になりそうだ、と思いながら。

 一方、突然駆け出したリーナは聴こえてくる音楽を頼りに足を動かしていたのだが、だんだんと音楽が大きくなるにつれて走っていた足は歩きへと変わっていき、演奏している人を見付けると自然と歩みを止める。

 見えたのは、大勢とはいかなかったがまばらにいる人に囲まれた一人の青年だ。髪の色は灰色、瞳の色は水色。手に持っているのはハープであり、そのハープを青年は奏でて音楽を作り上げる。

 リーナはそっと目を閉じながら音楽へと耳を傾ける。優しくて、でもどこか切なげに悲しげに響くその音色。

 そこでふと気付く。見た感じでは吟遊詩人である彼の口からは歌は紡がれていなかった。ただ、曲だけが辺りに響き渡る。


(……歌わないの、かな?)


 ――勿体ないな、とリーナは残念に思った。今までそれほど音楽に興味を持ったことはなかったが、それでも彼の紡ぐ音楽は純粋に好きだと思えた。

 閉じていた目をそっと開いたリーナは、視線を音楽を奏でている青年へと向ければ、偶然にも目と目が合う。

 そのことに驚いたリーナは、少々焦ったように困惑気味になるが青年の方はふと微笑み返すだけで自然と視線を逸らす。

 じっと見ていたことに恥ずかしさを覚えたリーナは僅かに赤くなった頬に手を当てたのだが、その時。ぽん、と突然後ろから肩を叩かれたのでびくん、と大袈裟過ぎるほどに身体を跳ねさせる。


「全く……。見て回りたい気持ちは分からないでもないけど。せめて待ち合わせ場所を決めてからにして欲しいんだけどね?」

「ア、アル……。ごめん」

「いいよ、何もなかったみたいだし」

「……いきなり、走り出してどうした?」

「え、あ……えーっとね」


 ほっと安堵の息を漏らし、苦笑交じりに僅かに咎めるように言えば、リーナは申し訳なさそうな表情を浮かべて小声になりながら謝罪をする。

 それに気付けば、アルは肩に乗せていた手を頭に移動させればぽんぽんと軽く撫でる。その様子を見ながらライアンは、リーナへと視線を向けて気になったことを問い掛ける。

 聞かれたリーナは答えようとするものの、はっと思い出したように慌てて先程まで吟遊詩人の青年が居た方へと視線を向けるも、そこには既に青年の姿はなかった。

 きょろきょろと辺りを見回すももう近くにはいないように姿を見付けることは出来ない。リーナは落ち込んだようにがくっと肩を落とすと、突然のことにアルとライアンは思わず顔を見合わせる。

 とは言っても全く見当がつかなかったために互いに首を傾げ合う。この様子では答えを得るのは難しいだろうと思うと、話題を変えるようにアルが口を開く。


「じゃあ……、とりあえず、宿探しついでに街を回ろうか?」

「いいの!?」

「まぁ、ついでに、ね」

「わーい! ライアン、行こう!」

「え……お、おいっ」


 アルから発せられた言葉に、落ち込んでいた様子から一変して、リーナはばっと顔を上げて目を輝かせながら若干興奮気味に聞き返せば、アルは思わず笑みを零しながら小さく頷く。

 大袈裟過ぎるほどにリーナは喜ぶと早くと言わんばかりにライアンの手を取って引っ張るように歩き出す。

 突然のことにライアンは焦ったような声を上げるが振り払うことも出来ずに、引っ張られるままに後を着いていく。

 その様子を微笑ましそうに見ていたアルは、二人の後ろを歩きながら視線は辺りに見回す。旅人が寄ることが少ないのなら、宿があるかも怪しいかも知れない。

 見付からなかった場合のことも考えなければいけないな、と思いながら前の方から聞こえてくる楽しそうな会話にアルは表情を緩める。

 ライアンは戸惑いを隠せていないようだが、リーナが気にするはずもなく、辺りに見えるモノに興味深々に反応している。


 ――良い傾向なのかも知れない。これから先の未来のためにはこういう時間も。そう思うとアルは僅かに目を伏せる。


「あ……ねぇねぇ、ちょっと休まない? ずっと歩いてるし」

「……そうだな。アル?」

「え? あ、ああ、いいよ。じゃあ、丁度良い休憩場所があるようだしそこで休もうか」


 ふと見えた住人の憩いの場であるだろう場所を見つけたリーナは、提案するように告げるとライアンは同意するように頷き、後ろを歩くライアンへと視線を向けて声を掛ける。

 声を掛けられたアルははっとしたように顔を上げれば微笑みを浮かべて、見えた場所に視線を向けてこくりと頷く。

 少し先にあったのは中心に噴水があり、辺りには花壇が点々と置いており、ベンチも何個か置いてある。

 そのベンチに座って楽しそうに話している姿も見られるし、彼らに話を聞くのもいいかも知れない。そう思いつつ、そこに向かって歩いていた三人だったが、リーナは自分の視界の中に見覚えのある人の姿が入ったような気がした。

 思わず目を擦ってから、もう一度見えた姿にさぁっと一気に顔を青ざめさせ、ライアンの手を握っている手とは逆の手でアルの腕をがしっと掴むと近くにあった花壇に隠れるように身を縮こまる。


「……リ、リーナ?」

「どうしたの? いきなり、隠れたりし……」

「アル! あれ、あれ!」

「……あれ?」


 ライアンは困惑気味の名前を呼び、アルも不思議そうに問い掛けようとするがリーナはふるふると頭を振りながらある一点を指差す。

 二人は互いに顔を見合わせると、リーナが指差した方向へと視線を向けてみればそこには一人の青年がいた。その青年の姿に見覚えがあったアルは驚いたように目を見開かせ、状況を掴めないライアンはきょとんと首を傾げるのだった。


 


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