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 桜並木の中で夕子を見つけた刹那、僕は彼女に恋をした。今までにもこんな風に「恋」なんて言葉を動詞にして使ってきた、古い記憶から挙げていくと、幼稚園の先生、小学校の時の先生、中学での隣の席の女の子、高校の時の部活の先輩、昨日見た名前の知らないグラビアアイドル・・・記憶にあるだけでもそれだけ・・・僕はその方々に恋をしてきていた。しかし夕子に会って時、僕はその全てを取り消した。今まで僕は恋なんてした事なかったのだと認識した。

 僕が夕子を見ていられたのはその五六秒であった。人の群れが再び僕と彼女の間に壁を作った。思わず、おい!と声を上げそうになった。再び周囲のざわめきが耳につきだした。僕は無意識にその群れの中に飛び込んだ、もう一度自分の目で確認がしたかったのだ、もちろん彼女のもう一度この目に入れたいとも思っていたが、僕は僕の気持ちを確認したかったのだ。

 しかし結局見つからぬまま、僕は帰りの電車に乗っていた。会場で貰った学校の資料に目を通すこともなく、ただつり革に自分の体を吊るすようにして無意識で立っていた。彼女をもう一度見られず落胆、というわけではない、寧ろ放心状態なのだ。あれほどの衝撃を受けてしまった自分にショックと言うか、まるで不意打ちでもくらったかのように心は静かに低い音をたて揺れていた。

 三十分後も僕は同じような体勢でつり革につかまっていた。日も傾いて車窓からの景観が赤みを帯びている。未だ無意識から解放されぬ僕だったが、突然、夕子の顔が思い浮かんだ。無論、この事はまだ夕子は名も無き聖女であった。そして突然にそして同時に様々な思考が僕の中を駆け回った。

 第一に、僕は疑問を持った。それはあの女性が本当に美しかったのだろうか?不思議なことに、すっかり冷静になった今ではもうあの夕子の横顔も後姿も思い出せなかった。

 そして第二に、僕は希望が持てなかった。もう一度彼女に会えるのだろうか?そしてあってその後は、僕に何ができるだろう?頭では何千何万回と同じシチュエーションが繰り返される。理想的世界で僕は彼女と楽しそうに話している。喧嘩もしているし。泣いたりもしている。一緒にどこかへ出かける。何も無い草原だ。二人きりでいる。そして僕の妄想は極限に達していく。

 すまない。謝ろう。こんなくだらない妄想話は何の意味も無い。でも怒らないでくれ。これが当然だ。これが当たり前だ。君達のほとんどが・・いや、君達の全員がきっとこんな風な妄想劇を毎日欠かさず行っているはずだ。それが日課だ。僕も同じ、それは人間に許された特権みたいな物だと思う。

 最後に見えたのはやっぱり希望だ。旅が始まって1kmと歩かないうちに見つけた微かな光。無限に広がっているようにいるように見える砂漠の夜空の果てに僕は光を見た。その光が幻か否か、今はそんな事はどうだっていい。一秒でも早くその真相を確かめてやる。そんな意気込みが僕の砂漠での旅の足取りを力強くした。


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