9 闇
バイトも終わり。コンビニの前の駐車場でボーっと煙草を吸う。人通りはなく、虫の声と、どこかを走る車のエンジン音だけが聞こえる。本当にここは静かだ。
「ごめんなさい。」
彼女の震えた声を思い出してしまう。あれはどういう意味だったのだろう。僕はふと気になった。そしてあるシーンが思い出された。出会ったばかりの頃、彼女はこんな事を言った。
「謝らないで。ごめんは非を詫びる言葉。慶介は悪くないと思うよ。」
彼女にしては思想深く、真剣な声のトーンだった。普段、どこか余裕を持ってゆっくりと話す夕子がその時は違った。僕に注意を促し、何かの思想を伝えるような声だった。
そんな事があり、あの「ごめんなさい」という言葉と彼女の涙が気になった。彼女の中で僕に謝る理由があったのだろうか。全く想像が及ばない、彼女に何か非があった例など今までなかった。
「ごめんなさい」
僕は心の中で繰り返してみた。静かな闇の中で響きもせず消えた。
今日は満月。しかし漆黒に染まる雲によって半身が隠されてしまっている。
ある直感が過ぎった。先ほど、香織を太陽に例えた、夕子は月だと言い切ろう。彼女の持つ、落ち着き、静けさ、知性、美しさ、優しさ・・それは月に見える。今日は妙にうまい喩えが思いつく、香織といい夕子といい。
「闇。」
再び僕の直感が囁く。雲にかかる闇、この町を覆う闇、得体の知れない複雑な不安、僕にとって何か特別な害をなすでもなく、ただそこに存在している。掴もうにも霧のように消えてしまう存在。漠然と僕の体を掴んで話さない。こいつが闇か。
「あぁ・・闇よ。」
特に理由もなく、僕はこいつを「闇」と呼ぶことにした。夕子の涙によって生じた不安の具体化が出来ぬ今、もうこいつを分かりづらく嫌な存在だと捉える他ない。